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アルタジア  作者: 桜花シキ
最終章 そして、世界は
109/109

存在と居場所と

これが最終話となります。

 それから、世界は少しずつ変わり始めた。


『アルタジア』


 かつて、神石の力で栄えたその世界は、それを失い、新たな歴史を刻み始める。


 サイモアの攻撃を受けた国々も、ルルの魔導式のおかげで壊滅は免れていた。

 リベランティスは暴走しなくなったことで国に帰ることができ、みんなに喜ばれた。神石の研究ができなくなったルルたちは、今度は新たな世界のために、新たな研究を始めているという。

 ジェイドは、ひとまず戦いに疲れた戦士たちと戦いが終わったことに対して祝杯をあげたらしい。そして、見事にルアンが酔いつぶれたのだという。

 京月は、神布術が使えなくなったことで、その強大な力を失った。しかし、それでもしっかりと国をまとめている。狐面とも話し合い、和解を進めているらしい。順調なようだがひとつ問題なのは、牛丸が以前と同様に残ることになり、京水の表情が日に日に険しくなっていることだろうか。

 一閃たちは、ひょんなことからグランバレルに生き残りがいたことを知った。ジェイドにも許可をもらって、今は共に他の仲間たちを探しているらしい。

 バドは、クルッポー三号及び一号が、エネルギー源を失い飛ばなくなってしまったことで、神石の力がなくても空を飛ぶ乗り物を造ってやると、豪快に笑っていた。


 そして、ザイクはひとまずレティシアで預かられることになった。もちろん、ゼロも一緒に。彼らのこともそうだが、サイモアの今後についてもアランが中心となって色々な人たちを集め、話し合いを進めているらしい。そんな以前にも増して忙しい父を、5人の息子たちが支えている。シャンレルの復興に奮闘しながらも、その合間を縫って、ルクトスもそれに参加している。

 弟たちと一緒に罪を償うと言ってサイモアに残ることになったシルゼンを除いて、アストルの旅の仲間たちはシャンレルに戻った。

 ニトは情報屋の仕事もあるため、そう長くは滞在できないらしい。しかし、リエルナはここに留まる事を考えていた。彼女の故郷であるミストクルスは、今も静かに海の真ん中に浮かんでいる。しかし、あそこにはもう、誰もいない。時々戻ることはあっても、これから生活していくのなら、みんながいて、そして“彼”の故郷であるこの地で暮らそうと思ったのだ。

 誰かと一緒にいないと寂しいからという理由も、まったくないわけではない。しかし、みんなのために何かしたいと、リエルナはそう思っていた。そのための第一歩として、まずはシャンレルの復興のために尽力するつもりでいる。ルクトスもその申し出を快諾してくれた。



 シャンレル復興のための指揮をとる役として、幼いころから国の仕事に関わってきたクローリアも選ばれていた。戻ってきてからというもの、彼にはやるべきことが山のようにある。

 その仕事の合間に、クローリアはニトと並んで海岸に座っていた。


「ニトは、シャンレルに残る気はないんだっけ?」


 ドクドリスの件があって情報屋に入ったニトだが、彼女もシャンレルの国民である。情報屋の仕事もあるため長くは滞在できないが、どうしても故郷の手伝いがしたいと、少しの間だけ時間をもらっていたのだった。シャンレルのことを想っている彼女だが、情報屋を辞める気はない。


「うん。あたしは、これからも情報屋として生きていく。だから、もう二度と会えないってわけじゃないけど、またしばらく離れることになるね。でも、これがあたしの生き方。クローリアには、クローリアの生き方があるんだし、仕方のないことなんだよね」


「そうだね。ずっと同じように生きていけるわけじゃないんだから。離れてても、僕はニトのこと心配してるけどね。また何か問題起こしてないかとか……」


「うぅ~、そういう心配はいりませんー」


 口を尖らせて不機嫌そうにするニトに、笑いながらクローリアは付け加える。


「はは、もちろん怪我とかしないで、ちゃんと無事に生きててくれるかなって心配もしてるよ」


 問題起こしてないかの心配の方が大きいんじゃない、と頬を膨らませるニトだったが、真顔に戻るとクローリアに尋ねた。

 

「クローリアは、これからもここで頑張るんだよね?」


「うん。……ジギルさんがどうなったのかも、まだ分からないし。ルクトス様を、少しでも助けられればと思うよ」


 結局、シャンレルに帰って来てからも、ジギルの行方は分からない。他国に無事逃げていたという国民たちが帰ってくることはあったのだが、その中にもその姿はまだ見当たらなかった。


「アストルの居場所……今度は僕が作るって約束したんだ。昔、アストルが僕に居場所をくれたように。だから、その場所を僕は守っておかなくちゃ」


 クローリアは拳を握って立ち上がる。


「僕たちは、居場所を作ることしかできない。そこに居たい、居ていいんだって決められるのは、誰だって自分の心しかないんだから。アストルがそれを望んでくれるなら、いつまでだって僕はこの場所を守るよ」


 ただただ、穏やかな波は今日もまた一定のリズムを刻んでいる。

 ただただ、懐かしすぎる潮風は少しだけ塩辛い。


 世界は少しずつ、新たな方向へ進んでいる。

 ただただ、大事なものがそこにないだけ。


「クローリア……」

 

 ニトが見上げたクローリアの顔は、強い意志を感じるものではあったが、どこか寂しそうに見えた。

 ニトから顔を逸らして、クローリアは水平線を見つめる。遠い遠い海の果ては、ぼんやりとかすんで見えた。


「……よっ、と」


 何を思ったのか、クローリアは突然目の前の海に飛び込んだ。隣に座っていたニトが、目を丸くして立ち上がる。


「ちょっ、クローリアいきなりどうしたの!?」


「いや、何となく。はは……鼻に水入っちゃったかな」


 水面から顔を出しながら、クローリアは悲しげに笑った。そんな彼に、ニトは困ったように微笑み返す。


 その時だった。ニトの背後から、見覚えのある男性が姿を現す。クローリアは驚きの声をあげ、ニトも気配を感じて振り返った。


「副隊長!?無事だったんですね」


 そこに笑いながら立っていたのは、あの日アストルと共に行くよう促した、副隊長の男だった。彼の行方も分かっていなかったが、無事であったことに安堵する。

 あの日、何とか他国に逃げることができた副隊長たちは、その国の人々と一緒に戦っていたのだという。戦いが終わり、その国の方も落ち着きを見せ始めたため、帰還することにしたらしい。本当は昨日の夜、他の仲間たちと共に帰って来ていたのだが、ルクトスも今はレティシアに出かけているため不在。クローリアも疲れているだろうからと配慮して、今日になってから報告しに来たのだった。


「はは、隊長命令でしたからね。……ただ、全員というわけではありませんが」


「そうですか……」


 それを聞いて、クローリアは視線を落とした。しばらく沈黙が続いたが、副隊長の男がそれを裂く。しかし、それはクローリアにとって、あまり触れられたくはないことだった。


「ところで、王子はどうなさいました?」


「アストルは……」


 いつかは聞かれると思っていたが、いざ聞かれると何と説明したらよいものか。クローリアは頭を悩ませた。

 その時、クローリアの脇を潮風が通り過ぎる。それにはっとしたクローリアは、思わずその風が向かう先を見た。


「まさか……」


****


 ザナルカスの一件があった後、海王となったアクアレーンに事情を説明し、リエルナは水竜の笛を差し出した。しかし、アクアレーンはリエルナに持っていてほしいと言い、受け取ることはなかった。そう話したアクアレーンの口調はザナルカスとは異なり優しいものだったが、以前のような幼さはなくなっていた。

 きっと彼も、新たな海王として奮闘しているに違いない。そんなことを考えながら、水竜の笛を首から下げたリエルナが、みんなの食事を笑顔でひとりひとりに渡している。


 全部配り終えたところで、リエルナは海の方を向いて深く息を吸い、瞼を閉じた。


 世界は、たとえどんな姿であれ進み続けるのだろう。

 手に入れては失い、壊れては再生する。世界は、儚すぎる存在で溢れている。

 いつかは壊れて消えてしまう。

 時の流れは待ってくれない。日に日にその時は、あっちから近づいてくる。

 

 一度歪んでしまった世界。そして、変わり始めた世界。


 ひとつ余分に用意された世界のピース。それが、あなたなのだとしたら。

 なかったはずのピースを無理やり押し込んで完成させた世界。世界は、その形に合わせようとして進んできた。

 その世界で、余分なピースを取り除いてしまえば、世界は元の形に戻れるのか。

 いや、歪んだ世界からそのピースを外したところで新たな隙間が生まれるだけだ。


 この世界は、完成していない。

 その隙間を埋めることができるものは、たったひとつだけ。今も、それが入るべき場所を開けたまま、完成の時を待っている。


 世界は、まだそこにあなたの居場所を残している。あなたの世界は、まだ続いている。

 

 誰かの言葉ではなく、あなたはまだ世界に居たいと思うのか。

 それを、強く願うのか。


 リエルナは、目を開けて“彼”に問いかける。


「ねぇ、アストル。あなたは、“生きたい”って言ってた。今も、それは変わらないの?」


 その時、それに答えるように潮風が吹き抜けた。

 乱れた髪を耳にかけながら、リエルナは目を大きく開いて風が走る先を見る。


「もしかして……」


 そして、少女は走り出す。

 ただただ、波は穏やかに一定のリズムを刻んでいる。

 優しい子守歌に包まれながら、少女は潮風の標を追う。やがて目の前に広がった海は、どこまでも、どこまでも、青く続いていた。


 いつか、その時が来たら、また笑うことができるだろうか。

 笑えるような、世界になるだろうか。



 そして──世界は、また未来(あす)を迎える。

 

これで、この物語は完結です。

この作品は私が初めて投稿した作品なので色々と思うところはありますが、ひとまず完結させることができてほっとしています。

これからは、これと並行して連載していた作品の執筆に力を入れていく予定です。


ここまで、この作品を読んで下さった読者の皆様には、本当に感謝しています。

ありがとうございました。

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