村の悲劇
シャバドゥス王国に存在するその村は、至って平和な土地に存在していた。
外敵と成りうる魔物も周辺には少なく、稀に森から
はぐれが出てくる程度。その稀に出る魔物も国が遣わした少数の兵程度でどうとでもできる。
そして一年に一度、この村の出身である冒険者たちが帰ってきて森に増えた魔物を掃討していることもあって、ここ十数年、1度たりとも大きな被害が出たことはなかった。
今の時代に戦争はなく、盗賊が商人を襲ったり魔物が人々を襲うことはあっても、それも日常茶飯事といえる。だから、魔物の被害のないこの村は、非常に平和だ。
────そして、そんな平和など気に留めることもなく、ただ最初に見つかってしまったが故に、それは来た。
彼らにとって、最悪の敵。悲劇と惨劇を巻き起こす虫の軍勢。
それが現れたことを、村の人々は知らない。
今は、まだ。
―――――――――――――――――――――――――――
異世界転生して約一週間。
今日は、村を攻め滅ぼそうと思う。
戦力の強化、充実は達成できている。数も質も揃えた。
……まぁ尤も、レベルⅤの虫が一体しかいないというのが不安要素なんだが……レベルⅣは大量に揃えたので、質が足りなければ数でカバーするだけだ。
ゴブリンボスを倒して出てきたアイテム……というか装備か。それらは虫には使えないので全部俺が装備している。
大人用を想定しているためなのか、今の俺には余りすぎるので着てるのはフード付きの外套だけだ。
─────それはともかくとして。
虫の偵察では、前に虫を倒した輩が未だにいる。しかも、数がそれなりにいる。1、2、3……6人か。最低でもあの6人は分断させるべきだな。
他にも武装してるやつもいるが、何か弱そう。ゴブリンボスくらいならギリギリなんとか出来そうな、その程度でしかなさそうな……そんな気がする。
実際どうなのかはわからないが……まぁ、やってみればわかるか。
では─────工作蟻部隊、村を落とせ。
―――――――――――――――――――――――――――
それが起こったのは、まさに突然のことだった。
「ん、なんだ?」
一人が異変に気付いた。何か、掘り進むような音が聞こえる。最初は聞き間違えか何かだと思い無視していたが、次第に音は大きくなり、近づいてくる。そこまでくれば最初に気づいた一人だけでなく、村の住人も次第に気付き始めた。
その時点で、これが聞き間違いではないことに気付いた。しかし、気付くのが遅すぎた。
「不味いっ、地中からだ! みんな逃げろ!」
村に帰省していた冒険者の一人が声を上げる。彼等は村にいた中で、一番気付くのが遅れた者たちだ。まるで彼らのいた周辺だけ何の異変もないと、そう気付かれないようにしていたかのように、彼らは気付けなかった。
冒険者の声を聞き、一斉に動き出そうとした住人たちは─────しかし、その前に地面が崩れたことで逃げることすら出来なくなった。
「うぉぉぉ!?」
「きゃぁぁぁ!」
村の─────いや、今では村だった大穴から、沢山の悲鳴が響き渡る。
老若男女関係なく、村にいた者は皆、この大穴に落とされた。
─────惨劇が、始まった。
まず最初に動いたのは、武器を持った冒険者たちだった。彼等は異変が起きたときから、万が一のために完全武装で出て、すぐに行動できるようにしていたのだ。
「っくそ、誰だこんなことを仕出かしたやつは! 普通ここまでするか!?」
「人為的なもの……と思いたいけど、作りが完全に虫型の魔物のそれだ。多分、虫の巣が偶然にも真下に出来たんじゃないかと─────」
「今は考察はいい! まずは一緒に落ちた人たちの保護だ! というか俺達はどこまで落ちたんだ!? 周りに俺達以外誰もいないぞ!」
しかし彼らは運が悪いことに、それぞれ二人ずつのペアで大穴に落とされ、バラバラになってしまっていた。
彼らの落ちた大穴には階層ごとに分けられており、その階層には穴が開けられ、さらに奥深くまで落ちるように作られていた。
「まずは上に這い上がるしか────いえ、その前に虫退治ですかね」
「……みたいだな。くそっ、時間がないっていうのによ」
そして、彼らの周囲から大量の虫が現れる。蜂と蟻のみで構成された群れが、二人を囲む。
二人が逃げられないようにするため─────少なくとも彼らはそう考えた。だが、彼らは逃げる素振りも見せずに武器を構えた。
「速攻で片付ける!」
「援護は任せてください!」
一人は剣を振るい、一人は杖の先から炎の塊や、水の刃など多様なモノを撃ち放つ。
虫たちは対抗らしい対抗も出来ずに数を減らし、その場にいた4割近くの虫が死んだところで逃げるようにして姿を消した。
……あまりに呆気なく。
「思ったよりも時間かかっちまったな……早く行くぞ!」
「……そうですね」
一人、それに違和感を覚えたが、もう一人が早急な移動を望んだために考えるのを後にした。きっと、この違和感は気のせいなのだろうと言い聞かせて。
彼らは走る。故郷を、家族を助けるために。
だが、遅かった。
「……なんだよ、これ」
言葉が漏れ出る。目の前の光景を信じられず、ただ呆然と立ち尽くす。
そこにあるのは、あまりに多すぎる大量の虫と─────赤い団子状の肉塊。辺り一帯に漂う血の匂いから、それがまだ出来て間もないことを理解できてしまう。
それが─────元は村の住人だったものなのだと、わかってしまった。
「─────ァァアアアア!!」
怒りの声を上げ、大量の虫に向かって走り出す。ただ殺してしまいたくて。ただ故郷の人々が殺された恨みを晴らしたくて。それだけで頭がいっぱいになった。
だから後ろを見れなかった。確かに一緒にいた誰かを放って、前に出てしまった。
「アアアァァ─────ぁ?」
気付いたときには、胸の中心が熱かった。前に行こうとしても動けず、ただ足は空を蹴る。その時になって、後ろから貫かれ空中に持ち上げられているのだと気付けた。
気付いて、後ろを振り返る。
見えたのは、こちらを見下ろす人なんぞよりもとても大きな蟷螂と、近くで倒れ伏し蜂に群がられている仲間の一人。
そして、多くの蟻に運ばれている、はぐれていた残りの四人。
もうここまでくれば、どうしようもないとわかってしまった。
もっと警戒していれば。もっと仲間を見ていれば。もっと素早く動けていたら─────そんなもしもが、脳裏を過ぎる。だが、もはやどうにもならない。
彼等は既に、終わっている。
「……くそ」
その悪態を最期に、彼の意識は途絶えた。
―――――――――――――――――――――――――――
「呆気ないな」
一人の男が死んだことを確認している者が、一人。
外套で身を包んでおり、姿形は不明。ただ背が小さく、高い声を出していることから、幼い少女だろうか。だが、それにしては声に感情が乗っておらず、無機質だった。
「レベルⅤの奇襲とはいえ、一撃。レベルとしては、ⅢかⅣ。他の奴等もせいぜいそのくらいか。けど、あの日の奴はいなかった。既に村を出ていたか」
恐らくあのくらいでレベルⅣからⅤなのだろうな、と誰もいない中で呟く。
いや、正確には誰もいないわけではない。ただ、同じ言葉を発せられる生き物がいない、というだけで。
少女の背後から、まるで空間から溶け出したように虫が現れる。両手にある大きな鎌と、高さは3mを超える虫─────一般的には蟷螂と言われるものに似た生物が、少女の後ろに控えていた。
後ろを振り返ることなく、少女は立ち上がる。
「ご苦労。アレで最後みたいだし、苗床部屋までよろしく」
少女は巨大な蟷螂の背に乗り、蟷螂は命じられるがままに移動する。
そして、蟷螂に乗った少女がその場を離れるのを見計らったかのように、今の今まで動きを停止させていた大量の虫が蠢き出す。
多種多様の虫が、少女の後に続いて移動を開始する。それはまるで、虫の軍勢を率いる女王のようであった。
「……しかし、あの村の住人は耳が尖ってたな。美男美女も多かったように見えるし……人間がいない、もしくは場所が違うだけ? まぁ、侵攻していけばわかるか」
そんな呟きを零した少女に反応するものは、虫以外に誰もいなかった。
―――――――――――――――――――――――――――
さて。
無事に村を全滅させたので、後始末である。
思ったよりも被害は軽微で、死んだのはレベルⅠからⅡの数を揃えられる虫ばかり。どれも時間稼ぎや威嚇目的で使って死んでいる。
今回の作戦としては、まず村を落とす。次に戦えるものと戦えないものとで階層ごとにわける。そのために人が落ちれるだけの穴を開けておいたわけだ。
で、先に捕まえておいた非戦闘民を人質に戦える奴らを脅し、窮地を脱しようとした隙を突いて捕縛。それを何回か繰り返して、はいおしまい。
最後はそれをするまでもなく暴走してたので、一人肉団子用に殺しておいて、あとは苗床用に捕縛。捕まえた住人も幼すぎる者や年老いたものは肉団子に加工。なので全体で生き残ったのは10〜40代ほどのものが合計三十数人ほど。
村全体だと六十人はいたが、半数が若すぎたり老いすぎたりだったので肉団子になった。
この村を落として手に入れたのは、沢山の苗床と肉団子とポイント。前者2つは言わずもがなだが、ポイントはトータルミッションで『村攻略』を達成したのでポイントが手に入った。他にも達成したミッションはあるが、今は置いておこう。
「ふむ」
俺は肉団子にする過程で千切り取った長耳を手に持ち、やはり人間の耳ではないということを再確認する。
エルフ……もしくはアルヴとか、そう呼ばれる種族だろう。だからといって何が変わるわけでもないが、しかしわかることもある。
エルフ製の肉団子は、ゴブリンや動物などよりも遥かに栄養が高い、ということだ。普通の肉団子なら十匹も食べればなくなるが、エルフの場合だと百匹を超えてもまだ余る。
苗床も、きっと良い結果になるのではないかと思っている。エルフといえば魔力が高いというし、多分そういう恩恵があるのだろう。
「ポイントも沢山あるが、まずは苗床を増やすか」
今は捕まえたばかりの女エルフたちを苗床にしているが、男たちの嘆きや叫び声が煩くてたまらない。いや女も煩いけど、それとは違う煩さなんだ。
なので女にする。みんな女になれば多少は静かになるはず。どんどん増やしてどんどん産んでほしい。
苗床部屋にやってきた。
「ゃだぁ……もうやめて……おねがいだからぁ」
「産みたくない産みたくない産みたくない産みたくない産みたくない」
「…………」
女エルフの方は静かだ。涙を流し続けてるものや、ブツブツと言っているもの、心が壊れたのか目が虚ろになって空を見ているものもいる。
そして、男はとてもうるさい。一人ひとり蜜蝋で固めて動きを止めても口だけは動かしている。
「やめろっ! もうやめてくれ!」
「ミリアっ! ミリアっ! 返事をしてくれ、ミリアっ!」
「許さない……絶対に殺してやるっ!」
憎しみ、悲しみ、怒り、諸々が混ざり合った声を出すものだから、とにかく煩い。別の部屋にいても聞こえてくるほどだ。多分、音が反響してるんだろうな。
でも、今日を以って苗床組の仲間入りしてもらう。
虫に指示して、何人かの男を蜜蝋から出させる。
「お前……お前が俺達の村をぉ!?」
何か言ってたが、気にしない。俺がしたいのは女に変えることなので。
ポイント変換には、TS化というものがある。正式名称はロールトランスだが、そこはいい。
多少はポイントを使うが、念じてポイントを消費するだけで男を女に、女を男に変えることができる。
─────こんな風に。
「おごっ、ぎっ、がぁ!?」
骨格が、筋肉が変質していく。かなりの激痛が伴うらしい。バキボキと変質していき、ものの数十秒で男としての姿は失われた。
代わりに現れたのは、見目麗しい女のエルフとしての姿。
TSが終わったので、虫たちに苗床組の方へと運ばせる。事態を把握できていたのは俺と変貌を見ていた男たちのみであり、変えられた本人は痛みだけで何が起こったのかわかっていなかった。
けど、何をされるのかはわかったようだ。
「お、おい待て……嘘だろ、やめ────」
変わり果てた声が、絶叫として喉を通り辺り一帯に響き渡る。最初は煩いだろうが、すぐに静かになるだろう。
「次」
「ひっ」
転がしていた他の男に手を伸ばし、男から女に変えていく。
「次」
「やめろっ、やめてく……がぁぁぁぁ!?」
誰が何を言おうと関係なく、淡々と。変えられた者から順番に、虫を産む苗床と化していく。
心がどうなろうと構わない。肉体だけ生きていればいい。一部の虫は栄養のある液体を分泌する肉体にレベルアップした個体もいる。その虫の液体を飲んでいれば、死にはしないだろう。
しかしそれを言ってやる義理もないので、何も言わずに一人ずつ肉体を変質させていく。それを何回か繰り返して……男は全員、残らず女に変わり果てた。
おかげで男の声は消えたが女の悲鳴は増えた。しかし、幾分マシにはなっただろう。
用も済んだので、苗床部屋から出ていく。連れてきた護衛の蟷螂の上に乗って移動しながら改めて獲得したポイントを確認していく。
「殺した数は、だいたい二十数人。それでこのポイント……迷宮で周回するよりもはるかに効率が良い。今後は周回はやめて人を……いや、塵も積もれば山となると言うし周回は継続させよう。幸い遠くに離れていてもポイントは得られることは確認済みだから、放置しておいても問題ないか」
ポイントは絶賛不足中だ。小さなものでも逃したくはない。少しずつでもポイントを貯め、戦力を強化したい。
村一つ程度なら、すぐには対策されないとは思うが……国である以上、対処はしてくるだろう。それまでに戦力を大幅に増大させなくては。
そのためには……
「やはり、ポイントだ」
ポイントを貯める。結局やることは変わらないが、そのポイントで何が出来るのかを改めて認識しなくてはならない。準備のし過ぎで困ることはないだろう。
なにせ、いずれ世界と対峙することになるのだから。
「まずは……他の迷宮でも探してみるか」