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冥土♰エスコート  作者: 蒲生竜哉
アリス
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アリス(2)

 そうした訳で、中学の頃は一人校庭の片隅で素振りを繰り返していたのだが、高校に進学してからチャンスが訪れた。


「アリス、そんなに剣道したいんだったら警察に行ってみたらどう?」

 隣の席の理沙が言う。

 彼女はわたしがこの学校の剣道部からも出禁を食らったことを知っていた。

 主将の二年生をボコボコにしてしまったために入れてもらえなかったのだ。しかも理不尽なことに、

「お前は剣道のルールを知らなすぎる」

 とまで言われた。

 剣道じゃない。剣術だ。

 剣術は殺しの技術だ。ルールなんて知ったことではない。

 相手を叩き潰さなくて何が剣術だ。

 わたしの習った剣術は「殺るか殺られるか」の瀬戸際のいわば殺し合いだ。殺し合いにルールはない。殺せなければわたしが死ぬだけ、ただそれだけがルールだ。

「警察?」

「警察にはさ、警察剣道ってのがあるのよ。ほら、わたしのお父さんおまわりさんじゃない? 行きたかったら話通してあげるよ。ほら、アリスが前ボヤいてた殺るか殺られるかだったら警察剣道の方が近いんじゃない?」


¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨


 学校でわたしはいつも孤独だ。

 いつものお昼休みの時間。

(……まったく、何が楽しいんだか)

 どうやら世間では有名なタレント達の噂話できゃいきゃいと盛り上がっている級友たちの姿を、これまたいつものようにわたしは自分の席からどこか覚めた気持ちで眺めていた。

 どうでもいいじゃん、そんな話。テレビタレントの誰かと誰かが付き合ってるとかとか別れたとか、なんとかさんとかんたらさんが結婚したとかやめたとか。


(……くっだらない)

 気がつくと、わたしは自分の考えに沈み込んでいた。

(本当、みんな子供。というか、わたしが大人すぎるのかしら)

 実はこの気分は冥界から帰ってきて以来、ずうっと感じていた違和感だった。

 年齢は同じはずなのに、なぜかときおり幼稚園に紛れ込んでしまったような気分になる。

(なぜなのかなあ?)

 片手で頬を突いて考える。

(やっぱり、冥界にいた時間が長すぎたのかしら? なんかちょっと『ズレ』てるのよね、わたし。でも、相手が大人だと話が会うのに同級生だとダメって女子高生ってどうなんだろう? やっぱりまずいわよねえ、どう考えても……)

 そうは言っても、おそらく永遠に彼女たちとは友達になれないだろうという確信がわたしにはあった。あまりにもギャップが大きすぎる。

 小学校の頃からそうだったが、このクラスでもわたしは孤独だ。


「⁉️」


 ふいに頬に冷たいものを押し付けられ、わたしは現実に引き戻された。

「アーリス? なーに一人でたそがれてるのさ」

「り、理沙?」

 見上げると理沙がにやにや笑いながら大きい方の牛乳パックをわたしの頬に押し付けている。

「はい、牛乳。アリス牛乳好きだもんね。ついでに買ってきてあげたぞよ。感謝するが良かろう」


 そうか、わたしには理沙がいるか。


「ありがと、理沙」

 わたしは理沙に百五十円を渡すと、牛乳パックにストローを刺した。


 二日後、わたしは学校の近所の警察署を訪れていた。

 総合受付で、理沙のお父さんにお話が通っているはずだということを告げる。

「はい、聞いております。地下一階に道場がありますので、そちらに行っていただけますか?」


 道場に案内され、更衣室で胴着と袴を身につける。

 三尺八寸の竹刀はもう買ってあった。本当は『西瓜割』と同じ四尺にしたかったんだけど、それだと学生剣道の規定から外れてしまう。


 竹刀を片手に、道場の扉を開く。

 神棚の鏡に向かって礼。

 そのあと、四方のおまわりさんたちに向かって礼。


 驚いたことに、そこにはもう十五人くらいの警察官が集まっていた。

 みんな身体が大きい。これは、歯ごたえがありそうだ。


「やあ、君かい、剣術をかじって少し鼻っぱしの強い女の子ってのは」

 いかにも地位の高そうなおじさんがわたしの方へ歩いてくる。きっとこの人が理沙ちゃんのお父さんなのだろうと勝手に決める。

 おじさんは自己紹介もしないまま話を続けた。

「高校の剣道部でも全然歯が立たないんだってね。凄いじゃないか」

「いえ、そんなことはないんですけど」

 一応謙遜する。

「でも、相手が付き合ってくれないんです」

「付き合ってくれないか。まるで君は剣道をダンスみたいに言うんだな」

 理沙ちゃんのお父さんは大声で笑った。

 合わせて、周りのおまわりさんたちも笑い声を上げる。

 何しろ理沙ちゃんのお父さんは警視正だ。周りの人も大変だな。

「しかし、確かに美人だな。大変な美人だ。娘が憧れるのもわかるよ」

 理沙ちゃんのお父さんが言う。


 理沙ちゃん、お家で何を言っているの?


「じゃあ早速、手合ってみようか。小早川君、防具をつけたまえ」

「いえ、結構です。多分当たらないし、動きの妨げになります」


 さすがにこの言葉は少々癇に障ったようだった。


「ほう、さすがにいうだけのことはある。君の流派はどこなんだい?」

「巌流です」

 素直に答えた。

「巌流って、佐々木小次郎の流派か。あれはもう失伝したはずだがなあ」

「直伝です」

「直伝って、意味わかって言ってるのかねえ。まあ、いいか。……岩田、相手してやれ」

「はい」

 一番大きなおじさんが、体に似合わず俊敏な動作で立ち上がる。

「本当に、防具なしでいいんだね?」

 防具をつけた岩田さんが念のために尋ねる。

「大丈夫です。当たりません」

 わたしは岩田さんに頷いた。

「岩田ー」

 上座から理沙ちゃんのお父さんが声をかける。

「面と突きは禁手にしてやれ。その子の綺麗な顔に傷を入れるのは忍びない」

「押忍」

 岩田さんが深く頷く。


(面と突きは禁手ねえ)

 危うく鼻を鳴らしてしまいそうになるのをなんとか堪える。

 禁手にされなくたってそんなものを食うわたしではない。

 でも、禁手にしてもらえるのであればそれはそれ。ありがたく頂いておこう。


「両者、前へ」

 旗を持った審判係のおまわりさんが二人の間に立つ。

「始めッ」

「イヤー」

 岩田さんが無駄な気合を入れる。流行なのか、ボクサーの様なフットワークで前後に移動している。

 一方のわたしはベタ足だ。摺り足で常に岩田さんに正対し、正眼に竹刀を構える。

「ふうむ、隙がないな」

 上座から理沙ちゃんのお父さんの声がする。

「イヤー、ウォー」

 再び岩田さんが気合を放った。

 そのまま飛び込んでくる。

 まるでスローモーションだ。

 何もかもが遅く見える。

 わたしは軽く竹刀を振るって岩田さんの胴を上に去なすと、その竹刀をくぐるようにしてすかさず低い姿勢から渾身の胴を放った。

「イヤァッ」

 伸びあがりながら胴を打ち抜き、返す刀でそのまま横面。

 力が強すぎたのか、わたしの竹刀は岩田さんの面金を打ち砕いた。

「グェッ」

 岩田さんが悲痛な悲鳴をあげる。

 粉々に砕けたのはこちらの竹刀も一緒だ。

 カーボン竹刀が砕け、バラバラになった破片が周囲に巻き散らされる。

 あーあ、買ったばっかりだったのに。


「一本、それまでッ」

 それまで?

 何のこと?

 わたしはフラフラになった岩田さんに足をかけて引き倒すと、さらに折れた竹刀を喉に添えた。


 殺すつもりは元よりない。

 でも、お師様に教わった通り、殺せることをちゃんと相手に示さないと。


「それまで、それまでッ」

 慌てて審判役のおまわりさんが割って入る。

 わたしはようやく、一歩下がってその場に正座した。

 岩田さんは完全に失神している。

「小早川君」

 呆れた顔で理沙ちゃんのお父さんが言う。

「こりゃあ誰がやっても同じだな。岩田はうちで一番強いんだ。五段だぞ。だから上手に手心を加えられると思って選んだんだが……あいつはおそらく、しばらくは立ち直れん。女子高生に失神させられたんだからなあ。小早川君、悪いが他を当たってくれ。ここは君には弱すぎる。これ以上やられたら警察業務に支障が出そうだ」


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