4話 戻らない日常 前編
三保造船のドックには、まだ緊張が残っていた。
止まったクレーン。
沈黙した足場。
壊れていないのに、動かない現場。
五人は、その場を離れていなかった。
「……行った」
ピンクが、低く言った。
フナドメの姿はもうない。
だが、“終わった”感触はどこにもなかった。
その時だった。
シゾーカブレスが、短く震えた。
『清水港。対象を再確認』
徳川 静の声は、即断を促す調子だった。
『港湾設備に異常停止』
『対象は同一個体と判断』
『各員、水上ビークルで清水港へ』
『港湾内事案。最短ルートを取って』
「……次の工程だね」
ピンクがそう言い、すでに歩き出していた。
レッドは何も言わない。
ただ、ピンクの隣に並ぶ。
考える前に、動く。
休符はなかった。
⸻
清水港。
海は穏やかだった。
だが港の一角で、作業音が途切れている。
「止まるぞ!」
怒号がはしる。
クレーンが沈黙し、作業員が距離を取る。
制御系は生きている。
警告も出ていない。
それでも、動かない。
水路の影から、異形が姿を現した。
頭部は操舵室。
窓が鈍く光り、サーチライトが水面をなぞる。
背中と肩には船体構造。
腕はクレーン。
脚は港の支柱。
「……造るのが終わったから」
ピンクが、目を離さずに言う。
「今度は、動かすのを止めに来た」
フナドメは喋らない。
水路に触れ、岸壁に触れ、
設備の“順番”だけを狂わせていく。
壊さない。
だが、止まる。
「やらせない!」
五人が一斉に踏み込んだ。
合図はなかったが、動きは揃っていた。
言葉はいらなかった。
クレーンアームが振り下ろされる。
足場の配置がずれ、踏み出せない。
「工程を崩してる!」
ピンクの声が、はっきりと響く。
ブラックが死角を潰す。
グリーンが動線を読む。
オレンジが退路を塞ぐ。
レッドは前線で受け止める。
押し返す。
ピンクの判断に合わせる。
「……今」
ピンクが中央に立った。
五人の動きが、同時に噛み合う。
《シゾーカクロス》
束ねられた光が、一直線に走る。
操舵室に亀裂が入り、
船体構造が音もなく崩れ落ちた。
フナドメは、その場でほどけるように消えた。
完全な撃破だった。
「……終わった」
誰かが、息を吐いた。
⸻
あれから1週間。
復旧作業は進み、表向きには港は動いていた。
クレーンは再起動する。
船も出せる。
設備も使える。
それなのに——
「……荷が、来てない」
一護は店の前で立ち尽くしていた。
本来、届くはずの魚が来ない。
止まっていた間に切れた流れが、戻っていない。
一護は市場に向かい、馴染みの卸業者に声をかけた。
卸業者が、困ったように言う。
「冷凍マグロが入ってきません」
「在庫が、急に減ってます」
「消えたわけじゃないな?」
一護が確認する。
「ええ。ただ……来てないんです」
清水港にとって、マグロは要だ。
それが無いということは——
港が、港として回っていない。
「敵は倒した」
「止めてたのは、あいつだったはずだ」
一護は、港を見渡した。
人はいる。
設備も生きている。
それでも、
数字と現場が噛み合わない。
「……流れが、戻ってねぇ」
胸の奥が、ざわつく。
その時、卸業者が思い出したように口を開いた。
「そういや……」
「港の中を、やたら速く走る影を見たって話が」
一護が顔を上げる。
「走る?」
「人みたいで……でも、人じゃない」
「一瞬で、消えたって」
しばらく沈黙が続いた。
「止める役は、終わった」
「次は……別のやり方」
一護は、つぶやくと同時にブレスを見下ろした。
倒したはずだ。
確かに勝った。
それでも——
港は、困っている。
「……俺の現場だ」
低く、そう呟いた。
一護は、港の外れにある低い防潮壁に手を置いたまま、動けずにいた。
潮の匂いも、クレーンの軋む音も、見慣れた光景だ。
それでも——
どこかが、噛み合っていない。
市場で聞いた話が、頭から離れなかった。
魚はある。
設備も動いている。
人も足りている。
それなのに、流れだけが戻らない。
一護は、静かにシゾーカブレスに触れた。
「……徳川司令」
少しだけ間を置き、声を落とす。
「清水港です」
「フナドメ撃破後も、流通が回復していません」
返答は、すぐだった。
『状況、把握しました』
徳川 静の声は、冷静だったが、判断は早い。
『詳細を報告してください』
一護は、順を追って話した。
・港湾設備は稼働していること
・魚介類全体の入荷が鈍っていること
・特定の品目ではなく、「偏り」が出ていること
・そして——
「港内で、“走る人影”の目撃情報があります」
『走る……?』
「はい。
人の形に見えるが、人じゃない。
一瞬で消えるそうです」
短い沈黙。
『分かりました』
静は、そこで結論を出した。
『各員を招集します』
『基地に集合してください』
一護は、はっきりと返す。
「了解しました」
つづく




