4話 戻らない日常 後編
港に、巨大な影が落ちていた。
誰も、動かない。
さっきまで、
人の背丈ほどだった
マグロのような怪人は、
いつの間にか、クレーンより高くなっている。
装甲が軋む音。
地面に沈む脚。
——ドン。
低い衝撃が、港全体に伝わった。
「……」
レッドは、構えたまま動けずにいた。
距離が合わない。
力も届かない。
今まで戦ってきた怪人とは、
大きさが、違う。
「……」
ピンクは、怪人を見上げて言葉を失っている。
数値が追いつかない。
警告も、解析も出ない。
ブラックが、低く言った。
「……何も分からない」
それだけが、分かっていた。
オレンジは、巨大な脚の動きを見ていた。
「……まだ、動く」
巨大な体が、ゆっくりと向きを変える。
止まっていない。
走る準備をしているようにも見える。
だが——
それ以上は、誰にも言えなかった。
⸻
シゾーカブレスが、静かに震えた。
『各員』
徳川 静の声は、淡々としていた。
『対象の巨大化を確認しました』
『原因は、不明です』
『便宜上、この怪人を——』
静は、短く告げる。
『マグロランナーと呼称します』
名前が、与えられただけ。
意味づけも、解説も、なかった。
「……マグロランナー」
ピンクが、小さく繰り返す。
巨大な影が、港に伸びる。
——ドン。
もう一度、地面が揺れた。
静が話を続ける。
『各員、聞いてください』
静の声は、落ち着いていた。
『地上での対応は困難と判断します』
『対巨大事案、フェーズを移行』
一拍も置かず、続ける。
『アマツミハル、クニガタメ、ミチノサキ発進!』
誰も、問い返さなかった。
今は、説明を求める段階ではない。
静の声が、正確に続く。
『三機とも、自律航行』
『現地到達後、待機姿勢に移行します』
静の発信命令によってプラモデル工場地下で秘密裏に造られた
ジェット機型のアマツミハル、タンク型のクニガタメ、新幹線型のミチノサキ
この三機のマシンが発信準備に入った。
工場の近くの山の内部にて
人の目に触れない深度で、
巨大なシャフトが、静かに開く。
三機のマシンが、垂直に固定されていた。
照明が切り替わり、
航行ラインが表示される。
『射出シークエンス、開始』
——ゴォォォ……。
低い振動。
山肌がゆっくりと割れる。
次の瞬間。
——ドンッ!!
三本の光が一斉に撃ち上がった。
設定された軌道に沿って、空へ。
速度は制限されている。
姿勢も、完全に制御されて清水港に向かった。
射出からすぐに清水港上空の雲間から、三つの影が見える。
雲を割って、影が降りてくる。
最初に姿を見せたのは、鋭角的な機影。
ジェット機型ユニット《アマツミハル》。
主翼を広げたまま減速し、
機体下面のノズルが垂直噴射へと切り替わる。
——ゴォォォ……。
空気が押し潰され、港の旗が一斉になびいた。
「……上から来るぞ」
レッドが、視線を上げた。
続いて、雲の切れ間から重い影が落ちてくる。
戦車型ユニット《クニガタメ》。
だが、落下ではない。
機体各所の姿勢制御スラスターが短く噴き、
空中で完全に水平を保ったまま降下してくる。
——ドン。
地面に接触した瞬間、衝撃はほとんどなかった。
重量はある。だが、制御されている。
最後に現れたのは、細長い白と青の影。
新幹線型ユニット《ミチノサキ》。
車体側面と下面から展開した補助翼が空気を掴み、
線路のない港湾エリアへ、正確に進入角を合わせる。
——シュゥゥ……。
減速音とともに、
三機は五人の目の前、一直線の配置で着地した。
爆風はない。
瓦礫も飛ばない。
あるのは、
「制御された巨大質量」が地面に置かれた、という圧だけ。
その時通信が入った。
『到達、確認』
徳川 静の声は、冷静だった。
『三機とも、姿勢制御・安全確認完了』
一拍も置かず、続ける。
『各員、搭乗準備を』
『制御は維持されています。慌てる必要はありません』
五人は、マグロランナーと、
そして目の前の三機を、交互に見た。
三機は、港湾エリアに静止していた。
マグロランナーは、相変わらずこちらを見ていない。
ただ、立っているだけで、
港全体の空気が歪んでいる。
通信が入った。
『各員、搭乗してください』
徳川 静の声だった。
一拍置いて、続く。
『アマツミハル——レッド』
『クニガタメ——グリーン、ブラック』
『ミチノサキ——ピンク、オレンジ』
誰も、疑問を口にしなかった。
聞くより先に、身体が動いた。
レッドは、アマツミハルの機首下に設けられた昇降リフトへ走る。
グリーンとブラックは、クニガタメ側面のハッチへ。
ピンクとオレンジは、ミチノサキの車体側面から内部へと滑り込んだ。
各機、操縦席が静かに起動する。
『各機、操縦権を移行』
『現地戦闘を開始してください』
最初に動いたのは、アマツミハル。
ジェット噴射で一気に間合いを詰め、
機首からの衝撃波でマグロランナーの進路を断とうとする。
だが——
マグロランナーが、踏み出した。
——ドン。
ただ一歩。
それだけで、
アマツミハルの機体が弾かれ、空中で大きく姿勢を崩す。
「……っ!」
レッドが歯を食いしばる。
次に、クニガタメ。
砲身が展開し、
地面にアンカーを打ち込み、正面から受け止める。
——ドン!!
だが、マグロランナーは止まらない。
質量そのものが、押し返してくる。
「耐えきれない!」
ブラックの声が、震える。
ミチノサキが側面から突入する。
高速移動で死角に回り込み、
体当たりで進路を逸らそうとする。
——だが、マグロランナーの脚が地面を蹴った。
一瞬で、位置が変わる。
「……速い!」
オレンジが叫ぶ。
三機で囲んでいる。
連携も取れている。
それでも——
押されている。
明確に、力負けだった。
マグロランナーは倒れない。
止まらない。
ただ、進もうとする。
港が、軋む。
通信が、割り込んだ。
『……これ以上の単独運用は危険です』
静の声は、冷静だった。
『合体を許可します』
操縦席に、沈黙が落ちる。
「……合体?」
ピンクが、思わず呟いた。
「何を……?」
グリーンも、即座に返す。
「聞いてないぞ、そんな話」
『説明の時間はありません』
静は、はっきりと言った。
『各員、操縦席のスロットに』
『メダルをセットしてください』
五人は、顔を見合わせることもできない。
それぞれ、操縦席の中。
何が起きるのか、分からない。
「……信用するしか、ないか」
レッドが、低く言った。
返事はなかった。
だが、誰も止まらなかった。
——カチリ。
一つ、また一つ。
操縦席に、メダルがセットされる音が重なる。
『メダル反応、確認』
静の声が続く。
『合体シークエンス、開始します』
三機のエンジン音が、同時に変わる。
振動が、共鳴する。
アマツミハルが上昇して、
クニガタメが装甲を展開する。
ミチノサキの車体が、分離し、接続姿勢を取る。
五人は、理解できないまま、
ただ、座席に身体を預けていた。
視界が、光に包まれる。
衝撃は、ない。
だが——
自分の位置が、変わっていく感覚だけが、確かにあった。
『合体完了』
静の声が、静かに告げる。
『——シズオカイザー、起動』
光が収まる。
視界が、開ける。
そこにあったのは、
今までとはまったく違う“高さ”だった。
巨大な腕。
広い視野。
港を見下ろす視点。
五人は、同時に気づく。
——一つになっている。
「……今度は」
レッドが、静かに言った。
「止める」
マグロランナーが、こちらを向いた。
シズオカイザーが、一歩踏み出す。
港の路面が沈み、
クレーンがきしんだ。
マグロランナーも、同時に動く。
——ドンッ。
正面衝突。
巨大な腕同士が噛み合い、
衝撃が地面を伝わって走る。
「……止まらない!」
内部で、誰かが声を上げた。
押し合っている。
どちらも倒れない。
どちらも、引かない。
——互角に、見えた。
マグロランナーは、腕で殴らない。
蹴らない。
ただ、前へ。
「力で抑え込めない……!」
シズオカイザーの脚が、わずかに滑る。
その瞬間、レッドが気づいた。
「……同じだ」
息を整え、続ける。
「力の向きが、ずっと同じだ」
「こいつ、巨大になっても——」
ピンクが、はっとする。
「止まれない」
「走る力のまま……!」
マグロランナーが、さらに踏み込む。
一直線。
逃げ場を選ばない。
角度を変えない。
「なら——」
レッドが、はっきり言った。
「その力、使わせてもらう」
シズオカイザーが、半身をずらす。
真正面では受け止めない。
わずかに、流す。
マグロランナーの直進力が、
そのまま前へ引き出される。
——加速。
「今だ!」
内部で、全員の意識が揃う。
シズオカイザーは、姿勢を崩さない。
——ガチャン。
新幹線型脚部の装甲が開き、
そのまま一歩、後ろへ引く。
それだけで、
刃は脚から抜かれていた。
走るための脚が、
止めるための剣を持つ。
《シズオカ剣》
刃は鈍く、重い。
飾り気のない、実戦用の剣。
止まらない怪人が、
一直線に突っ込んでくる。
「——来い!」
シズオカイザーは、構えない。
逃げもしない。
ただ、進路の先に立った。
突き出す。
マグロランナーの直進と、
剣の切っ先が正面で噛み合う。
一瞬。
——ガギィィン!!
金属同士が擦れ合う、重い音。
刃が、進行方向そのままに滑り込み、
胸部装甲を切り裂いた。
勢いを失った身体が、
ようやく止まる。
マグロランナーが、膝をつく。
港に、静寂が落ちる。
シズオカイザーは、剣を構えたまま動かない。
勝利の声は、ない。
ただ、確信だけが残った。
——力で勝ったんじゃない。
——“走る力”を、終わらせた。
怪人の身体が、
音もなく崩れ始める。
港に、音が戻った。
波が岸壁に当たる音。
クレーンのワイヤーが、風に鳴る音。
それだけだった。
巨大な怪人がいた痕跡は、
港の中央に残る歪んだ路面だけ。
シズオカイザーは、剣を下ろしたまま動かない。
誰も、勝利を口にしなかった。
「……止まったな」
レッドが、低く言う。
ピンクは、港を見渡した。
「流れ……戻ってる」
数値でも、解析でもない。
ただ、そう感じた。
オレンジが息を吐く。
「さっきまで、息が詰まってたみたいだった」
誰も答えない。
静かな港が、そこにあるだけだ。
——第4話・終
初の怪人の巨大化と合体ロボットの登場だったので書いていたら長くなり過ぎてしまって3分割させていただきました。




