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アルタジア  作者: 桜花シキ
最終章 そして、世界は
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破壊、その裏で

 外にいた人々はしばらく空を見上げていたが、徐々にサイモアの拠点となる建物の方へと足を向け始める。

 中に入り、階段をずっと上っていく。人々が目指しているのは最上階。ザイクが、今回の事件の発端となった男がいる場所だ。


 最上階、あの問題の装置が置いてある部屋の前の廊下で、傷ついたゼロとザイクは座っていた。それぞれの顔に怒りを張り付けた人々が自分の前に現れると、ザイクはすべてを受け入れたように弱々しく笑った。これだけのことをしたのだ。死は、おそらく免れない。

 そう覚悟していたザイクの前に、傷ついたゼロが盾となるように立ちはだかる。


「この人は、死なせません」


 もうボロボロで、立っているのがやっとの状態のはずなのに、ゼロはそう感じさせないほどしっかりとした口調で人々に訴えかけた。


「ゼロ、もういい……下がれ。これ以上、私を守る必要はない」


 自分に忠実であるように彼を作り上げたのは、他ならぬ自分だ。命令には絶対従う、唯一自分を裏切らないように教育した人間。彼から自我を奪い取ってしまったことは、今なら少し後悔している。

 しかし、ゼロの口から出た言葉に、ザイクは耳を疑った。


「……嫌です」


「ゼロ?下がれと言ったんだ」


「俺は、あなたを置いては行けません」


「何を言っている。私がどれだけお前を利用してきたのか分からないのか?」


「分かっています。それでも、できません」


 ゼロが、おそらく出会ってから初めて、ザイクの命令を無視している。一体なぜ、とザイクは困惑を隠せなかった。


 すると、しばらくじっとゼロを観察していたバドが、おもむろに口を開く。


「お前、やっぱりあん時の子供だろ」


「あの時?」


 隣に居合わせたアランが尋ねる。バドはゼロの顔をもう一度確認して、頷いた。


「ザイクが、情報屋から消える少し前の話だ。飢餓に苦しむ村に立ち寄ったことがある」


 どうなんだ、と目で語り掛けてくるバドに、ゼロはそれを肯定した。


「はい。俺は、その時ザイク様に拾われた子供です」


****


 20年前、ザイクはまだ情報屋として働いていた。その胸に、静かに野望を燃やしながら。

 そんな最中、ザイクとバドは異常気象によって作物が育たなくなってしまった村に立ち寄った。その目的は、異常気象の調査。いくら情報屋といえど、依頼もなしに情報収集以上のことができるわけではない。飢餓に苦しむ人々を見ながらも、調査を終えればすぐに立ち去るつもりだった。


「見てらんねぇな……俺が代表だったら、動いちまってるかもな」


 当時はまだ代表ではなかったバドが、調査を進めながらぼやいた。その様子を隣で見ていたバドの後輩にあたるザイクは、その男との温度差を感じながら冷ややかな視線を送った。


「あなたはいつも感情的ですね」


 自分の意志とは関係なく、初めから持っている者もいれば、そうでない者もいる。それは、決して珍しくはないことだ。

 だが、たとえ持っていなくても、手に入れることはできると信じている。そのために、今は力を蓄えているのだ。いつか、持っている者から、奪うための。

 そんなことを考えながら作業を進めていた時だった。


「っ!?」


 突然、背後から小動物のようなものがザイクに襲い掛かってきた。しかし、気がついたのが早かったため、直撃は免れた。だが、ザイクの頬に赤い線が走る。


「大丈夫か、ザイク!?」


 バドが慌てて、ザイクを襲った“それ”を取り押さえる。


「はい、顔をかすっただけですから」


 ザイクは自分の頬を伝う血を腕で拭い、“それ”が何であるのかを確認した。それと同時に、ザイクは驚きで目を見開く。

 その正体は、まだ5歳くらいの少年だった。しかし、その年では考えられないような身のこなし。その手には、先ほどザイクを襲った時に使ったと思われる短剣が握られていた。

 そして何より目を引いたのは、何の感情もこもっていない、作り物のような顔だった。

 

 口減らしのために捨てられたのか。ふと、そんなことを思った。近くに、仲間らしき者の姿は見当たらない。見れば、手足はやせ細り、きちんと栄養が摂れていないことは一目瞭然だ。ザイクは、自分を襲った理由は、食糧を奪うためだったのではと思い当たる。

 バドに取り押さえられた少年は、先ほどの奇襲で力を使い果たしたのか、ぐったりと地面に伏したまま大人しくしていた。


「……食べるものを探していたのか?」


 ザイクは少年の前まで歩み寄り、持っていたパンをひとつ少年の目の前で振る。すると、少年は勢いよくそれに飛びつき、無我夢中で食べ始めた。


 こういう奪い取る姿勢は、嫌いではない。何かに飢えているのは、いいことだ。それが、力を発揮させる。

 この少年は、使えるかもしれない。ザイクは心の中で笑みをこぼした。



 その少年は、ザイクがその少年のしたことを許したこともあって、そのあと解放された。

 その日の夜、ザイクはひとり、ばれないように仲間たちの元を抜け出し、あの少年を探し出した。ようやく見つけた少年は相変わらずの無表情だったが、ザイクに襲い掛かるようなことはしてこなかった。昼間のことを、少しは気にかけているのだろうか。ならば都合がいいと、ザイクは一緒に行かないかと声をかけた。もちろん、自分の手駒として育てるために。

 だが、この少年は、どうやら言葉が話せないらしい。いくつかの言葉には反応を示すが、ちゃんと理解しているのかは怪しいところだ。唯一ちゃんと理解していると思われる言葉は、“食べ物”や“死”というような言葉だった。

 ほとんど白紙に近い状態。これほど好都合なものはない。


 調査が終了する数日前、ザイクは少年と共に姿を消した。

 言葉が通じないのは、すぐにどうにかできるものではないので、結局食べ物で釣ったような形になってしまったが、とにかく少年はついてきた。今は食べ物のことしか頭にないだろうが、これから色々教えていかなければならない。自分の目的を果たすために、この少年の力は使える。

 前を歩く自分の後ろから、少年は黙々とついてくる。大人の歩幅ももろともせず、しっかりとした足取りだった。しかし、どうにもその細さだけは気になるので、食事は多めに摂らせた。

 それと、このままだと呼ぶのも大変なので、とりあえず名前も与えた。

 

 はじめは生活一般のことに疎い彼だったが、もの覚えは非常に良く、教えたことはどんどん吸収していった。

 ゼロは、能力だけを見れば“初めから持っている”人間だった。しかし、それを生かせる環境に、彼は恵まれなかった。その才能を良くも悪くも開花させたのは、ザイクとの出会いがあったからに他ならない。

 名前も、居場所も、ゼロはすべてをザイクから受け取っていた。ザイクはそれほど気にもせず名前を与えたのかもしれないが、彼にとってそれがどれほど嬉しかったことか。ただ、それを表現する方法を知らなかったゼロは、ずっとそれを心の中にしまい込んだままだった。


****


 ゼロとしての世界をもらった少年は、たとえ利用されていると分かっていても幸せだった。理由は何でもいい、この人に必要とされるなら何でもしようと、最後までついていこうと、そう固く誓っていた。


 最後まで、その命令に従おうと、そう思っていた。


「よせ、もういい。お前は、もう私の前から消えるんだ」


「嫌です。俺は、最後まであなたについていくと決めたんですから」


 しかし、口から出るのはそれと反する言葉ばかり。アストルに頼んだことも、咄嗟にそうしなければと思ってしたことで、ゼロ自身も驚いていた。

 ゼロは、少し前から分かっていた。ザイクが、破壊では決して満たされないことを。そして、伝えようと思えばできたことも。しかし、命令に従うと決めていたゼロは、どうなろうと最後までついていくつもりだった。

 でも、できなかった。失いたくなかった。


「ゼロ、お前も死ぬぞ?」


「何を言われても、どけません。あなたと共に過ごした時間は、何があっても消えない。俺は、俺にはそれだけが真実なんです」


「ゼロ……」


「あなたをひとりには、できません!」


 ゼロの瞳から、何かがこぼれ落ちた。ぽたり、とそれは地面に円を描く。それは、今まで決してゼロが表に出さなかったもの。ザイクも、ゼロのこの反応は予期していなかったのか、黙ってその背中を見つめている。


「アストル王子は、俺の頼みを聞いてくれました。この人を、救ってほしいという、俺の望みを」


 ゼロの口から出た“アストル”という言葉に、何人かが反応した。そのひとりである父ルクトスが、群衆の中から歩み出る。自然と、人々は彼に道を譲った。


「お前のことは、たぶん一生許せねぇ」


 一番前まで出たところで、ルクトスは低い声でそう言った。ザイクは、その言葉に黙って耳を傾けている。

 静かに語りだしたルクトスだったが、次に口を開いた瞬間には怒鳴り声をあげていた。


「だが、ここで死ぬのはもっと許さねぇからな!ちゃんと償え……アストルも、そう望んでるはずだ。これからの世界のために、力を貸せ」


 おそらく一番自分を殺したいのはお前だろうにと、ザイクはその甘さに苦笑いするしかなかった。そして、アストルと似たようなことを言うルクトスを見て、ザイクは呟いた。


「……親子だな」


 その一部始終を見守っていたアランは、冷静にこれからのことを考える。


「確かに、お前のしたことは許されることではない。しかし、神石の力がなくなった以上、我々はこれからどうやって生きていくのか考えなくてはならないだろう。我々は、今まで神石に頼り過ぎていた。その点で、お前には機械を製造する知識がある。これからの世界のために、それは必要なものだろう。ならば、ここでそれを失うのは、我々にとっても不利益となるのではないだろうか?」


 アランは、みんなに同意を求める。文句を言いたげな者もいたが、反論は思いつかなかったのか、渋々頷いていた。


「けど、自由に動いていいってわけでもねぇよな」


「そうね、常に誰かが監視していないと」


「ああ、それくらいは当然だな」


「それに、殺さないにしても、それ相応に償ってもらわないと気が済まないぞ」


「これからの世界のために、しっかり働いてもらわないとな」


 人々の中から、様々な声があがった。がやがやとあたりが騒がしくなり、だんだん熱を帯びてくる。このまま放っておくと収拾がつかなくなると判断したアランは、群衆を鎮めようとそこに割って入った。


「すぐに処分をどうするか決めるのは賢明ではないな。皆の意見も聞きたい。時間をかけて、話し合うことにしよう。だが……とりあえず、殺しはしないよ。君も、ちゃんと手当を受けなさい」


 アランがそう言ったことでようやく安心したのか、ゼロはがくりと膝を折って座り込む。その背を、ザイクはじっと見つめていた。


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