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グレートヒェンの祈り  作者: 藤和
第3章 グレートヒェンの祈り
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2:不安と異変

 新学期がはじまって二週間ほど経った頃、その頃には水海道もすっかり生物部になじんで、小絹や松戸と一緒に登下校をするようになった。

 部活が終わったあと、いつものように自転車に乗って他の三人がバスに乗るのを見送ってから、俺はバス停近くにある古ぼけた駄菓子屋に寄った。

 その駄菓子屋には俺がはまっているゲームが置いてあって、お小遣いに余裕があるときはここですこし遊ぶのだ。

 家にあるゲームではあるけれど。とは思うけれど、他のプレイヤーとスコアを競うのもそれなりにたのしい。いつも俺と一位争いをしている知らないあいつと今日も勝負だ。

 百円玉を入れてコントローラーをいじる。ふと、少し前に幼なじみとケンカになったのを思い出した。

 きっかけはなんだったのだろう。思い出せない。ただ、自信がなくておどおどしている幼なじみの態度に耐えられなかったのだけは覚えている。

 あいつはあいつが思っているより強くて頼りになるのに。ほんとうは怖がりで逃げてばかりで強がってるだけの俺なんかとは違うのに。そんな気持ちがぐるぐると頭の中をめぐって、気がつけば涙がこぼれていた。

 泣いてしゃくり上げながらもコントローラーを操作する手を止めないでいると、隣からしわがれた声が聞こえてきた。

「ぼうや、今日も手は絶好調のようだけど、気持ちはそうじゃないみたいだね。どうしたんだい」

 ちらりと声の方を見ると、こぢんまりとしてくたびれた服を着ている、けれどもにこにこしたおばあちゃんがいる。駄菓子屋のおばあちゃんだ。俺はあまりこの駄菓子屋で買い物はしないのだけれども、おばあちゃんとはよく話す。そんな気安さがあるからだろうか、俺はつい、愚痴をこぼしてしまった。

「この前会った幼なじみがさ、自分なんか弱虫でなにもできない役立たずだって言うんだ。

 たしかに中学までいじめられてたけど、あいつは俺なんかよりずっとしっかりしてて大切なものをしっかり守れる強いやつなんだ。

 だから、そんなやつに自分は弱虫の役立たずなんて言われたら、強がってるだけでなにもできない俺はなんなんだろうって思っちゃって……」

 コントローラーを操作する手は止まらない。けれども涙も止まらない。おばあちゃんはなにも言わない。

 泣きながらもゲームをクリアすると、スコアランキングの三位だった。いつもより振るわない。

 ワンプレイ終わった俺に、おばあちゃんが手招きをする。

「とりあえず、泣いてたらおなかが空くだろう。中でカップ麺でも食べて行きな」

 おばあちゃんに誘われるままに薄暗くてあたたかい駄菓子屋の中に入ると、雑然とした店内にはすでにカップ麺の匂いが漂っていた。

「もう食べられるからね」

 どうやら、俺が泣きながらゲームをしていることに気づいていて、あらかじめカップ麺を用意していたようだ。

「……おばあちゃんありがと」

 店の中に置かれているパイプ椅子に座って、おばあちゃんからカップ麺と割り箸を受け取る。早速ひとくちすすると、熱くてしょっぱくて、頭の中の悩みを溶かしてくれるようだった。

 それでもカップ麺を食べながらおばあちゃんにぐるぐると同じような愚痴を何度もこぼす。おばあちゃんは頷きながら俺の話を聞いてくれた。

 カップ麺をすすり終わって汁まで飲みきると、だいぶ気持ちがすっきりした。もしかしたらおなかが空いてたせいで気分が落ち込んでいたのかもしれない。

 みっともないところを見せてしまって気恥ずかしくて、誤魔化すように笑いながらおばあちゃんにからを渡す。

「おばあちゃんありがと。ごちそうさま」

 するとおばあちゃんはカップ麺の殻を回収してから右手を差しだしてくる。

「はい。百五十円だよ」

「この流れでお金取るの?」

 思わず声を上げる俺に、おばあちゃんはかっかと笑いながら返す。

「いくらかわいい生徒さんとはいえ、こっちも商売だからね」

 それもそうかと思いながらも口をとがらせて俺が百五十円払うと、おばあちゃんはそのまま百円玉を俺の手のひらに載せた。

「じゃあ、ゲーム一回分おまけだよ。

 ぼうやはお得意様だからね」

「……ありがと」

 そうか、おばあちゃんは俺に気を遣わせないようにしてたのか。学生の愚痴を聞いて慰めるのは慣れているのだろう。

 それならばと、俺は早速店の外に出ておばあちゃんが渡してくれた百円玉をゲーム機に入れる。

 今度は良いスコアが出せそうだ。


 桜の花も散り青々とした葉が木々に茂る春の湊、学校で球技大会が行われた。この学校では体育祭がない代わりに、この時期に球技大会をやっている。とはいえ、真面目に参加している生徒は少ない。俺は体育委員なので競技の審判をやっているけれど、正直ルールもまともにわかっていない。そんな俺でも真面目に仕事をしていると言われるくらい、生徒達はやる気がなかった。

 鮮やかな日差しが日向と日陰をくっきりと作る中、午前中が過ぎお昼休み。俺はいつも通りに小絹と松戸を引き連れて静かな自分のクラスで過ごしていた。

「小絹、はいこれ」

「ああ、ありがとう」

 小絹にお弁当を渡して、自分の分のお弁当を広げる。小絹と俺のお弁当の内容は同じだ。母さんが同じおかずの方が作るのが楽だからとのことだった。

 おそろいのお弁当を広げている俺と小絹を見て、松戸がくすくすと笑う。

「ふたりとも、ほんとうに仲がいいですね」

 それを聞いて小絹は照れたように顔を背けるけれども、俺は松戸の頭をわしわしと撫でて言う。

「なに? うらやましいのか?」

「まあ、ちょっとは」

「お前だって大事な友だちなんだから安心しろって」

 すると、松戸も笑いながら顔をすこし赤くする。こうやってそろって穏やかに過ごす時間は心地よかった。でもその一方で、俺はすこしだけ、松戸や小絹との間に壁を置いていた。このふたりの親友として、ふたりの抱えているものを一緒に背負い込む覚悟ができないからだ。

 お弁当を食べ終わって一段落着いた頃、ふと窓の外が陰り、突然教室の外からたくさんの笑い声が聞こえてきた。

「なんだ。なんかあったのか?」

 そう思って教室から出て廊下の窓から外を見ると、一階から三階まで、向かいの校舎のベランダに生徒が大勢出ていて中庭に向かってなにか言っている。つられて中庭を見ると、そこには歌いながら踊ったりでんぐりかえりをしてる水海道の姿があった。

 生徒達がその姿を見て笑っている。小絹が窓から身を乗り出す。咄嗟に彼の体を腕で抱えると、震える声を出した。

「水海道、泣いてるじゃないか……!」

 はじかれたように窓から中庭を見る。俺たちのいる二階から、俺には水海道の表情はうかがえない。けれども小絹の言うとおり、自ら望んであんなことをしているようには見えなかった。そう思った途端、水海道を笑いものにしているやつらがどんなけだものよりももっとけだものらしくいるために理性を使っているように見えた。

 俺はすぐさまに号令を出す。

「お前ら、行くぞ!」

 小絹も松戸も頷いて、手近にある芸術棟へと続く無機質で固い通路、その階段から駆け下りて中庭へと向かった。

 一階まで降りて中庭に踏み出す。俺は大声で叫ぶ。

「水海道、どうしたんだ!」

 そうして駆け寄ろうとすると、水海道は怯えたようにおどろくほどの早さで逃げ出してしまった。

 風が渦巻く中庭の中に思わず立ち尽くす。そうしていると、今度は他の生徒が笑いながらふざけはじめた。それを見て俺はひどく腹立たしくなった。水海道のことを見世物にして泣かせていたくせに、そのことに全く罪悪感を覚えていない群衆を睨みつける。

 そういえば、小絹と松戸はどうしているのだろう。そう思って見回すと、あのふたりはすでに姿を消していた。きっと、水海道を追っていったのだろう。

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