聖都アルドール編 第一話:元英雄の再調整
カイロプラクター、異世界で「伝説の調整師」となる
サトシ、45歳。職業はカイロプラクター。趣味はDIY。
長年培ってきた「手で、構造を正しく組み直す」技術こそが彼の人生の核だった。
ある日、愛する自作の作業場で、彼は突然の事故に遭い、命を落とす。
次に目覚めた時、そこは見知らぬ異世界。そして彼は、一つの特殊能力と若さを授かっていた。
それは、あらゆる生命体や物質の**『内部構造』を、図面のように完璧に把握できる能力――『精密なる構造把握アナリシス・スケルトン』**。
体の歪みを直してきたカイロプラクターにとって、それはあまりにも完璧な「天職」のギフトだった。
しかし、この世界で彼の技術は「戦闘に向かない素人の能力」と軽視される。
だが、薬草採取の片手間に崩壊寸前の木を**『調整』し、誰も直せなかった伝説の聖剣を、カイロプラクティックの技術で『ズレ』**を治して再生させた時、彼の真価が知れ渡る。
これは、カイロプラクターだった男が、異世界で**『伝説の調整師アジャスター』**となり、その精密な手で、人々の骨格、都市の構造、そして歪んだ人生をも「正しく組み直す」物語である
聖都アルドールでの『光の聖剣』再生事件から、およそ二ヶ月が経過した。
林田智――異世界での名はサトシ――は、治療院の一室を、**『構造調整』**専門の作業場兼施術所として借り受けていた。
窓から差し込む午後の陽光。彼が向かう作業台の上には、運び込まれた古びた大地の魔石が置かれていた。これは、とある研究所の魔導機械の稼働に不可欠な魔石で、微細な亀裂のせいで、魔力貯蔵効率が極端に低下している。
サトシは、魔石にそっと触れる。
『精密なる構造把握』。
彼の視界に、石の結晶構造が、複雑な幾何学模様として浮かび上がる。内部を走る魔力のラインは、高速道路のジャンクションのように入り組んでおり、わずかなズレで、一部のルートが完全に閉塞しているのが見えた。
「これはひどい…ずれているのはたった一箇所だが、それが全体を停滞させている」
サトシは、マイクロピックと、ハンマーを取り出した。呼吸を整え、手のひらに汗をかきながら、最も効率の悪い**『ズレ』**の頂点に微細で正確な『圧』**を加える。
キンッ、という、ほとんど耳に聞こえない澄んだ音。
次の瞬間、魔力の光の線は、淀みなく流れる『大動脈』のように再接続された。魔石は淡い緑色に輝き、作業効率が三割以上向上したことを示している。
「よし、これで依頼完了だ」
「相変わらず、神業だなサトシ」
扉から声がかかった。ギルドマスターのバルカスだ。バルカスは、サトシが『伝説の調整師』として名を上げて以降、彼の最大の理解者となっていた。
「ありがとうございます、バルカスさん。しかし、私の仕事はあくまで『構造を活かす調整』。鍛冶師や技工師の技術があってこそです」とサトシは苦笑いする。
バルカスは、サトシが磨き上げた魔石を鑑定士に渡し、改めてサトシに向き合った。その表情は、いつになく真剣だ。
「実は、お前にしか頼めない、特殊な依頼が来た」
「人ですか、物ですか?」
「人だ。そして、彼はかつてこの聖都アルドールを魔物の脅威から守った、**『聖都の剣』**と呼ばれた英雄だ。名は、ライオス・ガルディウス」
サトシは首を傾げた。「ライオス…聞いたことがありませんね」
バルカスは嘆息した。「それも無理はない。彼は五年前、魔物との戦闘で右肩を完全に砕かれ、治療はされたが、二度と剣を振るうことはできなくなった。英雄は、静かに表舞台から姿を消した」
バルカスは一枚の羊皮紙をサトシに手渡した。依頼には、ただ一言、こう書かれていた。
【依頼内容:ライオス・ガルディウスの『剣筋』の修復】
【報酬:応相談】
「彼は今、田舎で隠遁生活を送っている。誰もが諦めた。だが、聖剣を治したお前なら、彼の**『歪んだ骨格』**を治せるのではないかと、彼の元部下たちが細い望みをかけている」
サトシは羊皮紙をじっと見つめた。
骨格の治療。**羊皮紙から視線を上げ、サトシは静かに頷いた。**それこそ、彼の『本職』だった。
「治療はされました、とのことですが…『構造把握』が必要です」
「もちろんだ。彼を連れてくるよう手配した。すぐにここへ来るだろう」
作業場の扉が、重々しく開いた。そこに立っていたのは、一見すると頑強で壮年の男だったが、その右腕は不自然な角度で固定されており、その目に宿る光は、かつての英雄のそれとは思えないほど、深く曇っていた。
「あんたが、俺の骨をいじくるって噂の**『調整師』か。悪いが、もう五年も諦めている。俺の肩は、神官も魔法医も匙を投げた『歪んだ肉塊』**だ。どうせ無駄だ」
ライオスは、挑戦的な視線でサトシを射る。
サトシは静かにライオスの前に歩み寄り、許可を求めることなく、彼の傷ついた右肩に、そっと手を触れた。
『精密なる構造把握』!
彼の目に映ったのは、もはや**『骨』**とは呼べない、絶望的な光景だった。
砕けた骨は再結合されていたが、その接合部は粗雑で、周囲の筋肉や腱が、**『本来あるべき構造』とは全く違う、『ねじれた状態』**で癒着している。特に、肩甲骨と上腕骨をつなぐ関節は、コンマ数ミリ単位でズレたまま固着しており、これが可動域を奪い、鋭い痛みの原因となっていたのだ。
まるで、粗悪な木工細工だ。
サトシは、その**『構造的な欠陥』を脳内に完全に再現した。それは、過去に数えきれない患者の骨格を見てきた彼にとっても、最大級の『歪み』**だった。
「…無駄かどうかは、私が判断します」サトシは静かに言った。「あなたの肩は、『肉塊』ではありません。ただ、**『正しく組み直されていなかった』**」
ライオスは驚いて、息を飲んだ。彼の瞳に、五年間失っていた、一筋の光が宿り始めていた。
「私の本職は、**『調整師』です。あなたという『人』の構造を、最高の状態に『再調整』**してみせましょう」
サトシは、かつて自分の施術院で患者に向き合った時と同じ、真剣な眼差しで、元英雄の身体という『精密な構造物』に向き合うのだった。




