2. 悪役令嬢、詰んでました
チリン、チリン、と高い鐘の音が響く。
スマホのアラームではない。どこか遠くで鳴らされる朝のベルの音だ。
(……やめて。まだ5分、あと5分だけ『スターレンジャー』の夢を見せて……)
しかし、顔を撫でる空気はどこまでも冷たく、シーツの肌触りは恐ろしいほどに滑らかだった。
ベッドサイドに手を伸ばしてみる。
当然だけど、スマホはない。
「だよねー……」
重い瞼を押し上げると、そこにあったのは昨日と同じ、高く、無駄に装飾の凝った天井。
「……夢じゃ、なかったかぁ」
天井を見つめたまま、私は遠い目をした。
覚醒とともに、濁流のような情報が頭に流れ込んでくる。それは「ルーナマリア」としての、傲慢で孤独な記憶の断片だった。
両親に溺愛されて育った彼女は、望むものは何でも手に入れた。湯水のように金を使い、平民を見下し、侍女たちとすら壁を作る――そんな記憶。
聖女リリアへの嫌がらせについては……確かに身に覚えがない。けれど、周囲が「あの傲慢なルーナマリアならやりかねない」と納得してしまうほど、彼女は常に不機嫌そうで、周囲に冷たい壁を築いていた。
「大輪の氷の花……うまく言ったもんだわ。中身はただの『拗らせたお嬢様』じゃないの」
重厚な体躯に、人を寄せ付けない冷徹な眼差し。毎日を退屈そうに過ごしていた彼女の虚無感が、今の私にはよくわかる。
これ、職場の同僚が熱弁していた「悪役令嬢もの」の展開そのものじゃん。
正直、内容はほとんど聞いてなかった。
「へー」って言いながら、スマホで特撮の新情報チェックしてた気がする。でも、私はこれから辺境の死神公爵に嫁ぎ、その不遜な態度が災いして、最終的には夫の剣にかかって殺されるみたいな流れじゃなかった?
「スターレンジャーの17話……私の黄金のヒーロータイムが……魔法少女ミラクルステラなんて来週最終話だったのに!」
録画予約すらできない異世界で、私の推し活は死を迎えた。人生詰んだ。
「お嬢様? おはようございます。
まだお加減がよろしくないのですか?」
心配そうに顔を覗き込んできたのは、昨日と同じメイドだった。名は……アンナ。
「昨夜はお風呂にも入らないで、そのまま寝てしまわれて……。あれほど清潔を好まれていたお嬢様が、よほどお辛いのだと心配しておりました」
「あー……ごめん。ちょっとショックがデカすぎて。……ねぇ、アンナ」
「お嬢様! 記憶が……! 私の名前を呼んでくださった!」
アンナが感激に震えているが、今はそれどころではない。
(……いや。待てよ?)
人格は「佐藤花」にほぼ上書きされている。これ、実は詰んでないのでは?
「この世界って、確か魔法が使えたわよね? 魔法を込めた『魔道具』とかもあるわよね?」
「ええ、もちろんありますけれど……。お嬢様はあまり、泥臭い魔法の鍛錬は好まれませんでしたわ」
「勝ち確ーーーーー!!!!!!!」
拳を握りしめ、私は快哉を叫んだ。
あるじゃない。魔法が。変身を科学的に可能にする魔道具という名のテクノロジーが!
「決めたわ私。辺境で『武闘派ヒロイン』になる」
「はい……?」
アンナが、見たこともないものを見るような目で私を見ている。無理もない。昨日まで「重厚なる氷の令嬢」として、置物のように冷たく座っていたお嬢様が、今は鼻息荒く立ち上がっているのだ。
「魔法少女……にしては、ちょっとこの体、年齢もボリュームもいってるけど。でも、素材は最高だし、魔法と特撮愛があればカバーできるはずよ!」
ここから先は、自分との対話だ。
まず、命を狙われる原因になる「素行不良」は即刻廃止。代わりに辺境領のことを死ぬ気で勉強する。
そして、私の理想を形にする魔道具の研究。変身アイテム、ブレス、ベルト……夢の装備をこの手で作る。
「そのためには、まず体作りね! 決めポーズが映える体型に絞って……魔法の練習も実戦形式で取り入れて……ブツブツ……」
「お嬢様……やっぱり、まだ記憶の混濁が激しいようですわ……すぐに主治医を!」
慌てふためくアンナを無視して、私はギラギラした瞳で鏡を見据えた。
追放? 結構。処刑? させるわけないでしょう。
辺境伯領で、私は生き残る!
そして――この異世界に、本物の「ヒーロー」を顕現させてやるんだから!




