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4話 戻らない日常 中編

表向きは清水港にあるとある企業の倉庫。その地下にあるシゾーカファイブ基地。


しばらくして。

一人、また一人と、メンバーが集まってくる。

全員が呼ばれた理由は察していた。


「清水で、まだ何か起きてるんだな」


リョクが腕を組む。


「港が動いてるのに、流れが戻らないって……変だよね」


成実が、考え込むように言う。


「水の巡りと似てるかも」


いずみが、静かに続けた。


「流れてるのに、循環してない感じ」


桜は、黙ったまま聞いていた。

由比港でも、三保造船でも、同じ感触を覚えている。


——壊れていないのに、止まる。


全員が揃ったのを確認し、静が前に出た。


「一護さんからの報告は、全員に共有します」


壁面モニターに、清水港と市場のデータが映る。


「流通は表向き回復している」

「しかし実際には、魚介類全体にズレが生じている」


静は視線を上げる。


「原因は不明」

「ただし、“走る人影”の目撃情報が複数」


誰も、笑わない。


冗談で済ませられる空気ではなかった。


「フナドメは、流れを止める役でした」


静は続ける。


「止める役が消えたのに、流れが戻らない」

「これは、次の段階に入っている可能性があります」


一護が、ゆっくり頷いた。


「……別のやり方、ってことですね」


「ええ」


静は、即座に判断を下す。


「これから調査を行います」

「清水港内で、分散して動いてください」


モニターに、簡易配置が表示される。


「一護さんは、引き続き馴染みの卸業者を」

「リョクさんと成実さんは、市場側」

「桜さんと、いずみさんは港湾倉庫」


全員が、同時に理解した。


「まだ、正体は掴めていません」


静は、最後にそう告げる。


「だからこそ、焦らないでください」

「“何が起きていないか”も、重要な情報です」


短い沈黙。


一護が、低く答えた。


「……了解しました」


誰も異を唱えない。


違和感は、確かにここにある。

あとは、それを掴むだけだ。



清水の市場は、動いていた。


人の声。

フォークリフトの走行音。

氷を砕く音。


どれも、いつも通りだ。


リョクと成実は、通路の端で立ち止まり、全体を見渡していた。


「……表だけ見れば、普通だな」


リョクが言う。


「うん。でも——」


成実は、魚箱の列に視線を落とした。


「数はある。でも、揃ってない」


同じサイズの箱が並んでいる。

だが、中身の種類が偏っている。


「サバは多いけど大きさにばらつきがあるね」

「アジもあるけど小さいものだけだね」


成実が、指を折る。


「ただ、圧倒的にマグロの数が少ないよ」


リョクが、ぴたりと止まった。


「……マグロか」


二人は、仲卸の男性に声をかけた。


「最近、何か変わりました?」


男は、一瞬だけ言葉に詰まる。


「変わったってほどじゃないけど……」

「来るはずの便が、来てない」


「止まったんですか?」


「いや、止まってない」

「出港はしてるし、戻ってもいる」


男は、困ったように頭を掻いた。


「ただ……“抜ける”んです」

「丸ごとじゃない。ごっそりでもない」

「気づいたら、足りない」


リョクは、低く息を吐いた。


「止められてない」

「削られてる……」


成実は、ブレスを見下ろした。


反応は、ない。


それが逆に、嫌だった。



一方、

一護は、港の裏手にある古くから付き合いのある卸業者の事務所にいた。


湯飲みの湯気が、ゆっくり立ち上る。


「困ってますよ、正直」


卸業者は、帳面を開いたまま言った。


「冷凍庫は空いてる」

「契約も切れてない」

「でも、入ってこない」


「特定の魚だけ?」


一護が聞く。


「いや……」

「魚介類全般で、じわじわおかしくなっていますね」


男は声を落とした。


「特に、マグロです」


一護の胸に、嫌な感覚が走る。


「……止まってる、か」


「ええ」

「海の中で何が起きてるのか、誰も分からない」


一護は、港の方を見た。


遠くで、何かが走ったような気がした。


——気のせい、ではない。


「最近、“走る影”の話は?」


卸業者は、顔を強張らせた。


「……あります」

「夜だけじゃない。昼間も」

「速すぎて、誰も追えない」


「人に見える?」


「一瞬は」

「でも、人なら、あんな動きはしない」


一護は、ブレスに触れた。


まだ、鳴らない。


だが——

確実に、近づいている。



その頃、桜といずみは、巨大な扉の前に立っていた。


開閉は正常。

電源も生きている。


それでも、倉庫内の配置が、妙だった。


「……ずれてる」


桜が、床のマーキングを見る。


「本来、ここにあるはずのパレットが、ない」


いずみは、空気の流れを感じ取るように目を閉じた。


「水の気配が、引きずられてる」

「一直線に」


二人は、通路を進んだ。


その時——


——ダンッ!


何かが、遠くを横切った。


風圧だけが、遅れて届く。


「……今の」


桜が、即座に振り向く。


いずみが、短く言った。


「速い」

「音より先に、通り過ぎた」


倉庫の奥。

床に、かすかな摩擦痕。


一直線。


止まっていない。

曲がっていない。


「……走ってる」


桜のブレスが、わずかに熱を帯びた。


まだ、姿は見えない。


だが——

確実に、ここを通った。



三方向の調査結果は、まだ繋がらない。


だが、共通点は一つ。


止まらないものが、止められている。


そして、その原因は——

止まらずに、走り続けている。



通信


倉庫の奥で、桜が足を止めた。


同時に、シゾーカブレスが震える。


『——各員、状況を共有してください』


徳川 静の声は、落ち着いていたが、緊張を含んでいた。


最初に応えたのは、リョクだった。


「市場は魚介の種類や大きさに、偏りがあります」

「特にマグロが少ない」


一瞬、通信が静まる。


次に、一護。


「卸からも同じ話が出てます」

「便は動いてる。港も生きてる」

「でも、“来るはずのものだけ”が来てない」


『人為的な抜き取り?』


「違う」

「そんな手間のかかるやり方じゃない」


一護は、言葉を探す。


「……走る影の目撃談があります」

「速すぎて、誰も追えない」


桜が、短く息を吸った。


「倉庫でも、通過痕を確認しました」

「一直線で、止まらない」


いずみが、続ける。


「水の流れが引きずられてる」

「追いかけられない速さです」


通信の向こうで、静が一度だけ間を置いた。


『共通点は——』

『止めていない』

『削っている』

『そして、走っている』


誰も、反論しなかった。


『正体は未確認』

『だが、同一事象と判断します』


その瞬間だった。



同時接触


——ドンッ!


市場の奥で、衝撃音。


ほぼ同時に。


——ガァン!


港湾道路で、金属音。


さらに。


——ズズッ!


倉庫の床を擦る音。


三地点で、同時に異常が起きた。


リョクが声を上げる。


「来た!」


一護は、走り出しながら叫ぶ。


「——前方!」


桜といずみは、倉庫の通路を一気に抜けた。


そして——


見えたのは、人影だった。


背は人間サイズ。

だが、動きが違う。


走っている。


速い。

異常なほど、一直線。


止まらない。

減速しない。

曲がらない。


市場の通路を、

港の岸壁を、

倉庫の床を、


一直線に貫いていく。


「……人?」


成実の声が、遅れて届く。


次の瞬間。


——ドン!!


衝撃。

体当たりだった。


真正面から受けたリョクが、後方へ弾き飛ばされる。


「ぐっ……!」


殴られた感触はない。

だが、質量そのものがぶつかった。


フォークリフトが横倒しになり、

氷の入った箱が宙を舞う。


「当たっただけで……!」


桜が歯を食いしばる。


影は、振り返らない。


いずみが、即座に言った。


「……見てない」

「進路上にあるから、当たっただけ」


その通りだった。


マグロランナーは、

誰かを倒そうとしていない。


ただ、走る。


「このままじゃ、一般人が巻き込まれる」


桜が、短く言った。


影はすでに次の直線へ向かっている。

止められない。

追いつけない。


シゾーカブレスが、同時に震えた。


『交戦を許可します』


徳川 静の声は、短く、迷いがなかった。


『変身してください』


五人は、互いを見なかった。

確認は不要だった。


——カチリ。


メダルがセットされる音が、重なる。


五色の光が弾け、

港の空気が一瞬だけ張り詰める。


次の瞬間、

彼らはすでに戦闘状態に入っていた。



「止めろ!」


ブラックが前に出る。

死角から間合いを詰め、蹴りを放つ。


——空振り。


次の瞬間。


——ドン!!


ブラックが、壁に叩きつけられた。


「……っ!」


速すぎて、反応が追いつかない。


「正面からじゃ無理だ!」


オレンジが声を張る。


「当たったら終わる!」


その時——


影の周囲から、黒い人型が滲み出た。

一体、二体……戦闘員。


「足止め役か……!」


グリーンが前に出る。


「走らせるための、掃除係だ!」


戦闘員が襲いかかる。

動きは単調だが、数が多い。


「分断されるな!」


レッドが声を張る。


ブラック、オレンジ、グリーンが戦闘員を引き受け、

ピンクとレッドは影を追う。


だが——速い。


「追いつけない!」


ピンクが歯噛みする。


その瞬間、

マグロランナーが壁を蹴った。


直線のまま、跳ねる。


——ドン!!


今度はレッドが受けた。

地面を滑り、港湾フェンスに叩きつけられる。


「……くっ」


立ち上がるが、視界が揺れる。


それでも、レッドは前を見た。


「……分かった」


息を整える。


「こいつ、走りながら……」

「周囲から、何か吸ってる」


ピンクが、はっとする。


「通った場所の……」

「人の動き、熱、流れ……!」


「全部だ」


レッドが言う。


「止めない限り、溜まり続ける」


戦闘員を蹴散らしながら、グリーンが叫ぶ。


「じゃあ、どうやって止める!」


レッドが叫び返す。


「追うな!」

「止めるんじゃない!」


「こいつは止まらない」

「だから、次を読む」


視線を港全体に走らせる。


「流れが一番太いところだ」

「——必ず、そこを通る」


レッドは前を見据える。


「一瞬でいい」

「進路を、奪う」


ピンクが、即座に理解した。


「進路予測、共有する」

「ここで交差する」


「全員、合わせるよ」


戦闘員が、最後の波を作る。


「今だ!」


ブラックとグリーンが一斉に押し返し、

オレンジが空間を確保する。


レッドが中央に立つ。


影が、一直線に突っ込んでくる。


避けない。


「——来い!」


一瞬、空気が止まる。


五人の動きが、重なる。


光が、束ねられた。


《シゾーカクロス》


一直線の走行を、真正面から断ち切る光。


影に、直撃。


——ギィィィン!!


金属音のような悲鳴。


怪人の動きが、

初めて止まって——姿があらわになった。


——光が、消えた。


そこに立っていたのは、

ようやく“輪郭を持った存在”だった。


人型。

だが、均整は崩れている。


上半身は魚の流線を思わせる装甲。

胸から背中にかけて、鈍く青黒い金属光沢。

皮膚のように見える部分は、滑らかで、冷たい。


頭部は、人の形をなぞっている。

だが、目が違う。


左右に開いた、魚の眼。

焦点が合わないまま、前だけを見ている。


脚部は異様に発達していた。

関節が多く、直線的に伸びる構造。

“止まる”ための作りではない。


尾のようなパーツが、背後で微かに揺れる。


——走るためだけに作られた体。


「……マグロのランナー?」


ピンクが、息を吐く。


「正体……」


怪人は、初めて足を止めていた。

膝が、わずかに沈む。


港の空気が、変わった。


誰もが、感じていた。


——通った。


——当たった。


——止めた。


戦闘員は、いつの間にか消えている。

風だけが、港を抜けた。


「……やったな」


グリーンが、短く言う。


レッドは、構えを解かなかったが、

一度だけ、視線を下げた。


「……止められた」


ピンクが、ブレスの表示を確認する。


「反応、低下してる」

「動きも、落ちてる」


オレンジが、ゆっくり息を整えた。


「走ってない」

「今は……」


ブラックが、低く続ける。


「終わった、か」


——その瞬間。


怪人の足元で、何かが脈打った。


ドン。


低い音。


次に、ドン、ドン、と続く。


「……?」


ピンクが、顔を上げる。


港の路面に、細かな振動が走る。

水面が、さざ波を立てる。


怪人の体表が、赤く光った。


いや——

内側から、滲み出ている。


「……熱?」


レッドが、一歩踏み出す。


「待て——」


言い終わる前だった。


怪人の身体が、膨張を始める。


音もなく。

警告もなく。


装甲が割れる。

関節が引き延ばされる。

魚の眼が、さらに開く。


「……何だ、これ」


グリーンの声が、揺れた。


怪人の影が、地面を覆う。

港のクレーンより、高く。

倉庫の屋根に、届く。


「巨大化……?」


ピンクが、言葉を失う。


誰も、想定していなかった。


倒したはずだった。

止めたはずだった。


それでも——


怪人は、さらに大きくなる。


走るための体が、

今度は“港を踏み潰す大きさ”へと変わっていく。


レッドが、歯を食いしばった。


「……くそ」


勝ったはずの空気が、

一瞬で、押し潰された。


——次元が、変わった。


港に落ちる巨大な影を前に、

五人は、ただ立ち尽くしていた。


つづく

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