表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

■第7章:ノイズの向こうに■

 記録をつけ始めて三週間。

 金曜の夜ごとに夢の中で彼女の声を聞き、目覚めては言葉の断片をノートに書きつける。

 その作業は、もはや“習慣”というより、呼吸のようなものになっていた。


 夢はいつも同じ。霧の世界。姿の見えない彼女の声。

 でも、彼女は確かに少しずつ“変化”している。




 その夜、いつもよりはっきりと声が届いた。


「……そういえば、病室の外にあった桜の木、咲いたのかな」


 病室――

 それは、彼女が夢の中で初めて明かした、自分のいる“場所”だった。


「変だよね。夢の中なのに、どうしてそんなこと思い出すんだろう」


 夢から覚めて僕はすぐにノートを開き、夢の記録に追記した。


 ・“病室”という単語を使用

 ・窓から桜の木が見える(景色を見た描写)


 これまで彼女の話は抽象的で、どこにも具体性がなかった。

 でも「病室」と言ったことで、夢が初めて現実に繋がる回路を持った気がした。




 その週、僕は残業をすべて断り、定時退社を徹底した。

 夢の記録をさらに細かく分析するため、過去のチャットログやSNSの投稿を何度も読み返す。


 彼女は過去、こんな言葉を使っていた。


「眠れないときは、いつも窓から外を眺めてた」


「久々のお散歩。外を歩くのってこんなに気持ちよかったっけな」


 断片的だった言葉が、“病室”というキーワードで次々に繋がっていく。




 次の金曜の夢で、僕は思い切って尋ねた。


「君は……どこにいるの?」


 しばらくの沈黙のあと、彼女はぽつりと言った。


「そこ、ちゃんと覚えてたはずなのにね……ごめん、もううまく思い出せないの」


「でも、あなたの声を聞くと……“ここ”にいる意味を思い出せる気がするの」


「この夢が終わると、すごく怖いの。

 次にまた会えるか、わからないから」


 彼女の声が震えていた。


 姿は見えない。でも、心だけはすぐ隣にあった。




 夢から覚めたあと、僕は彼女のプロフィール欄を再確認した。

「関東在住」「関西在住」などのヒントは一切書かれていない。

 でも、昔のツイートで“桜の開花が早い”という話があった。

 関西圏の可能性が高い――そんな憶測を地図アプリに落とし込みながら、僕は彼女の手がかりを地道に集めていった。




 記録は、やがて「会話の台本」になっていった。

 夢の中では時間が限られている。彼女の記憶が薄れていくのなら、こちらが“質問”を準備しておく必要がある。

 •名前は?(自分で覚えていないか、誰かに呼ばれた記憶があるか)

 •病室の中にあるものは?

 •外の音、光、風、におい――何か覚えているものは?

 •お見舞いに来た人の記憶は?

 •最後にスマホを使ったのは、いつ?


 どれも、現実に彼女が“いた”ことの証拠になる。


 彼女が忘れる前に、僕が覚えておく必要があった。




 彼女は今、夢の中で生きている。

 いや、夢の中にしか“生きている感覚”がないのかもしれない。




 ――その理由を、僕はまだ知らないでいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ