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アルタジア  作者: 桜花シキ
第11章 最終決戦
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戦いの先に待つもの⑦

 ゼロと戦った後である上、リエルナもここにはいない。扉は完全にロックされていて、外からレーザーを破壊してもらうわけにもいかない。扉の破壊も試みたが、後ろを向こうとするとセンサーに引っかかり、返り討ちにあってしまった。

 

 どうにか操作パネルを破壊しようと試行錯誤したアストルだったが、その度に何度もレーザーで撃ち抜かれ、遂に床に伏した。


「ふ……ようやく大人しくなったか。まだ聞こえているのなら、タイムリミットが来るまで私の昔話でも話してやろう。……私は、サイモアの貴族ブレンディオ家の出身だ。元は、サイモア王家に仕える参謀として名を知らしめていたな。まぁ、私がその王家を滅ぼしたのだが」


 そして、ザイクは自分の過去を語り始める。


「私には、上に兄姉がたくさんいた。どれをとっても、私より有能な兄や姉ばかり……。私は、居ても居なくてもいいような扱いでね。私は、それが我慢ならなかった……。私は、お前たちのように、初めから力も居場所も与えられていた人間とは違う。持たない者は、自分で力をつけて奪うしかないのだ」


 ギラリ、とザイクの目が獣のように光る。


「まずは家を出た。ふ……止める者もいなかったな。そして、情報屋に入り、世界を相手に戦うための知識を得た。そして準備を整えた後、サイモアの王政に反対派の者たちを味方につけ、この国を奪ったのだ。私を必要とせず、関心もなかった家族が、その私に殺されるなど思ってもいなかっただろう。あの時の、驚いて私を見上げた家族の顔は忘れられんな」


 倒れるアストルの耳に、ザイクの笑い声が届く。しかし、その笑い声はどこか寂しさを含んでいるように聞こえると、アストルは思った。

 そういえば、ザイクに似た人間を自分は知っている。アストルは記憶を呼び起こした。

 そうだ、グレンだ。彼も、一度はザイクと同じように悩み、サイモアに力を貸していた。しかし、アランが迎えに来て、必要とされたことで彼は変わった。

 しかし、もしグレンと根本的な問題が同じだとするならば、ザイクは出口のない暗闇の中にいるのだ。


「持たなかった私は、力をつけてこの国の頂点に立った。だが、それでも満足はできなくてな。今度は世界の頂点に立ち、私という存在を認めさせてやる。そこまで登りつめれば、ようやくこの空虚も埋まるだろう」


 アストルは、ザイクの話を聞いていて辿り着いた結論を何とか伝えようとするが、下手に動くわけにもいかないし、何より体が限界だった。

 もう、駄目なのか。ザイクの声が次第に遠くなり、アストルは重くなった瞼を閉じた。そして、その意識は深い闇の中へと引きずり込まれる。



『アストル』


 ふいに、誰かが名前を呼んだ。ザイクのものではない、優しく、どこか懐かしい女性の声。しかし、この部屋にそんな人間がいるはずもない。ついに自分は死んでしまったのかと、アストルは恐る恐る身体を起こした。

 あたりは一面の闇。先ほどの部屋ではなかった。やはり死んだのかと思ったアストルだったが、目の前に白い光の塊があることに気がつく。よく見れば、それは人の形をしている。その顔を見て、アストルは息を呑んだ。


「母さん……なのか?」


 そこに立つ光でできた女性は、先日ヴェインズに見せてもらった母の姿をしていた。開いた口が塞がらないアストルを前に、ユナは少し困ったような表情を浮かべ、頭を下げる。


『まず、謝らせて。ごめんなさい、あなたに辛い思いをさせてしまったわね。アルタジアの言った通りになっちゃった。でも、後悔はしていないの。あなたがこの世界に生まれてきたことは、間違いなんかじゃない。そうなる運命を、私が選び取ったものだから』


 しかし、再び顔をあげたユナの瞳はとてもまっすぐで、アストルの姿をしっかりと捉えていた。


『アストル、守りたいんでしょう?あなたの世界を』


「ああ、守りたい……だけど……」


 悔しそうに拳を握りしめ座り込むアストルの手に、ふわりと温かいユナの手が重ねられる。


『私も手伝うわ』


「母さん?」


 その言葉の意図が掴めず首を傾げるアストルに、ユナは語り掛ける。


『私は、ずっとあなたと一緒にいたのよ。あなたの一部になって、ずっとあなたの成長を見てきた。あなたとルクトスと私と……3人で一緒にいたいって願い、ちゃんと叶ったわ。ありがとう、アストル』


「そう、だったんだ……」


 母とこうして話すのは初めてだったが、母の声を聞いているとなぜか安心する。それはもしかしたら、今までずっと一緒にいてくれたからなのかもしれないと、アストルは思った。あの時、自分の命と引き換えにアストルを生かしたひとりの女性。神石は、死した者の魂でできている。ならば、何らかの形で産まれたばかりのアストルの中に、ユナの力が入り込んでいても不思議ではない。母が今までずっと一緒にいてくれたことを知り、嬉しい反面、むず痒くもあった。

 表情を少し緩めたアストルの顔を、ユナは両手で優しく包み込む。


『だから、今度は私があなたの願いを叶えてあげる番。アストル、世界を守りたい?』


 息子の姿をしっかりとその瞳に映し、ユナは再び問いかけた。アストルは、それに力強く頷く。


「ああ、守りたい」


『分かったわ』


 その答えを聞いたユナは、とても優しい表情で微笑んだ。それは、愛する息子に向けられた、母の顔だった。

 そして、アストルはまばゆい光に包まれる。


 アストルの意識は、再び浮上した。怪我が治ったわけではない。痛みで体中が悲鳴をあげている。しかし、アストルの頭は冷静だった。

 魔法をコントロールするにはいささか不安定だった先ほどと異なり、自然とそれをどう制御すればよいのかが分かる。これも、ユナの力なのか。

 

「まだ立ち上がる気力があるのか。無駄なことだ、もう諦めたらどうだ」


 アストルは、ゆっくりと立ち上がった。ザイクの言う通り、もはやそれは気力で立っているとしか言いようのない状況だったが。しかし、その気力の源は、ここまで共に来てくれたみんなへの想いだった。

 アストルは、母に問われ、自分の意志を再確認した。何のために、自分はここに来たのか。


 世界を守りたい。みんなのいる、この世界を。


「俺は……ひとりじゃない。みんなが、力を貸してくれたんだ。ここまで来て、俺が諦めるわけにはいかない!」


 アストルは足に力を入れ、ザイクの元へと駆けだした。無駄なことをと鼻で笑ったザイクだったが、先ほどまでとは違うことに、すぐ気がつくこととなる。


 先ほど同様、アストルに向かっていくつものレーザーが照射された。しかし、今度はやられっぱなしではない。レーザーが照射される寸前、一瞬赤い点のようなものが現れる。そこから、レーザーが発射されていることには、アストルも気がついていた。

 素早くその位置を確認し、視界に入る分は照射される前に破壊した。ザイクは、いきなり反撃に出たアストルの行動に目を見開く。アストルは、ためらいなく魔法をレーザーにぶつけ、破壊した。威力は彼が元々持つそれのままで、ピンポイントに狂いなくレーザーを狙い打ったのだ。中央の装置には、傷ひとつついていない。この短時間で、一体何が起こったというのかと、ザイクは呆気にとられる。

 視界に入らなかった部分から照射されたものに関しては、発射後それを迎え撃つような形になった。アストルの魔法と、レーザーの赤い光が衝突する。しかし、本領を発揮したアストルの力によりそれは押し戻され、レーザーはまた破壊された。


 それを数回繰り返し、アストルは遂にザイクの目の前に飛び出した。


「何っ!?」


 ようやくザイクが焦りを見せ、短くして所持していた槍を元の長さまで戻して構える。

 アストルが繰り出す攻撃をガードしながら、ザイクは目の前の相手を睨みつけ、反撃する。しかし、対するアストルは落ち着いた様子で、ザイクの攻撃をかわしていく。


「聞いてて分かった……お前は、たとえ世界のすべてを破壊しつくしたとしても、満足しない。もう、できないよ」


「何だと?」


 攻防が繰り広げられる中、アストルが発した言葉にザイクは眉をひそめる。


「世界から争いをなくすためとか、人を従わせるとか……それはただの口実だ。お前が本当に望んでいたのは、自分の存在を認めさせることなんだろ?だけど……誰でもいいわけじゃない。お前が本当に求めていたのは、家族から必要とされることだ。否定できるか?」


 別れ際、グレンは言っていた。ザイクは、自分と似ていると。それがヒントになった。

 サイモアという国の頂点に立ち、それでもまだ満たされない。ザイクに惹かれ、多くの人々が彼についてきた。それでも、ザイクは自分の存在が認められているという自覚が薄い。

 満たされないのは、求めているものがそこにはないから。ないものを探し、求め、やがて破壊に走った。一度の破壊で空虚は埋まらない。次第にそれは激しさを増していき、人々の疑念を生んだ。存在を認められたい。強くなる欲求と反比例して、自分についてきていた人間まで離れていく。

 なぜ。その疑問を振り払うようにザイクは乱暴に槍を振るったが、それは簡単にかわされてしまう。


「くっ……私は、私はっ!」


 アストルの言葉に、ザイクは動揺した。そんな自分が分からず、混乱する。

 なぜ、こんなに胸がざわつくのか。自分で必要ないと斬り捨てたものなのに。そんなものに、なぜ今更こんな感情を抱くのか。

 最近は、その時のことを考えることなどほとんどしていなかった。あの時は、ただ達成感に溢れ、満たされていた。満たされたような気がしていた。

 

 しかし、それでもまだ何かが足りない。その何かが分からず、ザイクは空虚に駆られた。

 サイモアを従え、やがて他の国にも勢力を伸ばし、そして今、世界にも手を出している。そうすることで、ようやく満足できるような気がしていた。

 だから、アストルがそれを否定することを言ってのけたことで、ザイクは突如不安に襲われたのだ。出口に向かって進んでいたはずが、いきなり暗闇に落とされる感覚。必死にアストルの言葉を否定しようと思案するも、なぜか自分の口からそれが出てこなかった。まさか、それが長い間見つからなかった空虚の原因の、答えだとでもいうのか。

 

 まさか、自分から背を向けたはずのものを、求めていたとでもいうのか。


「お前は、その望みを自分の手で破壊したんだ!」


 アストルの拳が、ザイクの槍を砕く。そのまま殴り飛ばされたザイクは床に倒れた。アストルも肩で息をしながら膝をつく。

 アストルはザイクの方に目をやった。ザイクは床に倒れたまま天井を見上げている。



「……戦う気も失せてしまったな」


 少しして、自分を嘲るように笑いながらザイクはそう漏らした。

 戦意を喪失したその男を見ながら、アストルはここに来る前、ゼロに囁かれた言葉を思い出していた。


(あの人を……救ってください)


 表情こそ崩さないものの、耳元でささやかれたゼロの声は震えていた。今まで感情を表さなかった彼のその様子に、アストルは動揺した。それは、戦いで受けた傷が痛んだからとかそういうものではなく、ただ純粋にザイクへの想いからくるものなのだと直感したからだった。


「どうした……私を倒すのではなかったのか?」


 身体を起こしたザイクが、動きを止めたアストルに訝しげな視線を向ける。そんなザイクに向かって、アストルは疑問を投げかけた。


「……ゼロは、どうしてお前と一緒にいるんだ?」


 ゼロという名を聞き、ザイクの眉がピクリと反応する。


「あいつは死んだのか?」


「生きてる。ただ、また動かれると面倒だからクローリアとリエルナが見張ってるよ」


「そうか……」


 ゼロがなぜ一緒にいるのかという問いには答えず、安堵したようにもとれなくはない返答を返すだけだった。仕方なく、別な質問を投げかける。


「お前にとって、あいつは何なんだ?」


「ふ……有能な駒にしか過ぎないさ」


「本当にそうなのか?」


「私が、それ以外の理由で人を扱うことはない」


 一見冷たいことを言っているが、ゼロの話をしている時のザイクの表情が、いつもより柔らかなものに変わっていたのを、アストルは見逃さなかった。




 廊下では、クローリアとニトがリエルナの手当てを受けていた。怪我の度合いのひどかったニトの方から治療を開始し、ニトが意識を取り戻したところでクローリアの治療に移る。ニトは意識を取り戻したとは言っても、まだ動ける状態ではない。そっちの治療には時間がかかりそうだった。そう考えると、目の前に座るゼロが動きを見せた時、対処できるのは実質彼だけだ。

 しかし、今のところゼロに変わった様子はない。治療を受けながら、クローリアは向かい側に座る男を見る。


「ゼロ、どうしてザイクに?」


 見張りを任されていたクローリアは、壁にもたれかかったままじっと動かないゼロに尋ねた。戦いの傷は痛々しいが、回復してまた動かれたのではたまったものではない。リエルナも、回復するのは止めていた。


「……俺の世界は、あの人からもらったものですから」


 ゼロはぽつりとそう言って、扉の方を見た。外から中の様子を見ることのできる作りにはなっていないため、何が見えるというわけではない。しかし、ゼロの目は見えない“彼”を追うように動いていた。

 クローリアは、はっと息を呑む。一瞬、ゼロが微笑んだように見えたのだ。いつも無表情な彼からは想像できないほど、穏やかな笑み。

 しかし、瞬きした後もう一度彼を見ても、見間違いだったのか、そこにあるのはいつもの人形のような顔だった。




 アストルは、床に手をつき、立ち上がる。そして、ザイクに手を差し伸べた。 


「もうお前に戦う気がないのなら、俺はこれ以上何もする気はない。間違ってたと思うなら、これからの世界のために力を貸せよ。だから、まずはこの装置止めろって」


 ザイクはその手をしばらく見つめていたが、握り返すことはなかった。

 その代わり、すっかり力の抜けたザイクは、ルクトスに似て甘いな、と呟いて弱々しく笑う。しかし、その顔にはどこか諦めが見え隠れしていた。

 アストルは、それにどうしようもない不安を覚えた。そして、その不安は現実のものとなる。


「これからのため、か……。だが、もう遅い……装置は作動した」


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