23. 君の中のヒーローを育てて
雪も溶け始め、柔らかな風が吹き始めた春先。いよいよリハーサルの日がやってきた。
城の訓練場に引かれた一本の白線。それが、この世界で初めての「ステージ」だ。
観客席には、ギルバート様を筆頭に、カイルさん、マキナさん、料理長、そして騎士団の面々がズラリと並んでいる。
その威圧感は凄まじく、ついたての裏では、演者である元盗賊のメンバーたちが今にも逃げ出しそうな顔で震えていた。
「……手が、震えが止まらねぇ……」
アレンが自分の右手を抑え込むように握りしめている。
かつては盗賊として裏道を歩いてきた彼らにとって、騎士団や領主は「追われる側」としての恐怖の対象でしかない。そんな彼らの前で、あろうことか『正義の味方』を演じるのだ。
「いいか……俺たちはクズだ。でも、今日この時だけは……あいつらのヒーローにならなきゃいけねぇんだ……」
リオンは仲間の声に目を閉じて噛み締めるように頷く。ガトラスさんは無言で仮面を握りしめ、静かに呼吸を整えている。彼らにとってこれは単なる演劇ではなく、自分たちの人生をやり直すための、命がけの「儀式」でもあった。
私はついたての裏に顔を出し、彼らに向かって力強くゲキを飛ばした。
「もうね、みんなめっっっっちゃカッコいいから自信もって! 練習の成果を見せるのよ! リハーサルだから、気楽にね!」
私の言葉に、アレンが一度だけ深く頷いた。その瞳には、恐怖を飲み込んだプロの光が宿る。
私は台本を手にステージへと躍り出た。手には見えないマイクを持っている。
「みんなーーー!!! こんにちはー!」
「…………(シーン)」
「あれれ? 元気がないぞー? こーーーんにちはーーー!!!!」
ぐいっとマイク(のフリ)を双子に向けると、二人は顔を赤くしながらも「こ、こんにちは~!」と応えてくれた。騎士団の皆さんも、私のあまりの圧に「あ、これ言わなきゃいけないやつだ」と察したのか、キョロキョロと周りを伺っている。
「さぁ、これからスターレンジャーのショーが始まります! ステージに近づいたり、走り回ったりしちゃダメだよ! みんな、お姉さんとの約束、守れるかなー?」
私の問いかけに、地面を震わせるような重低音が轟いた。
「は、はーーい!!!」
一糸乱れぬ騎士団の野太い唱和が訓練場に響き渡る。……よしよし、圧に負けずによく言えました。
「もしも、ピンチになった時に、お友達の応援の力が大事になってきます! だから、ここでお姉さんと一緒に応援の練習をしてみましょう! 『がんばれ~!』だよ! せーの!」
「がんばれぇぇぇーーー!!!」
野太い声の合間を縫って、鼓膜を突き刺すような鋭い高音が突き抜けた。マキナさんだ。開発者としての興奮がピークに達した彼女は、立ち上がって拳を振り回し、誰よりもハイテンションな叫び声を上げている。
「ばっちりでーす! それでは、そろそろスターレンジャーを呼ぶよ! せーの! スターレンジャー!」
ついに、シオンさんが長椅子の端でギターをかき鳴らした。
――ジャカジャカジャン!!
激しい前奏が響き渡る。急に不穏な音楽が鳴り響き空気を一変させる。ついたての向こうから「悪役」たちが飛び出してきた!
「がっはっは! だーれを呼んだって?」
ついたてから悪役たちが飛び出してきた。
最初に悪役が出てきて会場を怖がらせるのは、ヒーローショーの定番だ。ここで子どもたちの「怖い」という感情を揺さぶり、絶望感を与えることで、後から現れるヒーローの輝きを何倍にも引き立てるのだ。
(それにしても……元盗賊だけあって、板に付いているというか……うまいわね……)
彼らの足音、構え、そして獲物を追い詰めるような低く冷たい声。演技とは思えないほどの「本職」の凄みが漂っている。
狙い通り、エルナは「ひっ……」と声を漏らしてマキナの背後に隠れ、アルスも剣を握りしめたまま固まっている。
「おまえは! 悪の秘密結社ダークネス団!」
シオンさんが奏でる不穏な旋律が、会場の緊張感を煽る。
私が叫ぶと、悪役たちがニヤリと笑って私を連れ去ろうと手を伸ばす。
その瞬間、客席の最前列で「演出」を超える本物の殺気が立ち上った。
「おい……その腕、今すぐ切り落と……」
ギルバート様が、冗談抜きで剣の柄に手をかけて立ち上がろうとしている!
「閣下、閣下! これは演劇、作り話ですから! 落ち着いて!」
カイルさんが必死に組み伏せて止めている。シオンさんがすかさず激しい打楽器の音を鳴らして舞台を盛り上げたおかげで、閣下の殺気もなんとか演出の一部に溶け込んだ。……危ない、初演で悪役が物理的に消滅するところだった。
「待て!!!!」
その瞬間、シオンさんのギターが最高にクールなヒーローソングを奏で始める!
『♪ 闇を裂け~ 三つの希望~!』
彼の伸びやかな歌声と共に、高いところから真っ赤な衣装に身を包んだアレンが飛び出してきた。
「太陽の情熱! スターレッド!」
「大海の静寂! スターブルー!」
「大地の重厚! スターブラック!」
「「「三つの星が闇を払う! 輝星戦隊スターレンジャー!!!」」」
ドーーーン! というマキナ特製の爆発演出とともに、三人が完璧な見得を切る。3人がその手に持っているのはあの『スターブレード』だ。
(ギャーーーーー! カッコイイ! ヤバい、目の前に推しが……! 本物の推しがいる……! 尊死……っていやいや、ダメダメ私は今お姉さん役でしょ!)
心の中で荒ぶるオタクの叫びを必死に抑え込みながら、私は台本を握りしめた。シオンさんの音楽が最高潮に達し、会場のボルテージは一気に跳ね上がった。
「か、かっこいい……!」と目を輝かせるエルナ。
アルスは息を呑み、自分の膝に置いた銀色の短剣を何度も見つめている。「これ、これじゃん!」という心の声が漏れ聞こえてきそうだ。
ステージ上では、王都の息子夫婦が縫い上げた衣装が躍動し、本物の魔石から鳴る「シュバッ!」という風切り音が響く。シオンさんは片手でギターを弾きながら、もう片方の手で鈴を鳴らし、剣戟の鋭い音をリアルタイムで当てていく。
けれど、中盤。多勢に無勢、スターレンジャーが追い詰められる。
音楽は悲痛な低音へと変わり、絶望感を煽る。
「くっ……強い! みんなの……みんなの応援が必要だ!」
私は叫んだ。「みんなー! スターレンジャーを応援して! せーの!」
「が、がんばれーーー!!!!! スターレンジャー負けるなーーー!!!」
誰よりも大きな声を上げたのは、アルスだった。顔を真っ赤にして、必死に手を伸ばしている。
「みんなの勇気、受け取ったぞ! アルス君、その剣を上に掲げて!」
「スイッチを押すんだ!」
アルスが夢中でスターブレードのレバーを引くと、「ガシャンッ!」という重厚な音とともに光が天に昇った。
「「「スターフィニッシュ!!!」」」
シオンさんの勇壮なサビが響き渡り、レッドの必殺技が炸裂! 悪役たちが「おぼえてろよー!」とコミカルに退場していく。
「みんな、応援ありがとう! 辺境の平和は、僕たちが守るからね!」
最後、シオンさんの優しいエンディングテーマが流れる中、三人が並んで右手をビシッと突き出すと、訓練場は割れんばかりの拍手に包まれた。
悪役たちが退場し、シオンの奏でる優しいエンディングテーマが流れる中、最後は「握手会」の時間だ。
「キャーーーッ!」
エルナは目を輝かせて、ブルーやブラックの元へ駆け寄っていく。
アルスはといえば、初めての衝撃的な体験に、まだふわふわと夢見心地のまま、ゆっくりとレッドの前に立った。
レッド(アレン)は、ゆっくりとアルスの目線に合わせて腰を落とすと、その小さな頭にぽんと優しく手を置いた。
「アルス君。……早く大人になろうとしなくていい。君の中のヒーローを、少しずつ育てていってくれ」
その言葉は、アレン自身の過去への決別であり、アルスの孤独を溶かす魔法だった。
「…………っ」
アルスの瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちる。アルスは自分の剣をぎゅっと抱きしめ、背後にいる父親を振り返った。
「おとうさま……。騎士団も、お父様も……こんなに、めちゃくちゃカッコよかったんですね」
その瞬間、空気が止まった。
最前列で固まっていたギルバート様が、目に見えて肩を震わせる。
「……っ!」
横にいたカイルさんは、信じられないものを見たという顔で口を押さえ、号泣している騎士団の面々は、もはや嗚咽を堪えきれずに「うわああああん!」と声を上げて泣き崩れた。
自分たちの背中を見て、息子が「カッコいい」と言ってくれた。
辺境を守るために、冷徹だと言われても戦い続けてきた男たちにとって、それはどんな勲章よりも重く、温かい言葉だった。
そんな感動の嵐の中、私は一人、満足げに頷いていた。




