22. ヒーローは誰のために
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結局、あの夜の根本的な解決はできないまま、辺境の冬は過ぎていく。
けれど、何かが確実に変わり始めていた。
大きな変化の一つは、エルナが寝る時に私を誘うようになったこと。
(アルスは大人びて見えるけど、二人ともまだ年長さんくらいだもんね……。一番ママが恋しい時に、あんなに怖い思いをして……)
「……ふん。エルナがどうしてもって言うから、しょうがないから一緒に寝てやるよ」
「 一緒に寝よう寝よう! 童話、読んであげようか!」
私は二人を両脇に抱え、ごく普通の「王子様に守られるお姫様」の絵本を読み聞かせる。
「……こうして、優しい王子様がやってきて、お姫様を守ってくれました。めでたしめでたし」
読み終えると、二人は静かに天井を見つめていた。
「……ねぇ、ルーナ様。わたし、守られてるだけじゃない、強いお姫様になりたい」
エルナが小さな声でポツリと呟く。
「……俺も」
アルスは唇をきゅっと結んだ。
「俺も、強くなりたい」
アルスの瞳にも、今までに見たことのない鋭い眼差しが宿っていた。
「!!!!」
(なれる! 二人とも、絶対になれるよ!私が絶対に、あなたたちをヒーローにしてあげる!)
心の中で強く誓いながら新しい話を読み続けていると、やがて二人はコクリコクリと船を漕ぎ始めた。
布団をかけ直してあげようとした、その時。
「おかぁさま……」
エルナが寝言で呟き、私の服をぎゅっと掴んだ。
すると反対側から、アルスも同じように私の服を握りしめてくる。
「ふふ、おやすみなさい。……可愛い怪獣さんたち」
二つ目の変化は、雪の日をきっかけに、ぎこちなさはあるものの、私がいれば双子もギルバート様の傍にいられるようになったことだ。
きっかけは、私の強引な一言だった。
「いいですか、ギルバート様! お食事くらいは、家族全員でしましょう! はい、決定!」
「……っ、おい、ルーナ。俺がいればあいつらが……」
「『あいつらが』じゃないんです! 寂しいのは、ギルバート様も同じでしょ!」
逃げようとするギルバート様を無理やり食卓へ引きずり込み、それ以来、食事の時間は家族四人で囲むようになった。
最初は食器のカチャカチャいう音しかしないような静けさだったけれど、最近では「今日の天気は穏やかだった」とか「畑の芽が出てきた」なんていう、二言三言の会話も交わせるようになっている。
まだ言葉は少ないけれど、同じテーブルで同じ温かいスープを飲む。
そんな当たり前の時間が、この屋敷の凍りついた空気を、少しずつ、少しずつ溶かしてくれていた。
そんなある日、マキナさんが開発室から飛び出してきた。
「ルーナ! スターレンジャーの武器の量産が終わったよ!」
机にズラっと並べられたのは、以前アルスにプレゼントとして渡した銀色に輝くメダルと短剣『スターブレード』。
「……いいかい、サンプルとは違ってこの魔核は使い古しのものを使っていてね。魔力が通せない仕組みにしてあるから、人を傷つけることはできない。安心してくれ。特定の振動数で音を鳴らすように調整して……(以下、十五分の専門解説)」
(……あ、始まった。これ、テストに出ないやつだ)
マキナさんの声が徐々に背景音へと溶けていく。
私は窓の外を流れる雲を見つめ、昨日の夕飯のおかずは何だったか、明日のピクニックのサンドイッチの具は何にするべきか……そんな、この世で最も生産性のない思考の海に深く沈んでいった。
ふと意識を現実に戻すと、マキナさんはまだ「魔力回路の共振による音響波の指向性」について熱弁を振るっている。
「……ルーナ? 聞いてるかい? ここが一番のこだわりポイントなんだよ、この周波数が――」
「…………。あ、うん。……すごいね、マキナさん。情熱が。情熱がすごい伝わったよ。うん。……で、結局『ガシャーン!』って鳴るんだよね? かっこいいね!」
(……正直、一ミリも理解できなかったけど。でもいいの。かっこよければ、すべて良し!)
「もう!その目は絶対聞いてないね!?それにしてもさ、子どもにこのおもちゃが本当に売れるのかい?」
「ふっふっふ。マキナさん……断言しよう。絶対に売れる!」
私はビシッと某特撮ヒーローのポーズを決め込んだ。
「相変わらずだなぁ」
双子と一緒に寝るようになってから、ギルバート様の(少々重すぎる)過保護も少しずつなりを潜めていった。その隙を突き、私は水面下で着々と準備を進めていた。
ある日、商人のガリオンさんが嬉しい報告を持ってやってきた。
「奥様! 王都の布屋のじいさんがいただろう?すっかり青汁のファンなんだが、その息子夫婦がついにこの辺境領へ移住してきましたよ! 奥様がデザインしたあの戦隊服、試しに渡してみたら彼らがこちらの工房で縫い上げてくれました!」
「えっ! もう完成したの!?」
「ええ。息子さん夫婦も『奥様から預かったこの素晴らしいデザインを、新しい故郷での最初の仕事にしたい』と張り切っておりましてね。じいさん仕込みの腕前は本物ですよ。ほら、この通り!」
届けられた3着の戦隊服は、激しい動きにも耐えうる丈夫さと、ヒーローらしい輝きを兼ね備えた最高の仕上がりだった。
ちなみにヒーローの顔となる「仮面」はマキナさんの担当だ。「これも作りがいがありそうだねぇ!」と、彼女の職人魂に火をつけてしまい、開発室からは連日怪しげな火花が上がっていた。
そして私はギルバート様に頼み込み、春先からの本番に向けた「リハーサル」として、二人のためにヒーローショーを見せることにした。
「体はもう大丈夫ですから! なんなら脱ぎます!」
「脱ぐな!…まぁ城の中なら大丈夫だろ」
……いつもの調子に、思わず少しだけ肩の力が抜けた。
私は裏庭で特訓中の元盗賊メンバーの元へ向かった。
「奥様! 倒れたって聞いて気が気じゃなかったんだぞ」
「旦那様が状態を報告してくれていたからな」
「心配かけてごめんね。……リハーサル、できそう?」
「奥様が寝てる間、それぞれ頑張ってたからな。びっくりさせてやるよ」
シオンさんも「曲も何曲か仕上がっています、チェックをお願いします」と自信満々だ。
まずは私の前で披露してもらうことになったが、本番の途中でアレンが絶句した。
「……あ、……ごめん! みんな、ごめん!」
アレンはそのまま裏庭を飛び出していってしまった。心配になって追いかけると、城の裏庭の隅で膝を抱える彼を見つけた。
「アレン? どうしたの?」
「……奥様が俺たちを救ってくれたことには感謝してる。でも……ずっと思ってた。俺がヒーローになんて、なれるわけないんだよ」
「なんで?」
「だって俺は孤児だぜ? 俺が一番助けてほしかった時、誰も助けに来なかった。誰よりもヒーローを否定してる俺がヒーローなんて……」
その言葉に、胸が締め付けられる。背後からリオンが静かに近づいてくる気配がした。
「ヒーローは、都合のいい時にだけ助けてくれる存在にはなれない。それは私も分かってる。でも……心の中にヒーローを住まわせることはできると思う。……私はね、自分を助けてほしかった時に来てほしかったヒーローに、自分がなりたいと思う」
アレンが顔を上げた。
「自分を助けてほしかったヒーローに、自分がなる……」
「いいこと言うじゃん」
リオンが横から声をかける。同じ孤児院出身の彼も、その言葉を噛み締めるように頷いた。
アレンの瞳に、力強い光が宿る。
「……もう一回、お願いします!!!!」
アレンは仲間に深く頭を下げ、再び舞台に立った。
そのリハーサルは、私の想像を遥かに超える、素晴らしい出来栄えだった。これなら、あの子たち、領地の子ども達の心に光を灯せる。
確信した私は、ふと彼らにずっと言い出せなかったことを思い出し、少し申し訳ない気持ちで切り出した。
「……あの、みんな。ずっと言い忘れてたことがあるんだけど……」
モジモジとする私に、アレンがタオルで汗を拭きながら首を傾げる。
「なんだよ奥様、水くせぇな」
「あのね、赤と青と黒は……仮面を被るから、顔が完全に見えなくなっちゃうのよね。せっかくかっこいいのに、誰が演じてるかお客さんには分からなくて……」
せっかくの晴れ舞台なのに、顔が出ないのは役者として酷だったかな、と心配する私をよそに、メンバーは顔を見合わせて笑い出した。
「あっはっは! そんなこと! 別にいいんじゃない? 特にアレンとリオンは孤児院の関係者に顔を覚えられてるかもしれないし、俺たちみたいな『はみ出し者』にはちょうどいいよ」
「……そうだな。俺たちも、その方がいいかも。顔を隠してるときだけは、本気で『正義の味方』になれる気がするし」
リオンの言葉に、アレンも力強く頷いた。
(……そっか。仮面は素顔を隠すためのものじゃなくて、なりたい自分に変わるための『魔法』なんだ)
彼らが納得してくれたことで、私の心も晴れ渡った。
磨き上げた殺陣、シオンさんの劇伴、マキナさんの仮面、そして王都から移住してきてくれた布屋のおじいさんの息子夫婦が縫い上げた戦隊服。
できるだけのことはやった。
さぁ、リハーサルの始まりだ!




