雲のような君へ
思えば、あの人はいつもどこか捉えどころがなくて、気付けばどこかに行ってしまいそうな危うさが常にあった。確かにここに居るはずなのに、この腕の中に閉じ込めていたはずなのに。
「大丈夫よ、レオン」
そう言って微笑む彼女にいつもいつも助けられていた。
決して恵まれた環境に居たわけではない彼女、いつも穏やかな笑顔をで受け止めていたのに、それさえもやっかまれる事まであった。
なんでも知っているような態度が目障りだと言いがかりをつけられた時は困った顔を流石にしていたが、手を差し伸べる人間は一人もいなかった。
完璧な淑女
それは彼女を形容する単語でありながらも彼女を縛る言葉である事を何人が理解していただろうか。
彼女を縛り付けていた筆頭の私が言えた事ではないが、彼女が息苦しそうにしていた事を知っている数少ない人間の一人である事は間違いないだろう。
第一王子である私が立太子するために結ばれたのが公爵家の令嬢である彼女との婚約だった。
だから、彼女を解放するために、私とミレディは共犯者となった。
彼女を自由にする、それが私たちの間にあった目的だった。ミレディは親友を、私は婚約者を自由するために手を組んだ。
彼女とミレディと私は幼馴染で戦友だ。ミレディは弟の婚約者だったかが弟は暗殺で亡くなり、ミレディの存在は宙ぶらりんになってしまい、それを助けていたのも彼女だった。
そんな優しい彼女だから、いつもいつも我慢し続けていた。耐える事に慣れ過ぎた彼女は、自分の気持ちを諦める事に慣れていた。そんな彼女を見てるのが辛く、悲しかった。
我慢をしないで良いと言っても困らせるだけなのも、彼女を余計に追い詰めることも理解していた。
だから私たちは自分たちのために、彼女を自由にする。これは私たち二人のエゴであり、彼女の気持ちを確認すらしていない自分勝手な行動で願いだ。
この冷たく、人の欲望で薄汚れている王都、王宮はあの綺麗で汚れない、温かな彼女は合わない。だから、私は嘘を吐く。
「すまない、私は真に愛する人を見つけてしまったんだ。
君のご両親とも話はついたので、申し訳ないのでこの婚約を解消して欲しい」
彼女の表情は見れなかった、でも震える声で小さく了承してくれた。
君を、心底愛しているよ。だから、早く逃げて欲しい、ここから。君が人でなし共に利用される前に。私がまた君を捕まえたくなってしまう前に……。
数日後、ミレディがやって来た。
人払いをした瞬間、ミレディの涙が堪えきれず溢れ出した。静かに慟哭する彼女を慰めながら、私もまた泣いた。
ミレディはちゃんと手配をして彼女を安全に隣国へと送り出してくれた。嗚呼、これできっと彼女は羽ばたいて行ってくれるだろう。
誰も優秀なのに、それを出すことを禁じられていた彼女。
自分が辛い状況だろうに、常に私とミレディを気遣っていた彼女。
あのはにかんだ、私たちの前でしか見せない柔らかな、温かな笑顔。それを守るため、だけど今だけは泣こう。
涙がようやく落ち着いたミレディは涙を拭いながら、一冊の分厚いバインダーを差し出してくれた。
「殿下、彼女からの最後のプレゼントですわ」
開くと彼女が進めていたものの状況や注意点、まだ検討中の今後やろうと考えていた事業などについてまとめたものだった。
流石すぎるクオリティの書類の数々に脱帽するしかない。
「彼女からの伝言ですわ。
『アランもミレディも水臭いんだから。でも、ありがとう。私は遠くから見守るから、いつでもギルドを通して連絡してね。
二人の事は何があっても助けに来るよ』
ですって。ほん、とうに……どこまでも、お人好しなんですわ。彼女をわたくしたちは裏切りましたのに」
そう言ってまた泣き崩れるミレディを支えながら、私も鼻の奥がツンとする。
彼女が安心して過ごせるように私たちは頑張って国を変えて行かなければ、と改めて思う。
数ヶ月後、風の噂で彼女が様々な場所で活躍していると聞いた。雲のように自由に風に乗って、自由になった彼女の活躍を耳にするのが私とミレディの何よりもの楽しみだ。
君がまたこの国にふらっと遊びに来やすいよう、今日私たちは婚姻を上げた。
私たちは根っからの貴族で、王族なのだから、その義務を全うして彼女のような人が生きやすくする。その決意を胸に抱いて、ミレディと共に笑顔で民に泰然として手をふる。
クリスティーナ、いやクリスどうか安心して見ていてくれ。
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