■第1章:はじまりは、通知音ひとつ■
会社から帰ってシャワーを浴びて、缶ビールを片手にPCの電源を入れる。
――PM 22:23――
この時間だけが、僕の“本音”が生きている時間だった。
オンライン掲示板にふらりと立ち寄ったのは、そんな夜のことだった。
仕事のこと、同僚のこと、何もかもがうまくいかなくて、誰でもいいから自分の声を聞いてほしかった。
深夜の雑談板に「眠れない人、話しませんか」というスレッドを立てた。
何十回も立っては沈む、よくある無言の部屋。でも、その夜は違った。
《mofurun_》:こんばんは。私も眠れない、っていうより…起きてる理由がないって感じかな。
最初のレスがそれだった。
その文面に、どこか自分と似たにおいを感じて、思わず返信した。
《saito_r》:同じ。夜になると、自分が透明になっていく気がする。
《mofurun_》:…それ、わかるかも。
しばらくの沈黙。
そのあと、彼女は続けた。
《mofurun_》:でも、こうして誰かと話してると、少しだけ“存在”してる気がするね。
名前も、顔も、年齢も、何も知らない相手。
でも僕は、なぜかその一言に救われたような気がした。
それが、“彼女”とのはじまりだった。
毎晩深夜0時、僕たちはディスプレイの向こうで、確かに会っていた。