■第4章:夢のなかの金曜日■
彼女が消えてから、一週間が経った。
仕事も手につかず、眠るのが怖かった。
眠れば何かが終わってしまいそうで、目を閉じることすら拒んでいた。
けれどその夜――金曜日の夜、僕は気を失うように眠りに落ちた。
気づいたとき、そこは不思議な静けさに包まれていた。
白くて、どこまでも続く霧。
輪郭のない景色のなかに、ひとつだけ“確かな音”があった。
声だ。
優しくて、どこか切なくて、深い海の底から響いてくるような――
「……起きてたんだね。ふふ、やっぱり今日も0時の人だ。」
その声を聞いた瞬間、胸の奥に鈍い衝撃が走った。
理由なんてなかった。ただ、その声の“言い方”で、僕は確信した。
――これは、彼女だ。
「こっちは、もう夜も昼もよくわかんないの。
でもね、あなたの声がまだ聞こえる気がする。だから、ちょっとだけ話せたらって……思ってた」
彼女の言葉には、独特のリズムがあった。
チャットで読んだ“あの言い回し”が、そのまま音になって流れてきている。
そして何より――
僕はその声を聞いた瞬間、理由もなく、涙が止まらなかった。
「さみしかった、なんて言ったら重たいかな。
でも……無くなる前に、最後に会いたかったんだ。
顔も、名前も知らなくても。あなたにだけは、ちゃんと伝えたかった」
「わたしは、ここでちゃんと、生きてたんだよって」
どこか遠くで、風が吹く音がした。
霧が少しだけ揺れて、彼女の声がふっと遠のく。
「ねぇ……また、夢の中で会えたら、それってずるいかな?」
「また、“この場所”で――」
僕は、言葉を返そうとした。でも声が出なかった。
何かを伝えたくて、必死で手を伸ばそうとしたその瞬間――
目が覚めた。
薄明かりの部屋、消えたモニター、開きっぱなしのメッセージウィンドウ。
夢だったのか、それとも――
僕はPCの横に置いていたメモ帳を1ページだけ開いて、ペンを走らせた。
「金曜23:54 “彼女の声”を聞いた」