僕らを童話になぞらえて
「人魚姫は嫌いだよ」
呟いた君の言葉に、僕は驚いて瞬く。
「どうして?」
人魚姫は哀しいから?―慌てて聞くと、君は不機嫌に宙を睨んだ。
「自分勝手すぎる」
「え?」
「親が子どもが先に行くのを望むものか。姉たちが大切な髪を投げ出したのは何故だと思ってる?王子が隣国の姫に惹かれたキッカケはなんだったか知っていたのに」
逃げたんだ―君の言葉は強くて、僕は言葉を飲み込む。
「全部投げ出して、逃げたんだ。伝える方法ならいくらでもあったはずなのに」
「そう、かな」
君の心理分析力は僕には到底及ばない。
君の考えること全てが僕との距離を浮き彫りにする。
僕の国に突然現れた君は、余所者。
僕は、帽子屋。
惹かれても決して届かない月を見て、ただお茶を飲むだけの臆病者。
嗚呼、そうか。
「僕が、人魚姫か」
気づいてくれることを待つだけで、自分からは何もしないで悲劇を気取る愚者。
人魚姫は全てを知っていたけれど、口をきけないから諦めた。
『王子の幸せ』のためと、勝手に決めて身を引いた。
「人魚姫は嫌いだよ」
泣きそうに、君はもう一度呟く。
「王子の気持ちなんか、これっぽっちも考えていやしないじゃないか。『幸せ』なんて、少なくとも誰かが決めるものじゃない」
「結局。誰も彼も、自分が可愛くて、自分のためにしか生きられないよ」
「解ってるよ。だから、嫌なんだ」
自分を大切にしない奴なんか―君の瞳から零れた涙をぬぐおうと手を出して、けれど透き通る手をすり抜ける美しい雫に、やっと気付く。
嗚呼、そうか。
「僕が、人魚姫か」
王子の気持ちを勝手に決めて、自分のために泡になった。
「泣かないでよ。僕は僕のために生きたんだ」
「うるさい。自分のために泣いているんだ。指図なんか受けるものか」
君はやっぱりどこまでも君らしくて、僕は小さく笑ってしまう。
最後は笑顔が見たかったんだけど、仕方ない。
人魚姫が王子に望むのは、やっぱりこれだけだから。
「君の幸せを、願ってる」
【三題噺】心理、人魚、帽子屋