第6話 平成の里の秘密その1
平成の里に身を寄せて2か月弱。
ここの人々の顔と名前もようやく覚えてきた。
この未来から落ちてきた者達による集落には子供もいる。
ケンタのように中学生ながら落ちてきた者もいれば、ショーゾーとマイのようにこちらの世界で結ばれて“風”という娘を授かったケースもある。
他にも2組ばかり夫婦とみられる組み合わせはあった。
こういう異質な世界では、『境遇を一にする誰かと深く信頼し合って生きていきたい』、という気持ちが強くなるのはわかる気がした。
三太夫はそうした人々の考えを尊重し、里内の恋愛事情に口を出さないようだったが、一つだけ、厳しく言ったことがある。
「この時代の人間と、深く交わってはならん。俺たちの血が混ざれば、未来そのものが変わってしまう。それはとても恐ろしいことを引き起こす可能性がある。」
ということだ。何が起こるかまで想定できないが、わかる気がした。
里は孤立しているようで、たまに他の集落と交流がある。
物々交換による交易と、課役だ。
どういう方法で認めさせたかはわからないが、一応平成の里は地域を治める豪族の支配下にあり、税や軍役を担うことでここでの生活を保障されているようだった。
ある日の正午前、三太夫が男衆を集めた。僕を含めて集まった8人を前に三太夫が淡々と言った。
「軍役だ。今回は2人出せと。誰が行く?」
「俺が行くのは確定だろう」
とサイゾウ。
「じゃあ俺も行くか。」
ショーゾーも続く。
「いや、お前は止めとけ。」
サイゾウは静かに制止した。
ショーゾーはサイゾウに次ぐ実戦能力と指揮能力があり、抜けると痛いのは確かだが、サイゾウはマイと“風”の事を考えると極力ショーゾーを危険な任務から外してやりたかった。
ショーゾーもそんなサイゾウの気持ちを察し、俯き加減に
「…すまん」
と言った。
その後一同黙った。
やはり危険な任務は極力避けたいというのが本音だろう。
だが、この時代指定された軍役を担えない場合は、その他の課役が重くなる。
「じゃあ僕がいきましょうか?」
驚きと自分が行かなくても良くなった安堵感が混じった皆の視線が、一斉にこちらに向けられた。
「ゴエモンか…」
小さくサイゾウが言った。
サイゾウのその言葉のニュアンスに少しためらいを感じた僕は、
「ダメですか?」
と聞いた。
「うーん…ダメじゃねぇんだがな。お前はまだこの時代の者に見えねぇんだよ。」
とサイゾウは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「例えばな、ゲンさん見てみろよ。どっからどう見てもこの時代の農夫だろ。
電気工事士で、こっちでも風力発電作ったりした男に見えないだろう?」
居合わせた一同爆笑した。
ゲンさんは、色黒の50がらみの男で、こちらに落ちてきたのも三太夫に続いて早く23年ほど経っているらしい。
ゲンさんは見てくれも言葉使いも完全に戦国に馴染んでいた。
「他の村の連中と一緒に働くんだ。こっちの人間が違和感を持つうちは行かせられんのよ。」
なるほど、僕は戦国時代にいるが、実際に会っているのは未来から来た人ばかりで、本当の戦国時代の人とは会ったことが無い。
里の鍛錬では、言葉使いや所作の訓練もやっているが、サイゾウ達のように意識せずとも自然に出るような域にまでは達していない。
「仕方ない。年寄りには悪いがゲンさん、今回は一緒に行ってくれ。
人数からいっても大きな戦ではないと思うからよ。」
とサイゾウが言った。
「うるせ、年寄扱いすんな。」
ゲンさんが苦虫嚙み潰したような表情で吐き捨てた。
「いいのか元太?」
と三太夫が問う。
「まぁ、しゃあねぇだろう。若い奴が死ぬよりはな。こういうもんは歳の順に逝かねえとよ。」
ゲンさんはニコリともせず答えた。
「すまんな」
三太夫は片手で拝む仕草をした。
翌朝サイゾウとゲンさんは軍役のためこの辺りを治めている有力豪族の元へ向かった。
皆で里の入り口で見送りした後、僕はすぐ横にいた三太夫に前から疑問に思っていたことを思い切って聞いてみた。
「こうして軍役やその他の課役もあるということは、この里はどこかの勢力下にあるんですよね。
ここの里のこと、僕らが未来人だということ、知っている人いるんですか?」
少し前を歩いていたアヤカも立ち止まり、振り返り
「わたしも…それ聞いたことなかった。」
と言って三太夫を見つめている。
三太夫は、軽くため息をつきながら、
「別に隠しているわけじゃないからな。いい機会だから話しておこう。ついて来い。」
と言うと三太夫の起居する庵に向かい歩き出した。
僕とアヤカも後に続いた。
「まぁ上がれ」
そう言うと三太夫は奥へと進んでいく。
囲炉裏端で話すのかと思ったが、奥の床の間の柱に何か仕掛けがしてあるのか、ゴソゴソといじった途端、床板が外れ下へ降りる階段が出てきた。
「ここは?」
僕が三太夫に問うが、もう既に階段を下りて行ってしまっていて、声が届いていないようだった。
僕とアヤカは顔を見合わせながら、恐る恐る階段をおりていった。
二人が足を踏み入れた空間は、洞窟を改装したもので、ヒンヤリとした空気に包まれていた。
岩肌を削った壁には整然と棚が設けられ、そこに現代の遺物―ノートPC、工具類、ガラケー、スマホ、古びたサバイバルナイフなどが丁寧に並べられている。
棚の前には洋風の椅子とテーブルがあった。
誰かが手作りしたのだろう。
明らかに戦国には存在しない品々だ。
それらを呆然と見ている僕とアヤカに三太夫が声をかけた。
「見ての通り。お前達が現代から持ってきた物を預かっているのよ。」
僕も落ちてきたその日に持っていた物はおろか、身につけていた服も靴も皆はぎ取られ、ボロを着させられた。
その時着替えを持ってきてくれたのがアヤカだった。
「まぁ座れよ。椅子に座るのも久しぶりだろ。」
そう言いながら三太夫が真っ先に座った。
「お前達、落ちてきてどれくらい経つ?」
「私はもう2年かな」
アヤカがサラリと言った。
(アヤカさん2年もここで暮らしてるのか…)
「僕はもうすぐ2カ月です」
「俺は…もう25年を超えている」
25年…
その数字を思い浮かべるだけで背筋が寒くなる。
僕は少しここの暮らしに慣れてきたが、いまだにどこか現実味のない、いつか終わりがくるイベントのような気がしていた。
「俺は、奈良の大学で歴史学の准教授をしていた。専門は戦国史で、ちょうど伊賀の研究をしていた時期だった。」
三太夫の、いや、桃内信義の過去を初めて明かそうとしている。
「平成12年。俺は奈良の山中で、伊賀の遺構調査をしていた。
その時、山中で訓練中の陸自のレンジャー隊員と鉢合せした。
迷彩服に顔も迷彩柄にメイクした奴が突然目の前に現れるのを想像してみろ。
心臓が飛び出るほど驚いたぞ。」
当時を思い出し三太夫が微笑を浮かべたが、すぐ真顔に戻り言った。
「…そいつが、ショウ…今宮翔平だ。」
「互いに事情を語る間もなく、突如落雷のような閃光が走り、気づけば2人とも山の中に取り残されていた」
「それって…(同じだ)」
ゴエモンが言いかける。
それを受けて三太夫がうなづき続けた。
「そうだ。いつもと同じ風景に見えたが、何かがおかしかった。
人の気配がない。車の音もない。携帯は圏外」
驚いた。
最初にこの地に落ちてきたのは桃内だけじゃなかった。
「でも、ショウなんて人この里に…いない」
アヤカが小声で独り言のように呟いた。
三太夫、いや桃内は目を瞑り、これから語る壮絶な出来事をどう話すべきか考えているようだった。
ひんやりした洞穴の中、どこからか風が吹き込んでいるのだろう。
燭台の炎がユラユラと揺れていた。