■第2章:深夜0時の居場所■
それから、彼女とのやりとりは毎晩続いた。
お互いに、顔も名前も知らないまま。だけど不思議と、他の誰よりも気楽だった。
彼女はいつも、夜0時を過ぎるとログインしてきた。
きっかけは何もない。ただ「いる」とわかるだけで、僕は安心できた。
その日も、いつものようにメッセージが届いた。
《mofurun_》:今日はコンビニのレジで“ありがとう”って言われたよ。それだけでなんか泣きそうになった。
《saito_r》:疲れてると、そういう小さな優しさが刺さるよね。
俺は今日、仕事でひたすら資料作ってたけど、誰にも話しかけられなくて逆に楽だった。
《mofurun_》:わかる。孤独と静けさの境目、ギリギリのところで立ってる感じ。
でも、あなたと話してると、ギリギリじゃない感じがするの。
心のどこかに、小さな波紋が広がった。
“あなた”と呼ばれたのは、初めてだった。
画面の向こうの彼女は、何者なのか、どこに住んでいるのか、本当は何も知らない。
でも、不思議と毎晩の会話が積み重なるたびに、「知りたい」と思うようになっていた。
ある日、僕は少しだけ踏み込んでみた。
《saito_r》:もし、いつか会えたらって思う?
《mofurun_》:んー……それはね、怖いかも。
《saito_r》:どうして?
《mofurun_》:顔を知らない今のほうが、ずっと“本当の私”でいられるから。
もし会ったら、私はきっと、“普通”になっちゃう。
彼女のその言葉に、僕は何も言えなかった。
もしかしたら、僕も同じことを思っていたのかもしれない。
ただ、確かに思った。
彼女は、僕の夜に差し込んだ、唯一の光だった。
彼女の投稿は決まって深夜にしか更新されない。
そこには、日常のこと・寂しさ・何気ない詩のようなつぶやき――
読み返すと、どこか淡い痛みがあった。
けれど、それがたまらなく愛おしかった。