電卓
――1934年4月21日、横須賀近郊、電卓?、大野和夫
街は案外近かったけどどうするかな。あ、大きい門。ラッキー。守衛さんいるじゃん。
「失礼いたします。私東京計算機の大野と申しますが、新商品のご紹介にまいりました」
「なんだ、面談の予約はあるのか。ここは一般人が簡単に入れるところじゃないぞ」
「これが本当にすばらしい商品でして、もう見る方がみれば、ひと目で価値がわかります」
「あやしいな、憲兵を呼ばれる前に帰れ」
「いや本当にすごいんですよ。ちょっとごらんになりますか、ほらこのように四則演算が一瞬で」
「何をだしとるんだ、帰れ帰れ」
まずいなあ。あ、偉そうな人発見、ラッキー。守衛が敬礼してるすきに、ちょっと見せてみよ。
「うん、計算機ならまにあっと。。。」
食いついてるし、いけるいける。
「造船部員の佐藤だ、こいつは俺があずかる」
「佐藤少佐。では外来者名簿に記帳を願います」
いけそう。ラッキー。いくらぐらいにしようかな。1日千円くらい? ぼりすぎ?
――同日、横須賀海軍工廠造船部、造船少佐 佐藤大
ありえんな。演算速度はともかく表示機だけでなく数字も演算記号も発光しておる。計算機なら、鍵盤でいいだろうに。この重量にするためかもしれんが、こんなもの持ち歩く意味はないだろう。空想科学小説でもこんなものはでてこん。このまま応接室に入れておいて造船部長に報告だな。
「部長、お忙しいところ失礼いたします」
「かしこまらんでいい。何だ」
「実はこんなものを持ってきた業者がおりまして、お目にいれていただきたくお持ちしました」
「この忙しいときに、まあいい見せてみろ。。。何だこれは。悪ふざけにしても荒唐無稽なしろものだな。こんなもの百年先でも実現可能とは思えん。佐藤、どう思った」
「計算機として驚くべき性能で、お許しいただければ直ちに復元力の計算につかいたいところです。ですが、単なる計算機ならこのような設計にはならないと考えます。なにか別の用途がある装置の機能の一部を使って計算機をやらせている可能性もあります。東京計算機の大野と名乗っておりますが、そのような会社は電話帳にありません。見たことのないような生地の背広に汚れた靴です。スパイも考えましたが、正直なところこれが作れるならスパイも何も」
「言いたいことはわかるが、それは外でいうなよ。それでその大野という男はこれをどうしたいんだ」
「さしあたり一台しかないそうですが、日ぎめの損料で貸し出したいそうです。箱は開けてくれるなとのことでした。今すぐ金がほしいようです」
「出ていった瞬間葉っぱにでもなりそうな話だな。わかった。十円わたすから、これで一日借りて明日呼んでおけ。艦政本部と工廠長に話を通しておく。さしあたりの使用はかまわんが部外秘とする。憲兵にいって後をつけさせるから、手配ができるまで目端の利いた書記官に引き延ばさせろ」
「了解いたしました」
――同日、横須賀山中、高田あき
遅いなあ。暗くなったら山道は危ないし。捕まったりしてないといいんだけど。水はあるけどお腹もへってきたし。あ、戻ってきた。
「うまく行きましたよ。バッチリです。1日五百円っていってみたら、はっ倒されそうになりましたけど十円くれました。十円って大金なんですね。何でも買えますよ。さしあたりおにぎり買ってきましたから食べてください」
「十円。それは、戦前?」
「ああそうみたいですよ。なんか海軍の施設があって売り込みに成功しました。お役所だからしょうがないですけどいっぱい書類書かされて、漢字がちがうって直されて大変でした。ボールペンに反応してましたよ」
旧字? ボールペンっていつごろだっけ?
「明日また行って今後の話をすることになってます。契約事務の方、すごい親切で、泊まれるところも紹介してくれました。それでスニーカーはなかったですが、ズック靴っていうのを発見したんで使ってください」
「ああ運動靴。ありがとう。じゃ早めに下山しようか」
ラジオは呑気そうだったけれど、まさか戦中じゃないでしょうね。
大野くんとりこまれてない? 大丈夫なのこれ? このスーツ浮かない?
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