流出
――1935年5月6日、横須賀海軍工廠造船部、つなぎ、高田あき
いろいろ衣装は用意したのに結局つなぎ着てます。おかしくない?
プロトタイプ9軸NC加工機の調整が難航して引きずりだされてしまった。
「高田さん、さすがにオーディオ出力だとチャンネル数が限界なんですよ。端末側はもちろんどうにでもなりますけど、加工機側はノイズのるし、バンドパスフィルタの性能はあれだし、出力側のサイラトロンもやっかい」
「ああねえ、あきらめて端末増やすか。へたに協調させるよりオーディオ入出力専用の端末にwifiで転送させたほうが簡単かね。めんどー。USBまだー」
「出力不足も問題です。モーターの効率があれだし、ちょっと大きくなると加工にはてしない時間がかりますね。最大で潜水艦のスクリューぐらいですかね。あんまりラッキーじゃないです」
あ、黒田部長だ。
「大野技師、そのままでいい。実は東北帝大を通じて端末の情報が流出した。結果、超短波利用について、海軍技術研究所と陸軍科学研究所が話を聞きたいそうだ。近々通信設備を見せてやってくれ」
えー、大野やらかし? え、私。
――1935年5月11日、横須賀海軍工廠造船部、スーツ、大野和夫
「海軍技術研究所電気研究部の伊藤です。この端末は無線機としてどんなものなんですか」
「波長にして50cmぐらいから1cmぐらいまでの電波を送受信し、変調復調や暗号化もできます。万能なようですが、出力は200mWなので、伝達距離に限界があります」
「受信機としては使えそうですね。マグネトロンの発生するセンチ波を読み取ることはできますか?」
「できますね。マグネトロンは変調できるんですか」
「それは限界がありますな。電波測距装置の可能性はどうですか」
「ああ反射波も受信できますよ。距離は高精度にわかりますし、多少波形に問題があっても補正できますからドップラー変位を使ってこちら方向の速度もわかります。あ、空中線を複数台、半波長程度の距離をあけて設置すれば、位相差で位置がわかります。まあ三角測量ですね。やってみましょうか。マグネトロンお借りできればすぐ実験できると思います」
――1935年6月18日、横須賀海軍工廠造船部、スーツ、大野和夫
陸軍の人だって。
「200mWでは使い物にならんな。出力は上げられんのか」
「この機械だけでは難しいですが、センチ波の大出力マグネトロンなら海軍技術研究所の伊藤さんから借りたのがありますよ。今ちょうど高田が実験中なのでごらんになりますか」
――同日、横須賀海軍工廠造船部、つなぎ、高田あき
「はい。今そのマグネトロンの反射波をこちらで拾って、東京湾に出入りする船を確認する実験中です。あ、飛行機も通りました」
「位置も速度もわかって波や雲の影響も受けないと」
「そうですね。マグネトロンの詳細については、技術研究所の伊藤に聞いていただければと思います。ときに陸軍では大出力の発振器何に使われるんですか」
「怪力光線を発射して、敵を撃破するんです」
「えー、マイクロ波は空気中で減衰しますよ。せっかく砲があって敵の位置がわかるんだから、そこに砲弾持っていけばよくないですか? 簡単ですよ」
「いや海軍はそれでいいかもしれんが、陸軍は兵が運べないと。え、これが本体? 射撃諸元も計算できる?」
――1935年7月12日、海軍技術研究所電気研究部、スーツ、高田あき
海軍技術研究所に呼び出しくらったよ。マグネトロン流出の件でおこられんの? 同じ軍なんだからいいんじゃないの? だめなの?
「暗号機の研究をしております山田と申します。伊藤から話を伺ったんですが、面白い機械をお持ちだとか」
「はい。基本的にすべての通信は32文字相当の鍵を使って暗号化して行います。用途によってはさらに強度の高いものを使いますし公開鍵暗号を使った認証も行えます」
「公開鍵とは、鍵を公開したら暗号にならなくなりませんか」
「非対称の暗号系で、公開鍵を使って暗号化したものは非公開鍵を使わないと解読できないようになっています。数百桁の素数2個の積の素因数分解などを使います」
「えぇ。換字表ではだめなのですか」
「欧文40文字の換字として十進50桁、鍵の長さにして20文字ぐらいですか。とはいえ、頻度も使えますし、一部がわかれば終わりなので突破は容易ですね」
「複数の換字表を組み合わせて1文字ごとにずれるようにするとどうですか」
「1段の強度が弱いのでなんとかなりそうですが、組み合わせと段数にもよるのでやってみるのがいいですかね。暗号文と平文もらえますか。平文はどんな言語か知るためのものなので、暗号文とは無関係なものにしてください。
文字のN-gramぐらいのLMと回転する換字表の組み合わせのCMでエントロピー下がったら成功と。 あとは力まかせでいいか。1台だとさすがに時間かかるだろうな。クラスターとかあると便利かも。
あ、解読できちゃった。これ即日はきまずくない? ちょっと寝かせる? そうもいかんか。
――1935年8月22日、内閣調査局、スーツ、高田あき
呼び出しくらったよ。これほんとにあぶなくない?
帰りに銀座でスイーツしよ。
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