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アルタジア  作者: 桜花シキ
最終章 そして、世界は
108/109

だから、前を向いて待つ

 幻の大陸。

 少し前までは、アルタジアの子孫のみが入ることを許された場所だった。しかし、神石の力の源であった原石アルタジアの消滅により、それは大海の真ん中に、誰の目にも見えるようになってその姿を現していた。


 光が収まった後、ようやくリエルナは身体を起こした。真っ先に、彼がいた場所に目をやったが、そこにはただ緑が広がっているだけで、彼女の求めているものは、何ひとつ残っていなかった。

 アルタジア、そしてアストル。リエルナにとってその存在が、最後のミュレット家の生き残りであるという孤独を癒してくれていた。彼女は、それを一度に失ってしまったのだ。


 空虚に駆られるリエルナだったが、ふと最後に彼から預かった首飾りのことを思い出す。それに触れると、何となく彼がそこにいるような気がしてならなかった。それと同時に寂しさがこみ上げてきたが、やるべきことはまだ残っている。彼から、主の帰りを待っているであろう水竜に、よろしくと言われてしまったのだ。その頼みは、果たさなくてはならない。

 自分は、辛いことを伝える役目ばかりだと、リエルナは澄み渡る空を見上げた。今までちゃんと我慢できていたのに、急に涙腺が脆くなってしまったのだろうか。リエルナの頬を涙が静かに伝い、乾いた土に吸い込まれていった。


 ひとつ瞬きをしてから、リエルナは涙を腕で拭う。そして、決心したように歩き出した。


「あ……そういえば、どうやって帰ればいいの?」


 ここに来ることに必死になりすぎて、帰りのことまでは頭が回っていなかった。


「……あ!」


 海が見える場所まで歩いて行ったリエルナは、その巨大な頭をミストクルスの大地に横たえている水竜の姿を見つけて声をあげる。

 その声を聞いた水竜、ザナルカスはゆっくりと閉じていた瞼を開き、頭を持ち上げた。


「もしかして……待ってて、くれたの?」


【すぐに動ける身体ではないからな。休んでいただけだ】


 行きの道中、リエルナも必死に回復を試みたが、もうかなりの高齢であるため効果は薄く、ほとんど意味をなさなかった。今もその身体に残る痛々しい傷跡は、もはや身体を起こしているだけでも辛いだろうということを思わせる。しかし、ザナルカスはそれを微塵も感じさせないよう振る舞っていた。それは、海王としての最後の意地のようにも見える。


【我はもう戻るぞ。お前はどうするのだ?】


 ザナルカスは傷ついた巨体を動かし、リエルナの方に背を向けて首だけ振り返った。


「乗っても、いいの?」


 リエルナはじっとこちらを見ているザナルカスを見上げ、首を傾げた。ザナルカスはひとつ大きなため息をついて聞き返す。


【ここに残ったとして、どうするつもりなのだ?】


 ザナルカスはそう言って前を向く。その傷を見てリエルナは迷いながらも、他にどうやって帰ればいいのかも確かに思いつかなかったため、その背に飛び乗った。



 海が、静かに波打っている。ゆっくりとサイモアまで泳ぎながら、ザナルカスはおもむろに口を開いた。


【我ら水竜には、誇りがある。主以外の者を背に乗せるということは、それを貶すことにも値するのだ】


「それなのに、どうして?」


 リエルナは、それほど重い意味合いがあるにも関わらず、自分を背中に乗せてくれていることに疑問を感じた。

 リエルナの問いかけに、ザナルカスは記憶を辿るように目を細める。


【我は、前にひとりだけ、我の意志でルクトス以外の人間をこの背に乗せることを許したことがある。ルクトスの息子の母だ】


「アストルの……」


 リエルナはアストルのことを思い出し、視線を落とした。


【我に頼んだお前の目は、その時のあやつと同じ目をしていた。強き意志を持つ者の目だ。我は、強き者を好む。だが、今のお前は違う】


 戻ってきた時の、今にも泣きそうだった彼女の目に対して、ザナルカスはそう言った。リエルナは、俯きながら、その話を聞いている。

 そんなリエルナに、ザナルカスはその言葉を告げた。


【我は、もうじき死ぬ】


 俯いていたリエルナが、はっと顔をあげる。


【我が最後に背に乗せた者が自らの主ではないということ……その意味をしかと受け止めよ。そして、それを理解したというのなら、態度で示せ。海王として、我のしたことが間違いであったと、そう思わせるでない】


「……うん」


 いつまでも、落ち込んでいてはいけない。弱いままの自分でいてはいけない。ひとりになるのが怖くて、ずっと誰かにすがって生きてきた。でも、ずっとそのままでは駄目なのだ。

 ザナルカスの言うように、アストルの母ユナは強い女性だったのだろう。彼女は、誰かにすがってばかりではなかった。自分で道を切り開き、さらにアストルに世界さえ与えた人だ。


 誰かにすがり、守られるだけの人生ではなく、誰かに与え、守るための強さを。


 リエルナは頭をぶん、と振ると、まっすぐ前を向いた。


「私、守ってみせる。みんなと一緒に、この世界を。アストルの居場所を」


 それ以上はザナルカスも何も言わず、ただサイモアまで黙々と泳ぎ続けた。


 しばらくして、サイモアが見えてくる。もう、あの装置は作動していない。あの装置があった建物のあたりに、ぞろぞろと人の波ができている。それを見て、この先やらなければならないことはたくさんあっても、ひとまず戦いが収束したのだということを、リエルナは悟った。


 サイモアに帰ってきたリエルナとザナルカスを、クローリアたちが迎えてくれた。そこにはルクトスもいて、やはりアストルが一緒にいないことを確認すると、見るからに肩を落としていた。

 リエルナが陸に降り立ってから、顔色の優れないルクトスにザナルカスが喝を入れる。


【ルクトス……我が主として、恥じぬ王となれ】


「ザナルカス……」


 傷ついたザナルカスに目をやり、ルクトスはもう限界なのだということを悟った。しかし、これほど傷ついていても、ザナルカスは決して弱さを表に出さない。彼は、最後までそれを貫き通そうとしている。

 ザナルカスは、こんな自分の姿は望んでいない。どんな時でも、王は強くあれと、それが彼の信念だった。ザナルカスが主である自分にもそれを望むのなら、それは叶えなければならないだろう。

 海王の主として、そして大切な友として。ルクトスは、ザナルカスの言葉に頷いた。


 それを見て満足したのか、ザナルカスはゆっくりと岸から離れる。

 そんなザナルカスの周りを取り囲むように、水竜たちが集まり始めた。その光景に、人々は目を奪われる。

 

 集まった水竜の中から、自然と一頭がザナルカスの前に出た。まだ他の水竜たちと比べれば小さい身体をしているが、自分よりも大きなザナルカスの前に出ても怯むことなく、その瞳をしっかり捉えている。

 その水竜を前に、ザナルカスはいつものように低く、威厳のある声で、集まった水竜すべてに響くように告げた。


【今より、海王の名は、アクアレーンに引き継ぐ。その名の重さをしかと理解し、その名に恥じぬ態度を示せ】


 死期を悟ったザナルカスは、その前に自ら海王の座を降りた。


【はい……っ!】


 アクアレーン、アストルを主とする水竜は、大きな声でそれに応えた。

 新たな王が誕生した瞬間、水竜たちが一斉に頭を垂れる。アクアレーンを次の主として認めた証だった。


【我は、永き眠りにつく。永久に続く、水流の一部となってな……】


 ザナルカスはそれを見届けると、数多の水竜たちに囲まれながら、静かにその身を海に沈めていった。


「……今まで、ありがとな、ザナルカス」


 長きを共にした友の姿をその目に焼き付けるように、ルクトスは見えなくなるまでその姿を見守っていた。その姿が海に消えると、前王の最後を悼むように、水竜たちはしばらくの間、鳴き続けていた。


****


 水竜たちの鳴き声が止み、今度はサイモアに集まっていた戦士たちの声が聞こえ始める。彼らは、自分たちの国がどうなったのか確認しなければと、そう言っているようだ。次第に、同じ国の人たちが集まり始める。

 それを見ていたルクトスは、その人の流れに紛れながら、姿を消そうとしている男性を見つけた。人が多くても、彼が背負っている“それ”は非常に目立つ。


「お前、シャンレルに来る気はないか?」


 何も言わずに去って行こうとするヴェインズを、ルクトスは呼び止めた。ユナの弟である彼から、聞いてみたいことは色々とある。

 しかし、ヴェインズは首を横に振った。


「忘れてもらっては困るが、俺は死神の名を戴く人間だ。それ相応のことはしてきた。あまり、関わらない方がいい」


 ヴェインズはルクトスに背を向けて歩き出した。しかし、数歩踏み出したところで立ち止まり、何かを思い立ったように顔だけ後ろに向ける。


「ただ……気が向いたら、姉さんの墓参りくらいはさせてもらうか」


 最後にそう言い残すと、ヴェインズはふらりとどこかへ消えてしまった。


 サイモアに集まっていた人々も、ここまで共に戦ってきた同志に別れを告げ、自分たちの国へと帰っていく。自分たちの国がどうなったのか、自分の目で確かめるまでは安心できない。

 いつか、世界が平穏を取り戻したら、再会して語り合おう。その日のために、今はそれぞれの道を進んでいく。


 いつか、その時が来たら、また笑うことができるだろうか。

 笑えるような、世界になるだろうか。




 そして、世界は──


本日投稿予定の次話をもって、この物語は完結となります。

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