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アサシンロソウダン

作者: 常凪

 「この絵は、とても優しい絵だとは思わないか?」

 日が落ちた時、蛍光灯が真っ白に美術室を照らす。ここはとても明るいはずなのに、ここにいても、元気も陽気も湧き上がることはない。その明るさが僕に感じさせたのは、<さびしさ>と<さみしさ>だった。心の中では随分お喋りな僕がすっかり鳴りを潜めてしまったのは、この人が優しいと評したこの絵を、目に焼きつけるのに忙しいからだろうか?

 “日が落ちる前の昼休み“

 高二の夏、僕は今すぐにでも図書室という娑婆に行きたかった。でも今僕がいるのは生徒指導室という取り調べ室、あるいは留置所だった。進路指導担当の先生が怖かった。罪の自白を要求してくるとか、机を思いっきり叩いてくるとか、そういうものではない。怖かったのは自分の進路が何一つ決まっていないという事実を打ち明けることだった。小言なら軽く聞き流せる。でもこの話題だと聞き流すことは不可で、退路はあっという間に絶たれる。だから先生にはこの二語にいつも胸をえぐられるのだ。「危機感を持って行動して」「ちゃんと将来のこと考えなさい」。チャイムが鳴れば、やっと釈放される。しかし待ってくれているのは昼休みなどではなく授業だ。嗚呼、大事な話をしていたはずだったのに、大事な時間を奪われたと思ってしまった。いけないことのはずなのに今が楽しければいいと思ってしまった。どうすれば危機感を持てるのだろうか?どうすればちゃんと考えられるのか? 

 “放課後“

 授業も掃除もホームルームも終わり、あの二語も忘れかけていた時、数人のクラスメイトが話していたのが聞こえた。

 「なぁ、3階の特別棟の話って聞いたことある?」

 「ん?なんの話?」

 「夜に特別棟に行くと追いかけられるんだってさ。」

 「え、おばけ?人体模型とか?」

 「死神だよ。」

 「は?何それ?」

 「よく分からないけど追いかけられるらしいよ。」

 「捕まったらどうなんの?」

 「わかんない。死ぬんじゃない?」

 「適当すぎるだろ。」

 「どうする?行く?」

 「行かねーよ、受験だっつーの。お前はこれから面接練習だろ?」

 「だったね。じゃ、バイバイ。」

 「バイバイ。」

  “夜“

 僕は密かに特別棟に向かっていた。夜になるまで教室に残っていたのだ。部活も終わる黄昏時は、明かりがない。いや、二つだけ、あるにはある。非常口のマークと非常ベルのボタンだ。緑と赤という相性の良い僅かな光がこの暗闇を歩くための道しるべになり、一寸先の闇を消してくれている。もし僕が優等生か普通の生徒、模範となる生徒だとしたら、僕は家に帰り、進路に向けて考えているだろう。しかし、あいにく今の僕にとってあの場所もまた取り調べ室であり留置所なのだ。待っているのは父と母という名の2人の警部だ。そしてあの二語にまた胸をえぐられることになる。だから帰りたくない。今はそんなことよりも、この典型的な青春を味わいたいのだ。

 さぁどうか僕を見つけてはくれまいか?そして僕を追いかけてはくれまいか?死神とやら。

 その言葉に応えてくれたのか、遠い遠い向こう側からコツ、コツと聴こえる。誰かが来る。僕は足を止め、代わりに耳を傾けることに集中した。音が近づいて来るにつれ、音源の姿も次第に見えてくる。スポットライトのように窓から差し込んだ月光に照らされて、その姿が足元から順に見えてくる。黒い革靴、素肌も体型も隠すぶかぶかの黒ずくめ、そして最後にすらっとした輪郭。生徒ではなさそう。先生か、用務員、あるいは不審者の類か。選択肢はこの三つに絞られる。

 「生徒がここで何をしているんだ?」

 低くて落ち着きのある男の声だ。加えて不審者の可能性は無くなったな。教師か用務員のどちらかだろうか?

 「すみません、すぐ帰りますね先生。」

 と言ってみれば、なんと答えが帰ってくるだろうか?

 「先生?それは私のことかな?」

 おや、どうやら先生ではないようだ。用務員だろうか?

 「間違えました。いつもお掃除お疲れさまです。」

 「私はここの清掃員じゃない。特定のゴミを掃く清掃員ではあるが。」

 次の瞬間、僕は前髪を鷲掴みにされ、首筋に鋭利な感触のあるものを押し当てられていた。刃物だろうか?・・・痛い。その人は顔を月明かりに照らされると、美しくも温かみに欠ける白い素肌を見せた。

 「まずは労いの言葉をありがとう。しかし、私の質問に応えてほしい。ここで何をしている?」

 僕は頭皮に痛みを感じつつもそれを意に介していないように振る舞った。

 「特別棟の噂を聞いて来たんですよ。夜にここに来れば、“死神“に追いかけられるって。あなたがそうなんですか?」

 「死神?あぁ、そういえば、君みたいな生徒が夜な夜なこの時間にやってきては私を見るなり、死神に追いかけられると言って毎回悲鳴をあげて一目散に逃げるが、私は追いかけてなどいない。仕事でここに来ているだけだ。」

 「仕事っていうとさっき言ってた特定のゴミを清掃するっていう?」

 「いや、今は別の仕事をしている。というか今首筋に刃物を押しつけられている君は、私が主に何をしているのか察しがついているんじゃないか?」

 「えぇ、まぁ。一応確認ですけど・・・あなたっていわゆる殺し屋ってやつですよね?」

 「あぁ、特定のゴミ・・・社会のゴミと呼ばれる奴を頼まれれば殺す。それが主な仕事だ。」

 「なんで殺し屋の人が学校を徘徊してるんですか?標的の人が、この時間に学校をウロウロしているからですか?」

 「君には関係ない、詳細を教えるつもりも無い。私の仕事は進路を考える学生が職場見学できるようなホワイトな生業ではないんだ。分かったらさっさと帰れ。でなければ殺す。そうなれば君の人生は終わりだ。」

 その言葉に僕の意識が惑わされたのか、実際になのか分からないが、首筋から感じる刺さるような痛みが増したような気がした。ここで“帰ります“といえば僕は生きながらえる。でも、そんな気にはなれない。だから僕は死を選ぶように返事をした。

 「帰りません。あなたの事を教えてください。」

 殺し屋さんは少し驚いた表情を見せるとすぐに平静を取り戻して言った。

 「・・・どうやら状況が分かっていないようだ。君の目の前にいるのは一般人ではない、飢えたヒグマとほぼ同じだ。察しは良いようだが、自分の命が危ないとは考えないんだな。随分と()()()()()()ようだ。」

 その言葉に胸をえぐられた僕は頭皮と首筋の痛みなんて忘れてしまった。

 「まさか殺し屋であるあなたにもその言葉を言われるなんて思いもしませんでした。危機感ですか?何に危機を感じれば良いんですか?」

 「この状況にだ。君は今すぐにでも首を切られて死んでしまってもおかしくはない。それが怖くはないのか?死ねば君はもう二度と家族にも友人にも会えず、大人になる事もなく、どこの誰かもわからない奴に殺されて死ぬんだぞ。普通はそうなんだろう?」

 きっとこの人は僕の不安を煽りたいのだろう。でもやっぱり僕には危機感っていうものがわからない。

 「どうでもいいですよ、やるならお願いします。僕は後悔しません。」

 「君がそれでいいのら、お望み通りに。しかし一撃で死ぬ保証は無いぞ。想像を絶する痛みでもがき苦しむ結果になるかもしれないが、それでも良いのか?」

 「はい。僕は首を切られる痛みよりも、苦しいものを僕は今の今まで味わっていると自信を持って言えます。」

 「何だそれは?」

 「将来のことを考えて生きるように強制されることですよ。」

 「は?」

 「僕にとっては首を切られて一気に襲いかかってくる痛みよりも、将来の事を考えろと周りから指図される時に感じるじわじわと半永久的に来る苦しみの方が、辛いと言ってるんです。ここで首を切られればあなたの言う通り、想像もできない痛みが襲って来るんでしょう。でも死ねば、いずれその痛みからは解放されます。それに対して将来を考えることは考えても周りから否定されたりするし、たとえ認められてもいずれそのまた次の将来について考えるように言われる。考えなくても良いという選択肢を与えてはくれない。就職、進学、結婚、老後、こんな言葉が存在しているせいでいつまで経っても将来はどうするのと言われ続ける。分かりますか?死にたくなるほど苦しいのに死ねないんですよ。どれだけ苦しくても殺されずに生かされるんですよ?首を切られて死ぬよりも遥かに苦しいと思います。だからね、今の僕にとっては周りの大人達が怖い人に見えるし、それに対してあなたはとても優しい人にどうしても映ってしまうんですよ。」

 「私が優しい人?」

 「はい、あなたは優しい人です。だって今こうして僕を終わりの見えない苦しみから解放してくれようとしている。今までの大人達は“生きていかなきゃいけない“ってしか言ってくれなかった。誰も“死んでも良いよ“って言ってくれなかった。大人達は進路が決まって常に絶えず老後まで目標がある人生を僕に期待する。逆に進路が決まっておらず、目標も決めずにフラフラと生きることや人生を諦める事を認めてくれない、肯定してくれない。この世で一般的とされている人生の選択肢は“生きる“の前提の上に成り立っている。誰もそこから降りようとは考えない、降りさせてくれない。でもあなたは僕に死ぬという選択肢を与えてくれた。残酷な印象のある殺し屋とは思えないくらい優しいなぁって思います。」

 僕が言い終わると頭皮と首筋の痛みがふわっと消えた。殺し屋さんが解放してくれたのだ。殺し屋さんはこれまで剣呑だった表情を緩めるとため息をついた。

 「どうしたものかねぇ。少し脅してやれば逃げると思ったのに、髪を掴まれて首に刃物付きつけられても平然としてるなんて、驚いたよ。君はもしかしてその歳で私と同じ同業者なのか?」

 「まさか、そんなわけないですよ。ただの一般高校生です。」

 「私の知る一般高校生はこんなにも肝据わってなかったがなぁ。」

 「それはあなたが今まで見てきた高校生が僕とは違うタイプの人だったからでしょう?驚くことはないでしょう?」

 「いや、君は“高校生“という枠には収めきれない。“人“の括りにも収め切れないなぁ、強いて言うなら“生き物“の方がまだ収まると思う。」

 「ん?どういう事ですか?」

 「君はそれほどに変わり者って事だよ。大体の人は高校生も含め目標があろうがなかろうが、生きてこうとする。将来のために。それに対して君は人生の決断には死という将来を絶つ選択肢も含まれているんだと考える。たまに生きていくのが嫌になって自暴自棄になり、自ら命を絶つ奴もいるが、君は随分と冷静な方だ。本来であれば、最悪と称され敬遠されるかもしれない“人生の選択肢には死ぬという事も含まれているのでは?“と考える人間は私の経験上、見たことがない。さっき私は君は生き物という括りに入ると言ったが”生き物“であるかどうかもも怪しい。君はリビドーを真っ向から否定する存在。言うなれば“怪異“だ。」

 「“怪異“ですか。幽霊とか妖怪って事ですか?人間どころか、生き物扱いさえされてない言葉の筈なのに全然不快に感じない。むしろ何というかしっくりきますね。そっか、僕って“怪異“なんだ。何故だろう?嬉しい。」

  多分だけど、今僕の口角は上がっている。

 「ますます人間離れした反応をするんだな。本来人間離れという言葉は感覚が優れてたり、人間の限界を超えた身体能力を持っている者にかける言葉のはずだが、性格の面でその言葉を使うことになるとは、なんというか君は、興味深いな。」

 「え、照れる。」

 「うーん、なんだか君を追い返すのも今更ながら惜しくなってきた。よし、では今から私についてくるか?」

 「え、良いんですか?」

 「うん。君に“アレ“を見せればどんな反応をするか楽しみだ。行こう。」

 殺し屋さんは特別棟の奥へと歩き出した。どうやら彼は僕に心を開いてくれたようだ。最初は殺されて僕の好奇心が無念に終わるかと思いきや、まさかこんな展開になるなんて。後ろ姿で表情は見えないが、殺し屋さんはどこか嬉しそうだった。

 「ところで、何を見せてくれるんですか?今回の標的ですか?」

 「だからそういう仕事は見せないと言ってるだろ。いくら君が人間離れした怪異でも仮にも君は高校生なんだ。今後の生活に悪影響だ。」

 「そんな配慮してくれるんだ。ていうかさっき僕を追い返すために言った脅しも優しさですか?ますます殺し屋とは思えない優しい人だなぁ。」

 「そうか?私はただ仕事に無関係の君を巻き込みたくないだけだったのだが。」

 「そーゆーのが優しさっていうんですよ。」

 そんな会話をしながら僕達は廊下を歩く。すると殺し屋さんはある教室の扉の前にピタッと止まるとそこに向き直った。

 「ここだ。」

 「ここって・・・美術室?」

 「そうだ、ここに見せたいものがある。」

 彼は扉を開けるとパチっと電気のボタンを押した。教室全体が真っ白な蛍光灯に照らされる。当然といえば当然だが、窓に僕たちと教室全体が反射して映っている。

 「この教室の奥の準備室にある。」

 準備室に入ると壁のいたる所に絵が飾ってある。正直僕は絵に興味が無い。ここに飾ってある絵ならゴッホとかピカソとかダヴィンチくらいしか分からない。殺し屋さんはそんなメジャーな絵を通りすぎると、ある絵の前で止まった。

 「この絵だ、見てくれ。」

 そう言われたので僕は彼の元に行く。ふと顔を上げると、そこにあったのはたくさんの人間と骸骨が互いに手を繋ぎ、社交ダンスを踊っている絵だった。これが彼の見せたいもの?

 「この絵を知っているか?」

 「いえ、全く。」

 「これは“死の舞踏“という作品でな、14世紀から15世紀に描かれたものだ。最初に説明すると、この骸骨たちは“死“そのものを表現している。当時この絵が描かれた時代はペスト、別名“黒死病“という伝染病が多くの人の命を奪った。当時は特効薬も発達した医療技術もなく、人々はただ祈ることしかできなかったらしい。さらにペストで死んだ者を埋葬しようとしている間にまた感染者と死者が増えるし、それと同時に戦時中だったらしく、そこでも多くの死者が出た。そして人々は逃げようの無い死の恐怖に半狂乱になり、倒れるまで踊り狂ったという。この絵はその時代背景を表した風刺画なのだ。」

 「・・・そんな時代があったんですね。」

 「ところで、この絵はとても優しいとは思わないか?」

 「え」

 突然の質問に僕は戸惑った。この絵が優しい?なんで?

 「この絵は私たちにあるメッセージを伝えてくれている。“死は常に傍にある“と。一緒に踊っている様子が描かれているのはそれだけ我々と“死“が切っても切り離せない深い関係にあるからだろうな。だから死は恐れるものではない、むしろ家族や友人のように受け入れるべきものなのかもしれない。私がこの絵を優しいと評するのは、この絵を見た者に”死が常に自分の傍にあるから悔いのない人生を過ごせ”と警告を伝えようとしているのもあるが、もう一つは骸骨と手を繋いで踊っているのを描くことで、死が決して最悪なものではなければ、敬遠されるものではないという作者の死に対して共感している心情が映し出されていると思ったからだ。君はこの絵をどう解釈する?」

 「え、そんな急に無理ですよ。感想なんて。」

 「大丈夫だ、これは試験でも面接でも大喜利でもない。ゆっくりでいい。だから教えて欲しい。」

 「わかりました。」

 僕は今まで以上にゆっくりと考えた。いつもだったら早く答えられないと先生とか親とかに急かされたりするんだけれど、殺し屋さんは何も言わず待ってくれた。頭の中で単語をパズルのように組み立てて文章を作る。文章が出来たら今度はそれで本当に自分の気持ちが伝わるのかも心配する。持ち前の優柔不断力で悩むこと1時間、これで大丈夫だと思ったので、僕はそれをやっと声に出すことにした。

 「この絵を描いた人は死を骸骨で表現している。それは見た人を怖らがせたいとか、面白い反応を期待しているんじゃなくて、本当に大切なもので、向き合わなきゃいけない物は、死のような“怖くて見たくないような物だ“というのを伝えたいんじゃないんでしょうか?むしろ死を怖がって向き合わずに考えずに敬遠する事は現実逃避だってことを伝えたいんじゃないでしょうか?そしてこの絵を描いた人は自分も病気か戦争で死ぬかもしれないのにこの絵を描いた。自分の命に代えてでも後世に伝えたかったんじゃないでしょうか?“死と恐怖に向き合え“と。そう考えるならこの絵は優しい絵だと言えます。」

 殺し屋さんは腕を組んでうんうんと首を縦に振りながら感心していた。嬉しさを噛み締めているようだった。

 「良い、いいよ。凄いよ。そういう感想を待ってたんだ。」

 「・・・ありがとうございます。」

 僕は思いの他褒められて嬉しかった。でもそれを表には出せず噛み締めてしまった。

 「私はいつかこの絵の良さを誰かと語り合いたかったのだ。まさか君のような怪異と語ることになるとは思いもしなかったが。もしかしたらこの絵を理解しようと努められるのは君のような怪異なのかもな。にしても本当に良い感想だった。さっきのはしっかりと考えて言ったのだろう?」

 「はい。ちゃんと自分なりの解釈を、出来るだけ分かりやすく伝えたかったんです。だから言葉選びとか文章を組み立てるのに時間がたっちゃって。」

 「構わないよ。私は感想が聞きたかっただけなんだから。即興で答える事を要求しているわけではない。それに浅はかな、考え無しの感想を聞かされても私は嬉しくなかった。そう考えると君は優しいんだなぁ。」

 「ありがとうございます。」

 殺し屋さんはふと教室の時計を見ると言った。

 「さて、もう9時近い。そろそろ帰ったらどうだ?さすがにここにずっとはいられないだろ?」

 「はい・・・・。」

 「どうした?」

 「その、できれば帰りたくないですね。」

 「親に言われるからか?進路について。」

 「はい。あそこにいれば普通の人間として生きる事を強要されかねないので。できる事なら、僕は怪異として生きていきたい。だからあそこにはいられないし、いたくない。」

 「しかし学校にも君に対して普通に生きるよう強要してくる進路指導の先生だっているだろう?」

 「確かにそうですね。うーん、なんか・・どこにも居場所が無い感じで、嫌ですね。」

 「・・・そうか、ところで君は私が嫌いか?」

 「え?いやいや、とんでもない!むしろ好きですよ、あなたみたいな人。出来れば仲良くしたいです。だって僕を怪異って呼んでくれたから。」

 「そんなに気に入ったのか?」

 「もちろんですよ。だって僕は普通の人間として生きていかなくても良いんだって、怪異でも良いから自分なり生きて良いんだって事に気づかせてくれたから。」

 「そうか、ではまた次の夜に特別棟で会おう。」

 「え?いいんですか?仕事とかは・・・」

 「君がくる前に済ましておく。絵の感想を聞いて君ともっと話したくなった。」

 「そんなに気に入ったんですか?僕のこと。」

 「あぁ。それに居場所が無いなら私が作ろう。君は私と会えたことが嬉しいのだろう?ならば私の居るところが君の居場所だ。」

 「殺し屋さん・・・・、ありがとうございます!じゃあ、また。」

 「あぁ、また。」

 僕は自然にこぼれた涙と笑みを彼に向けて、大きく手を振って別れを告げると昇降口に向かって走った。家に着くともう時刻は10時。当然両親に色々と聞かれた、そして怒られた。けれどもう夜も更けてきたので、説教は数分で済んだ。最初は肝試しのつもりだったのに、まさか殺し屋と会うなんて。期待以上の青春と刺激を味わうことができた。僕は寝床に就く前も就いた後もその余韻に浸っていた。

 翌朝、いつも通り学校に行こうとすると、両親が昨日の事を掘り返すと同時に進路の話も振ってきた。僕は逃げたい一心で聞き流し、登校した。やっぱりここに僕の居場所は無い。かといって学校にもあるわけではない。放課後までは進路指導部の先生から逃げ惑うように過ごすのだ。そして夜、ようやく僕の居場所が出来る時間帯だ。今夜は昨日みたいに怒られたくないので両親が寝静まった真夜中に行った。僕は元気に登校するような足取りで特別棟に向かった。そして見覚えのある人影を見つけた。殺し屋さんだ。僕は恥ずかしがっておーい!と呼ぶ勇気がないので、彼の元に近づいて行く。向こうもそちらに気づいたようで、僕を見るなり、穏やかな表情を見せる。

 「やぁ。」

 「こんばんは、殺し屋さん。今宵も月明かりが綺麗ですね。」

 「フフッ、なんだその挨拶は?今日も天気が良いですねを言い換えたのか?」

 「それもありますけど、ここで月明かりではなく月が綺麗ですねと言うと、遠回しに口説いているように捉えられると思ったので。」

 「あぁ、そういうことか。たしかに一部の人間にはそう思われるかもしれないな。」

 「ところで殺し屋さん、今日はなんで呼んでくれたんですか?」

 「君の話を聞きたくてな。だから呼んだ。」

 「僕の話ですか?」

 「あぁ、昨日の君の話を聞く限り君は今のところ将来について考えたくないようだ。そして私に殺して欲しいとも言った。だが本当にそうだろうか?君の本当の気持ちはそうなんだろうか?」

 僕はその発言に言葉に出来ない不安を感じながらも、返事をした。

「それって僕が本当は生きたくて、将来について考えているってことですか?」

 「うーん、そういう訳でもない。何というか君はまだ自分の欲を自覚出来ていない状態なんじゃないだろうか?」

 「欲を自覚?どういうことですか?」

 「将来に向けてこう生きたいという目標も無ければ、今すぐに死にたいというわけでもない。もしどちらかに君が当てはまるのなら、今こうしてそのようにわくわくして私に会いには来ないだろう?」

 え?将来を考えて生きたいわけではないのは分かるけど、今すぐに死にたいわけではない?確かに僕は殺し屋さんに会いに行く事に心踊らせていた。殺して欲しいなんて微塵も考えていなかった。じゃあ僕は、今どんな気持ちなんだ?

 僕は閉口して深く考え込んだ。

 「昨日も言ったが、今すぐに答えを出せとは言わない。自分に問いを投げかけろ。自分は生きていたいのか、どれだけ生きて生きたいか、どう生きて行きたいのか、それらを考えて、”欲”を引き出せ。」

 僕は考えた。時計は見ていないけど、今日は昨日よりも沢山の時間を浪費しただろう。きっとこれが僕の今の限界だと思う。僕は今出せる精一杯の言葉で言った。

 「えっと、確かに殺し屋さんの言う通り、僕は将来に向けて生きたいと思っていないし、今すぐに死にたいと思っていないと思います。じゃあ少なくとも今はまだ生きてたいと思います。あとは老後まで生きてたいわけではないけど、具体的に何歳まで生きたいとかは分からないです。どう生きたいかとなると、僕は自分から湧き上がってきたものに従って生きていきたいです。逆を言えば、誰かに刷り込まれた価値観で生きたくないです。」

 僕が話している間、殺し屋さんは無言で何度も頷いていて、しばらくすると口を開いた。

 「それで君の欲は分かったのか?まだ答えがあやふやなようだが。」

 「えっと、ごめんなさい。それはまだ分からないです。」

 「・・・そうか。」

 殺し屋さんは無言になった。こうも沈黙が続くと、僕はまた不安に苛まれる。あの二語が彼の口から出て、また胸をえぐられるのだろうか?そんなことを考えながら僕は返事を待っていた。

 「では、今は考えなくても良い。」

 「・・・え?」

 彼が言ったのは僕が心密かに求めていた言葉だった。

 「答えが出ないんだろう?だったら無理に考えなくてもいい。考える必要があるのなら、それは君がモヤモヤした時だ。今はどうだ?」

 「えっと、モヤモヤしてないです。」

 「なら考えなくても良いだろう。欲湧いて来ないなら仕方ない。では今のところは、なんとなくで生きればいいんじゃないか?」

 「え!?そんな適当で良いんですか?」

 「そんな適当で良いんだ。君の周りにいる大体の大人は夢や目標がない奴には夢や目標を持てと言ったり、逆に夢や目標を語る奴には現実を見ろと口を挟んで、二枚舌で子供を振りまわしているだろう?」

 「それは、そうですね。」

 「私は無いものを欲が無ければ、あるようには出来ない思う。」

 「どういう事ですか?」

 「そうだな、君は小学生の時に感想文を書かなかっただろうか?」

 「あぁ、書きました。正直毎回面倒臭かったですね。何度も書くのやり直しにされて。なるべく長く書いてって言われました。」

 「私も短い文書を書いてやり直しを言われたが、断固拒否した。そして納得して貰えた。」

 「え!?すごくないですか?」

 「それ以上言葉が思い付かないのだから仕方ないだろう。思いつかないのに無理に書こうとしても、嘘で塗り固められた言葉で埋まってしまう。そういう事を説明したら納得して貰えた。まぁ大体の教師というのは、なるべく早くなるべく具体的で長く答えてくれることを優先していて、本人の気持ちは二の次なのかもな。」

 「・・・・。」

 「まぁ、とにかくだ。さっきも言ったように今はなんとなく生きて、モヤモヤしたら考えた方がいいと思うぞ。そしてその時はいっぱい考えてみろ。」

 「そうですね。僕、なんとなく生きてみよう思います。」

 「おや?私が言うのもなんだが、今君は他人の価値観で生きようとしていないか?大丈夫か?」

 「確かにこれはあなたの価値観を採用したものですけど、僕が良いと思ったんです。僕の”欲”です。」

  「そうか、なら良いが。」

 会話が終わるとまぶたが重くなる。もっと話していたい。僕は会話がお開きになるのを阻止するために何とか話題を即興で考えた。

 「あ、そうだ。」

 「ん?どうした?」

 「殺し屋さん、そろそろ教えてくださいよ。ここでどんな仕事してるのか。」

 「またその話か。・・・分かった、教えよう。」

 「え!良いんですか?」

 「あぁ、私の仕事は学校の警備だ。」

 「学校の警備?どうして殺し屋なのに警備員を?」

 「ここんとこ仕事がめっきり減ってしまってな、私を雇ってくれていた雇用主も裏社会の波に呑まれてで死んじまった。表社会に出ても、履歴書に前職は殺し屋なんて書けないし、家族も伝手も無い。途方に暮れてこの町を彷徨っていたら。通り魔に絡まれてな、あっさり返り討ちにしたら、財布を落としてそいつは逃げて行ったよ。そしたらこの学校の理事長に御礼を言われたんだ。理事長から話を聞くとそいつは理事長の財布を盗んだ強盗だったらしくてな、財布を取り返してくれた御礼がしたいと言われたから、今仕事を探していると私が相談すると、通り魔を撃退した腕を買ってくれて、私を日雇いのバイトとして雇ってくれたんだ。」

 「え、日雇いバイトなんですか?」

 「今の時代、スマホのアプリとかで度々応募さえすれば、ほぼ永続的に面接や試験無しでバイトができるからな。小遣い稼ぎ目的とかで専業主婦の間で流行っていると聞いたぞ。それに理事長が個人で雇ってくれているから私は非公式の社員なんだ。」

 「前とほぼ雇用体型変わって無いんですね。」

 「そうだな、今はここに入って来た不審者を取り締まっている。まぁ全然来ないけど。来たとしてもどいつもこいつも弱いし、正直楽だ。給料良いし。日給5万だ。しかも雇っているのは私だけだから、毎日警備を担当している。」

 「めっちゃいい仕事じゃないですか。いいなぁ、恵まれてるなぁ。」

 「運が良かっただけだ。君もしらみ潰しに自分の居場所を探せばいい。少なくとも君の家やここではないと思うがな。君はいずれ卒業するだろう?そしたら君とこうして過ごすことはもう出来ない。だから私は君にとっての一時的な居場所にしか慣れないんだ。」

 「・・・そうですよね。いつかはお別れするんですよね。」

 殺し屋さんは申し訳無さそうに小さく頷く。

 「じゃあ卒業近くまでなら良いですよね?」

 「あぁ、君が良いのなら。」

 「ありがとうございます。ではまた次の夜に。」

 僕は軽く手を振って帰ろうとする。

 「あぁ、またな。」

 それから僕は、自ら進路指導部の先生、両親の下に自首するような感じで進路に話を切り出した。僕はその時、三人に嘘を着いた。ある企業に就職したいと。だってそうでもしなきゃ、納得して貰えないもん。なんとなく生きたいなんて口が避けても言えない。それからそれっぽい取って付けたような言葉で親と先生を説得して高校を卒業後、無事就職出来た。勿論卒業までの間は、あの殺し屋さんとの雑談を楽しんでいたけどね。そして今は地元を離れて一人暮らし。接客業をしている。仕事の調子は可もなく不可も無く、普通だ。でも目的がなしでやる作業はとても退屈だ。進路に迷ってたあの頃と比べると楽だけど、これで良いのかな?と休憩中外で物思いにふけっていると、一台の

トラックが僕の前をゆっくり横切って行った。僕はそのトラックのナンバープレートに目が行った。那覇って書いてあった。ここは東北地方だったから、随分遠くから来たと思ったし、どういった経緯でここまで来たのかを想像してしまった。ここに来るまでに何を見たのか、何を食べたのか。他にどこの県を通って来たのか。トラック移動だったら車中泊だよなぁとか色々考えた。そしてトラックが通った方向に向かって道路見た。その瞬間、ふと思ったんだ。

 

 この道の向こうには一体何が広がっているんだろう?

  

 多分、あの頃みたいに僕の口角は上がっている。とてもワクワクしたんだ。心が躍ったんだ。そしてこのワクワクのした気持ちを言葉にすると、「どこか遠くまで気ままに旅をしたいなぁ。」なんだと思う。これは、間違いなく僕から湧き上がってきたものだ。僕の”欲”なんだ。それから僕は、来年仕事を辞めて旅に出ることにした。最近はその計画を立てている。その後はどうするか全然考えていないけど、僕は今しか生きられないから、未来のことは未来の自分に任せよう。

 ちなみにあの殺し屋さんはまだあの学校にいるらしい。

僕との出会いをきっかけに夜の校舎にやって来た生徒の進路相談をしてるんだとか。後輩に聞いたんだが、今じゃあの学校は死神に追いかけられるんじゃなくて、死神が悩める生徒に寄り添ってくれるっていう噂が広がっているらしい。

 殺し屋が進路相談か。まさに暗殺者進路相談(アサシンロソウダン)だ。

 





























 




 

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