アプリコットオレンジ
十年越しの、
*
しゃららん、しゃらん。
教室の窓から入ってきた風が、筆箱につけたチャームを揺らす。
ふと、あのことを思い出し、私の目が金属製のそれに惹きつけられる。
そして――
ばこん。
「いっ、たあー! 何すんのよっ」
「補習中によそ見なんてしてるからだ、あほう」
数学教師であり担任の、高梨に軽く殴られた。その手には丸めた教科書。
現在、単元テストの追々々々試にひとり落ちて、二人きりで補習中。どうでもいいが、響きのわりに色気がない。
「さっさと解け、おら」
「ちょっとぐらい良いじゃない。あたしにとっては大切なものなんですよーだ」
「……ほー」
適当に返された返事に少しむかつく。
ので、言い返す。
「なんにも知らないくせに、適当に返されたらたまったもんじゃないわ。これだから高梨は」
「はっ。そこまで言うなら、さぞかしご立派な理由があんだろうな? いいぜ、聞いてやる」
そう言われて更にカチンときた私は、遠慮なく、あの出来事を詳細に話してやることにした。
十年前、小学校の入学祝いに、体の弱い従姉に会うため大学病院へ行ったこと。
そこで探検したくなって抜け出したけど、迷子になったこと。
あわてていると、車椅子に乗ったお兄さんが、遊んでくれた上に道案内までしてくれたこと。
帰る際、泣いて駄々をこねると、お兄さんは金色のきれいなチャームをくれて、再会を約束してくれたこと。
「で、そのお兄さんが私の初恋だったんだけど、その後二回しか会えなかったのよ。だから、また会えるように今でもつけてる、ってこと」
「……え、何、もしかして」
「うん。まだ続いてるよ、初恋」
私がそう言うと、高梨はこめかみのあたりを押さえた。どうせ、こいつ馬鹿だ、とか思ってるんでしょうけど。
「でも、しょうがないじゃん。
本当の王子様みたいに格好よかったんだもん」
「王子様ぁ!? 俺はそんな柄じゃねーぞ!?」
「……え、」
「…………あ」
しまった、というように後ろを向いて頭をかく高梨。
その仕草が、困ったなあ、とつぶやいたときのお兄さんの姿と重なった。
(そして広がる、あのときと同じ夕焼け空)