婚約破棄?ええ、では契約終了ですね。援助は全て停止します。
「エレシア、お前とは婚約破棄をする!そして、このメリアと結婚する!」
「嬉しいですわ、ジェイコブ様!」
メリアと呼ばれた男爵令嬢が、一応婚約者であるジェイコブ様に抱きついた。
え〜っと、なんの茶番を見せられているのでしょうか。
私とジェイコブ様の婚約は、れっきとした政略結婚だ。
愛などない。
そんなものあってたまるか、…は、言い過ぎね。
淑女としての言葉選びを少し間違えましたわ、危ない危ない。
大体、我がガット子爵家との縁談話、蹴ってしまって大丈夫なのかしらね?
ジェイコブ様のご両親は知っているのかしら。
いや、知っていたら、全力で止められているか。
だとしたら、ジェイコブ様の独断突撃ってことよね。
…ってことは、大チャンスなのでは?
「ええ、かしこまりました。婚約破棄、お受けいたしますわ」
「は?なっ、婚約破棄だぞ!?」
「はい、婚約破棄ですよね?」
「お、お前っ、最後だけは聞き分けがいいのだな!いい心掛けじゃないか!いつもそうだったらよかったのに!」
「応じますので、ぜひここに一筆くださいませ。これは、ジェイコブ様から申し出た婚約破棄だと」
「ああ!僕と結婚できなかったとことを、後で文句言ってきても知らないからな!」
「もちろんにございますよ」
だ〜れが、好んであんたなんかと結婚したがるのよ。
ニッコリ笑顔の裏でそんなことを思いながら、しっかり一筆もらった。
よっしゃ!
これで、婚約破棄が成立するわよ!
あとは、どうとにでもなる!
「では、私はこの辺で失礼致しますわ」
「さっさと帰れっ!」
「エレシア様、私、ごめんなさい…!私のせいで…!」
「あ、そういうの大丈夫なんで。では、これにて契約終了ということで、失礼しますわ!」
「は?契約…?」
ポカンとしているジェイコブ様と、茶番を楽しみたかったメリア様を置いて、私は急いで家に帰った。
「お父様〜〜〜!!!やったわ、やりましたよ!あのボンクラ息子との婚約破棄をもぎ取ってきましたわっ!」
「はああ!?」
「嘘だろ!?」
「あの家が、うちの援助を断るわけがないだろう!?」
お父様だけでなく、お兄様たちまで出てきた。
まあ、そう思われても仕方がない。
なんせ、かのお家は、我が家の援助金でギリギリ没落していないくらい、ひどい状態なのだから。
「本当よ!ほらっ、他に好きな女ができたんですって!ラッキーだわ、天は私を見放さなかったのよ!」
私は、さっき一筆をもらった紙を引っ提げて、踏ん反り返った。
「うわ…、馬鹿だとは思っていたが、本物馬鹿じゃねえか…」
「家格が上というだけで、エレシアの婚約を断れなかったが…」
「貴族のくせに商売なんかしてと、さんざん見下されたもんな」
「その商売の売り上げで援助されていたのは、どこのどいつなんだって話だよ」
「婚約しているのだから、援助金寄越せと毎月たかってきていたあの契約も終わりってことでいいんだよな…?」
私たちは全員で顔を見合わせて、頷いた。
「エレシアの結婚式用のドレス代とか言って、あそこん家の見栄張り宝石代に変わることもないってことだよな…?」
「持参金がまだ足りないと言われなくて済むのか…?」
「備蓄用の麦も、ほぼタダでやることももうないってことだよな?」
「つーか、あんな家にエレシアを嫁がせなくていいってことだよな?」
「ええ、そうよ。もっと喜んで?」
私がそう言うと、一番上のお兄様が私を抱き上げた。
まるでこどもを抱き抱えるようなはしゃぎっぷりだった。
「でかした!さすが俺らの妹!」
「今日は祝いだ〜!」
「その前に、婚約破棄を正式に受理させなくてはっ!」
「そうよ、向こうのご両親が気づく前に済ませなきゃ!」
「神殿に行くぞ!」
「あと、あの契約書もね!」
「ああ、婚約期間中はガット子爵家が全面的支援をするっていう馬鹿げた契約書な!」
「ほんと、家格が上ってだけでめちゃくちゃしやがって」
「神殿で受理されたら、こっちのもんだ!急げ!」
そこからは、さすが商売人。
あっという間にジェイコブ様の一筆だけで、正式な婚約破棄を受理してきた。
効力のある書類付きなので、もう向こうから何を言ってきても無敵だ。
「ではでは、あの馬鹿息子との婚約破棄にかんぱ〜〜〜い!」
その日は、使用人も交えて宴となった。
昔から家にいる執事長も侍女長も、泣きながら喜んでくれた。
私も、こんなに嬉しいことは久しぶりで浮かれに浮かれた。
はあ〜、ご飯が美味しいわ!
気がかりなことがなくなると、ご飯まで美味しくなるのねっ!
ジェイコブ様にほんの少しだけ感謝していることがあるとしたら、あの人と婚約したとこでたかられた大金を生み出すためにお兄様たちが始めた新しい商売が右肩上がりということくらいだ。
あの家の貢ぎ金のためにお父様たちはもっと働くことになっていたから、これで少しは休ませてあげられる。
はあ〜、嬉しい。
今なら、空だって飛べそうよ!
次の日、真っ青な顔のジェイコブ様の両親と、顔の腫れ上がったジェイコブ様が訪ねに来た。
「じ、実は、息子の独断で、こちらとしては婚約破棄するつもりがなくてですな」
「あ〜、その件なら、もう神殿に受理していただいたので結構ですよ」
ペラッと見せた神殿お墨付きの婚約破棄受理証明書に、さらに顔を青くさせていた。
はーん、その顔を見る限り、我が家からの援助金は使い果たしているわけね。
こりゃ、没落まっしぐらだわ。
もって、3ヶ月かしらねえ。
よかった〜、そんな泥舟と一緒に沈まなくて済んで。
婚約を結んだ時は、我が家に貴族としての力が圧倒的に足りなくて従うしかなかったけれど、今や我が家も社交界でそれなりに顔がきく。
これで本当におさらばできる。
「私との婚約破棄を嬉々として喜んでおられましたのに、おかしなことをおっしゃいますのね?」
「い、いや、息子は冗談を言いまして」
「あら、面白くない不愉快な冗談ですわね」
「と、とにかく、我が家は認めていない!婚約破棄など、認めん!」
どの面下げて、まだ偉そうにできんのよ。
脳みそ腐ってんじゃないの?
…おっと、本音が口から出なくてよかったわ、セーフ。
「あなた方が認めなくても、もう婚約破棄されております。したがって、契約も終了にございます。どうぞ、その中身のない脳みそをお使いになって、自分たちが貴族位を剥奪されないようせいぜい頭を使ったらよろしいんではなくて?」
結局、全然本音は隠せてないが、私の言葉にご両親の方は、口をはくはくさせた。
ジェイコブ様の方は首を傾げていたから、真性の馬鹿らしい。
なんで、あんな人と一時期とはいえ婚約しなくちゃならなかったのかしらね。
私が可哀想だわ…。
「だが…!」
「契約終了だと申していますよね?二度とその面、見せないでもらっていいですか?」
隣でお父様がため息をついているけど知らないわ。
淑女の仮面をかぶるの、疲れるのよ。
「お前みたいな可愛げのない女、誰が結婚してやるか!」
「あんたみたいな利益にならない男、こっちから願い下げだわ!お引き取りを!」
最後まで口の減らないジェイコブ一家を追い出して、はああと息を吐いた。
「ため息つきたいのは、私だよエレシア…。淑女らしくしなさいといつも言っているだろう?」
「あら、淑女らしくしていたら、あの男と結婚じゃない」
「うははっ、それもそうだ!今回ばかりは、エレシアの言う通りですよ、父上!」
「…どうしてこんな勇ましい子に育ったんだろうね」
「さ〜て、婚約者もいないなら、私も商売しよーっと!」
「はああ、もう好きにしておくれ」
「契約書の大事さは、私が一番よくわかっているから大丈夫よ!お父様!」
「…そういうことじゃないんだが、はあ」
了
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