ボルト魔聖国編 3
【五十三日目】
想定が甘かった。
途中までは上手く行っていた。
兵士を削り、騎士を削り、魔聖騎士の一人も確保できた。
そしていざ国に攻め入ろうとしたところで、想定していた最悪である結界が構築された。
本当に幸いだったのは、こちらの大部分の戦力が内部に入る前に結界が展開されたこと。おかげで無駄な消耗は避けられた。
だが、想定外だったのは結界の出入り。
そもそも虫は中に入れないことが判明してしまった。虫の身体で作られたものは何一つとして入れず、遮られる。死骸は例外だったが、死骸を投げ入れたところで意味はない。少なくともそんな虫はいない。
入れるのであれば犠牲前提であるジバクアリを投入できたのだが、そう上手くはいかないようだ。
今回の侵攻で少なくない数の虫が死んでしまった。補完が必要だ。騎士や兵士にやられたのもそうだが、魔聖騎士が予想以上に奮闘した。
殿を務め、動けなくなるまで他の兵士や騎士が逃げる時間を稼いだのだから。
少なくとも今回の戦いで五千以上は死んだ。
死んでしまった虫の数は、新たに捕まえた者たちに新しく産んで貰おう。
安心しろ、死にはしないしむしろ気持ち良い。
虫を増やすのは虫たちに任せるとして、俺はボルトの結界をなんとかする方法を考えないとな。
【五十四日目】
個人的には、結界の維持はそう長くは持たないものだと思いたい。
そうでなければ、本当に打つ手がなかった。
地下は依然変わらず特効が浸透している。水源にも同じく。
結界はそもそも虫の出入りを拒んでいる。内部には嫉妬の虫がいたのだが、こいつだけは唯一の例外として内部での生存を可能としている。しかし、あくまで生存だけだ。何かをするだけの力は残されていない。
破壊は可能かと試しているが、一向に壊れる気配はない。
むしろ、内部から攻撃されて虫を減らすことになる。そこら辺は融通が利くらしい。こちらだけ減らされるなど最悪だ。
だが、無駄ではないだろう。内部にいる者の心身の余裕は削れるはず。
まあ交代で心身を休息されれば意味のないことではあるが……せっかく削っても、生きていれば治されてしまうな、これは。
俺としては治される前に再び攻めてしまいたいところだが……そのためにも結界の破壊は必須。
明日は結界への総攻撃、一斉爆破で破壊できないか試してみよう。
【五十五日目】
結界の破壊に着手。しかし失敗した。
総攻撃による結界の不備の発生は見られず、爆破したところで罅一つ入らない。
強度が桁違いに高いのか、それとも概念的な防御力を持っているのか……いずれにしろ、すぐには壊せないということは分かった。少なくとも虫たちによる攻撃では。
今日からは継続して結界を攻撃させ一刻も早く結界解除に追い込めないか、試してみようと思う。
本当に手を出せないことがあるなんて……今は、虫を増やすことしか出来ないか。
しかし、相手も黙って見ているはずはないだろう。何かしらの手を打ってくるはずだ。とはいえ真正面からの戦闘は……まあこちらが不利だとしても、全戦力を投入してくるなんて馬鹿なことはしないだろう。
となれば、警戒するべきは……スルバーンの介入とボルトの魔聖騎士か。
魔聖騎士の方は第一次侵攻で出せなかった人型の虫で対処する。
スルバーンがボルトの周辺を通ってくる時期になるまで……予定通りならあと数週間はあるはずだ。
どうにかそれまでにボルトの結界が途切れるといいんだが……
【五十六日目】
未だに結界に綻びは見えない。
虫の数は増えているし、結界への攻撃担当も増やしているが……先が見えないな。
一応、地下から出てこないように監視はしている。特効のせいでこちらからは入れないが、その逆は違う。あちらは出たり入ったりが自由自在だ。
本当にやりづらい。待つのは得意なつもりだったが、こうも進展がないと焦りを覚えてしまう。
……しかし駄目だ。焦ってはいけない。
追い詰めているのはこちらだということを再認識しなくてはならない。
ボルトは待つだけでは勝てず、あちらから打って出るしかないのだ。
必ずあちらは出てくる。何かしらの方法でこちらを特定し、攻め込んでくるはずだ。
二度も近づかれたのだ、次もあると考えるのが普通だろう。
俺は待てばいい。待って、攻めてきたところを押し潰す。今までもそうやってきただろう。
狼狽えるな。ただ淡々と、機械のように、チャンスを待て。
そして、時が来れば平らげればいい。
【五十七日目】
本当に硬いな、ボルトの結界は。
それも王の血族が持つという固有式によるものなのか。
嫉妬の虫が新しい情報を持ってきた。俺が魔法だと認識していたもの、正式名称は『式』と言うそうだ。
式を物体に刻み、魔力を流し、効力を発揮する。それが俺が魔法だと思っていたものの発動手順だという。
あの結界は、ボルトの王に代々受け継がれてきた肉体に刻まれた固有式であるという。その詳細な内容はわからなかったが、要は王を倒せば結界は使えないということさえわかればいい。
騎士たちの保有していた小型杖も、専用の解毒の式が刻まれているものなのだという。汎用型の杖も、ある程度多様性を持たせるとあれだけの大きさになると。
今は役に立たない情報ではあるが、スルバーンで扱うことになるかもしれないものだ。あって損はない。
とはいえ、本当にやることがない。
迷宮は既に終えて、数も順調に増やし、ボルトが終われば挑むことになるスルバーンは既に居場所を特定するために虫を放っている。
そして今は、ボルトの出方待ちだ。
今すぐにでも攻め込めるのであればそうしたいが、そういうわけにもいかないからな。
嫉妬の虫を動かせるというのであれば話は変わっていたのだが……無い物ねだりをしても仕方ないか。
出てくるまで待つとしよう。
【五十八日目】
ある一定の範囲内の地下に入ると、特効によって途端に虫の動きが鈍くなる。
だが逆に言えば範囲内にさえ入らなければ障害にはならないのではないか。そう考えた。
そういうわけで落とし穴を作ってみようと思う。国を囲むように、そうだな……例えば塹壕みたいに掘って、軽く見ただけでは見分けがつかないようにしよう。
ボルトが攻めてくるとなれば恐らく少数精鋭。王か、魔聖騎士かは知らないがどちらかを出してくるだろう。
もしかしたら露払いの騎士も連れてくるかもしれない。
なら落とし穴というのは意外に役に立つ。戦力を僅かな一手で減らせるのだ、やらない手はない。
仮にボルトを滅ぼし民に逃げられたとしても、塹壕の落とし穴に嵌ってくれれば捕まえやすい。
塹壕を作るだけで良いとは思うが、念の為毒も仕掛けておこう。あと、蜘蛛の糸があれば良いかもしれない。あれは粘着性がある、捕まれば糸が絡まって抜け出せなくなるはずだ。
まあ最悪出番がなかったとしても構わない。そういう事態にならなくて済んだ、で終わりだ。
ボルトが出てくる気配は、今は見られない。
虫がいるから出られないのか。あるいは……
明日、結界への攻撃をしている虫を引かせてみよう。
もし蓄積しているのであれば水の泡となってしまうが、ここは一つ仕掛けてみよう。
どうなるのかは、明日次第だな。
【五十九日目】
ボルトは滅びた。
─────スルバーンによって、跡形もなく。
どうなっている?
いや、まずは虫の補完だ。
増やして備えて、残る国であるスルバーンを滅ぼす。




