魔神スリストン 5
「《滅門・第七番外解放》《終開・芥》」
「《獄門・第一番解放》《滅門・第一番外解放》」
「《終開・慰》《滅門・第九番外解放》」
攻撃が、止まない。
本気を出した魔神は、今までにないほどの頻度で攻撃を行っている。
さらには今までしてこなかった異なる門の併用もしてくる。
おかげで魔神の周囲はまさしく天変地異。大地は割れ空は裂かれ遠くにある海にまで余波が伝わっている。
しかし、そんな中でも虫たちは生存していた。
「はははっ、すごいな! 私の攻撃が食べられるなんて初めてだよ!」
特にニードルの活躍が目覚ましい。
迫りくる大半の攻撃を棘に似た無数の口で迎撃し、そのまま捕食している。
それがそのままニードルのエネルギーへと変換され、戦闘力が強化される。
暴食の名は伊達ではない。だが食べられないものも存在しており、それが『開』だった。
慰によって周囲を溶かされ、芥によって塵にされる。流石に滅びという概念そのものと言えるような攻撃は食べる以前の問題らしい。
魔神の猛攻の中でも、未だに生存できているのは素晴らしい活躍だろう。
─────だが、それではダメだ。守るだけでは奴は殺せない。どうにか崩さなくてはならないのだが、そのための手が今はない。
何より、魔神スリストンの力は圧倒的だ。崩そうにも壁が高すぎる。
だが、その魔神との戦闘中に気づいた事がある。
それは、奴は一度ラビュタントの突進を避けられなかったということ。
魔神はなぜ避けられなかったのか。戦闘力では約一万もの差があった。戦闘力の差を考えれば避けることは難しくはない……はずなのに。
不意打ちだったから。そう言われてしまえば終わってしまう話かもしれないが、俺はそうは思わない。
簡潔に言おう。魔神スリストンの戦闘力の大半は肉体の性能ではなく、能力の性能で占められている。
例えるなら、ラビュタントの戦闘力は肉体が百の能力が零、と割り振られている。つまり物理特化であり、その分強度や速度も速くなり、反面特殊な能力を保有していない。
一方魔神は、ラビュタントを殴りつけて弾いたことから肉体と能力の割合が3:7、といったところだと推測している。
そうでもなければ攻撃を避けられない、なんてことが起こるはずがない。同じ戦闘力でも割り振られているパラメーターが異なるのは珍しくもなんともない。
そして、それが奴の隙となる。
俺の虫の大半は物理ステータスに特化している。奴の戦闘力が90000で、物理ステータスがその三割ならだいたい27000といった程度のはず。
対してニードルはラビュタントを吸収したことで五万を超えている。さらには魔神の攻撃も吸い取っているのでさらに上昇中で、当然ながら戦闘力は物理特化。
奴の攻撃に注意しておけば勝ちの目は十分にあるのだ。
まぁ、それでも圧倒的な差があることには違いないのだが。
今も戦いが成立しているのは戦闘力の割合が能力に偏っているから。完全に物理特化だったなら……考えたくもないな。
そんなことを考えている間にも、魔神は周囲への被害などまるで考えずに破壊を行っている。
もう人型の天災そのものだ。
だが、最高戦力の虫たちはそれでもしぶとく生き残っている。ストリング、ミミクリー、ニードル、三匹とも致命傷は避けているしなんならニードルに至っては徐々に追いつこうとしている。
しかし……ミストが限界だ。
「《獄門・全解放》」
魔神が獄門を全て解放し、命中させることを重視して砲撃を放つ。もちろん戦闘力一万を超えていても、そして一番弱い獄門であっても当たれば致命傷だ。
ミストは既に羽が当たり、今にも墜落してしまいそうだった。ミストの本領は毒と色欲であり、直接戦闘は不得意なのだ。よく保ったほうだと誉めるべきだろう。
ミストも新たな毒を生成し魔神に撃っていたが、大半は当たらず門の余波で吹き飛ばされた。魔神に毒は通じない─────というわけではないだろう。
恐らく自覚できないほどに効力が薄い。
もっと長引かせればあるいは、といったところだが、それよりも先にミストが潰れるだろう。
なら。
「ニードル、そろそろ食え」
死ぬより、消滅するよりも先に、ニードルに食わせる。
俺の命令と共にニードルの口がミストへと向かい、そのまま胴体部分へと突き刺される。そのままラビュタントにしたように吸収しようとするが、
同時に、魔神の矛先がミストへと向けられる。
「《終開・泡》」
門から飛び出てきたのは、恐らく言葉からして大量の泡。とても黒く、触れるのは不味いと一目見てわかるものだった。
ストリングの糸が妨害しようとするが、しかし何の抵抗もなく素通りされ直線上にあった糸は消え去っている。触れた時点で消滅するタイプか。
黒い泡がミストに直撃する前に飛ぶ力を失ったミストが地面へと落下する形で泡を回避し、それに群がるように無数の棘がミストへと突き刺さり、残り滓となった力ごと吸収を早め……
そして、ニードルに食い尽くされた。
「あーあ、食べられちゃったよ」
「……次だ」
ニードルの戦闘力が上昇し、魔神の攻撃がニードルへと向かう。
もはやミミクリーやストリングの妨害、攻撃すら無視している。
ストリングの糸も『式』で強化されているはずなのだが、しかし魔神も本気を出しているためか、攻撃やその余波で糸が千切れてしまう。
ミミクリーの転移、『式』、攻撃も同じように通じていない。そもそも近付くことすらままならなくなっている。
角笛で特効を与え、強化されていてもこれだ。追い詰めようとしているが、そうなっているのはこちらの方だった。
勾玉、冠、そして鐘。この未だに使っていない三つを使えば逆転の目があるかもしれないが……まだ使うべき場面じゃない。
本当の意味での奥の手にして切り札であるギガントを出すまでは。
予想以上に魔神が強大過ぎたのが原因だが、こうもろくにダメージを与えられないとなると、ギガントを出すまで粘るしかない、が……
……目標到達まで、残り三十分を切った。
「仕方ない、か」
耐えきることは、恐らく出来る。別の用途にも使い残存戦力が二十万を下回ったが、ギガントが来るまで持ち堪えることは可能だ。
しかし、勝つことは難しい。
ニードルの戦闘力上昇が止まった。上限に到達してしまったのだ。ちょうど65000ジャストだ。これ以上魔神の攻撃を食べても、戦闘力の維持にしかならないだろう。
だが、上昇が止まってしまった時はより良い食物を与えれば上限を超えられることは既に検証済みだ。
そして、良質な食物がこの戦場には二つ存在している。
「……食べて、糧にしろ」
命ずる。それだけで虫はそのように行動する。
「あはっ、まだ上がるんだ!」
ニードルの口が、ミミクリーとストリングを捕食する。
ミミクリーアント・オーバーエンヴィー。
そしてストリングモース・オーバープライド。
二匹の肉を喰らい、ニードルの力は更に高まっていく。
その間にも魔神が攻撃を仕掛けるが、『開』以外の門は全て喰らい、件の『開』は四匹の最高戦力たちを吸収して得た俊敏な移動で回避する。
二匹によって作り出された転移妨害の『式』の維持が危ぶまれるかもしれないが、これは他の虫にも使えるように設計されている。新たな『式』の構築は現段階では不可能となってしまったが、維持するだけなら問題ない。
ニードルの戦闘力の上昇が止まる。
戦闘力:80500
既にその差は、一万を切っていた。
「すごい、すごい! ここまで強くなった眷属は初めてだよ!」
高揚する魔神の声が聞こえる。
腕を広げ、
「まだあるんだろう!? もっと見せてよ、全部!」
数え切れないほどの『開』が、展開される。
……こいつ、とうとう使うのを『開』だけにし始めたな。
恐らく、ラビュタントが耐えたことから一撃二撃喰らっても即死しないだろうが……それでも連続で喰らえば危険域だろう。
ニードルは『開』を避け動き回りながらも口を魔神の元へと伸ばす。
魔神に直接突き刺せば肉を喰らい、あわよくば力の減衰が狙える。それで倒せるとは思っていない。それこそ頭部や心臓を狙えば別だろうが、そもそもそれで殺せるのかどうかも謎だ。
とはいえ、奴にとっても脅威ではあるらしい。
「《終開・慰》」
近付いた口が溶かされる。ある程度は原形を保つが、精々が数秒程度。近づく前に消えてしまう。
これでもなお届かない。それほどまでに遠い。一万を切ったとはいえ、差は差だ。届かせるのは難しいだろう。
だからこうする。
「おっと!」
口が、魔神の横を掠める。
先程までと違うのは、付与されている特効の効力。
今までは多くの虫にも特効を付与し、僅かであれ戦力としていた。しかし今は、ニードルにのみその効果を集中させている。
そのため、前よりも『開』に耐えることができる。口を魔神に届かせることができる。
つまり……
「ようやくおまえに手が届く」
「あはっ、あはははは! あぁいいなぁ! 何千年ぶりだろうこんなにも楽しいのは!!」
魔神は狂喜に笑う。
それがひどく不愉快で。
だから。
その笑み、止めてやるよ。