幕間 深海機関アビス
暗い空間に、光の層が浮かんでいる。
海でも空でもない。
上下の感覚が、意味を失った場所。
中央に立つのは、ヤルダバオト。
巨大な演算盤のような映像を前に、指先だけを動かしていた。
映し出されているのは、浜名湖。
氷結の残滓。
沈黙した水面。
「……終了は確認した」
淡々とした声。
評価でも、感想でもない。
背後に、影が二つ。
ヴォルグは腕を組み、無言。
タイドは、水面の映像を眺めながら、わずかに口元を歪めている。
「ノリミドロは消滅」
「収奪は途中で遮断された」
ヤルダバオトは、続ける。
「だが、妨害は確認した」
「人間側は、守るために動いた」
空間の端が、歪む。
重い音とともに、
ガルムが姿を現した。
苛立ちを隠す気配はない。
濡れた獣のような気配を、そのまま引きずっている。
「……ちっ」
短く、吐き捨てる。
「静かに終わるはずだった」
「削るには、十分な器だったんだ」
タイドが、横から言う。
「でも、止められた」
「“守る”って選択をされたわね」
ガルムは鼻で笑う。
「だからだ」
一歩、前に出る。
「ちまちま削るのは、性に合わねぇ」
「時間も、我慢も、足りねぇ」
拳を握る。
「次は、数で押す」
「速さで削る」
「考える前に、崩す」
ヴォルグが、低く言う。
「消耗前提か」
「当たり前だ」
ガルムは即答する。
「壊れるなら、壊れりゃいい」
「足りねぇなら、足すだけだ」
ヤルダバオトは、止めない。
肯定も、否定もしない。
「……西部の次段階として、許容する」
それだけ告げる。
ガルムは、口角を歪めた。
「五体で一組だ」
「群れを崩せなきゃ、終わりだ」
振り返る。
「人間が“連携”を覚えたなら」
「こっちは、“数”で踏み潰す」
空間が、再び歪む。
ガルムの姿が、闇に沈んでいく。
残された光の層の中で、
タイドが小さく笑った。
「面白くなってきたわね」
「今度は、“考えないと勝てない”」
ヴォルグは、何も言わない。
ヤルダバオトは、映像を閉じた。
浜名湖の映像が、消える。
次に映るのは、
牧之原の花畑。
静かに、
次の侵食地点が、選ばれていた。




