GPU無双
――1934年5月4日、横須賀海軍工廠造船部、スモック、高田あき
ありえないくらい忙しいんですけど。海軍のふね全部について復元性再計算するってどういうこと。ラップトップにいろいろ入ってたから、端末で計算させるプログラムは簡単だったのに、まともなデータなさすぎ。図面の形式もばらばらだし。部品も標準化されてないし。現物は図面と違ってるの当たり前だし。待遇もなぁ。日曜休みも怪しいし、ゴールデンウィークなんて影も形もなかった。天長節休みかなって期待してたら儀式で拘束されるだけだし。休みがあっても外出られないし。ブラックすぎない?
製図工場には袴の女の人もいるけど、現場にでるときはスモックだし。むわぁあ。
カレーは美味しいし、軍艦用の立派な木で家作ってくれたのとか、部長の奥さんに着物もらったのはありがたいけどさ。
「大野さん、図面トレースする装置つくれないかな。図面をカメラでとってもらっても、余計な線とか入ってて使い物にならないから、結局こっちで修正することになるじゃない。トレースしてメタデータ入れてもらうとだいぶ簡単になると思うんだけど」
「むちゃいいますね。どうやって入力するんですか。USB接続なんか無理ですよ。コネクタだって冶金の限界超えてるし、この時代のハードで12Mbpsなんてだせるわけがない」
「あー。オーディオ入力?」
「え、A/Dですか。セルシン*かたっぽ使ってキャリブレーションすればなんとかなる? もしかしたらラッキー?」
――1934年5月15日、横須賀海軍工廠造兵部、ハンダゴテ、大野和夫
「手書き図面拡大縮小するための装置があったから、トレース台はシンクロつけるだけでした。周波数分割すればチャンネルなんぼでも増やせるし、ラッキーです。端末1台こわしちゃいましたけど」
「ありがとう。これで計算精度あげられるわ」
「高田さん、生き死にの話とはいえ、どうしてそんなに気合入ってるんですか? そこまで要求されてないでしょ」
「いや、楽しくない? ドックでいっぱいの人がリベット打ってるのとか見ると、ああみんなで新しいすごいもの作って、世界がちょっとずつよくなってくのってすばらしいことなんだなって思う。私もプログラム工としてそれに参加してるんだよ。なんでも適当にやっつけてラッキーで終わらせて、余った時間作業ゲームやってるよりよっぽどいいと思うな」
「社畜化してません? GPU? まあトレース台はがんばります。そうそう、ほぼ同じ装置でプロッタもいけそうです」
「出力もできるのか。製図工場の構内だけだけれど、端末でファイルサーバ立てて共有して。現物合わせも図面送るだけですむし。フローずいぶん改善されるよ」
――1934年8月2日、横須賀海軍工廠造船部、和服、高田あき
大野くんのおかげ復元性計算がやっと落ち着いたと思ったら今度は構造計算と流体だって。そもそもこっちからいったことだし、せっかくデータ化したんだから使いたいのはわかるけどさ。ナビエ・ストークスってどんなんだっけ。佐藤少佐も忙しそうだしこっちで考えるか。あんまり暑くないのはいいなあ。
――1934年10月22日、横須賀海軍工廠造船部、スモック、高田あき
「佐藤少佐、構造計算は一応できました。シンプルな形では理論値と一致しますし、実験結果のある検体での結果も良好です。このくらいのメッシュで一隻分流してみたんですが、それなりにもっともらしい値がでています。実測値とくらべてどうですか?」
「こんな細かいメッシュで計算できるのか。どれだけかかった」
「これは1時間ぐらいです。台数を増やせばもっと速くできますよ」
「圧倒的だな。なぜそんな速度で計算できる」
「ブロック工法ですから」
――1934年11月22日、横須賀海軍工廠造船部、スモック、高田あき
「高田さん、実は構造計算のやり直しの結果、大量の改修が発生した。台風に突入すると持たん船があるようだ。改修図面の製図でなにか工夫はできんか?」
「ああ、改修費用の見積もりができれば、必要強度から費用最低になるように改修内容を計算して、改修図面を自動的に作図、プロッタに出力でいいですか。すぐできると思いますよ」
「」
あれ黙っちゃった。もしかして仕事なくなる人?
――1935年2月18日、横須賀海軍工廠造船部、スモック、高田あき
「佐藤少佐、抵抗の計算もできました。水槽実験や公試の結果とも一致します」
「精度よすぎないか。どんな式を使った」
「非圧縮性を仮定してレイノルズ平均ナビエ・ストークスです」
「ちょっとまて、それじゃスクリューもいけるだろう。プロッターを拡張すればスクリューの加工もできるのではないか」
――1935年2月5日、横須賀海軍工廠造兵部、黒服、大野和夫
プロッターの要求どんどん増えていつのまにかNC工作機になってるんですけど。高田さんも端末の通信能力だけだとデータ送れなくて、スニーカーネットになってるからなんとかしてくれって。もうどいつもこいつも無茶だよね。革命を起こしてるのは楽しいけど。
通信は簡単じゃないんだよね。工場一つ一つがでかい上にノイズ出しまくり。5Gって言っても端末出力200mWだし無理があるね。この時代何Hzなら増幅できるんだろ。ビームフォーミングいじるくらいなら単にアンテナ出力取り出してUHFで八木アンテナのほうが簡単? あれ、八木っていつの発明だっけ? 聞いてみよ。え、八木アンテナつかったVHF公衆電話回線、すでに実現されてるの? じゃ東北帝大に協力お願いして、ベースバンドチップから直接信号取り出して増幅すればOK? 壊れたのでいいから端末くれれば協力する? これもラッキー?
――1935年4月18日、横須賀海軍工廠造船部、スーツ、高田あき
こっちに来てもうすぐ1年だ。高等官六級大尉相当の技官にしてやるって。だいぶえらいらしい。佐藤少佐よりは下だけど。大野は中尉相当。横須賀の街には出ていいことになったけど何にもない。銀座とかまでいけばなにかあるのかな。
技官は普段はごつい生地のスーツでいいけど、祭日は礼服だから作っておけっていわれた。女子の技官なんかいないから、なに作ればいいのかわからないな。フロックコートもドレスもおかしいよね。え、従軍服もいるかもしれない? 軍服じゃん。
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1934年3月12日の友鶴事件の影響でブラック化しています。
セルシン:セルフシンクロ。本来同期して回転するモーターのようなもののペアを使って角度変化などを伝える機構ですが、この場合端末側はデジタル信号処理なのでやり放題です。
1935年9月26日の第四艦隊事件は回避できるはず。
ベースバンドチップはデジタルの世界なのでやり放題という設定です。