第四話
院長室の扉を出ると廊下は暗かった。どこまでも続く闇に吸い込まれそうになりそうになる。吸い込まれてしまったら戻ってこれるだろうかとそんなことを思う。実際に吸い込まれることなどあるわけがない。しかし、紋乃の心にそれが少しだけ不安となって残っていたのも事実だった。不安を抱えながらも自室を目指しゆっくりと歩を進める。途中、窓に水滴が付いているのを見て、いつの間に降っていたのだろうかと思う。もし雨が降っていたら自分の前に立ちはだかっている闇はより一層怖いものになっていただろう。――ポツポツ
「雨だ……」
無意識に呟いていた。雨の音が強くなっていくのに比例していくのかのように紋乃の心も重くなっていく。知らずのうちに足を止めて窓の奥にある景色を見つめていた。無限に広がる入り口を。
前へ向き返すと窓からの薄明るく照らされたところに人の気配があった。しかし顔までははっきりと見ることは出来ず誰かはわからない。
「誰?」
聞くが反応はなかった。その代わりその人影が近づいてくるに連れて床のきしむ音が廊下に響く。足を動かそうとも自分の足ではないかのように言うことを聞かず紋乃はその場から逃げ出すことが出来なかった。なぜ。なぜ。なぜ。
動いてよと祈った。願った。頼んだ。紋乃の不安を尻目に近づいてくる人影の全貌が段々と明かされていく。足が竦むとはこのことだろうと思わずとも思わされている自分がいた。身長は紋乃より二十センチくらい高いだろうか。体格はがっちりとしていて目はやや吊り目で一瞬たりとも目を離そうとはしなかった。
「こなぃ……」
こないでよと言いたかったが声はその途中で消えてしまった。この二人のいる場所が不安で支配されているそんな感じだった。雨は風が強くなったのか窓に叩きつけられ雫となって窓を滑り落ちていく。
「瀬川紋乃」
自分の名前が呼ばれ俯き加減だった顔が再びその人影の方を見た。よく見れば無精ひげを生やしていたことに気付いたが紋乃にとってそれどころではなかった。
「な、なんなのよ、いったい」
震えている声が紋乃の心境そのものだった。得体の知れない人が自分の目の前にいる。一歩間違えば殺されかねない。先ほどまで死のうと思っていたのが馬鹿らしく思えた。やはり人間は死に直面するともっと生きたいと思うことを痛感した。
――まだ私は死にたくない
それが紋乃の心を大きく突き動かした。出来る限り息を吸い込み腹に力を入れた。
「しっ………」
自分のではない右手が紋乃の口を塞いだ。
「兎に角落ち着いて、君の父親だ」
予想などしていなかった、その発言に再び声を上げそうになったが以前口は塞がれている為に大声にはならなかった。なぜ父親がここにいるのかがまったくわからず意図も掴むことが出来なかった。