第2話 甘さを刈り取る死神 後半
成実のスマートフォンが震えた。
昨日、倉庫で会った女性からだった。
「……はい」
『今からアクトシティ浜松に向かってください。現地に着いたら職員がいるので指示に従ってください。』
淡々とした声。
質問を挟む余地はなかった。
「何が起きてるのですか?」
わずかな間。
『詳しい話は、清水で』
それだけ言って、通信は切れた。
成実は端末を下ろし、みかん畑を見渡す。
夜の空気は、昨日と同じはずだった。
それでも、胸の奥に残る嫌な感覚は消えない。
(……始まってる)
⸻
程なくしてアクトシティ浜松に着いた。
アクトシティ浜松は浜松駅に隣接する高層複合施設だ。
成実はそこにいた職員の指示で、
人目につかない入口から、地下へ降りる。
アクトシティの奥。
管理用通路の先に、無機質な空間が広がっていた。
成実の目の前に、何かわからない機械があった。
操作卓らしい場所の前に、女性が立っていた。
「ここから清水の基地に移動をします。」
成実が何かを聞く前に、女性は続けた。
「詳しい話は清水の基地で行われます。」
判断は、すでに終わっている言い方だった。
操作卓に触れると、表示が切り替わる。
「シゾーカ・ライン、接続」
成実は一歩、前へ出る。
「……行きます」
次の瞬間、清水の基地だった。
潮の匂いと、低い機械音。
成実は職員に案内されて昨日のフロアまでやってきた。
そこには、すでに四人が揃っている。
誰も名乗らない。
昨日、倉庫で顔を合わせたままの距離感だ。
五人が、初めて同じ場所に立った。
清水の基地は、静かだった。
低い機械音だけが、一定のリズムで鳴っている。
女性は、すぐには口を開かなかった。
全員の顔を、一人ずつ確かめるように見てから、ようやく言う。
「まず、前提を共有します」
操作卓の表示が切り替わる。
「深海機関アビスは、
すでに静岡県内で活動を始めています」
淡々とした声だった。
「目的、正体、組織の全容。
分かっていないことの方が多い」
一瞬、視線が成実に向く。
「成実さんは、すでに一度、現場で接触していますね」
責めるでも、問い詰めるでもない。
事実を確認するだけの言い方だった。
「昨日の段階では、こちらも確証を持てていませんでした」
表示が切り替わる。
「現在、分かっていることは三つです」
短く区切る。
「彼らは、特産品を“資源”として収奪する存在です」
「収奪されたものは、元に戻りません」
「放置すれば、被害は確実に拡大します」
一拍置いて女性は話を続ける。
「つまり——
待っていれば解決する問題ではありません」
その言葉のあとで、映像が映し出された。
三ヶ日のみかん畑。
実は、まだある。
だが、色が薄い。
ローブを纏った異形が、
鎌を引きずりながら畑を歩いている。
「……もう、来てる」
成実が、思わず呟いた。
女性は、はっきりと頷いた。
「ええ。
成実さんが見た存在と、同一です」
視線が、五人をなぞる。
「ここから先は、あなたたちの判断になります」
操作卓から手を離す。
「戦えば、確実に狙われます」
「日常には、戻れなくなる」
逃げ道を示すような言葉は、出さない。
「それでも——
止めに行く意思はありますか」
沈黙。
最初に口を開いたのは、成実だった。
「あります」
即答だった。
「もう見たんです。
奪われる前の畑も、
奪われたあとの空気も」
拳を握る。
「見なかったことには、できません」
次に、低い声。
「……放っておけないな」
一護だった。
「理由は分かんねぇけど、
あれを許したら、
俺が俺じゃなくなる」
肩をすくめる。
「後味、最悪だろ」
リョクが、小さく息を吐く。
「茶畑も、同じです」
帽子のつばを押さえながら言う。
「時間をかけて育てたものが、
一瞬で削られるのは……
知ってる」
視線を上げる。
「黙って見てる方が、無理ですね」
いずみは、少し遅れて口を開いた。
「……危険なのは、分かってます」
それでも、目は逸らさない。
「でも、
何も知らないまま壊されるのは、
もっと嫌だ」
最後に、桜。
「港も、同じです」
静かな声だった。
「守る人がいなくなったら、
残るのは、奪われた跡だけ」
一歩、前に出る。
「それを見るくらいなら……
行きます」
全員の言葉を聞いてから、
女性は一度だけ、深く頷いた。
「分かりました」
それ以上の確認はしない。
「では、移動します」
操作卓から離れ、通路の奥を示す。
「こちらへ」
五人は、無言のまま後に続いた。
通路の先にあったのは、
円筒状の空間だった。
壁面には複数のリング状の構造体。
床には、足位置を示す淡い灯りが五つ。
装置だと、説明されなくても分かる。
「ラインの起点です」
女性が言う。
仕組みは語られない。
「全員、中へ」
五人は、それぞれ示された位置に立つ。
自然と、円を描く形になる。
扉が閉じる音が、低く響いた。
「浜松の拠点まで接続します」
その声を最後に、
装置全体が、静かに起動した。
⸻
次の瞬間、アクトシティ浜松の地下だった。
職員に車両区画に案内される。
シャッターの向こうに、夜の街。
並んでいるのは、数台のバイク。
「ここから先は、実走です」
通信越しに、女性の声。
成実は説明を待たなかった。
ヘルメットを掴み、跨る。
「……待て」
背後から声がかかる。
「待ってられない」
エンジンをかけ、先に飛び出した。
(近いのに、遠い)
(今も、奪われてる)
「収穫を開始する」
低く、感情のない声。
その足元から、黒い人型が滲み出る。
一体、二体……戦闘員。
成実はバイクを止め、ブレスを見た。
(……今だ)
後方から、エンジン音が重なる。
全員が揃った。
鎌が振り下ろされる。
「——っ!」
避けきれない。
その瞬間、成実は決めた。
ブレスに、メダルをセットする。
——カチリ。
光が、身体を包んだ。
続いて、他の四人も同じ動作をする。
五つの光が、夜の畑に並ぶ。
成実が一歩、前へ出た。
「シゾーカオレンジ」
続いて、声が重なる。
「シゾーカレッド」
「シゾーカグリーン」
「シゾーカブラック」
「シゾーカピンク」
五人が並ぶ。
「静岡の実りを守る」
「静特戦隊
シゾーカファイブ」
みかんリーパーが、鎌を構え直した。
夜の畑に、乾いた音が落ちた。
鎌が土を擦るたび、実の色が薄れていく。
落ちたみかんは、重さだけを残して転がった。
「収穫を継続する」
感情のない声。
足元から、黒い影が湧く。戦闘員。
「数が増える……!」
変身が重なり、五色が並ぶ。
「レッド、前!」
「グリーン、畑側!」
「ブラック、鎌を見る!」
「ピンク、外を切る!」
動きは速い。だが、鎌が厄介だった。
受けるたび、地面が抉れ、色が削られる。
「……刈る気しかないな」
ブラックが踏み込む。柄を掴んだ瞬間、力が跳ね返った。
「当然だ」
鎌が振り抜かれ、衝撃でブラックが弾かれる。
その間に、戦闘員が雪崩れ込む。
ピンクが叩き落とし、レッドが押し返す。
グリーンが畑に手を伸ばすが、流れは止まらない。
オレンジが、畑の中央へ出た。
削られた土。落ちた実。残った匂い。
「……ここだ」
ブレスのメダルが、同時に脈動する。
五色の光が、空で交差した。
言葉はない。
誰が中心に立つか、全員が分かっていた。
十字の光が組み上がる。
中心は、オレンジ。
「非効率な抵抗」
リーパーが鎌を構える。
オレンジが一歩踏み出す。
「それは——奪う側の理屈だ」
五色が一つに束ねられる。
《シゾーカクロス/シトラス》
刃が落ちる。
鎌が受けた。
触れた瞬間、鎌に亀裂が走り、砕け散る。
「……!」
初めて、声が揺れた。
光の十字が、そのまま身体を貫く。
刈り取るための一撃ではない。
守るために、束ねた力だった。
「……収穫、失敗」
影がほどける。
「この地は……
まだ……熟していなかった……」
リーパーは霧となって消え、戦闘員も同時に散った。
静けさが戻る。
畑は、完全には戻らない。
だが、これ以上奪われることはなかった。
オレンジが息を吐く。
「……終わった」
「今日はな」
レッドが頷く。
五人は畑を見渡した。
ここからが、本当の始まりだった。
——第2話・終




