21. 凍てついた家族の記憶と、すれ違う想い
14話、17話のアルスとエルナの様子を修正しています。
ブクマ、アクションありがとうございます!!!!
銀世界での雪合戦を終え、温かいスープが食卓に並ぶ夕食の時間。
昼間に見た、ギルバート様のあの切なげな瞳が、どうしても脳裏から離れない。
私はスプーンを置き、意を決して二人の顔を見た。
「……ねぇ、2人は。ギルバート様のことが、苦手……いや、怖いのかな?」
その問いに、アルスとエルナの体がビクッと跳ねた。二人は一瞬、不安そうに顔を見合わせると、意を決したように静かに頷いた。アルスが周囲の様子を伺い、使用人たちを下がらせる。食堂に私と双子だけが残されると、アルスは震える声で話し始めた。
「俺とエルナは……おとうさまの、本当の子どもじゃないんだ。俺たちはギルバート様の姉の子ども。本当のおとうさまは、ギルバート様の上司で、大切な友だったらしい」
あまりの衝撃に、私の心臓が大きく跳ねた。
エルナが幼い頃、高熱を出して王都へ向かったあの日。ギルバート様も護衛に行くと言ったが、辺境領の血筋を絶やさぬよう姉に止められたこと。そして、見たこともない大型の魔物に遭遇したこと。
「父さまは狼煙を上げて、騎士団の増援を呼んだ。ギルバート様はカイルの制止も聞かず、すぐに飛び出して行ったんだって。でも……」
着いた頃には、父はすでに息絶え、母は二人を守るようにして倒れていた。
「ギルバート様もあの日、死んでもおかしくないほどの瀕死の重傷を負って戦ってくれたんだ。でも……」
アルスは拳を握りしめ、ボロボロと涙をこぼした。
「……ルーナが初めて遠征に行った時だって、本当は行かせたくなかった。引き止めたかった! また、失うかと思うと怖くて……あの時、部屋から出られなかったんだ……っ!」
「アルス……」
あの日、二人が部屋に引きこもっていたのは、そんな理由があったのか。大切な「新しい家族」である私が死んでしまうかもしれないという、PTSDにも似た恐怖に震えていたのだ。
「……だから、帰ってきた時も、あんなにひどい顔をしてたんだね。私がいない間、ずっと眠れずに部屋に閉じこもって、私の無事を祈ってたんでしょ?」
私の問いかけに、アルスはびくっと肩を揺らし、さらに顔を伏せた。
アルスの手が、言葉通りに激しく震え始める。
「きっと、ギルバート様は俺たちのことを恨んでいる。俺たちを見る時、いつもあんなに苦しそうな顔をするのは……あの日、俺たちのせいで大切な姉さんと親友を失ったからだ」
「わたしの……わたしのせいで……っ!」
泣き崩れるエルナ。私はたまらず二人を力いっぱい抱きしめた。
「エルナのせいじゃない!!!!! 断じて、そんなことない!!!!!」
力を込めて、二人の冷えた背中を温めるように抱きしめる。
「ギルバート様は必死に戦った。それはあなたたちを恨んでいるからじゃない。あなたたちを、生かしたかったからだよ!」
「でも、おとうさまは俺たちと目を合わせない……」
「そんなことない! 絶対に、そんなことないよ!」
私は叫びながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
救えなかった後悔で自分を呪う「死神」と、自分たちの存在が罪だと思い込む「双子」。
(……なんて悲しい、すれ違いの物語なんだろ。……っ、……ううっ!)
あまりにも不器用で、あまりにも優しすぎるこの家族の悲劇に、私の感情のダムが崩壊した。
「う、うわぁぁぁぁぁぁん!!!」
突然の私の大号泣に、泣いていたアルスとエルナが驚いて顔を上げた。
「な、なんで……なんでルーナ様が泣くんだよぉ!!」
「う、うえぇぇん! 2人とも……2人ともいい子すぎるんだもんんん! みんな一生懸命生きてるだけなのに、なんでこんなに悲しいのぉぉぉ!!」
「ちょ、ルーナ様、鼻水……! 鼻水出てるよ!」
「うるさぁーい! 出ちゃうよ、人間なんだからぁぁ! うわぁぁぁん!」
私が全力で、子供みたいにわんわんと泣きじゃくると、それを見たアルスとエルナも、堰を切ったようにまた泣き出した。
「うわぁぁぁん! 怖かったんだよぉ!」
「おとうさまに嫌われたくなかったのぉ……っ!」
「わかってる、わかってるよぉぉおお!!」
食堂に響き渡る、3人の泣き声。
さっきまでの重苦しくて冷たい空気は、もうどこにもなかった。
ただただ、お互いの体温を感じながら、私たちは3人でぐちゃぐちゃになるまで泣き続けた。
泣きじゃくって目がしょぼしょぼになった二人を寝かせ、そっと扉を閉めた。
……けれど、扉の向こうの暗い廊下には、予期せぬ影が立っていた。
「……っ! ギルバート様」
そこには、石像のように立ち尽くすギルバート様がいた。
その顔は蒼白で、握りしめられた拳は白くなるほど力がこもっている。
彼は私と目を合わせることもなく、そのまま重い足取りで歩き去ろうとした。
「ギルバート様!」
たまらず呼び止めると、彼は足を止め、背を向けたまま低く掠れた声で答えた。
「……あぁ。聞いていた。あいつらの気持ちも、俺への思いも……全部、知っている」
「だったら、どうして!」
(恨んでないって、言ってあげないんですか!)
……その言葉が、喉元まで出かかって止まった。
ゆっくりとこちらを振り向いたギルバート様の顔を見た瞬間、言えなかった。
そこに浮かんでいたのは、かつての「死神」の面影など微塵もない、あまりに無惨に引き裂かれた一人の男の顔だったから。
「俺が、恨んでいないと言ったところで、あいつらは救われるのか! 安っぽい言葉など、気休めにしかならないだろう!」
ギルバート様は激昂したように、けれどどこか泣きそうな声で叫んだ。
「あの日……姉さんの制止を振り切ってでも、俺が行けば! 周囲の目など気にせず、最初から俺がそばについていれば……あいつらに、こんな思いをさせずに済んだんだ! この罪悪感は、言葉一つで消えるような軽いものではない……っ!」
激しい呼吸のあと、彼は苦しそうに顔を覆った。
「……すまない。お前に、八つ当たりをした」
「いえ……」
背を向けて再び歩いていってしまう彼の背中は、雪景色の中に溶けてしまいそうなほど孤独で、脆かった。
(……このままでは、だめだ)
ただ、それだけを強く思う。
この家族は、あまりにもお互いを思いすぎるがゆえに、深い闇の中で足掻いている。
「言葉が気休めだ」なんて言わせない。
元保育士として、そして「希望」を届ける特撮プロデューサーとして。
この凍りついたままの時間を動かせるのは、きっと私しかいない。
私は暗い廊下で一人、拳を強く握りしめた。
背を向けて再び歩き出したギルバート様の視界が、一瞬、過去の情景に歪む。
今のような冷たい雪ではなく、もっと暖かな陽光が差し込んでいたあの日。
『なぁ、ギル。もし俺たちに何かあったら……子どもたちのこと、よろしく頼むな』
隣で笑っていたのは、かつての上司であり、何でも話せる無二の親友だった男だ。
『な! 縁起でもない、やめてくれよ!』
『はは! まぁ、お前なら安心だと思ってな』
あの時、笑って返した自分の声が、今の耳の奥で虚しく響く。
あの日、姉とともに彼を死なせ、自分だけが生き残ってしまった。
「よろしく頼む」と言われたその子どもたちに、今、自分はあんなにも怯えられ、憎まれていると思い込んでいる。
(……すまない。俺には、あいつらを愛する資格も、父親代わりになる資格もないんだ……)
去っていく足音が、静まり返った廊下に寂しく響き渡った。




