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5話 静なる侵略 後編

五人は、湖岸に集まっていた。


誰も、すぐには口を開かなかった。


いずみが、視線を湖から外さずに言う。


「出てこない」

「このままだと、全部“静かに”終わる」


桜が、海苔棚の方を見る。


「壊れてないのに、価値だけが死んでいく」

「……一番、嫌なやり方だね」


リョクが、腕を組んだ。


「囮にして引きずり出す?」


一護が反論する。


「まだ無事な棚が多すぎる」


成実が、同調する。


「まだ無事な棚まで全部やられる。被害を増やすだけだよ」


——まだ無事な海苔が、全部死ぬ。


「電撃は?」


桜が提案するもいずみが、すぐに首を横に振った。


「湖全体に影響が出る。生態系も、養殖も、ダメージが大きすぎる」


一瞬、全員が沈黙する。


沈黙の中で、

いずみだけが湖を見ていた。


「……動きが鈍い」


ぽつりと、言う。


「広がるのは得意だけど、集まるのは、嫌ってる」


成実が、気づく。


「実体を保つのが苦手……?」


「たぶん」


いずみは、視線を逸らさない。


「だから、逃げ続けてる。溶ける前の状態を、維持したくない」


リョクが、短く息を吐く。


「なら——」


いずみが、はっきり言った。


「局部氷結です。広くじゃない一点だけ、逃げ場を塞ぐ」


桜が、すぐ理解する。


「凍らせるためじゃない。形を固定するためか」


いずみは、すぐに頷いた。

「そう。実体化を、強制する」


一護が、頷いた。


「徳川指令に上げよう」


いずみは、ブレスに触れた。


「徳川指令、いずみです」


『徳川です。』


静の声は、落ち着いていた。


いずみは、簡潔に伝える。


「局部氷結案を提案します。湖全体には影響を出しません。限定範囲で、実体化を誘発します」


一瞬の間もなく、静が応じた。


『ではフロストアンカーを使用しましょう。水底に固定し、敵の移動に制限をかけます。』

『補助として、ブリザードミストを展開します。急激な凍結ではなく“溶けない温度帯”を作ります』


成実が、小さく息を呑む。


「……逃げられない」


静は、はっきり言った。


『対象をその場に“留めます”』

『実体化を確認次第、戦闘に移行してください』


いずみが、即答する。


「了解です」


通信が切れる。


湖は、まだ静かだった。


五人が散開し、湖岸に沿って位置につく。

誰も声を張らない。

必要な動きだけを、無駄なく進める。


いずみが、ブレスに触れた。


「フロストアンカー、展開」


湖岸から、鈍い音が響いた。


水中へ向けて撃ち込まれたアンカーが、

湖底へと突き刺さる。

一本、また一本。

範囲は狭い。

海苔棚を避け、被害の出始めた水域だけを囲むように。


水面に、変化はない。


だが——

湖の“下”が、止まった。


成実が、小さく息を呑む。


「……流れが、切れた」


ブリザードミストが、薄く展開される。

白い霧ではない。

目に見えないほどの冷気が、

水中の温度を、ゆっくりと下げていく。


凍らせない。

固めない。

ただ——溶けきれない温度に留める。


湖面に浮かんでいた泡が、消えなくなった。

弾けない。

流れない。


その場に、留まり続ける。


「来る」


いずみが、低く言った。


湖の色が、変わる。


黒でもない。

緑でもない。

灰色の濁りが、囲った範囲の中でだけ、厚みを増していく。


逃げ場が、ない。


広がろうとした濁りが、

境界に触れた瞬間、押し返される。

溶けようとした部分が、冷気に捕まる。


水が、歪んだ。


「……嫌がってる」


桜の声が、かすれる。


湖底から、粘るような音が響く。

引き剥がされるような、

まとまりたくないものが、無理に寄せ集められる音。


濁りが、集まり始める。


点が、線になり、

線が、面になる。


その姿はまるで人の体の様だった。


「……出たな」


いずみの声は、冷静だった。


水面が、盛り上がる。


ぬめりをまとった塊が、

湖の中から、ゆっくりと持ち上がってくる。

脚とも、腕ともつかない輪郭。

境界が曖昧で、常に崩れかけている。


だが——

確かに、そこに“いる”。


ノリミドロは、実体化した。


水を嫌うように、身をよじる。

冷気に縛られ、逃げ場を失ったその姿は、

怒りとも、焦りともつかない振動を放っていた。


いずみは、一歩前に出る。


「……やっと、姿を見せたか」


成実が、視線を逸らさずに呟く。


「想像より、ずっと……気持ち悪いね」


その瞬間。


——びしゃっ!


ノリミドロの腕が伸びた。

網でも触手でもない、溶けた塊そのものが弾丸のように飛ぶ。


「来る!」


いずみの声と同時に、五人が散開する。


泥が地面に叩きつけられ、

氷結した湖岸が、じゅっと音を立てて溶けた。


成実が、息を詰める。


「触れたら、終わる……!」


二撃目。

横薙ぎに振るわれた粘着質の塊が、空気を裂く。


一護が身を翻し、間一髪でかわす。


「……戦闘意思、ありだな」


ノリミドロが、歪んだ声を漏らす。


「——邪魔、するな……」

「削る……仕事、だ……」


いずみが、一歩前に出た。


「その“仕事”、ここで止める」


ブレスに、手をかける。


「——変身!」


五つの起動音が、重なる。


光が、弾ける。

凍った湖面に、五色の影が立ち上がる。


——静特戦隊、シゾーカファイブ。


前に出たのは、ブラック。


一瞬だけ、ノリミドロを見る。


「静岡の——浜名湖のりを守る!」


五人が、声を揃える。


「静特戦隊——シゾーカファイブ!」


名乗り終わると同時に、

ノリミドロの全身が大きく波打った。


「……許さない……!」


黒い泥が、再び膨れ上がる。


ノリミドロの体表が、ぶくりと膨れた。


「……来るぞ」


ブラックが、短く告げる。


次の瞬間——

ノリミドロの背後、水面が連続して盛り上がった。


——ぼこ、ぼこ、ぼこ。


黒い影が、次々と浮かび上がる。

人型に近いが、輪郭は曖昧。

海苔の繊維と泥が絡み合ったような戦闘員たち。


「——戦闘員、展開……」


ノリミドロの声が、湖面に滲む。


「邪魔者……排除……」


一斉に、動いた。


戦闘員たちは走らない。

にじり、滑り、距離を無視して迫ってくる。


「数が多い!」


ピンクが距離を取ろうとするが、足元にぬめりが走る。


「っ——!」


支えた瞬間、装甲に粘着質が絡みつく。


グリーンがすぐに引き剥がす。


「触らせるな! 一瞬で持っていかれる!」


オレンジが攻撃を放つ。

だが、戦闘員は砕けても——


「……再生、早っ!」


崩れた泥が、再び形を取り戻す。


その隙を突いて、ノリミドロ本体が動いた。


——ずるり。


巨大な腕が地面を這い、

五人の間に割り込む。


「散れ!」


レッドの声。


だが、遅い。


黒い塊が爆ぜ、

視界いっぱいに泥が飛び散る。


「くっ……!」


ブラックが防御するが、

装甲表面が鈍く軋む。


「削られてる……!」


ピンクが叫ぶ。


攻撃を受けるたび、

装甲の光沢が、ほんのわずかずつ失われていく。


ダメージは浅い。

だが——確実に、奪われている。


「これ、長引くとマズい……」


オレンジの声に、全員が同じ感覚を覚えていた。


ノリミドロは、距離を保ったまま動かない。

戦闘員と粘着攻撃で、じわじわと追い詰める。


「……いい戦い方、してる」


ブラックが、低く呟く。


強い。

派手さはないが、確実に削ってくる。


そして——

戦闘員の数は、まだ増え続けていた。


湖は、相変わらず凪いでいる。


静かなまま、

戦況だけが、確実に悪化していった。


戦闘員が、さらに数を増す。

湖岸が、じわじわと黒く染まっていく。


「数、減らない……!」


ピンクが後退する。


その瞬間、

ブレスが一斉に震えた。


『各員、聞いてください』


徳川指令の声。

短く、即断だった。


『戦闘員は、だしこボンバーで排除』

『本体は——フロストアンカーで足止め』


ブラックが、即座に応じる。


「了解。戦闘員処理、俺が前に出る」


「だしこボンバー、展開!」


——ぽん、ぽん、ぽん。


白い蒸気が広がり、

戦闘員の動きが一斉に鈍る。


粘着質が乾き、

再生が止まる。


「今だ、抜ける!」


戦闘員が沈黙した、その直後。


『続けてください』


静の声が、迷いなく重なる。


『ノリミドロは逃げに入っています』

『フロストアンカーで“留め”』

『ブラック中心で、シゾーカクロス』


ブラックが、湖面を見据える。


「……核、見えた」


一歩、踏み込む。


「フロストアンカー——射出!」


——ドンッ!!


アンカーが湖面を割り、

ノリミドロの体を貫いた。


凍らない。

だが、動けない。


「……固まった!」


成実が叫ぶ。


ブラックが、前に出る。


「クロス、俺に合わせろ!」


五人が位置につく。


「シゾーカクロス——ナイト」


力が、交差し、

足止めされたノリミドロの核を貫いた。


ノリミドロの体が、崩れて侵食が、止まった。


湖面は、静かだった。


泡も止み、

濁りも、ゆっくりと薄れていく。


「……止まった」


ピンクが、肩の力を抜く。


「湖の色が戻り始めてる……」


グリーンが、海苔棚を確認する。


完全ではない。

だが——これ以上、削られてはいない。


「最低限は、守れたな」


レッドが、そう言って息を吐いた。


ブラックは、湖を見たまま動かない。


「“戻らない”って言ってたけど」

「……これ以上、失わせずに済んだ」


オレンジが、小さく笑う。


「十分だよ」

「少なくとも、今日は」


一瞬だけ、

五人の間に、緩い空気が流れた。


——その時。


湖岸の奥で、

水が、踏み潰される音がした。


重い空気。


明らかに、人の足音じゃない。


「……来た」


ブラックが、低く言う。



水面が割れ、

巨体が姿を現した。


赤熱した装甲。

剥き出しの牙。

抑えきれない暴力。


ガルムだった。


「——ちっ」


苛立ちを隠しもしない声。


「……ちまちま削るのは、性に合わねぇ」

「だが今回は、効率優先だ」

「邪魔が入らなきゃ、静かに終わってたんだがな」


五人を、見下ろす。


「それで?」

「それが、お前らの“守る”か?」


一歩、踏み出す。


地面が、沈む。


「……!」


衝撃が走り、

五人の足元が崩れた。


ブラックが前に出る。


「下がれ!」


——間に合わない。


ガルムの拳が、振り下ろされる。


光が散り、

五人が吹き飛ばされた。


変身が、軋む。


「——っ!」


「くそ……!」


装甲が、限界を告げる。


ガルムは、鼻で笑った。


「今日は、ここまでだ」

「“次”は、もっと派手に奪う」


背を向ける。


「守れると思うなよ」


水面が、再び割れ、

巨体が沈んでいく。


残ったのは、

静まり返った湖と——


膝をついた、五人だけだった。


——第5話・終


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