終活②歩 勇者の遺言は、お願いじゃなく命令
ボサッと伸び放題の白髪は、じいさんの両目にかかるほど無造作
ポニテにでもして、1つにまとめればいいのに。
じいさん……だとは思うけど、灰色のローブから覗いている
手足の筋肉は、とても老人とは思えないくらいたくましい。
口元の白いヒゲは、膝元まで伸びてて、地面につきそうだけど切らないのか?
金色に光る瞳は、夕焼けのように麦畑のような輝きで 俺に向けられている。
人を安心させるような、渋い声はかっこいいんだけど……。
じいさんが杖代わり?に使っている、その剣。
危ないから、鞘の中にしまってくれねーかな。
おかげで不安しかねーよ。
なんで、むき出しの剣を、杖代わりにしちゃってんの!?
バッと身を起こして、辺りを見回すと
俺達以外には誰も居ない。
というか、俺達以外には何もない、が正しいか。
ここは、どこなんだろう?
あの世にしては殺風景すぎる。
「人間はね、死んだら三途の川を通って、あの世行くんだよ」
亡くなったばあちゃんが言っていたけれど、川も見えないな。
母さんは……迎えに来てくれなかったか。
見知らぬじいさんと2人だけって やっぱり地獄に来ちまったみたいだ。
「えーっと、じいさん。
あんた誰なんだ? もしかして、神様?」
『ワシは神様ではないのう。
これから天国に向かう身じゃがな』
おおっ、天国に行くことを確信してるとは
このじいさん、なかなかじゃん。
『ワシの名はダンテ。
少し、長い話になるが聞いてほしい。
ワシはな、エテルニアを……世界を救った勇者じゃよ』
―――――――――――――――――――――――――――――
『――というわけで、ワシの代わりに、仲間の旅に付き合ってほしい』
「なんて?」
『若者のくせに耳が遠いのう?
ワシの武勇伝を、そんなに聞きたいのは、嬉しいがな』
「いや、言ってないし」
ガチャっと、剣をしまってくれたものの
あの長ったらしい自慢話を、もう1回は勘弁してくれ!
ダンテのじいさんの話じゃ、数十年前に
仲間と共に魔王を打ち倒し、世界を救ったが、彼の83歳の誕生日の少し前。
なぜか、魔王が復活したので仲間と共に
2度目の魔王討伐に出発する直前に、ここに旅立っちまったって。
幸先が最悪だぜ、じいさん。
俺達の旅はこれからだ!って展開なら、某週刊誌で何度も見たし、。
異世界を救えても、自分の命は救えなかったか。
14歳で死んだ、ガキの俺が言えた話じゃないって?
それは正論。
互いの身の上話を少し話したけれど、じいさんの話の8割が自慢話で
肝心要な旅の話が、おざなりなのはどうなんだ。
「アレをやりのこした」
「ここに行っておけばよかった」
とか、後半は愚痴ばかりで
めちゃくちゃ未練タラタラだし!
死んだ後に、初めて会ったじいさんの愚痴を聞かされるなんて
やっぱ、ここ地獄かも。
うんざりした顔で見つめる、俺の視線に気付いたのか
『なに、3人とも、頼もしい仲間だから安心せい。
『もう1度、ワシと一緒に魔王討伐の旅に、逝ってくれるかな~?』
と、文を送ったら、『逝くとも~~~!!』 って返ってくるくらいじゃし』
「なんでそんなに返事が軽いの!?
仲間の人生とか世界の命運とか、なんかこう
色々と、大事なモノがかかってる旅だよなァ!」
今日、何度目となるかわからない
勇者へのツッコみを叫んでしまう。
そんなノリで、魔王討伐を始めていいのか勇者パーティ!
こんなじいさん達に任せていいのか、異世界!!
「ちなみに、俺に選択肢ってないのか?」
『選択肢? ああ、あるのう』
ダンテのじいさんが、にっこりと お茶目な笑みを浮かべ
俺を見てくるけど、なんだか嫌な予感しかしねー。
『ワシだけ逝くか
ワシと仲良く、手を繋いで共に逝くか』
「無いじゃん!!!
なにが悲しくて、初対面のじいさんとあの世に逝かなきゃならねーんだよ!!
仲良くって何? 手をつないで、『逝くとも~!』ってか!?」
神も仏も居ねーのか。
じいさんなら目の前に居るけどな、クソじじいだけど!
『ふっ、共に逝くのは、かつて世界を救った勇者である
このワシじゃよ……?』
今日何十回目かわからない キメ台詞と共に、喜んでいいぞってドヤ顔をしてるけど
全っっっん然、嬉しくねー!
勇者って言っても、異世界の勇者だろ?
俺の世界は救ってもらってねーよ。
オッケー、了解だ。
このじいさんが魔王だな?
勇者パーティとやらをここに呼んでくれ。
倒すべきラスボスが、ここに居るぞ!
「ちなみに なんで俺が起きた時
鞘から、剣を抜いて立ってたんだ?」
『おかしな事を聞くのう。
その方が、勇者っぽいじゃろ?』
「何を当たり前のことを聞くんだ?」といった表情で、首をかしげてるけど
カッコつけるためだけで、剣をむき出しにするな。
怖いし! 全然、勇者っぽくねぇし!
ガクリと肩を落とす俺を見ながら、ダンテのじいさんは
『ワシが数十年以上、鍛え続けた技や賛美の声は、全てエテルニアに遺しておる。
仲間との2度目の旅を君に託す、というかやれ』
『少々……大分、厄介なファンも居るが。
なに、『ワシじゃよ……』と、キメ台詞を言えば、大抵の問題はカタがつく』
「それ選択肢って言わねーよな? 託すっていいながら命令じゃん!
キメ台詞を言うだけの勇者って、あんた本当に勇者なのか?」
「83歳って、めちゃくちゃジジイじゃん。
なんで、老い先短いじいさんなんだよ……俺はまだ、14のガキだぜ」
余命宣告に等しいダンテのじいさんの年齢を嘆くと
彼は、口元を緩めながら
『長々と語ってしまったが、今の君が選ぶのは、残された時間をどう生きるか。
奇しくも、君の母君と同じ選択を迫られたわけじゃな?
普段は見て見ぬふりをしてるが、ワシも、断も、人間ならば確実に死ぬ』
『その当たり前の事実を直視しないと、時間が無限にあると思い全てを先延ばしにする。
そうしてここに来た時、気付くんじゃ。
『ああ、ワシは今まで何をやっていたんじゃ?』と』
『終わりが見えた時にこそ、人は限られた時間を人生で1番、大切に過ごす。
君の母君も同じじゃったろう?』
「……母さんも、こんな気持ちだったのかな」
うつむく俺に、じいさんがたくましい手のひらを
ポンポンと、優しく頭の上に手を乗せながら
『たとえ今日死ぬ者でも、人々はみな 何かを残していく。
それは思い出じゃったり、面影や楽しかった時間、様々じゃな?
断、君の番が来たんじゃよ』
「まだ14歳の、中学生の俺が母さんや
勇者のあんたみたいに、残せるものがあると思えねーけど?」
小学生のように駄々をこねる俺を
ダンテのじいさんは、黄金色の瞳でまっすぐに見つめ返し
『ほっほっほ、年齢なんて飾りにすぎぬ。
これから始まるのは、君の人生で1番短く、そして1番大切な時間。
断は、父君に「余計なことをするな」と言わてきたそうじゃが……
ワシは、老い先短い老体。
今なら、少しくらい余計なことをしてみても、良いと思わんか?』
『ワシのキメ台詞を、忘れぬようにな?
『ワシじゃよ……』
これが勇者の魔法の言葉。 仲間を、レテルニアを頼む』
「待て、待ってくれ!
まだまだ聞きたい事や、言いたい事がいっぱいあるんだけど!」
目の前の勇者の姿が、ゆらぎ始める。
必死に呼びかけてみるが、もう彼の声は聞こえない。
口元に笑みを浮かべながら、勇者は1人で逝く。
ダンテのじいさん、好き勝手にいうだけ言って逝くのか?
もっと俺の話も聞けよ!
俺に代わりを託すって?
余計なことをしてみろって?
見る目がねぇな、ダンテのじいさんは。
こうして俺の意識はふっと落ち
再び目を開けると、棺桶の中だった――
それでは、異世界へ!