魔神ス■■■ン 4
現状、最高戦力として出せる虫は五匹。
まずラビュタント。こいつがいないとそもそも戦闘にすらならない。
次にストリング。加重付与によって能力が強化され『式』を練り込んだ糸を繰り出せるこいつは陰の功労者だ。
ミミクリーは既に戦闘に参加している。こいつの『式』への理解力と技量によって戦いを成立させていると言っても過言ではない。転移の妨害や天の宝珠からの回路の形成、それにラビュタントの超再生もミミクリーの施しによるものだ。
ミスト、ニードルは未だに現着していないが、正直こいつらに関しては効くのかどうかわかっていない。
だが、通用するとすればこれほど頼もしい虫もいない。
残るのがギガント。こいつを今出すつもりはない。
なにせ作戦の要だ。いないと詰む可能性がある。そして未だに準備中で整っていない。
本当に大食いだな、この虫は。いや正確には食べるとは違うのだが……
とにかく今は出せない。
そして、現状戦況は膠着していた。
「《滅門・第四番外、第六番外解放》」
魔神が門から氷結、雷撃を撃ち放つ。
雷撃をストリングの糸が流して防ぎ、氷結は全て回避する。
避けきれなかった虫たちが焼き焦げ炭となり、氷の彫像となり砕け散る。
……今ので数百は死んだな。まだまだ数はいるが、徒らに数を減らすわけにもいかない。
だが、この虫たちがいなければ気を逸らすことが出来ない。そうなれば最高戦力が集中砲火され死んでしまう。
魔神の攻撃が激しいこともあって近づくことすらままならない。ラビュタントはともかく、ミミクリーやストリングの糸も全て防がれるか避けられる。
特効は魔神に通用するためか、まともに当たってくれない。そうなれば攻撃を仕掛けつつ攻撃を避ける応酬になる。
そこを崩すには……別の戦力がいる。
ミストはもう間もなくで現着するが、ニードルがな。あいつの身体は移動に適してないから飛べる虫に運ばせているが、重たいこともあってもう少し時間がいるか。
俺がそのようなことを考えている間にも戦いは続いている。
ラビュタントが音速の突進を繰り出し、ミミクリーが『式』と剣を合わせて攻撃し、ストリングが糸を使い二匹をサポートする。
対して魔神は超火力による砲撃の連続。炎、刃、雷、氷、それと重力と、鉱石と思わしきものや、空気弾。他にも多数の攻撃を消耗した様子もなく撃ち続けている。
本当になんなんだこいつは。三匹を除いて他の虫では戦いにすらなっていない。精々が視界を邪魔するぐらいじゃないだろうか。
しかし─────いや来たな。
「通じてくれると有り難いがな」
戦闘を繰り広げる魔神たちの頭上に影ができる。
そこにいるのは、あまりに毒々しい警戒色の羽を有する蝶。
その蝶……ミストは自身から霧状の毒を常に排出し辺り一帯を包み込む。
「なるほど、次は毒というわけだ」
ミスト……正式名称はミストポイズンスワローテイル・オーバーラスト。
色欲による媚薬も含めた、毒に特化した虫である。
「けど残念だったね。私に毒は効かない。これでも神だからね、だからそれは諦めたほうがいいよ」
「だろうな」
奴には聞こえてないだろうが、そう返した。
元よりそれで殺そうなどとは思っていない。だが避けようともしないでくれたのは助かった。当たらずに確かめられないのが一番嫌だったからな。
通じるかどうかは、これから確かめればいい。
ミストの毒が魔神へと降り注ぐ。
魔神はそれを避けることなく毒の霧に包まれ……全く気にした様子もないまま戦闘を続行した。
すぐに効く、というわけではないのは確認した。では次は時間だな。どのくらいで通用するのか……そもそも通じていないのか。
通じるまでの時間が経過するまで、他の毒を試すとしよう。
ミストは巻いてあった口吻を魔神へと向けて毒液を発射した。
その勢いは速く、しかし魔神に直接ダメージを与えられるほどではない。当然毒は効かないと思っている魔神は避ける素振りも見せず直撃し、気を逸らさない。
だが。
「へぇ、そう来たか」
当たったそれは、正確には毒ではない。酸だ。酸毒、というのだろうか。実は俺も詳しくは知らない。
わかるのは、その毒は当たれば肉も骨も平等に溶かすということ。神といえど物質的な肉体を持つ以上、溶かせるものでしかないはずだ。
その推測は当たっていて、そして予想通りの結果となった。
ミストの酸毒は魔神の表面を溶かしているが、骨まで届いていない。溶かされた肉も魔神が持つ自己治癒能力で再生可能な範囲なのだろう。
致命傷になっていない。予想通りだ。
だから他の毒も使う。何が通じるのか、それを探る。
ミストの体内で別の毒を生成させ、口吻から放たせる。
今度は警戒したのか避けられ、視線がミストへと向かう。
「やるね。《滅門・第六番外解放》」
そして次の手を打ってきた。
大砲の雷が上空にいるミストを貫こうとする。避けられないように速さを優先したのだろう。
─────しかし、雷が逸れる。
明後日の方向に向かい、そのまま地面に着弾した。
それに動揺したか一瞬動きを止め、そこをラビュタントが襲う。噛み付き暴れまわろうとしたが魔神はラビュタントを殴りつけて距離を離した。
「うーん……あの霧が雷を逸らしたのかな」
虫越しの視界ではあるが、魔神が面倒そうな顔をするのが見えた。
元々、毒の霧の役割はいくつかあった。まず魔神への毒の投与。次に攻撃の軽減及び無効化。視界の妨害、魔神の意識の分散、等。
考えることが増えればそれだけ隙が出来やすくなる。
その隙で致命傷を与えられれば、俺の勝ちだ。
だが……魔神が何もしないわけがない。
そろそろ一匹、潰れる。
「─────もう面倒になってきたな」
魔神の呟きが聞こえた、その次の瞬間。
魔神からの圧が増し、門が展開される。
それも今までのような少数ではなくあまりに多数の門だ。
無数に展開された門から砲台が現れ、その砲口を虫たちに向けられる。
奴の今のステータスを確認する─────その前に撃ち放たれた。
「《終開・慰》」
また別の門─────いや門ですらなかった。
溶ける。全て見境なく、あらゆるものが溶け歪む。
虫が液状になり消滅する。特効を身に纏っても大した効果を見込めていない。
……幸いなのは射程が短いことか。展開された門……いや、『開』から半径三mほどか。
それが数十を超えて展開された。砲台こそ見えたが、あれは飾りでしかなさそうだな。
ミミクリーは攻撃の前に離脱、ストリングはそもそも射程外、ミストもさらに上に昇ることで範囲から逃れ……ラビュタントがまともに食らった。
既に肉体の原型は留めていない。溶かされ消えていないのが奇跡とまで思う。
……ここまでか。
「そこの百足は、よくやったほうだと思うよ。アレを喰らって生き残ったのは誰もいない。単純な強度で耐えられるなんて、初めてだよ」
おまえに言われるのは腹が立つが、実際にラビュタントはよくやってくれた。
しかし、それでも戦意は衰えていない。瀕死の状態であっても激情がこちらにまで伝わってくる。
『式』は既に機能していない。即座に再生はもう出来ない。
……だから、おまえの命は次に繋げる。
「ここまでよくやってくれた、ラビュタント」
その命を使って、必ずあの魔神は倒す。
死にかけとなったラビュタントにトドメを刺すためか新たに展開された砲台が向けられ、
それが放たれるよりも早く、無数の針がラビュタントを貫いた。
「おや」
針─────いや、これは口吻だ。ミストと同じ、しかし別物の口。
その口吻が残されたラビュタントの肉体を吸い、液状化した肉すらも吸い尽くす。
瞬く間に吸い出された肉体は何一つ残されることがないまま消滅した。
「へぇ、面白いことをするね」
それを行ったのは、戦闘に出せる最高戦力の一匹。
全身から針が生えた球体状の何か。分かりやすく例えるなら、毬栗とか雲丹だろうか。
そいつの名前は、ニードルモスキート・オーバーグラトニー。
こんな見た目をしているが、蚊である。何度も言うが蚊だ。どうしてこんな姿になったのかは聞くな、俺が知りたいくらいなんだから。
……それはともかく。
「第一段階は済んだ」
これも作戦の一つ。もし最高戦力の虫が死ぬ場合、残された虫に命を繫げる。
ニードルはそれに最適な虫だった。そして、その戦闘力はラビュタントを取り込んだことで大幅に上昇している。
《ニードルモスキート・オーバーグラトニー》
戦闘力:54958(45799)
ラビュタントの戦闘力を取り込んだだけでなく、暴食によって補正が掛かっている。
既に最新の魔神の戦闘力を上回っている。
しかし、今の魔神の戦闘力は……
《魔神スリストン》
戦闘力:90000
……さっきよりも差が広がっているな。
『終開』を使い、本気を出してきたからか。既に名前も完全に開示されている。
これはつまり、これ以上の戦闘力の上昇はない、と見ていいんだな?
魔神も少しずつ戦闘力で迫っているのを放っておくことはないだろう。優先的にニードルを狙うはずだ。
ここからは如何にニードルを生かし、魔神を削るかの戦いになる。
「ここからが本番だ」
「いいね、楽しくなってきたよ」
魔神は獰猛な笑みを浮かべ。
俺はそれを、ただ無表情に眺めた。




