最後の滅びと……
スルバーンが、落ちている。
なぜ、どうして。
何一つとしてわからない。スルバーンで起こったことの大半が何もしていないのに発生したことで混乱している。
しかし。
「理由はわからないが、好機には違いない」
虫を集める。
シャバドゥス、カルヴァリ、クロノス、ボルト。
全ての滅ぼしてきた国々の跡地で作られた巣から、虫たちを呼び寄せる。
スルバーンの墜落。これは千載一遇の好機であり、恐らく次はない。
内部でどうなっているのか知らないが、俺がやることは何一つとして変わっていない。
スルバーンの高度が、通常の虫たちの範囲内に入った。
一斉に飛びつかせ……そして結界が発生する。
どうやら結界の機能は未だに生きているらしい。停止したのは飛空能力か。
侵入は未だ困難。しかし、遣り様はある。
落ちてきてくれたことで虫たちの攻撃範囲内に入った。
「撃て」
地上から放たれる高速の攻撃。
それは結界に拒まれ鈍い衝突音と共に地面に落ちる。
放たれたのは針。放ったのは蜂だ。
飛ぶ機能を失った代わりに針を長距離から放つことが可能となった虫だ。
少なくとも前世でのスナイパーライフル程度の威力は見込める。
そして……当然ながら一匹ではない。
「産み出したばっかりだから精々数百匹しかいないが……存分に耐えてみせてくれ。できるものならな」
最初に放たれた一匹に続くように無数の蜂たちが針を放つ。
そしてその間にもジバクアリの輸送が完了した虫たちが、次々と投下していく。
爆発と弾丸モドキによる上と下からの挟撃。そして側面は虫たちが張り付き結界に噛みつく。
虫たちの猛攻が続く中でも、スルバーンの反撃が来る。
対空砲が火を吹き虫たちを蹴散らしていく。
だが、数は一向に減らない。
撃たれ剥がれ殺されても虫たちは攻撃をやめない。
「前までなら一旦退かせるなりしたが……今回はしない」
いくらでも数を減らせばいい。
いくらでも殺せばいい。
だがいくら減らし殺そうと虫たちは無数にいる。
全滅する前に滅ぼせれば俺の勝ちなのだ。
だからやめない。もう様子見の時間は過ぎた。そしてお誂え向きに隙を晒している。
逃さず、ここで滅ぼす。
爆破と針と虫たちによる猛攻によって、落下しながら結界が削られていく。
撃ち落とされ、殺され、地面に落下する虫たち。
だが撃墜する数よりも集う虫たちの数が多すぎて間に合っていない。
そして、スルバーンと地上との衝突まで残り僅かとなった時。
結界が、崩壊した。
ガラスが割れた時のように結界の欠片が空に散らばる。虫がいなければイルミネーションのようにも見えただろう。
もちろんそんなわけがないのだが。
スルバーンの結界崩壊から間もなくして。
空に浮かぶ島は、地上へと衝突した。
島に群がる数え切れないほどにいる虫たちが、どんどんと平らげていく。
対空砲も、スルバーンに備わっていた防衛機構も、例外なく。
壊す。噛みつき踏み潰し爆破し串刺し残骸とする。
侵攻状況としては既に地上部分は完全制圧し、残りは内部のみとなっていた。
……しかし。
「いつまで籠もっているつもりなんだ……?」
スルバーンの支配者と思われた種族は、未だにスルバーンから出た様子がない。
スルバーンに備わっている機能に転移はないことは把握している。突然現れたのは光学迷彩に近いもので姿を消したということもわかっている。
そして、誰一人としてスルバーンから出ていないということも、虫を通して把握している。
ステルスを使って逃亡したわけではない。そうしたのなら僅かなブレから虫が察知できる。
転移……の可能性はあるが、それならギリギリまで粘る理由がわからない。大陸に散らばっていた虫たちからも、突然現れたという報告はない。
地下も、既に時間を掛けて蟻の巣と化しているため把握していない場所はないと断言できる。
ならば、なぜ?
「ここから逆転できる手でもあるのか?」
……ないとは思いたいが、ありえない話でもない。
今までに沢山捕まえ戦い殺した。その中には切り札と呼べるものを持つ者もいた。ボルトの魔聖騎士とかな。
そのすべてを踏み潰せるだけの戦力を集め、俺は国を滅ぼしてきた。
今回だってそうだ。
例えどのような理不尽に思える切り札があったとしても、俺はそれすらも滅ぼす。
「出せるものなら出してみろ」
虫が内部へと突入し、壊していく。
中はSFで見るような近未来的な場所だった。
機械と思わしきものもあるし、中には銃に似た兵器も内蔵されていた。
迎撃用と思わしき四脚だったりホイール?のようなタイヤを付けた兵器も出てきた。
スルバーンという国は、科学……いや敢えて言うなら魔学とかそういうのか? とにかくそういうのが特に発達した国だったのだろう。
……スルバーンに自爆機能とかないよな? あったら本当に困るのだが。
内部から出てくる兵器の数々を無力化、破壊し、内部へと侵攻していく。
その中で、興味深いものが出て来た。
「……骨格、肉、脳、これは……神経か? それに翼……まるでホルマリン漬けみたいだな」
みたいもなにも、これはホルマリン漬けで間違いないのではないだろうか。
スルバーン内部の、特に厳重に保管されていた……恐らく地上にいた生命と似た人種の、標本か何かか? 一応これでも生きてはいるらしい。
生きるの定義がわからなくなるような光景だが。
それが無数に……最低でも千は超えているように見える。
ともかくそれを機械で管理し、維持しているらしい。
このまま生かしておくのもアレなので……どの口がと言いたくなるが、せめてもの情け、というのだろうか。維持管理している機械を破壊した。
俺がそのようなことをしている間にも、スルバーンへの侵攻は続く。
内部を壊し、壊し、壊して、壊し─────
壊し尽くしたスルバーンの中に、生命は一人としていなかった。
人に似たモノはいた。
しかしそれは機械に製造されたばかりのものであり、すぐに起きたが何もしなかった。
ただ、命令を、と。まるで機械のように延々と同じことを呟くだけの物。いや、機械なのか。とりあえず害はなさそうだったので苗床に出来ないか連れて帰ることにした。
魔物もいた。しかしそいつらは地上で繁殖されたものでありしかも家畜化されている。人ですらない。
最深部まで到達したところで誰もいなかった。
あったのは人の形をした残骸と、何処か見たことのある男……魔聖騎士の一人が屍となってそこにいただけだった。
察するに、これは……
「敵討ちか。俺じゃなくてそっちにするとはな。で、転がっているのが管理者か何かだったわけだ」
人工知能に似たモノもいたのだろう。
そいつらがスルバーンを運行、管理、維持を行っていたのか。
実際にどうなっていたのかは、もう俺にはわかりっこない話だが。
空を眺める。
もうそこには、天空に浮かぶスルバーンはいなくなっていた。
青い空と、白い雲。そして無数の羽音を鳴らす虫たちの大群だけがそこにあった。
「……これで終わり、ってことでいいのか」
「そうとも。君は見事に成し遂げた」
声を掛けられた。
振り返ればそこには邪神の姿があった。
……しかし。
ほんの少しだけ、違和感があった。
それがなんなのかわからないまま邪神を見据える。
「これで終わりか」
「そうだね。耳長のシャバドゥス、竜王カルヴァリ、刻獣クロノス、角聖ボルト、天翼スルバーン……祖となった眷属の末裔である者の国は、皆滅びた。契約通り、君はこれから好きにしていい」
「好きに、ね」
聞き覚えのない名前が出てきたが、既にいないもののことなど気にする必要はないだろう。
邪神の言葉を繰り返すように発する。
好きに、とは言うが、一体何をしろと言うのだろうか。
国は滅ぼした。大陸に住まう生命の大半を喰らい尽くした。全てを虫の世界へと作り変えた。
楽しみは自分で作れ、とでも言うのだろうか。
そう考えていると。
「さて、これで契約は完了したわけだね」
改めて邪神が口にする。契約の完了を。
「おまえの言った通りならな」
「ふふ、嘘はつかないよ。しかし……ふふ」
「何がおかしい」
邪神は笑う。
なぜ笑うのか、俺にはわからなかった。
「いや、ね。本当に似たなぁ、と思って」
「似た?」
「そう、君の顔、体型、声、本当に私そっくりじゃないか」
「……」
そんなことを聞いて、不思議と納得した。あぁ、先程の違和感はこれか、と。
邪神の姿を改めて見据える。
身長は俺と同じくらい……いや、同じなのか。次に体型……胸の大きさも同じだな。身体つきも同じで、まるで双子のようだった。
声も、聴き比べてみれば似ているというのがわかる。違うのは髪の色とか、肌の色とかか?
だが、何一つとして驚くようなことではない。なぜならこの肉体は、そもそもが邪神によって与えられたもののはずだからだ。
「この身体はおまえが与えたものだろう。ならお前に似る……同じなのも、おかしなことじゃないと思うが」
「ふふ、いやそうなんだけど……あー、こんなに笑うのいつぶりだろう」
邪神は笑い続けていて話が進まない。
……結局こいつは、何がしたくてここに残っているんだ?
目的があるのであればさっさと次に移ればいい。
何も目的がないのならさっさと去ればいい。
俺にはわからない。こいつは何がしたいのか。
「……さて、そろそろ本題に入ろうかな」
「さっさと言え」
「もう、つれないなぁ。それじゃあ本題」
「─────君と私で、互いの身を賭けた最後のゲームをしようか」




