表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

お山

作者: 壱原 一

気持ちが塞いでしまったので、車をとばしてお山に来ました。


車を降りて、聳え立つ山影を仰ぎ、一礼して入山します。


柔らかい黒土が、毎日かたいコンクリートに苛められている足を、どっしり受け止めてくれます。


木々が大きく呼吸して、爽やかで凛とした芳香を漂わせています。


下草の和らぎ。積もる枯葉のふくよかさ。蓄えられた水分のゆとり。


頭上で梢が身を揺らし、傍らをせせらぎが駆け降りて、滞って澱み、濁ってしまっていた気持ちを、しゃらしゃらと洗い濯いでくれます。


沁み入るように濃い草葉の色。樹木の色。土の色。合間から覗く空の色。


耳も目も鼻も休まって、骨も臓器も喜んでいます。


ああ、来て良かった。


山はすべて包んでくれます。


木々のざわめきと、清らかな小川の音を背に、遥々と山裾を眺めながら、塩気を効かせたおにぎりを食べ、温かいお茶を啜って、腹の底まで深々と換気する解放感と心地良さと言ったらありません。


あくせく過ぎて行く日々の中に、知らず置き去りになっていた何かが、追い付いて、帰ってきて、再び健やかな1つになってゆくような、山と一体になってゆくような、穏やかで満ち足りた気分をじっくりと味わいます。


後方の峰からぱきりさくさくと下りてくるのは鹿でしょうか。


足元にどさっと倒れ込み、ぞろりざらざらとうねるのは蛇でしょうか。


それとも遭難し続ける登山者でしょうか。


あるいは放り捨てられた重傷者でしょうか。


新品の電池が急速に力を失って、唯一のランタンの光が、夕日が沈むのと同じように息絶えてゆきます。


あっと言う間に手元も見えない真っ暗な山の中に居ます。


背後から頬を撫でる夜風や、身動ぎの拍子に触れる小枝が、話し掛けてくる人の声や、縋り付く人の指のように感じられます。


スマートフォンは圏外です。照らした周りは人だかりです。


山はすべて包んでくれます。


望むと望まざるにかかわらず、なにもかも包み込みやがて一体になってゆきます。


気持ちが塞いでしまったので、車をとばしてお山に来ました。


ああ、来て



終.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ