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第3話 近寄りがたしアヤカ

「ここがおまえの過ごす家だ。小さいけどな、未来から来た人間って個室を好むから、この時代にありきたりな長屋作りにはしてねぇんだ。」


そう言って案内された家?というにはあまりにお粗末な建物は、現代の物置を少し広くした程度の造りだった。


一応土間があり、床板が敷いてある。

家具は無く、奥に布団というかペラペラの敷物と、上掛けが畳んで置いてあった。

 

「こんなところで10年、20年過ごすのかよ…」


僕は絶望的な思いで目の前が真っ暗になった。


「飯は朝晩2食。当番制で皆で食う。それ以外に畑仕事、山菜などの採集、狩猟なんかの仕事があるぜ。」


こちらの気持ちなどどこ吹く風と、サイゾウが一方的に続ける。


「とにかくこの時代は食うことが大変だからな。ひたすら食えるもんを探しているような生活だ。」


サイゾウ一呼吸おく。


(好きな時に好きな物食べられていた生活ってすごく贅沢なことだったんだな...)


そう思わずにいられなかった。


「そして、大事なことがもう一つ。俺たちは伊賀の忍びとしての任務がある。

なんで、武術をはじめ忍びとしての修行もあるからな。」


(忍びの訓練!!まじか!)


忍びモチーフのレスラーとして、この一言はテンションが上がった。

ここに来て初めて心躍らされる一言だった。


「サイゾウさん、持ってきたよ」


入口から声をかける女性の声がした。


「おー、アヤカ。こっち来いよ。あらたにおちてきた仲間を紹介するぜ。」


そう言われて中に入って来たのが、“アヤカ”と呼ばれた女性だった。


手にはサイゾウが着ているような野良着を持っていた。


「こいつはアヤカ。あれ、苗字はなんだっけ?」


「天野彩香。あなたが今度来たかわいそうな人ね。

あまり関わることはないと思うけど、ほどほどによろしく。」


と面倒くさそうに答えた。


「サイゾウさんこれ置いて行くから、じゃあ」


そういうとアヤカは手にしていた野良着を置いて、そそくさと出て行った。


「相変わらず愛想ねぇな~。」


アヤカが出て行った方向に向け、頭を掻きながらサイゾウが呟き、こちらに向き直って続けた。


「わりぃな。根はいいやつなんだけどよ。

なんか男嫌いっつうか、人見知りっつうか、あんま人と関わる事好きじゃないみたいなんだよ。」


サイゾウはまるで我が子の態度を詫びる親の様に済まなそうな顔をした。


「追々接点が多くなれば、話くらいできるようになると思うからよ。」


そう言ってまた笑った。


「その着物に着替えたら、今着ている服と靴は没収だ。その鞄もな。」


僕は黙って頷くしかなかった。


「明日からこの時代での過ごし方みっちり教えてやるからよ。今日はゆっくり休みな。」


そう言うとサイゾウは戸を閉めて出て行った。


400年以上昔の夜。


東京の喧騒の中の夜に慣れた身にとっては、暗く静まり返った本当の闇夜は、どこか恐怖すら感じる。


そして、粗末な夜具を通して感じる固くて冷たい床。とても眠れそうにない。


(でも、寝て目が覚めたら…、僕はいつも通りのワンルームアパートで目を覚ますかもしれない。)


そんな事を思い、僕は必死で羊を数えていた…


・・・・・


平成の里に来て数日が経った。


結局何度寝て起きても、僕はこの悪夢から解放されることはないようだ。


それでも慣れない生活に四苦八苦しながら、なんとか仕事や稽古をこなしている。


桃内さんが言っていた。


「ここの連中はな、口では文句を言わないが、動かないヤツや何もしないヤツにはすぐ冷たくなる。

居場所が欲しいなら、働け。技術がないなら力で稼げ。それがここの流儀だよ。」


シンプルでわかりやすい。そして正しい。

 

そんなある日の午後。

薪運びを終えて井戸端で顔を洗っていたときだった。


後ろから近づく足音に振り向くと、そこには一人の女性がいた。


「ちょっと、そこどいてくれる? 水汲みたいんだけど」


声に棘はなかったが、どこかよそよそしいその声は聞き覚えがあった。


(あ、ここに来た時着替え持ってきてくれた…)


確か、名前をアヤカといったはずだ。

あの時はもう日が暮れていたので、顔や姿はよく見えなかった。


明るい所で見るアヤカの姿は、すっとした立ち姿の女性だった。

肌は白く、顔立ちは可愛らしいが、凛とした表情は芯の強さを物語っている。

長い黒髪を後ろでまとめており、所作に無駄がない。


近寄りがたい雰囲気だけど、どこか根の優しさが滲み出ている感じ。


そんな懐かしさに似た感情が、不意に胸の奥から湧き上がってきた。


「悪い、今どくよ」


僕が身を引くと、彼女は桶を持ってさっと井戸へ近づき、水をくみはじめた。

腕には布でくるんだ包帯のようなものが見えた。誰かの手当てでもしてきたのだろうか。


水をくむ姿も、手慣れた手際のよさがあった。


「あなた名前は?」


彼女は水を汲みながらふと聞いた。


「あ…和樹、石川和樹。けど皆にはゴエモンって呼ばれてる」


「ふうん。変なあだ名。」


「全くだ。石川ってだけでゴエモンなんてね。でもこっちの世界ではその方がいいって言われてさ。」


僕が冗談まじりに言うと、彼女はふっと鼻で笑っただけだった。


でもその時、ちらりとこちらに向けられた視線が、なぜかやけに印象に残った。


「私はアヤカ…あ、知ってるか。

里の医務担当。こっちじゃ些細な傷一つ放置しているだけで破傷風にかかったりして簡単に死ぬから」


「看護師だったの、もしかして?」


僕が聞くと、彼女は表情一つ変えず

「…まあね。でもこっちじゃ薬も器具も何もないから、看護師っていってもできることはほとんどない。

病気にはかからないこと。怪我は早く処置すること。それだけ。」


それっきり、彼女は無言で水を汲むと、そのまま立ち去っていった。


言葉も表情も、素っ気ない。

だけど、僕の目線は、彼女の後ろ姿を無意識に追っていた。



――なんか、喋っちゃってたな、私。


桶を抱えたまま、小道を歩くアヤカ。

軽く息を吐いて首を横に振る。

誰かと話したくらいで、何を気にしているのか。


けど、過去にストーカー化した男に付きまとわれた経験から、無意識に男を避けるようになった。


この平成の里には男も女もいろいろいる。

みんなある日突然この戦国の世に落ちてきた人ばかり。


この時代、人はあまりに呆気なく死ぬ。

だからこそ、私は誰に対しても必要以上に心を許さないようにしてきた。


優しさを向けられれば向けられるほど、喪失感が大きい。

いや、喪失感があるうちはまだいい。そのうち人の死を聞いても、


(またか...)


と思うだけになるのが怖い。

誰にも期待しない、頼らない。それがこの時代で自分を守る方法だった。


でも、さっきの男…

ゴエモンだっけ?

あれは何だったんだろう。


目が合ったとき、一瞬だけど、なんだか懐かしい感じがした。


懐かしいといっても…


どこかで見たことのある顔というんじゃない。


そうじゃなくて、「身内のような空気」と言えばいいだろうか。


ずっと昔に、こんなふうに自分を見てくれた人がいたような。


「…バカみたい」


独り言のようにつぶやくと、急に歩みが速くなった。

あれこれ考えている自分が、なんだか怖かったから。


「初対面の男の人にこんなふうに気持ちが動くなんて、今まであったかな...」


桶の水がゆらりと揺れる。気持ちもまた、同じように、ほんのわずかに波を立てていた。


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― 新着の感想 ―
ゴエモンとアヤカの、お互いが懐かしいと感じる繋がりが気になる! 早く続きが読みたいですっ(((o(*゜▽゜*)o)))
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