魔神■■■■■ 3
─────わかっていたことだった。
最悪、辺りに用意していた虫が全て成すすべもなく倒される……その可能性も有り得ることだった。
とはいえ、
「こうも何も出来ずにやられると、折角時間を費やした意味が分からなくなるな」
砲撃……で良いのだろう。
魔神の周囲に展開、発射された砲弾は容易く一帯を吹き飛ばし焼き尽くした。
糸は意味を成さなかったし、ラビュタントの防御力も即死は免れた、という程度でしかない。
ラビュタントの肉体は大半が炭と化し、所々結晶化している部分があった。
俺は……幸いにもダメージはあれど生存している。ラビュタントの防御が功を奏した。
「驚いた」
魔神が上から見下ろし、驚きの声を発した。
「本気じゃなかったとはいえ、まさか耐えられるとは思わなかったよ。前の生神の眷属でも直撃して耐えたのは少なかったなぁ」
前……竜王とか天翼とか言ってたアレか。
過去の眷属よりも大抵は硬い、ということなのだろうか。
しかし……一発だけ耐えられても意味がない。
あの砲撃は、出すのにも苦労しないものだったはすだ。それなら連射できてもおかしくはないわけで、
「なら次だ」
魔神が再び門を展開しようとする。
同じか、はたまた違うものか。
どんなものであれ撃たれれば次はない。
だから撃たせない。
「……へぇ、生きてたんだ」
糸が魔神を縛り上げる。
身体に糸が食い込み、行動を阻害する。
しかし、とてつもなく丈夫だとはいえ相手は魔神。ストリングの糸すら容易く引き千切ろうと、
「この程度じゃ足止めも……? あれ、硬いね」
だが、出来ない。
糸に手をかけ引っ張ろうとしているがそこで止まる。それ以上動かすことは出来ず糸を切れない。
ストリングの糸は元々強硬だが、それを補助強化しているものがある。
それによって魔神の動きが止まっている。その間に周囲から離れていた虫を呼び寄せる。
念の為ラビュタントを除いた五匹の虫を遠くに置いておいて正解だったな。最初から近くにいたのなら全滅していた。
魔神は自身を縛りあげる糸を見つめ、
「《獄門・第十一番解放》」
門を展開。
そこから無数の刃が飛び出し、糸を多少の抵抗と共に切り裂く。
魔神は地面に落ちていく糸の欠片の一つを摘み上げ、
「『式』を刻んであるのか。随分器用だね?」
糸に仕込まれていたタネを暴いてみせた。
糸に『式』を刻むというのはストリングとミミクリーの提案であり合作だ。
糸というのはあまりに細く小さい。『式』を刻むにはあまり適しているとはいえないが、糸を直接生成可能なストリングであればある程度は融通が利くらしい。
もちろんこれだけで勝負を決められるだなんて驕ってはいない。
「あれ、逃げられちゃったか」
もとより、時間稼ぎだ。
既にその場に俺はおらず、瀕死のラビュタントのみが残されている。
ラビュタントを残したのは戦闘不能になっているから……ではなく。
そこに俺がいたなら巻き込まれる可能性があったし、なにより─────ラビュタントはまだ戦える。
瀕死の重傷を負わされ怒り狂うラビュタントは、既に制御できないほどになっている。
「仕方ない、邪魔な虫は殺してあの子を─────!?」
言葉が途切れる。
それを成したのは、他ならぬラビュタント。ラビュタントの突進が魔神を突き飛ばし、さらに空へと押し上げた。
既にそこに傷は見られない。炭と化した身体も、結晶となった一部も全て剥がれ落ち、黒く頑丈な甲殻がラビュタントの身体を覆っている。
「……再生能力もあるのか。いや、これは驚い、」
魔神が言葉を終える前に再びラビュタントが動く。
しかしそれよりもなお早く、門が展開される。
「《獄門・第五番解放》」
先程、辺りを全て吹き飛ばした灼熱の大砲。二度目の砲撃がラビュタントへ向けて撃ち放たれた。
熱風と爆風。灼熱の砲弾がラビュタントへ直撃し─────しかし、
甲殻が所々剥がれ落ち、一部欠損し……それでもラビュタントは健在だった。
「さっきよりも硬い……だけじゃないね。■■■からの贈り物を使っているわけだ」
魔神が現れ、俺が姿を隠した時点で俺は角笛を使っている。
今頃ラビュタントの周りにはオーラのように魔聖騎士と同じ聖なる特効が付与されていることだろう。
そしてそれだけではない。
角笛の効果は二つ同時に表れている。一つは聖なる特効であり、もう一つは戦闘力の向上。
ラビュタントが重傷を負ったはずの攻撃で軽傷だったのは二つの……いや、三つの要因があったからだ。
憤怒による戦闘力のブーストに、角笛によるバフ、そして本来二つ同時に効果を使えない角笛の限界をエネルギー供給で補ったスルバーン攻略の報酬である天の宝珠。
説明は省くが、天の宝珠はエネルギーだ。供給するための回路さえ作ってしまえば、角笛は時間無制限のバフアイテムと化す。
今のラビュタントの戦闘力は、既に魔神の戦闘力を超えている。
36289。それが今のラビュタントの戦闘力だ。
もちろん、角笛のバフは虫たち全員に及ぶ。
そのどれもが容易く戦闘力一万を超え、中には二万にすら達する憤怒の虫もいる。
今も魔神に向けて集まっている。
このまま相手の手を警戒しながらも数と質で押しつぶす─────
まぁ、それで終わるわけがないというのが俺の想定だ。
思うに俺が見た当初の戦闘力は、恐らく全力ではない。
戦闘力を飛躍的に上昇させる。そのようなことが魔神には出来ると、俺は思っている。
だから何が来ても驚かない。
「これはちょっと分が悪いか……それじゃあ、仕方ないね」
「ちょっと本気を出そうかな」
「《滅門・第一番外解放》」
その言葉と共にラビュタントが、あまりにも容易く潰される。
まるで大きな見えない手に丸められたかのように、一点に凝集された……いや、されてかかっている。
ラビュタントは未だ生存。なんとか身体を広げて対抗しようとしている。
特効があることもあってか、このまま行けば力技で乗り越えられるだろう。
だが、それよりも次の攻撃を撃たれる方が早い。
「《滅門・第五番外解放》」
そら来た。
門と大砲が出現、先程のようなノータイムではなく攻撃を溜めている。威力は先程とは比べ物にならないだろう。
ラビュタントの回避は出来ない。
このままでは作戦に大きな支障をきたしてしまう。
そう、このままでは。
大砲の溜めが終わり、その砲口を未だに閉じこめられているラビュタントへと向けられて─────
魔神の背後から突如出現した虫が、手にする剣を振り降ろした。
「おっと」
それを魔神は受け止め、ようとしたところで回避した。
それを逃さないようにもう一度剣を振り上げたが、それを振り降ろす前に転移で姿を消した。
その直後、ラビュタントへと向けられていた砲撃が虫のいた場所を素通りしていった。
まるでレーザーのように放たれたそれがラビュタントに当たれば、今頃文字通りの意味で消し飛ばされていたところだろう。
ダメージは与えられなかったが、矛先を逸らした時点で仕事は果たしている。
ラビュタントも、既に束縛から逃れている。
「『式』を使っての転移……しかも私の移動も阻害してるね」
そう言う魔神は、しかし微塵も追い詰められた様子もない。
まあ当然か。奴からすれば、未だに全力を出し切ってはいないのだから。
余裕綽々としているのは見ていて腹が立つが、その時間を使ってもう一度ステータスを覗き見た。
《魔神ス■■■ン》
戦闘力:49999
─────戦闘力が跳ね上がっている。しかも名前の欄が少し剥がされてるな。全力を出していけば名前が明かされるのか?
これは、下手をすれば十万近くまで戦闘力が上がる可能性が出てきたな。
もしそうなれば……いや、そんなことを考えても仕方がない。
勝つんだ、絶対に。




