私の欲しい簪は
古くから私の国で続く風習がある。
娘のうちは髪を下ろすが夫を持つと髪を結い上げるようになるのです。
夫以外の殿方の前で髪を乱すのは娼婦くらいと言われます。
婚約を結ぶ際に殿方は御自分の髪色の地金・瞳の色の石を装飾した簪を婚約者に贈ります、女性がつける簪を通し自分の存在やステータスを周囲にアピールする…ということです。
結婚式の時に花嫁のベールを上げた後、花婿が花嫁の髪に簪を挿す姿を見かける事も多く身分が高くなればなるほど簪の質や装飾は凝ったものになります。
黄金色の髪に青い瞳の殿下と婚約が結ばれた時に私も殿下色の簪を王家から頂戴いたしました。
王家から贈られた簪でしたが殿下の色というだけで金メッキな上青いガラス玉をあしらった簡素なもので婚約用に準備されたように見えず側にいた侍女が顔を顰めました。
父は殿下の考えが理解できないと仰っておりましたが私の存在は重みの感じないメッキの簪で充分だという意味なのでしょう。
憂鬱な気持ちで手元のシンプルな簪を眺めると贈り主である殿下と親しげな女性が目に入る。
周囲の目線を気にせず腕を絡め合う2人に眉の間に無意識に力が入りました。
結い上げる長さのない肩口で切られた髪から身分の高い女性ではないようです、黄金色の薔薇に青い石をあしらった髪留めが私の簪とは異なり光を反射し輝いて見えました。
2人の側にいた宰相の子息が私に気づき申し訳なさそうに此方に会釈しています。
簪が贈られた時、母からは殿下なりに何か思惑があるのかもしれないので様子を見るよう諭されましたが恐らく殿下は何も考えていないでしょう。
殿下が婚約者に安物の簪を贈り、高価な髪飾りを平民に贈った噂話は瞬く間に広まった事や私に王家の秘匿までは教育が進んでいなかったため婚約の解消は速やかに行われました。
婚約時に贈られた簪は婚約が不履行になった際に折るのですが簪が折れる音と共に私の心を蝕んでいた何が晴れていくのを感じました。
解消手続きの書類に添えるように殿下から贈られた婚約の簪を2つに折って提出した所、婚約用に出された予算の1割に満たない品物だったようで色んな意味で騒ぎになったようです。
なんでも怒り狂った陛下がその場で王配の剥奪と離宮への幽閉を決めたとか…
もう、私に関係ありませんが。
婚約の解消から数ヶ月過ぎて気持ちを切り替えるために他国へ留学するため資料を集めていた頃、宰相の子息と縁談の打診があったようです。
気乗りしないなら断りを入れていただけるようですが殿下が不誠実な行動を起こすたび申し訳なさそうに会釈する姿を思い出し会う事を決めました。
宰相の子息は殿下の側に居ることが多く姿は良くお見かけしていましたが2人だけでお話するのは今回が初めてです。
「自分は殿下を止めきれなかった…」
彼は頭を下げ拳を握りしめ、私の足元で跪いた。
「そして、愚かにも貴女を諦められなかった自分をお赦し下さい。」
雀斑のある顔を耳まで真っ赤に染めながら私に簪を差し出した。
赤銅色の髪を連想する7つの薔薇の花が囲むのは赤みを帯びたオレンジ色の瞳を連想するインペリアルトパーズ。
「自分の色が地味な事をこんなにも悔やむとはおもいませんでした。」
受け取った簪は華奢なのにずしりと重く金属なのに暖かく感じられ光の加減で赤い薔薇に見える7つの薔薇を通しずっと密やかに思われていた事を知りました。
「私で本当によろしいのですか?」
涙声の返事にただ黙って頷き抱き寄せられて私は本当に欲しかった物が得られたと感じたのです。
その後風の噂で離宮に幽閉されていた殿下ですが病が悪化して長くないと知りました。
なんでもお付き合いしていた女性は殿下以外の男性と親しくしていて同じ病に罹られたとか…
身体の一部が腐り落ちて泣き叫ぶ声も出ないようです。
ま、私にはもう関係のない話ですが。