調整師の里編 第五話:【時の裂け目と、調整師の里の幻】
サトシ、ライオス、フィーナの一行は、調整を受けた精霊の導きで、巨大な**『精霊樹』**の根元に隠された秘密の道を進んでいた。
道は、精霊樹の主根と側根が複雑に絡み合った洞窟のようになっており、そこを流れる微かな水流の音だけが響いている。森の外で見えた、不自然に黒ずんだ硬直した根が、頭上の天井や足元の地面を走っている。
「これが…森の『基盤』に打たれた、根源のズレの痕」サトシは、その硬直した根に触れ、わずかに身を震わせた。
カイロプラクターとしての長年の経験が、この巨大な生命体の**『痛み』**を、肌で感じ取っていた。
「硬い…まるで、生命が石化したかのようだ。これでは、水の流れも、栄養の循環も、完全に止まっている」
ライオスは警戒を緩めない。
「精霊の言葉が気になる。『強い曲がった力のある調整師』。奴は何者だ?」
フィーナは魔力測定器のデータを睨む。「この硬直した根の周りから、先ほどの『歪曲の魔力』が、まるで**『ノイズの発生源』**のように強力に放出されています。これが原因で、森全体のエーテル体が乱れていたのね…」
【里の構造と、静止した時間】
洞窟を抜けると、一行は突如として広がる空間に出た。
そこは、巨大な精霊樹の主根の周囲に、小さな木造の家々が寄り添うように建てられた集落、**『調整師の里』**だった。
しかし、里には人の気配がなかった。洗濯物は干されたまま、煮込み鍋の蓋は開いたまま、だが、すべてに埃が積もり、時の流れが止まったかのように静まり返っている。
サトシは歩きながら、廃墟となった里を見てまわった
ライオスが尋ねる。
「まるでゴーストタウンだ。
住民はどこへ行った?」
サトシは、里の中央に建つ、一際大きな『調律の塔』**を指差した。
そこにはかつて里のシンボルであったであろう塔の成れの果ての姿があった。
フィーナは、塔の入り口に落ちていた、黒曜石のペンダントを拾い上げた。
「サトシ、このペンダントかすかに歪曲の魔力の反応がするわ!
このペンダントは多分、何かの触媒のような…」
「何かの儀式で使われるような…」
「『古代のアーティファクト』に違いない」
「きっと精霊様の言っていた調整師の手がかりよ」
そう言うとフィーナは、サトシにペンダントを渡した。
【塔の地下と、歪曲の中心】
廃墟と化した**『調整師の里』の中心に立つ、一際大きな『調律の塔』**に入った。
「この塔は、里のエネルギーの軸として機能していたはずだ」サトシは、埃をかぶった塔の構造を触診するように眺める。
塔の地下へと続く階段を下りると、そこは厳かな石造りの空間となっており、中央には巨大な精霊樹の主根に触れるようにして**『調律の祭壇』**が据えられていた。
フィーナが測定器を祭壇にかざす。
「強烈な『歪曲の魔力』の残留反応があります!ただ、物質的な破壊の痕跡がありません…」
ライオスが周囲を剣で警戒する。
「何もない、ただの石の祭壇だ」
サトシは祭壇の石に両手を置き、静かに集中した。
「この祭壇は、施術の場として使われた。そして、ここで、**精霊樹の『構造的な連動』を決定的に断ち切る、破壊的な『施術』が施された。**その衝撃が、里を廃墟に変えたのかもしれない」
だが、治癒のヒントは得られない。
「よし、戻ろう。この場にあるのは、魔力の痕跡だけだ。ヒントは、精霊樹の**『硬直した根そのもの』**にあるはずだ」
【時間の構造的転位】
引き返し、階段に一歩踏み出した瞬間、サトシは強烈な**『めまい』**に襲われた。
「ぐっ…!」
それは、体内の軸が急激にねじ曲げられたかのような感覚。平衡感覚が一瞬で崩壊し、耳鳴りがキーンと響く。
目の前の景色が、水の波紋のように歪む。
> 「…時間軸が…空間構造から…乖離している…!」
>
サトシは、この感覚は精霊の**「エーテル体のねじれ」**に似ていた。しかし、今回はそれが彼自身の時間と空間の認識にまで及んでいる。
長年培ったカイロの経験が、咄嗟に体幹を固く保ち、内的な「軸」が崩壊するのを防いだ。
数秒の激しいめまいの後、感覚が収束する。
【里の幻】
サトシは階段を登り切り、塔の外へと出た。
しかし、そこで彼は二度目の、そして最大の衝撃を受けた。
「ライオス!フィーナ!」サトシは周囲を探したが、二人はどこにもいない。
そして、塔の外の景色は、完全に一変していた。
つい数分前まで埃をかぶっていた『廃墟』は消え、家々の窓には暖かい灯りがともり、水路には生き生きとした水が流れていた。
子どもたちの笑い声や、料理の匂いが漂ってくる、のどかで明るい村へと変貌していた。
サトシは、即座に調整師の視点で周囲の「構造」を診断した。
里の家々は精霊樹と調和し、水の流れも滞りがない。
鳥のさえずり、人々の声――極めて活発な生命の「呼吸」が満ちている。
「なぜだ…精霊樹の機能不全は、まだ治っていないはず…」
そのとき、一人の村人がサトシの体のすぐ横を通り過ぎた。
サトシは思わず声をかけようとしたが、村人は彼を完全に無視し、里の中心へと歩いていった。
サトシは、壁に立てかけてあった手押し車を掴もうと手を伸ばしたが、その手が車体をすり抜けた。
「やはり、僕の**『存在』**は認識されていない…」
彼は、自身の肉体の実在性を確認するために、地面を強く踏みしめる。
確かな感触がある。
「この里の構造は正常に**『機能』している。だが、僕自身の『時間軸』だけが、この里の空間構造からズレてしまった**…」
サトシは、塔の入り口にあった真新しい木の看板に目を向けた。
廃墟では腐りかけていて、何が書いてあるか、わからなかったが、今は新しい木材で、作られた立派な看板が掲げられていた。
そこに書かれていたのは、式典の開催を知らせる物だった、彼の脳裏に稲妻が走った。
> この異世界の時間で約200年前だ
「塔の地下で感じた違和感…あれは、**時間と空間の『サブラクセイション』**だったんだ。僕は、精霊樹の『破壊』が起きる前の、この里がまだ機能していた『過去の時間軸』に、転位してしまった…!」
【過去の里の構造観察】
サトシは、自身の**『時間のズレ』**を把握し、この異常な現実を知識に変えるため、里の観察に集中した。
彼は、里の様子を注意深く観察し始めた。
* 住民の動き: 皆、姿勢が良く、無駄な動きがない。体の「軸」が整っている証拠だ。
* 『施術所』の様子: 外から見ると、活気が溢れている。
調整師たちが、笑顔で里の住民を迎え入れている。
これが、**「真の調整術」**を実践していた頃の里の姿。
サトシは、この過去の時代にいる間に、里の「健全な構造」と「真の調整術」の姿を**詳細に観察し、**現在の里の「ズレ」を治すヒントを探していた!
そのとき、サトシの前を、一人の青年が横切った。
彼は、サトシの来た、塔の地下へと続く階段を降りようとしていた。
そのローブの隙間から、黒曜石のペンダントが見えた。
「あのペンダント…フィーナが見つけたものと、同じ…」
サトシの視線は、その青年に釘付けになった。
その瞳の奥には、確固たる自信と、どこか狂信的な光が宿っているように見えた。
その光景に、サトシの背筋に冷たいものが走った。
「まさか…あの男が…精霊の言っていた調整師!そして、この里の機能が今から破壊される⁈」
サトシは、そんな予感と疑問が頭をよぎった。
200年前になぜいるのか?
この森の異変がこれから起きるのか?
そんな疑問を抱きつつの黒曜石の青年を追って地下へと向かった。




