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第3話 「止められた港」前半

由比港の朝の情景を入れてみました。

まだ夜の名残が空に残る頃、

由比港は低い静けさに包まれていた。


吐く息は白く、

指先に伝わる空気は、秋というより冬に近い冷たさを帯びている。

港に並ぶ漁船は、

眠りから覚めきらない獣のように、

波に身を委ねたまま微かに揺れていた。


東の空が、わずかに色を変える。

濃い群青の奥から、

薄い橙がにじみ出し、

それが水面にも同じ形で映り込む。

海と空の境目は曖昧で、

どちらが先に明るくなっているのか、

しばらくは分からない。


いつもと変わらず桜エビ漁に出ているはずだった。


そのはずの海が、

今日はどこか静かすぎる。


エンジンの音は、まだ聞こえない。

普段なら、この時間には一隻、二隻と動き始めるはずの船影が、今朝は港の奥で足踏みしているように見えた。


波は低く、風も穏やか。

港に漂う匂いも、作業の音も、昨日と同じ。


それなのに。


海老原桜は、岸壁に並ぶ漁船を見て、足を止めた。


「……?」


船体に傷はない。

係留ロープも、張りも、配置も普段通り。


だが、船が出ない。


近くの船主が、短く説明した。


「エンジンは生きてる」

「舵も切れる」


「じゃあ、何が……」


「前に進まねぇ」


桜は船に近づき、船体に手を当てた。

冷たい金属の感触は確かにある。


壊れていない。

だが、動かすための流れだけが欠けている。


同じ状態の船が、港のあちこちにあった。

どれも無傷で、どれも出港不能。


「止められてる」


言葉にした瞬間、手首に熱が走った。

シゾーカブレスが、静かに反応している。


その頃、清水港。


湊一護は、作業の合間に港を見渡していた。


クレーンは動いている。

人も荷も流れている。


ただ、どこか噛み合っていない。


判断が遅れ、動線に無駄が多い。

事故でも、トラブルでもない。


「……鈍いな」


理由は掴めない。

それでも、昨日までの港とは違っていた。


湖西市、浜名湖の西岸。


宇那木いずみは、水面を見ていた。


濁りはない。

匂いも変わらない。


それでも、水の巡りが重い。


流れているはずなのに、循環していない。

魚の気配も薄い。


いずみは手首のブレスに触れた。

警告は鳴らない。


それが、かえって不安だった。


茶谷リョクは、茶畑で朝の作業をしていた。


露の具合も、葉の色も、香りもいつも通り。

今日の工程に、狂いはない。


「……異常なし」


橘花成実は、家の前で空を見上げていた。


何も起きていない。

それでも、胸の奥に引っかかる感覚がある。


(……来る)


理由は分からない。

だが、前に一度、同じ感覚を知っている。


桜が船の列を見渡していたとき、

シゾーカブレスが淡く光った。


『由比港、状況を報告してください』


徳川 静の声が、直接耳に届く。


「船体は無傷です」

「エンジンも計器も生きてます」

「でも、出港できません」


『破壊痕は?』


「ありません」


『人的被害は?』


「今のところ、ありません」


報告が終わる前に、別の回線が割り込んだ。


『焼津港から連絡です』

『修理工程が正常に進みません』


続けて、もう一件。


『吉田港からも出港不能の報告が入りました』


桜は息を詰めた。


「由比だけじゃない」


『ええ』

『中部沿岸で、同時に“止まる”事象が起きています』



清水港で通信を聞いていた一護が口を開く。


「清水は、まだ動いてる」


状況を整理するように続けた。


「俺が桜に合流する」


一護の言葉を受けて静が答える。

『了解しました』

『一護さんは、桜さんと合流して由比港の調査を』


静は続ける。


『リョクさんは焼津港へ』

『成実さんと、いずみさんは吉田港へ』


それぞれが、動き出した。


清水から由比までは、時間はかからない。


一護が港に着いたとき、

桜は岸壁で待っていた。


「来たね」


すぐさま一護が尋ねる。

「状況は?」


桜は頷き、船の列を示す。


「全部、同じ」

「壊れてない。でも使えない」


一護は船体に手を当て、港を見渡した。


「……確かに」

「止め方が、乱暴じゃないな」


二人は港を歩き、聞き取りを重ねた。

音もなく、痕跡もなく、ただ流れだけが断たれている。



しばらくして、再びブレスが光る。


桜が報告する。


「由比港」

「船は無傷、原因不明のまま出港不能」


一護が続ける。

「聞き込みもしたが、決定的な話はなかった」


続いてリョクが報告する。


「焼津も同じだ。どこにも故障はない」

「直しようがない」


成実の報告もほぼ同じ内容だった。

「吉田港も同じ、船は壊れてないよ。」

いずみが続ける。

「壊れてないのに動かない。理由は掴めません」


静がまとめる。


『共通点は、壊れていないこと』

『それでも、止められていること』


原因は見えない。

正体も分からない。


だが、

誰かが意図して“流れ”を止めている。


桜は由比港で海を見つめた。


波は、いつも通りに揺れている。

それが、かえって不気味だった。


「……まだ、姿を見せてないだけ」


これは始まりに過ぎない。


後半につづく

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