戦いの先に待つもの⑥
「ゼロを倒したか。見事だ、アストル王子」
アストルが扉を開けると、中央に置かれた巨大な装置の向こう側に背を向けた男が立っていた。アストルが以前入れられた透明なカプセルを挟んで、男の姿が確認できる。
1歩部屋に入ってあたりを見回すと、中央の装置に繋がれた何本もの管が、部屋にいくつも置かれている赤いエネルギーの詰まったカプセルに続いていることに気がつく。アストルはそれを見て、この中央の装置こそ、何としてでも止めなくてはならないものだと理解した。
男はアストルが入ってくると、振り向いて笑みを作った。
「ザイク……」
その時、アストルの背後でカチリという音がした。アストルが驚いて振り向くと、今入ってきた扉が閉まっている。
「扉はロックさせてもらったよ。援護が入っては面倒だ」
ザイクは自分の後ろにあった操作パネルを使い、扉に鍵をかけた。援護が入っては困るというのはその通りだろうが、それはつまり誰もザイクの援護をしに入れないということでもある。アストルとザイクが対峙すれば、圧倒的にザイクの方が不利だ。アストルには、ザイクの意図が掴めなかった。
しかし、訝しげな表情のアストルには構わず、時間稼ぎのためなのかザイクは話を始める。
「国がひとつしかなければ、戦争など起こらない。そうは思わないか?」
「それぞれの国に、それぞれの生き方があるんだ。それを無理矢理ひとつにしようとするなんて、間違ってる!」
「だが、そのせいで争いが起こる。世界が平等であれば、すべてが上手くいくものを……」
「そのために、お前は争いを起こしているじゃないか」
「従わない者には、そうするしかあるまい。多少の犠牲は出るだろうが、力を示すことで人は従う」
アストルは首を横に振る。
「従うのは、恐怖があるからだ。破壊で、人の心はついてこない。破壊で得たものは、まやかしに過ぎないんだ。破壊することだけで、得られるものなんてない!」
アストルはそう叫んだが、ザイクはその瞳に静かな炎を宿しながら口角をあげる。
「なら、私が可能だと証明しよう。君を倒せば、邪魔者はいない。私の理想の糧となるがいい!」
「そうはいかない。お前を倒して、守らなきゃならないものがある!」
アストルはザイクと間合いを詰めるために飛び出した。
しかし。
「っ!」
ザイクに近づこうと少し動いた瞬間、どこからともなく放たれた赤い光に左肩を撃ち抜かれる。
「ああ、言い忘れていたが、この部屋には人の動きに反応するセンサーが張り巡らしてある。部屋の扉がロックされると作動する仕組みでね。センサーに感知されれば、今のようにレーザーが照射される。安全なのは、私が立っているこの場所くらいか。センサーの解除コードは、私しか知らない。まぁ、それを制御しているこの後ろの機器を破壊しても止まることには止まるが、ここまで来れるかな?」
ザイクはそう言って自分の後ろにある操作パネルを指し、笑みを浮かべる。
言わなかったのは意図的だろうと思いながら、アストルはザイクを睨んだ。左肩に受けた傷が熱を持つ。その痛みに、傷口を右手で押さえながらアストルは呻いた。
しかし、ザイクの言っていることが本当だとすれば、まずはそれを破壊しなくてはならない。アストルは、なるべくその場から動かないようにして魔法を形成し始めた。だが、それを見たザイクが忠告する。
「下手に暴れると、ここで大爆発を起こすぞ。互いに、それは望まんだろう?」
ザイクは中央の装置を見上げる。莫大な神石のエネルギーが、その中には凝縮されているのだろう。ザイクの言う通り、ここでアストルが強力な魔法を放てば装置を傷つけ、爆発を起こす危険がある。そうなれば、ここにいるアストルやザイクのみならず、今サイモアで戦っている人々も巻き添えを食うだろう。ザイクは世界に発信した映像の中で、蓄えた力をまとめて使えば世界を吹き飛ばすことも容易いと言っていた。それが真実なら、爆発させるのは何としてでも回避しなくてはならない。
「くっ……」
アストルは歯を食いしばり、魔法の形成を止めた。
ザイクの示す機器は、中央装置の向かい側にある。近づかなければ、中央の装置を傷つけることなく、それを破壊することはできない。
ならば、とアストルは自分に防御壁を張って、接近を試みる。しかし、ピンポイントで照射される神石のエネルギーを凝縮したレーザーは、防御壁を簡単に突き破った。
「ぐあっ……」
今度は3発命中した。一発は右足の太腿に、一発は背中の方から左脇腹をかすめ、一発は先ほどと同じく左肩に。防御壁でダメージは軽減されているはずなのだが、そんなことは微塵も感じさせない威力だった。
アストルはその場に崩れる。左腕は、もう使い物になりそうもなかった。倒れながらも、アストルはレーザーが発射された方向に目をやる。
照射される方向で大体レーザーの位置は掴めるが、中央の装置にレーザーがギリギリ当たらないくらいのきわどい位置に設置してあるようだ。へたに迎撃すれば、中央の装置を壊しかねない。中央の装置を壊さずにレーザーだけ破壊するには魔法のコントロールが必要不可欠だが、それは魔法を使う上で最も高度な技術だ。しかも、それはアストルが苦手としていることでもある。力任せな戦い方が主だったアストルは、コントロールするにしてもクローリアやバドなど、まわりの人たちに助言や補助をしてもらっていた。ひとりでも、威力を抑えればある程度のコントロールは可能だが、それではこのレーザーに対抗するだけのエネルギーが足りなくなってしまうだろう。
「援護もない、レーザーを破壊しようとしてこの装置に大きな衝撃を与えるわけにもいかない。このまま君が何もできなければ、無事にタイムリミットを迎えられるだろう。時間が来たら、自動的に作動するよう設定してある。もうひとつ教えておくが、中央の装置もこの操作パネルを壊せば止まるぞ。目の前にあるというのに、無力なものだな」
ザイクは、アストルがもがく様を楽しんでいるようだった。
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アストルたちが内部へと潜入を成功させた後、外でも動きがあった。
遅れてサイモアへと向かっていたルクトスたちの船が、ようやくサイモアが見える領域へと到着したのだ。しかし、あと少しというところで何艘もの軍艦の攻撃を受け、なかなかサイモアに近づけずにいた。
見たところ、サイモアの軍艦ではない。今は、共に乗り合わせていたヴェインズを中心として、船内から何人かが外に出て迎撃している。
「どうなってやがる……こいつら何なんだ?」
ルクトスがレティシアの軍艦の中から外の様子を確認していると、突然無線が入った。急いでルクトスはそれに応じる。
『ルクトス、聞こえるか?』
「アランか。どうなってる?」
『サイモア側の援軍が、私たちを足止めしているようだ……こっちも危ない、いったん切るぞ』
アランの方も厳しい状況なのか、すぐに無線は切れた。
ルクトスたちはサイモアを止めるために団結していたが、全世界がそうというわけではない。サイモア側にも、当然援軍はいるのだろう。
さてどうしたものかと考えを巡らしていたルクトスの耳に、聞き覚えのある声が届く。
「水竜!?どうして……誰も呼んでなんかいねぇはずだぞ」
それは、聞き間違えるはずもない、水竜たちの鳴き声。それも、何頭もの。この戦いには巻き込まないようにと考えていたシャンレルの国民たちは、誰も呼んでなどいないはずだ。その証拠に、戦いが始まってから一度も水竜の笛の音は聞こえてきていない。ルクトスが振り向いて国民たちを見ても、誰もが首を横に振り驚いているばかりだ。
ルクトスは自ら外に出てみて、何が起こっているのかを知った。
【我が率いているのだ】
「ザナルカス!」
威厳で満ちた声でそう言ったのは、海王ザナルカスだった。ザナルカスを先頭に水竜たちが隊列を作り、サイモアの援軍の船をひっくり返していく。ひっくり返された船の中から慌てて兵士が脱出し、船にしがみついている。そんな彼らを待ち受けていたのは、彼らを睨みつける水竜の鋭い視線だった。サイモアの援軍の兵士たちはガタガタと震え、身を固めている。
しかし、水竜たちが人を食らうことは滅多にない。今回もその気はないようだが、敵を怯ませるには十分だった。
【何やら、海が荒れていると思えば……人間とはくだらぬ生き物だな】
ザナルカスは呆れたように戦いの繰り広げられている海を眺める。
「くだらないことで呼ぶなって言ったのはお前じゃなかったか?」
【ふん……そのくだらないことのせいで我らの海が荒らされているのを黙って見過ごすなど、できると思うか?】
ザナルカスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「はは……そりゃあ、尤もだな」
ルクトスは頭をかいた。
「アストルたちが頑張ってんのに、俺たちが諦めたら駄目だよな。よし、気合入れ直すぞ!」
ルクトスたちは水竜たちの力を借りながら、再びサイモアへと進み始めた。その間にも、残されている時間はどんどん少なくなっている。
タイムリミットが刻一刻と迫る中、アストルは窮地に追いやられていた。