3:道化の告白
校舎の中に入って生徒ホールと昇降口を見たけれど、水海道の姿は見つからない。どうしたらいいんだろう。水海道をあのままになんてさせておけないのに。静けさで耳が痛くなる。俺が冷える廊下で焦っていると、図書館の方から小絹がやってきた。
「竜ケ崎、こっちだ」
すぐさまに訊ねる。
「水海道がいたのか?」
「図書館の裏にいる」
俺は小絹について、上履きのまま図書館の裏へと向かう。薄暗くて普段滅多に人が立ち入らないそこに、膝をついている松戸と大声で泣きながら座っている水海道がいた。
水海道のようすに戸惑っている松戸が、俺の方を向いて言う。
「芸術棟の方から回り込んだら飛び込んできたので、保護しました」
水海道を無事に保護できてようやくほっとした俺は、片手を挙げて松戸にお礼を言う。
「ありがとう。助かった」
それから、水海道の隣に座ってなるべく優しい声で話しかける。
「ごめんな、こわがらせちゃって」
その一言に水海道はしゃくり上げながら答える。
「先輩は、先輩はこわくないんです!
でも私……」
そこまで話して言葉を濁す。冷たい風が吹き抜ける。話したいことがあっても話しづらい事情があるのだろう。だから俺は、あえて明るく水海道に言う。
「なんか話したいことあったら話しなよ。
どんな話しても怒らないからさ」
すると、水海道は泣きながら、つっかえながらこう話した。水海道は昔から、突然自分でもわけのわからないことをしてしまうのだという。なぜそんなことをするのか、したくもないのになぜしてしまうのか、やっている最中は頭の中が混乱してわけがわからなくなっている。そして、その行動故に周りから笑われたり、嫌われたりしている。そんなことを話していた。正直言えば、まだ混乱しているのか水海道の話は聞きづらかったし、内容を理解するまで時間がかかった。それでも、水海道が話したいだけ話させた。
すると突然、水海道がおどろいたように俺を見てしゃくり上げながら訊ねた。
「なんで怒らないんですか?」
俺は笑って水海道の頭を撫でる。
「怒らないって言っただろ?」
すると、水海道は俺の服をつかんでまた泣き出してしまった。泣きながら水海道はまた話を続ける。小学校や中学校の頃、こういう話を教師にしたらひどく怒られたことや、クラスメイトからいじめられたことなどだ。
きっと水海道は、今でもクラスでつまはじきにされているんだろう。だから生物室に来たとき、俺たちにクラスの話をしないんだ。そう思った。
水海道は、自分でも理解できないものとずっと戦いながら生きているんだ。水海道だけじゃない、小絹も松戸も、自分ひとりではどうにもできないものと戦いながら生きている。
それなのに俺はどうだ。友人達が背負っているものが手に負えないからって、触らないように壁を作って逃げ回ってるだけじゃないか。俺は自分が深く関わった命が傷つくのがこわいんだ。
水海道の泣き声を聞いていると、頭の中に今までに関わった生き物たちが浮かんでくる。世話をしきれなくて共食いさせてしまった金魚、気がつけば死んでいて腐るまで放置してしまったドジョウ、自分で飼うといったくせに噛まれるのがこわくて尻尾を引っ張ったりとひどい扱いをしてしまったハツカネズミ、それと、結局世話を全部先輩に丸投げしてしまったハムスター。
生きているものの命を大切にしたいのに俺にはできない。俺のせいで死んでしまうのがこわくてしかたがない。正確には、理由を俺のせいにされて断罪されるのがこわかった。
正直言えば、今だって水海道の泣き声に耳を塞いで逃げ出してしまいたい。でも、それはやっちゃだめなんだ。
水海道の泣き声がすこし落ち着いた頃に、松戸がそっと言った。
「神様は近くにいます。神様も僕たちも共にいます」
それから、胸の前で十字を切って俺の方を見る。水海道も小絹も俺の方を見た。みんなの縋るような視線に叫びそうになる。俺は神様じゃない。けれども、今ここでこの視線を振り払ったらきっと俺は自分のことを一生許せない。絶対に後悔する。幼なじみのことを思い浮かべながら心の中で叫ぶ。大切なものはなにがなんでも守るんだ。あいつみたいに。
ポケットからハンカチを出して、水海道の顔を拭いて笑ってみせる。
「言っただろ? なにか困ったことがあったら俺のところに来いって」
俺の手が震えてることに水海道は気づいているだろうか。できれば気づかないで欲しい。目の前の命をほんとうに大切にする決心をようやくして、それがこわくてしかたがないなんて。
水海道が目の前で大声で泣いて、なりふり構わず俺に縋ってきてはじめて決意できた。これからは水海道も、小絹も松戸も俺が守るんだ。祈るだけじゃない。行動に変えていく。たとえそれが俺の未来を脅かすことでもかまわない。雲が晴れて日が差し、俺たちが入っている図書館の影が濃くなっていく中、心でつぶやく。
この俺が『あとのこと』ばっか考えてたら、いったい誰が今こいつらを笑わせるんだ。




