■第3章:タイムラグ■
その日、0時を過ぎても彼女は現れなかった。
最初は「忙しいのかな」と思った。
あるいは、寝落ち。珍しいけど、ない話じゃない。
でも、翌日もそのまた翌日も、彼女からの返信は来なかった。
僕の送ったメッセージは既読にならず、時間だけが過ぎていった。
いつものように現れる通知音が、あの頃の僕にとって、どれほど大事だったのか。
それは失ってからでないと、気づけないものだった。
4日目の夜、ようやく返信が来た。
《mofurun_》:ごめん、ちょっと体調崩してた…でも
大丈夫、すぐ治るから。
短く、いつもよりもどこかよそよそしい文面だった。
それでも僕は、胸の奥に小さな安堵を感じて、深くは訊かなかった。
それから、彼女の返信は少しずつ“遅れる”ようになった。
以前は秒単位で返ってきていたメッセージも、いまは数時間後、あるいは翌日になることもあった。
彼女のSNS投稿も、徐々に変わっていった。
どこか詩的で、意味の取りづらい言葉が増えていく。
《mofurun_》(投稿)
いつか、私が私でなくなっても
私が生きた証はここにあるようにって思ってる。
投稿の背景画像は、無機質なカーテン越しに差し込む夕陽だった。
《saito_r》:もふるん、大丈夫?無理してない?
メッセージを送ったけれど、返事は来なかった。
ただ、“既読”のマークだけが、ひっそりと点いた。
それが、彼女からの、最後の“既読”だった。
次の夜から、彼女のアカウントはずっとオフラインのままだった。
そしてその夜、僕は、“夢の中で彼女の声を聞く”ことになる。