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相変わらずの遅遅更新となっております。
「さてと! 飯食いに出発だ!」
「賛成〜」
「勝手に行ってこい! 俺は寝る!」
廃墟もとい、お化け屋敷が我が家になって無事朝を迎えた翌日。ラクスとセシリアが目を覚まして、やっと安心した俺に睡魔が来たころ、セシリアが目覚めバッチリの準備万端でギルドへ食事に行こうと誘ってきたが、不眠の俺にそのテンションがあるはずもなく、ソファーで横になったまま二人に背を向けて速攻で断った。
「ざけんなテメェ! あたしたちを殺す気か! 一日の元気は飯だ! ちゃんと三食、間食、別腹、おやつ付きで食べねぇと飢え死にしちまうだろうがよ!」
「どんだけ食うんだ、お前! 一般人は飯を一食抜いたくらいで死なない! そして一睡も出来なかった俺は今がマックスで辛くて死にそうなんだよ! 頼むから大人しく寝かせてくれ!」
俺は二人の顔を見ずにソファーで横になったまま手を振って『お好きにどうぞ。ご心配なく。行ってらっしゃい』と言う素っ気ない態度にラクスが言った。
「ん〜っ……ねぇ、セシリア。ユキジ何かあったの?」
「昨日の夜、お化けが出て一睡も眠れなかったんだと」
「ふーん。だから寝られなかった……と? ……情けな」
カチンッ!
「情けなくない! 俺は精神がデリケートに出来てんの! どっかの女達みたいに図太い神経して腹出して寝れねぇんだよ!」
「「「…………」」」
ちょっと間の女の子二人と俺と謎の睨み合い後、ラクスが口を開く。
「……誰のこと?」
「さあな?」
「お前らだよ! お前ら‼︎」
この大食らいどもが!
眠気がピークで悪くない二人にイライラをぶつけてしまうのを抑えるように今度はソファーにうつ伏せになり頭を抱える俺にセシリアが言う。
「ったく……。おい、ユキジ」
セシリアは自分の魔法陣で昨夜出たお化けは全員殲滅(浄化)したから今夜からは安心して眠れるんだから大丈夫だと丁寧に説明してくれたが、だとしても今がしんどい俺はソファーでうつ伏せになったまま動かず、拗ねた子供のように口だけを動かして答えた。
「……わかった。わかったから行ってこいよ。俺はとにかく今すぐ眠りたいんだ。……頼むから睡眠の邪魔をすんな」
「ガキみてぇにふて腐れんな。飯食ったらクエストに行って、クエスト終わったらギルドで飯食って楽しく酒のんで帰りもそこそこ遅くなる予定にしてんだ。絶対に寂しいぞ、お前? ついてこいよ……なっ?」
「……うっせぇ。不貞腐れてもねぇし、一人でも全然寂しくねぇからいい加減寝かせろ……」
「もう、ユキジ! 冒険者になったら頑張るってボクに言ったのは嘘だったの! 最初二人でご飯食べた時、明日も明後日もレベルアップするまで俺に付き合えって言ってたじゃん!」
「……言ったな。言ったけど、どうせ今の俺は武器ねぇし、足手纏いになるんだから置いてけって〜の……」
二日前のミノタウロス戦で折れてしまった木刀がない今、俺は戦闘ではほぼ役に立たない。二人を臨機応変にサポートしようにもサポートする手段もないし、武器がないなら他の手段を探そうも、頭は悪いし魔法が存在する世界なのに魔法も使えない。そう、戦闘で今まで役に立った記憶もないが更に使えない奴になったのだ。そんな奴が究極職の二人と同じパーティ? 不釣り合いじゃねぇかよ。
……ああ、駄目だ。眠りたいせいか考えがネガティブ思考になる……。
「んだ? もしかして、お前は武器がねぇことでも不貞腐れてんのか? だったら今日はクエストやめてユキジの武器探しにいろいろ店を回ってみてもいいぞ?」
「マジで⁉︎」
憧れの武器屋街巡りに出かけるとセシリアに言われ、俺の眠たい脳は活性化して目を覚まし、不貞腐れ病んでた気分は爽快に清々しい気分でソファーから身を起こした。
「ああ。あたしの我儘で家を直して貰ったんだし、ユキジの武器買いくらい付き合ってやんよ。あたしも買いたいものあるし」
「ええ〜っ、ボクは買い物よりクエスト行きたいよ」
「黙れ暴力皇帝! セシリア姉さん! いや、セシリア将軍! 本当に今日は武器買いに行くのですか⁉︎ 飯食いのための嘘じゃないですよね⁉︎」
「行く、行く。セシリア嘘つかない」
セシリアは顔の高さで手を掲げ掌を見せるとインディアンのように誓った。
「よっしゃあ! そうと決まったら出かけるぞ!」
ソファーから飛び起きて、着替えを始める俺をラクスが呼び止める。
「ちょっと待ってよ、ユキジ!」
「なんだよ。二人とも向こう向いてろよ、恥ずかしい」
「あっ、ごめ〜……んじゃなくて! 百歩譲って買い物はいいけど、先に──」
「わかってるよ。朝飯に行くんだろ?」
「「その通り」」
俺たちは見つめあって親指を立てた。
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「かっけぇ〜」
朝食をゆっくり食べて武器屋街へと初めて足を運んだ俺たち、その街並み最初の武器屋のウィンドウに飾られた武器に俺はうっとりして目を輝かせた。
「ああっ、コレもかっけぇ〜……」
ウィンベルの武器屋街。
王都に比べれば田舎田舎と言われてはいるが、先の家賃の話からもわかるようにウィンベルはそれなりに発展している街だ。
各国から入荷した最新の魔道具や武器防具を扱う有名らしい店舗が並ぶのは当たり前、この街の鍛治職人が作るこの街でしか手に入らない武具とアクセサリー屋を含めて十店舗以上がこの通りを占めている……らしい。ちなみに、これは全部メルティナさんから聞いたことである。
「うわっ、見てらんないよ。ガラスに額を擦り付けて涎垂らしてる絵にかいたような奴が実際にいるんだね、セシリア」
「ああっ……あたしも今まで見たことねかったわ」
某アニメやゲームでお馴染みの両手剣のバスターソード。棚に飾られたしなやかなフォルムの美しい弓。重量感のあるハンドアックスと長槍! 見せつけるように立てかけられた装飾の美しいロングソード! そして店の中に飾られた憧れの西洋甲冑と攻撃をすごく弾いてくれそうな盾やまだまだある武具の数々を実際に見れたことに俺の気持ちは高ぶる。
「ああ〜っ、どれにしようかな! やっぱ男はバスターソードだよな! 戦闘が終わったらあれをこうクルクル回して背中に納刀すんのもカッコいいし、華麗に槍を振って無双突きで来るモンスターを倒すのもイケてるし、ナイトソードなんて地面に剣を突き立てて朝日を見ながら胸を張るだけで絵になるもんな! どう思う二人とも!」
「ちょ、ちょっとなに言ってるかわかんない。どういうこと?」
「話を振るな。あたしもわかんねぇんだ」
お姉さん達にはわからないだろうが、異世界アニメ好きならば聞いたことがある名前の武具ばかりだ。
ああ〜っ……武器屋街、ここは異世界の浪漫街道。
「なあなあ、早く入ろうぜ!」
「そうしたくてたまらないところだった。周りの奴の目も痛いしよ」
「ボクも賛成」
俺は二人の同意を得て店に一番乗りで入ると、店の中で武器を磨くおじさんが此方に視線を向けた。
「おっ、いらっしゃい!」
頭にバンダナのような物を巻いて皮のエプロンを身につけた、何かの異世界アニメで使いましたような、どこか親近感を覚える筋骨隆々なおじさんが武器の陳列をしていた見た目凄腕冒険者な人に向かって俺は聞いた。
「あっ、どうも。店主さんですか?」
「おう。そうだぜ」
「えっと、このお店に来るのは初めてなんですけど……中に入って商品を見てもいいですか?」
「ああ、もちろん! 一見さんも大事なお客さんだぜ! ささっ、縮こまってねぇで! あんまり綺麗なところじゃねぇが入ってくれ!」
店主のおっちゃん手招きに俺は頬を緩ませ、落ち着かない気持ちのまま足を踏み入れると素直な一言が口から出る。
「うわぁ〜! 素敵な店ですね!」
「あっははははっ! 素敵な店とはお世辞でも嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!」
「いやいや! お世辞とかじゃないですよ!」
「そうか、そうか」
俺の言葉に気分が良くなった店主のおっちゃんは陳列していた武器を置くと俺に向き直り対応をはじめた。
「さてさて……ところで坊主は〜……もちろん冒険者だな。見たところ駆け出しぽいが……」
こういう掛け合いをすごく楽しみにしていた俺は、店主のおっちゃんの悪気のないその言葉に煽れるように悪いところが出る。
「え〜っと……ふっ。実は散歩がてらに仲間と出かけた昨日のクエストでミノタウロスと戦って、その時に長年使っていた相棒の剣が使い物にならなくなって、何処かオススメの武器屋はないかとギルドで尋ねたら、ここならいい武器が手に入ると聞いて足を運んだわけです」
見栄っ張りという悪い癖だ。そう言い終わると、俺は長くもない短い前髪を弄りながら『フッ』と笑って店主にいい顔をした──
「「……嘘つき」」
──のを見て、後ろで女性二人の真実という冷たい言葉が静かに背中をグサグサと串刺しにした。
やめて! カッコつけたのに! ミノタウロスとは本当に戦ったんだから嘘ってほどの嘘じゃないでしょ!
確かにギルドで紹介されてない武器屋街に入って直ぐ目についたお店に飛びついたけども!
「はははっ! そいつは嬉しいな! しかもミノタウロスを仲間と倒したってことは、坊主は下級職のレベル5くらいあんのか?」
「えっ⁉︎ ま、まぁ……そうですね!」
「「……嘘つき」」
店主のおっちゃんに聞こえるか聞こえないかのギリギリだろう声で二人がぽつりと一言。
「ああっと! ままま、まぁ! 後ろの二人の力もありましたけどね!」
「そうか、そうか。自分一人で倒したとは言わないところが謙虚じゃねぇか!」
よかった。二人の声は聞こえてなかったようだ。店主のおっちゃんは『良い心がけだ!』と言わんばかりに深く頷いた。
「いやしかし、俺の目もボヤけちまったな」
「えっ?」
「こう見えても、こういう店を営んでる以上、冒険者を見る目だけはあると思ってたんだがな!」
「そ、そうですね! いや! 本当、頼みますよ!」
安心して下さい! あなたの眼は確かに駆け出し冒険者だと見抜いてます!
「「……いや、あると思います」」
「ん? どうした、嬢ちゃんたち?」
「いい! いい武器があると言ってました! とても素敵な武器がありますね!って、ねっ⁉︎」
「「…………」」
俺はチラッと後ろを向いて《キッ!》と二人を睨みつる。
だからやめて下さい! 言っちゃった手前、カッコつかないでしょ!
「「はぁ〜…………」」
そんな俺の気持ちが通じたのか、二人は俺から目線を逸らした。……怒ったのかな?
「……それで?」
「はい? それでとは?」
そんな様子を気にすることもない店主の問いに、俺は問いに問いで返す。
「おいおい。見ての通り。うちはどんな冒険者にも応えれる武器防具が多種多様に用意してあんだ。言ってくれりゃ、店にあるもの、ないものは取り寄せでなんでも用意出来るぞ?」
「本当ですか⁉︎」
「ああ! だから坊主の相棒には何を御所望か教えてくれや」
「えっとえっと〜……一通り目を通したいんですが〜……うん! あそこに飾られたバスターソード! アレを見せてもらっても大丈夫ですか?」
「おっ、良いのに目を付けたな!」
店に入る前から一目惚れした剣を俺が指差すと、店主はカウンターからゴツい皮の手袋取って嵌めると、ウィンドウに飾られたバスターソードを大事そうに抱えて運んで来た。
「一年前に王都に発注して二日前にやっと届いた、この店の看板武器になる一品だぞ」
「一年待ち? すごい品物ですね」
「ああっ、なんせ王都で三番の指で数えられるベテラン鍛治師の一人、あのボービルさんに頼んだ一品物だからな」
「えっ、あのボービルさんが!」
んーっ、知らない! 申し訳ないけど、ガチで知らない! あとでメルティナさんにでも聞いてみるか。
「そう! あのボービルさんだぜ! いやはや、こいつを最初に見せてほしいだなんて坊主もなかなかの目利きだねぇ」
カウンターに置かれて直に見てみると更に目を引く刀身にうっとり。一目惚れだ。
「材質には高純度の魔鉄鋼! 王都を守る騎士様であるルーンナイトやロイヤルガードも使っている上級魔法付与にも耐えられる最高の逸品!」
「おおっ!」
──って、知らんけど! 王都を守るこの世界のその人たちがどんな職業かはよく知らんが、魔法付与にも耐える武器を装備してるってことは魔法騎士みたいな人達の集まりなんだろう。普通にカッコいいなぁ、羨ましい。
「今なら、お安く330万エールだ!」
「…………」
高ぇ‼︎
「…………」
「どうした坊主?」
急に目を点にした俺に店主のおっちゃんが頭を傾ける。
「いややっ、別に! あの〜、触っても?」
持って来てもらった手前、思い出に触るくらいはいいかなと弱気な声になった俺の異変に気づいたのか、一瞬、店主は目を細めた。
「……お、おうよ。周りに商品があるから振るのは勘弁してもらいたいが、握って持ち上げて、感触を感じてもらうのはいいぜ」
「あ、ありがとうございます!」
店主のおっちゃんに言われ柄に触れてバスターソードを──
「ふぐぐぐぐっ! むぐぁああああああああっ‼︎」
持ち上げようとしたがぁああああっ、無理っ! これ、無理なヤツ‼︎
「「「…………」」」
片手だからじゃないかと両手を使うも、1ミリも持ち上げることが出来ない! 何これ⁉︎ すんごい重い! 気軽に思い出に持ち上げれる品物じゃねぇ!
「ぬぐぐぐっ……おらぁああああああああっ!」
まさか魔鉄鋼っていう聞いたことない金属は無茶苦茶重いのか⁉︎ それとも伝説級の武器で選ばしものしか持ち上がらないとか⁉︎ んなわけねぇ! おっちゃん持ち上げてたじゃねぇか!
「…………なぁ、坊主? そのか細い腕で本当にミノタウロス倒したのか? 本当は──」
「た、倒しましたけど、なにか⁉︎」
後ろの二人がね!
「そ、そっか! なら、いいんだ! うん!」
汗を脱ぐって何事もなかったように顔色を戻すと俺は店のおじさんに言った。
「ん〜っ、なんでだろう〜? 今日は寝不足だから調子が悪いのかな〜?」
「あ〜っ、誰にでもあるわな! そんな日! うん!」
そもそもこのバスターソードは値段330万エールで大特価といえ俺の買える値段じゃないし、一級品で目を養ったと思えばとてもいい経験になっただろう。
「……え〜っと、あの辺の武器を見せて貰ってもいいですか?」
「あっ……ああ、好きに見てってくれ!」
「「はぁ〜…………」」
薄々どころか濃いめに気づている店主のおっちゃんと仲間二人からの氷結系最大呪文を背中に浴びなら一通り手に取り見た後、結果何を基準に選べばいいのかわからず、相談する事もなく数分で店を後にした。
「ま、また来ます」
「──おう。今度は買ってくれよな」
バタン。
「「はぁ〜…………」」
手ぶらで店を出て、もう何度目かわからない氷の息のを背中に浴びて背中が凍傷になっているんじゃないかと思うほどだ。
「んだよ! そんな呆れなくてもいいだろ! 良いじゃねぇか、ちょっとカッコつけたって! 良いじゃんか、自分の背丈にあってない武器を選んだってよ! なんだよ、俺が悪いのかよ!」
「……悪いというか、カッコ悪い。なんでユキジは変なとこでカッコつけるの?」
「うるせぇ! 男にゃそんな時があんの!」
「だとしたら男って本当にバカ。カッコつけて強くなるなら苦労しないよ」
「言い方! 普通に傷付ける言い方すんな!」
「いんや、ラクスの言う通りだ。バカだ、お前は」
「セシリアまで!」
「だってよぉ。あれやこれ触ってみるかと思えば剣ばっか握って財布と相談して他の物には見向きもしねぇ。お前の獲物は本当に剣なのか?」
「えっ? 武器っていたら最初はやっぱ剣を取るだろ?」
「なんだよ、最初は剣って?」
セシリアに言われ始めて疑問に思った。
ノービスという職業は《とあるゲームのすっぴん状態》でどの武器を使ってもいいもんだし、やっぱ異世界きた人が最初に手を出す初期装備なんじゃないの?
「そういや、お前の職業ってなんなんだ?」
「お、俺⁉︎ 俺は──」
「ノービスだよ」
「お前!」
「またカッコつけて嘘言いそうだったから」
「うっ……」
ラクスの指摘に顔をひくつかせる。
嘘を言うつもりは無かったが、話を濁そうとはしてたところは本当だったからだ。
「ノービスとはまた……くくくっ」
「な、なんだよ」
セシリアが笑い出すと、やっぱお前も笑うのかと鬱になる。しかし彼女の笑った理由は違った。
「いや、お前の未来は自由だな思ってな」
「バカにしてんのか?」
「逆だ逆。あたしはさぁ、ギルドで登録するときに能力値とか優遇するからとオススメの職業をそのまま選んだだけで戻ることも出来ずに後は決まった未来を歩んでんだ。その点、お前はこれから何にでもなれんだ。剣を使う剣士に進むヨシ、拳を鍛えて武闘家になったり魔法使いにでもなれる! 自分の道を自分で選んで無限の可能性に進む奴があたしは羨ましいよ」
キョトンとした。俺からすれば最初から注目を浴びる上級職や究極職になれるほうが凄いことなんだと思っていだが、最初から敷かれたレールを進む金持ち感覚とでもいうのか、自由な未来が羨ましがられるとは……ま、貧乏人からすれば安定のあるどこまでも続くレールほど羨ましいものはないんだけど。
「そうそう、ボクもユキジが羨ましいよ」
ポンポンと慰めるように肩を叩きながら、ラクスがセシリアの言葉に便乗しながら言う。
「お前は嘘だろ」
息吐くように嘘つくな、コイツも。
「そうでもねぇぞ、ユキジ。ラクスみてぇに理解してなくても理解しようと思う奴、呆れても見捨てない、ずっと一緒にいたいと思える仲間に恵まれることもお前の魅力だと思うぜ?」
「そうかな?」
ラクスの場合は理解してるかどうかも怪しいが。
「ま、今の会話と今回の武器探しは関係ねぇんだがな」
「ですよね」
そりゃそうです、セシリアお姉様。
「……セシリア」
「あん?」
「今更聞くのも遅いんだけど、俺がこれからどうすればいいか導いてくれないか」
「あ、あたしに聞くか?」
「一応、シスターだろ? 迷える子羊を導くのも仕事じゃないのか?」
「一応じゃなくてもあたしはシスター様だ! そいつは専門外なんだが……ああっ、導いてやるさ。今からはじめられる買い物以外でも使える簡単なやつがある。それは──」
「それは?」
セシリアは俺をビシッと指差して言い切った。
「カッコ悪くてもいい、恥をかいてもいいから正直になれ! ……どうだ? あたしの言葉はお前を前に進ませたか?」
そう言ったセシリアはビシッと俺を指差すと、いい顔してニカニカ笑った。
なんだろう。本当、普通のこと言われたのに、この導かれた気分。
「ああ、なんかスッキリした。指南感謝するぜ。ありがとな、セシリア」
「クスッ。なら良かったよ。まだまだかてぇけど、お前のそういう生真面目ぽいとこ嫌いじゃねぇぜ。ま、気落ちすんな。あたしらはパーティーなんだから全部さらけ出しちまえ」
「セシリアの言う通りだよ。ほらほら、素直になっちゃえ!」
「そうだよな。ラクスみたいに酒飲んで胃の中のもんまで全部さらけ出しちまったら楽だもんな」
「そうそう! ボクみたいにお酒を飲んでゲロって……って、なにをーっ!」
「あははははっ。元気出たみてぇだな」
ここまで年上の女性二人に気を使わせて出ない元気はないわ。
「まぁ、さっきの店は王都直送の一級品武器屋みてぇだし、パッと店内を見渡したけど、安物でも50万エール以上はくだらねぇ初心者冒険者の財布には厳しい店だ。今のユキジが立ち寄るのは早すぎた……ってことで、気持ちを切り替えて次の店に行くとすっか」
「おう」
次の店からは武具の知識にも精通しているセシリアが隣でアドバイスしてくれながら武器を選ぶ。
自分の知識なんてゲームやアニメで得た知識。そりゃ槍を持てば必殺技、弓を放てば必殺技、どんな武器でも振るえば風が起こるなんて思っていた自分がどんなに愚かだったか。
「剣を選ぶなら一般的に自分の身長にあった物を選ぶのが一番いいと言われてるぜ」
「へーっ」
「その様子だと前の武器は店の親父に言われるまま買ったな、お前?」
「あっと、まぁそんなところかな」
言われるがままと言うか、大量生産の木刀だから選んだということもないが。
「まぁいい。お前は生きてたけど身丈に合わない扱うことも出来ない高額武器を選んで最悪死んだりすることは初心者冒険者によくあることだから……目の前にある大太刀は今のユキジなら振り回す前にぶっ殺されるのがオチだから絶対に買うなよ! わかったな! 絶対に買うなよ!」
何度も聞かれたらフリかと思うわ。
「……バカ野郎。大太刀なんて買うわけねーだろ こんなカッコいいの……手持ちで買えるな……はっ⁉︎」
「本音と悪い癖が出てるよ、ユキジ」
「…………」
「安売りしてても買うなよ、お前?」
「……わかってるって」
と言うも。本当は違う理由で刀を見ていた。日本刀があるってことは転移者や転生者がいたり、元々あった日本文化が日本語のように代々受け継がれているんじゃないか……と考えていたのだが、そんな俺の思考がわからないセシリアさんの睨みがきつい中、俺はだったらと話を変えた。
「……するってーと、初心者な俺はどんな武器を買えばいいんだ?」
「んだなぁ〜……お前、貧弱だから手に馴染むもんを買うためにいろんな武器を手にしてみたほうがいいな。親父」
「はいはい。なんでしょか、シスター」
カウンターにいる店主だろう爺さんが身を乗り出して、セシリアを舐め回すような視線でにへらにへらと気持ち悪く愛想笑いをしながら此方を見る。
「こいつにいくつかの武器を持たせてみたいんだが構わねぇか?」
「……ええ構いませんよ。ただし、お試しで握らせるのでしたら、その辺りの買い取った中古品でお願いしたいのですが……」
「試したいだけからそれで構わない」
なんとも嫌味たらしい店主の反応と言葉にセシリアは素っ気なく答え、セシリアは俺に剣を握らせた。
「いいか? ユキジの身長から考えるに買うなら長さはこのロングソードまで、重さは片手で楽に払えるくらいの物から始めた方がいい」
「片手で払うくらいの軽さならこっちの短刀を使うのは? 手数も増えそうだし」
「素人のユキジが使うにはオススメ出来ねぇかな。手数も増えるがモンスターとの間合いが近くなる接近戦は手慣れでも超危ねぇぞ」
「なのか」
「ああ。んまぁ、短剣使いじゃなくてもラクスにでも武術の稽古はつけて貰ったほうがいいかもな。武器を使う職業は相手の動きも読めて動けることはかなりプラスにならからな」
「そうだよな」
「話は戻るがユキジが短剣を買うなら主武器が折れたときや咄嗟の防御、素材採取なんかで使う予備で持つのはお勧めだが……やっぱあくまでも予備で、お前には主武器が必要だろうな」
「そっか、わかった」
「それより本当に剣でいいのか? 他に使いたい武器とかねぇのかよ?」
「非力だから大剣なんかの重たい武器や腕力のいるだろう弓も諦めたよ」
「まだテメェの冒険は始まったばっかりじゃねぇか、ある程度初歩的な扱い方ならどれも教えてやれるぜ?」
正直、いろんな武器を使ってみたいとは思うが剣よりも腕力のいりそうな槍と弓や斧や、器用さのいるよな鞭やどう使っていいかわからない杖を振り回すより、今は少しでも二人の足を引っ張らないように自分の身を守ることを優先して、新しいことを覚えるのは避けた方がいいだろう。
「いや、しばらくは剣一筋で頑張っていこうと思う」
「そっか。ま、時間はあるんだ。お前がどんな上級職になりたいかは知らねぇけど、そいつに向けて数多の武器の時練習しとくのも悪くねぇと思うぜ」
「ああ、そうだな。その時は頼むわ」
「まかせな」
俺はまだ下級職にもついてない初期の初期職業のノービス。無限の可能性があんるんだもんな。クエストのないとき合間をみて他の武器も練習してみよう。
「ところで、さっきから思ってたけどセシリアって妙に武器にも詳しいよな?」
「このくらいの知識普通だってぇ〜の。あたしの育った教会では子供の時から基本的な武器の扱いを教えられるから普通の知識だぜ?」
「ふ〜ん……」
武器に詳しいってどんな教会? バトルシスター養成教会とか?
「ねぇねぇ、セシリア?」
「んだ、ラクス?」
「昔のことをほじくり返すのもいやなんだけど、王都のギルドに登録してたってことは教会にも所属してたの?」
「あ……ああ、孤児を集めた教会に所属つーか、小さい頃から住んでたけど、冒険者になるってことである程度自由がきくんだ」
「へー。じゃあ、クエストが終わっても教会にいちいち帰んないのもそういうこと?」
「そういうこった」
へーっ、普通は教会に所属してるとクエストが終わると教会に帰らなきゃいけないのかな? つまり、ギルドに所属してもシスターは教会のレンタル扱いなわけ?
「ああいうとこ規律にうるさそうだね」
「うるせぇ、うるせぇ。食事も質素だし、寝る時間も起きる時間もスケジュールも決まってるから、ラクスなら息苦しくて一日もいたら気が狂うかもな」
「うげぇ。そんなの絶対に嫌だ」
「あははっ」
自分の思い出を笑ってはいるが、セシリアも苦労してんだなぁ。
「さてと! あたしのつまらねぇ話はおいといて、先ずは慣れるために3万くらいで買える剣で倒せそうなモンスターが出るクエストに行ってみっか?」
そのくらいで倒せそうだと、ふと頭をよぎったのはゲーム序盤で出てくるモンスターの数々だった。もちろん同生物がこの世界に存在しているわけがないが、どんなに怖いモンスターが出ても強い二人もいるし俺の危険は少ないだろう。
「おう、そうしよう! ただ、今からクエスト申請するにしても俺の剣の修行になりそうな初心者クエストなんてあるわけ──」
「んふふっ。そんなユキジにいい話。なんと! ギルドに行かなくても期間中、一週間に二匹までなら狩ってもいいモンスターの漁が4日前から解禁されたんだよ。ねっ、セシリア」
「……ああっ! 一匹いるな!」
ラクスの問いにセシリアは俺を向いて含みをこめた顔でニッコリ。女の子の笑顔は可愛いが、こういう時は何故か怖い。
「ユキジ。オオトカゲ討伐にいくぞ!」
「オオトカゲ?」
オオトカゲ……あ〜っ! ギルドの人気メニューのあれか!
「強いのか?」
「弱い弱い、超弱い。牙もないし、丸飲みされても中から剣でも突き刺して攻撃すれば『ペッ』て吐き出されるからユキジは死なないって」
「そ、そうか」
あの尻尾の丸焼きから考えるに体長はどんだけデカくても2、3メートル。……大丈夫、大丈夫! その程度のトカゲなら飲み込まれる前に剣でズバッと斬って勝てるだろう。
「よっしゃ! 剣を買ったら出発だ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ウィンベル東バルガンダ草原。
「ぎゃあああああああああああああああああああーっ‼︎」
全速力で逃げる俺の後方を素早い動きで蛇行しながらモンスターが迫る。
そのモンスターは地球で言うところのコモドトカゲとほぼ見た目同じ生き物なのだが、異世界感バリバリのこのトカゲの大きさは軽自動車よりも大きく、身体は硬い鱗に身体は覆われ、面は化け物色が強く勿論足も早い! 確かに歯はないが、もし丸飲みされたらゴクリと胃に直行だ!
こんちくしょおおおおおおおおっ‼︎ 完全にあの二人に騙された! 正確には騙してはいないが、お気楽に考えてた俺がバカだった! 大バカだった‼︎
なんで気付かなかったかなぁ! 超弱いというのはコイツらレベルで弱いという話で、実戦経験がほぼない素人冒険者にとってはどんなモンスターも強敵だってことを肝に銘じておくべきだった!
「おーおー、よく逃げるな、ユキジー。今日は間違いなく脚力のステータスが上昇するぜ」
「よかったね、ユキジー。レベルアップは近いよー」
景色の良い丘の上から高みの見物というか、ピクニック気分の二人は、ここに来るまでに買った露店で買った食べ物を片手に、心ここにあらずな適当な声援。
「く、喰われるぅ ‼︎ ちょっとでいいから助けてくれぇええええええええええええ‼︎」
必死に逃げる俺を見ても二人の顔は焦ることなく落ち着いて俺のためにならないアドバイス。
「レベルアップしたいんでしょー。ユキジ一人でやらなきゃ意味がないんだから頑張れぇー」
「さっき言ったろ? 死なねぇんだから食われて内臓チクチク作戦で行けって」
「嫌だわ! どんなにピンチでも食われるのは怖いだろうが!」
「そのまま逃げてても勝てねぇぞ〜」
「わかってるわ! だから最後のトドメだけやらせてくれよぉ!」
「バカだなおめー。あたし達の攻撃力だとオオトカゲを瞬殺しちまうだろうがー」
くぅーっ! 究極職の四桁台のステータスが憎い!
俺は逃げるのをやめて振り向くと袖で涙と鼻水を拭い、買いたての腰の剣を抜いて構える。
「シュルルルルッ……」
その姿を見たオオトカゲも追いかけることを止めて俺の呼吸で揺れる身体の動きを追いながら目を見開いて身構えた。
「…………」
「…………」
……わかる。奴もこちらがどう仕掛けるのか待っている。右から来るのか? 左からくるのか? それとも真正面からぶつかってくるのか……。考えていることは多分一緒だろう。
「……お、驚くくらいに隙だらけだね、ユキジ」
「だな。なにカッコつけてんだ、あのバカは。オオトカゲが走り疲れた今がチャンスなのにな」
そんなことを知らない俺。
「……わかってるぜオオトカゲ。俺たちはもうお互いに力が残ってない。だから……だからお前も次の一撃で仕留めようとしてるんだろ? ……へへっ、終わらせようぜ! この戦いを!」
「シュルルルルルルルルッ‼︎」
剣道は習ったことないけど、漫画で見たことがある正眼の構え。そこから繰り出す俺の必殺技はもちろん奴の動きを見切って頭に『面っ』!
もちろんぶっつけ本番の一撃で奴を仕留めれるとか思ってないけど、鉄の剣で頭をしばかれて痛くない奴はいねぇ!
「…………」
──とか考えてるけど、最悪一撃で死ななかったら何回か頭をしばけば死ぬよな?
「なぁ? あんのボケ、何かオオトカゲに言ってたけど一体何を言ったんだ? あんなに目を赤くして怒ったオオトカゲは見たことねぇぞ?」
「言葉の通じないモンスターを人間の言葉で怒らせるなんて、なかなか出来るもんじゃないよね」
そんなことを知らない俺。
オオトカゲは舌舐めずりをしていよいよ襲って来る気配。
「(…………来るっ‼︎)」
一陣の風が俺とオオトカゲの間を吹き抜けると、風に運ばれた一枚の木の葉が地上に舞い落ちる──と同時!
「フシュウ‼︎」
「うおおおおおおおおおっ!」
俺とオオトカゲは「ここしかないと思った瞬間」踏み込む!
「「おおおっ!」」
それを見守っていたラクスとセシリアも息を飲む。
「…………ふっ。紙一重か」
背後でズンと何かが倒れるような重たい音。
そして駆け抜けざまに手応えのあった一撃。硬い鱗で切り裂くことは出来なかったみたいだが、間違いなくオオトカゲの頭をかち割った感触があった。
そう、俺はついに異世界で初めてモンスターを自力で討伐したのだ!
「「おーい、ユキジ!」」
「おおっ、ラクスにセシリア! 見てたか俺の勇姿!」
あんなに手を振って、俺の初討伐を祝福してくれるなんて可愛いとこかるじゃねぇか二人とも。
「「ユキジ! 後ろ後ろ‼︎」」
「そうだぜ! 後ろのオオトカゲを一撃だぜ、一撃! いや〜っ、俺もやれば出来る子なんだね、うんうん!」
「「バカバカ‼︎ 後ろ後ろ‼︎」」
「「まだ生きてるって‼︎」」
「そうそう! 生きて……生きてる?」
そこで俺は初めて倒したと思っていたオオトカゲに振り返る。
「フシュルルルルルルルルッ‼︎」
「きゃあああああああああああああああああーっ⁉︎」
そこからのことはよく覚えていない。俺は剣が真っ二つに折れるまで必死に剣を振るい、剣が使えなくなったら足元にたまたま転がっていた丸太を振り回して戦い──
「はぁはぁ……ふっざけんな! どんなもんだ、コルァ!」
気がついた時にはオオトカゲは仰向けでくたばっていた。
「あははっ! どんなもんだとか言ってめちゃ必死じゃねぇかよ、あははははっ!」
「笑ってんじゃねぇ、セシリア! な、何がランクFのモンスターだ! 耐久値パナすぎんだろうが、このトカゲッ!」
「あはぁ、あははぁ……んでも良くやったよ、お前」
笑いながら歩み寄ったセシリアは剣を拾い上げる。
「にしてもオオトカゲをしばいたくらいで、あたしの選んだ剣が折れるたぁ〜……あん?」
「どうした、セシリア?」
セシリアは剣を睨んで眉を吊り上げると舌を鳴らす。
「……なんだこのナマクラは……あっ! やりやがったな、あのジジイ!」
ナマクラ? やりやがった? えっ? もしかして、すり替え?
「こうなったら今からジジイをボコリに──」
「まあまあ、セシリア。武器は残念だったけど、ユキジはケガもしてないし、これも経験ってことで」
セシリアの走る勢いを止めて、話を聞いても気にもしないラクスがお気楽に言う。
「なにが、『良かったね』だ! なにが経験だ! 十分危ない状況で助けてくれなかったことは絶対に許さねぇかんな! 俺が食われてたら七代先まで呪ってやるとこだったぞ!」
「んでも、お陰で得られるもんもあったでしょ? レベルアップはしなくてもステータスは上がったんじゃない?」
「……あっ、そうか!」
さっきまで怒っていたことも忘れ、ワクワクしながらギルドカードを取り出して確認すると、それを見た瞬間俺の目に涙が溢れ、セシリアはかける言葉を詰まらせた。
「……あぁ〜、うん。……よか、よかったな!」
「どれどれ〜………少しだけど上がってるじゃん! おめでとう、ユキジ!」
「ど……どこがだよ、報われねぇよ‼︎」
あれだけ怖い思いをしたのに腕力と脚力が1ポイントしか上がらなかったことの怒りに、俺は天に叫んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
オオトカゲとの激戦を終えた後、ギルドにて──
「こほん。……まああれだ。午前中は望んだ結果にならなかったみてぇだが、午後からもオオトカゲ狩りに出発しようぜ!」
「賛成〜」
「嫌だねっ‼︎」
セシリアの誘いとラクスのやる気に俺は膨れ面のまま答えた。
「ガキかよ。拗ねてもレベルはあがんねぇぞ?」
「あれだけ死ぬ思いしてステータスがあれぽっちしか上がらないし、報酬は引き取って貰ったシッポと合わせてたったの1万2000エールだぞ? ミノタウルスの報酬以下で俺は死ぬ思いしたんだぞ!」
「そんなもんだよ。ボクだって昨日のミノタウロスでステータスなんて全然上がってないし」
「あたしもだ」
「お前らは元が化け物ステータスだろうが!」
カンストしてんだよ、多分!
「だいたい冒険者は危険がつきものだってわかってるでしょ。なにを今更ぐじぐじぐじぐじ……」
「そ、そりゃ俺だってわかってるけどよ……買ったばかりの俺の聖剣カリバーンがドラゴンの硬い装甲で真っ二つに折れちまうし……」
「かりばーん? あれ武器屋ですり替えられた安物じゃなかった?」
「ドラゴンもいなかったろ。トカゲだ、トカゲ。オオトカゲ」
「「「…………」」」
「……とにかくだ! 相棒も無しに狩りに出かけるとかあり得ねぇから! 今日はもう絶対に街の外へは行かん!」
「「うーん……」」
午前中の愚痴ばかり言う俺をなんとかやる気になってもらおうと励ますラクスとセシリア。
二人も俺のために言っていることはわかるが、この世界の金銭バランスも悪い!
オオトカゲ一匹で3万エールのショートソードがおしゃかなのに、奴を一匹狩っても報酬は1万2000の差額は1万8000のコイツらの昼飯代でプラマイゼロどころかマイナスじゃボケェ!
今は財布の中身に余裕があるが、毎度武器が破損して購入していたら、いつかこのバランスは崩れて明日の生活の首を締めてしまう。
そりゃ、冒険者が安定収入じゃないのはわかるけどこりゃあんまりだ。
せめて武器のいらない職業だったら良かったのに……とか思ったが、鉄の剣をへし曲げるオオトカゲを素手で殴ったり蹴ったりして倒してステータスアップを考えると無理ゲーとしか思えない。本当、ラクスとかモンクってすげえな。
「ったく……今日はもう行かなくても明日からのこともあんだ。どのみち武器はねぇんだから昼からも武器屋街に行くぞ。あたしも買いたいものまだ買えてねぇし」
「くぅ……わかったよ」
我儘を通すわけにもいかず俺は、奥歯を噛みしめ頷いた。
「……そういやセシリアも買い物があるっていってたけど一体なにを買うつもりなんだ?」
「何って、替えの下着を買いに行くんだが──」
「わかった! 俺も新しいセシリアの下着とついでに自分の武器を買いに行く!」
「「……この変態」」
俺は異世界生活の現実に暗くなりながらも一筋の光を見つけ、今日も明日もずーっと先の未来も二人と生きていくために武器屋街へとまた足を向けた。
言っておくが、決して邪な気持ちが先駆しているわけじゃない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「──というわで戻って来ました、武器屋街‼︎ さぁ、セシリアとラクスがセクシーになる下着を買いに行きましょうか!」
「「このド変態‼︎ 大きな声で言うな!」」
ラクスが太腿に蹴りを入れ、セシリアが顔面にパンチを入れて俺がその場に倒れると小さな子供が数人笑っている声が聞こえ、その子供の親と思われる女性が『見ちゃダメよ!』と子供を連れ去っていく声と足音が聞こえた。
「お、俺が一体何をしたってんだ……」
「言わなきゃわかんねぇバカなのかてめぇはっ! 女はそういうの気にすんのに大声で言うとか最低だよな、てめぇ!」
そう言いながらセシリアは俺に回復魔法をかける。
どうせならボコる前に諭してくれるとありがたいものです、お姉様方。
「この暴力女どもめっ! さっきは自分に正直になれみたいなこと言ったろうが!」
「捉え方が違えんだよ! あたしは性欲剥き出しになれなんて言ってねぇだろ!」
「ユキジって本当にバカ! 場所も場所だし!」
「なるほどな! ここじゃなきゃ良かったのか!」
「良いわけないでしょ、バカ!」
「バカがバカ言うな! そんな言うなら俺も二人の下着買いを手伝わないからな! 知らないぞ、後悔しても遅いからな!」
回復されながらなんとか立ち上がった俺は二人にビシッと指差してどんどん言い放った。
「しねぇよ! これっぽっちも後悔なんてねぇし、お前の手伝いなんて最初からいらねぇんだよ! もう知らね! あたしらだけで買い物に行ってくるから、お前は一人でどっか買い物に行け!」
「えっ⁉︎ じゃあ俺はなんのためにここに⁉︎」
「武器っ! ユキジは自分の武器を買いに来たんでしょ! なんなの、もう! 本当に見捨てたくなる駄目さだよね!」
「あぁああああっ! 見捨てないでください、暴力チビロリ皇帝様!」
「悪口だよね⁉︎ 今の絶対に悪口だよね⁉︎」
ラクスの問いにセシリアは少し笑顔になって答える。
「とにかく。ここからはしばらく別行動だ」
「ま、待て待て! 本当に悪かったって!」
「……ぷふふっ。何マジになってんだよ。もう怒っちゃいねぇよ。女性の買い物は長いからユキジを付き合わせたくねぇだけだ。な、ラクス」
「えっ? えっ?」
ラクスは何のこと? と言った様子にセシリアはポンポンと肩を叩いて頭を抱えて言った。
「……お前、普段からなんも着けてねぇんだろ?」
「へっ?」
「昨日一緒に風呂入ったときに見たけど、あたしと同じくらいの胸なのになんも着けてねぇし、何もしてないと年取る形形が崩れっるらしいから」
「そうなの?」
「らしいぞ」
「うーん、全然大きくないから大丈夫だと思ってたのになぁ」
「どれどれ、俺にも見せてみろよ」
「ぎゃあっ! 服を引っ張らないでよ、この変態!」
「ぶっ⁉︎」
俺が驚きでラクスの胸を凝視すると、両眼を潰す勢いで彼女は目潰し。
「きゃああああああああっ⁉︎ お目目がっ! お目目が真っ赤だぁああああああああっ‼︎」
「こんなバカ置いてもう行こう、セシリア!」
「お、おい! ラクス!」
ズガズガと音を立てるように武器屋街へと入って行くラクス。そんな彼女を追いかけるか駄目な俺に付き添うのか悩んだ末にセシリアは俺に言った。
「んぁ〜っ……ユキジ。今のはお前が悪い。後でちゃんと謝んだぞ?」
「……わかってる。ラクスを頼む、セシリア」
「ああ、任せておけって。あと──」
セシリアは何かを思い出したように顔の前で拳を握った。
「あのジジイに文句つけて剣をタダで奪ってこい! 構わねぇ、あたしが許す!」
「お前は仲間を犯罪者にしたいのか」
「ちっ! だとしたらいちゃもんつけて割り引いてもらえ! いいな! くれぐれも変な買い物はすんなよ、ユキジ」
「了解」
言われなくても、俺もそのつもりだ。
手を出したラクスが指先が当たる瞬間ヤバイと思って手を引いたおかげでダメージが少なかった目を撫でながらセシリアに頭を下げた。
「にしても……物で釣らずにラクスにはちゃんと謝んなきゃな」
しかし今までノーブラだったとは……。
「…………。……よしっ! 武器買いの基本はセシリアに学んだし何件か回ってみるか」
ふざけたことの罪滅ぼしではないが、セシリアの顔を潰すわけにもいかないし、それに言われたからな。
「……カッコ悪くてもいい、恥をかいてもいいから正直になれってな……」
……思春期男子が正直になったら殴られたんだが……まあいい。
深く考えることをやめ、さっき剣を購入した老人の経営していた武器屋へと俺は向かった先でそれは起きた。
「──それではショートソード一本ご購入で18万エールになりますじゃ」
「じゅ、18万⁉︎」
その値段に俺はカウンターに飛びついて、店主のジジイに声を荒げた。
「ちょっと待ってくれよ! さっき買った時は同じ剣が3万エールで売ってただろ⁉︎」
「はて? ……さっきとはいつのことですかな?」
「さ、さっきは朝だ! 今日の朝! まさか俺の顔を忘れたのか! 朝、女性二人と剣を買いに来ただろ!」
「……あぁ〜っ! あの時の! しかし、あの時購入した剣とこの剣とでは鉄の純度が違いましてな。こちらは朝の品とは比べ物にならないくらいに切れ味も強度も違いますぞ」
「だったら朝の使い物にならない粗悪品を売った補償で割引とかどうだ? アレはオオトカゲを二、三回叩いただけで切り傷つけもつけられず折れたんだから、そのくらいはしてもいいんじゃないか?」
「それを理解して購入したのでは?」
「言ってれば返品してる! だいたい、そう返してくるんだったら聞くが、うちの仲間が『買った武器と違う』と、あんたには商品のすり替え疑惑があるんだが?」
「……あぁ。アレは展示用で、売る時には此方のテーブル下にある別の剣を出してます」
当たり前だと言わんばかりに、店主のジジイは買うときには見せなかったテーブル下を指差した。
「て、展示用⁉︎ あんたの店じゃ、客に聞かれなきゃ良質な展示用を粗悪品とすり替えて売るのか!」
「言いがかりですぞ。すり替えたからといって、それが粗悪品という証拠はございません」
「折れた剣が証拠じゃねぇか!」
「ほうほう……だとしても、それを受け取り粗悪品だと理解してお金を出して購入したのでは?」
「見たないところでの、すり替えだとしても⁉︎」
「なるほど……そこまで言われるのでしたら返金しましょうかね」
おっ? 意外と話のわかるジジイ──
「──ただし! 返品の場合は商品の未使用が条件です」
──じゃねぇ!
「そんなのありかよ!」
「そりゃそうでしょう。こちらも商売ですから損はしたくない」
「て、てめぇ!」
「なんと言われても条件は飲んでもらわねば……ああっ! そうでしたな! 確か冒険者様の武器は……未使用ではないのでしたな」
折れた剣を指差し、勝ち誇った様に『クククッ』と嫌な笑いをする店主のジジイに血が昇る。
ああ言えばこう言うの、このクソジジイ! 悔しいが商売問答に関してはジジイが上手だ!
「だったら、この商品の割引の値引き交渉だ! 一日に二度同じ武器を買うんだ! 値引きしてもあんたは儲かるはずだ!」
「値引きですか……そうですな……うむっ!」
店主は何かを思い出したように手を叩き、舌なめずりをした。
「それではこうしまょう! 先程一緒にいた女! あの二人を今夜貸していただきたい!」
「何言ってんだ、ジジイ?」
思わず心に思ったことが、考えるより先に口から出る。
「意味がわかりませんかな? あの二人を好き放題にしていい条件で私に一夜貸していただけるのでしたら……そりゃあもう! どんな武器だろうと、冒険者様の言い値で売ってもいいですぞ!」
「…………」
頭の中でどんな妄想を広げたのか、ジジイは口角を上げて嫌らしく笑い涎を垂らす。なんで異世界のジジイはこうも絵に描いたように性欲に貪欲なのだろう?
しかし胸糞が悪い。そんなこと言われて、はいそうですかとラクスとセシリアを連れてきてお買い上げするとでも思っているのかこのジジイ。それに本当に二人でいいのか? 別に俺はいいんだぞ? 狂犬二人を相手に無事に一夜が過ごせるといいがな!
「どうなさいます? 犬も食わない見栄は捨ててはどうですか? それにこの品は何処の店で買ってもそう値段は変わり──」
「──断る」
「なんですと?」
「頭どころか耳まで悪いのか? 断ると言ったんだ」
お決まりの一言。アホか、仲間を売るとかそんなの無理に決まってんだろ。
「なんじゃと! 誰の頭と耳が悪いじゃと!」
「悪いだろうが!」
俺はカウンター越しに睨みつる。
「あんたは俺が自分の欲のために仲間を売る人間でも見えたのか? バカにするな!」
「くぅううううっ⁉︎」
憤慨し、唸り声をあげる店主のジジイに少し気分を良くしたまま店を去ろうと思ったとき。
カランッ。
「はい、いらっしゃ──なんだ、お前か」
「遅れてすみません! 武器の納品に来ました!」
土埃で汚れたフードで顔を隠した背丈小学一年生くらいの細身の子供が自分の身長と同じくらいの布に包まれた何かを持って慌てて店内に入ってくると、俺は身を避けてカウンター側まで下がった。
「……随分と遅かったな。約束の期日はとっくに過ぎてるぞ」
「すみません! 村が人喰い草騒ぎで馬車が出なくて──」
「言い訳をするな! 貴様の足は何のためにあるんだ! 馬車が出なきゃ間に合うようにお前が走って持って来ればいい話だろうが、このクソガキ!」
バンッ‼︎
「ひぅっ⁉︎」
テーブルを叩いて子供をビクつかせると、店主のジジイは椅子にのけ反り言った。
「もういい! ほら、品物を見せろ!」
「は、はい!」
子供は背伸びをして、ヨイショと布に包まれたソレをカウンターに乗せると布を解いて店主に差し出した。
「……ん〜っ」
「ど、どうでしょうか?」
ジジイが引き抜いたその剣は素人の俺が見てもわかるほどに今俺が買おうとしていたショートソードなんて比べ物にならないくらい綺麗な一品だった。
「き、気に入ってもらえたでしょうか! 私なりに一生懸命作らせて頂きました! 材質は最高品質のあのま──」
「──1万エールだ」
「……えっ?」
「聞こえてないのか? 1万エールと言ったんだ」
店主のジジイはそう言って剣を鞘に納めてカウンターに置くと嫌味な面をして子供に言い放つ。
「そ、そんな! 材料費にもなりません! 村では病気にかかった人達が……家族が……病にかかった村のみんなが待っているんです! 今日薬を買って帰らないと──」
「知らん!」
「せ、せめて! いつも頂いてる5万エールほどになりませんか⁉︎ お願いします!」
「駄目だ‼︎ そもそも納品が遅れたのは剣を作るのが遅いのと運ぶのが遅かった、お前のせいだ! その分を差し引いてこの値段だと言っているんだ!」
ジジイは本当に1万エール入っているかもわからない布袋を子供の足元に投げると、シッシッと追い払うように手を振った。
胸糞が悪い。こんな小さな子供に!
子供は泣いているのか肩を震わせ布袋を拾おうと手を伸ばす。その姿を見ていて俺は口を自然と開いた。
「──23万エール」
「はっ?」「えっ?」
なんだ? というジジイと子供の声が揃う。
「23万エールと言ったんだ。なぁ、君、俺はその剣に有金全部の23万エールを払う。よかったらその剣を俺に売ってくれないか?」
「えっ、でも……」
「なにをバカなことを! これはそいつとワシの取り引きだ! 素人冒険者は黙っとれ!」
「確かに俺は素人冒険者かも知れないが、俺に売るか売らないかはこの子が決めることじゃないですかね?」
「それこそがバカな話だと言っているんだ! おい、ガキ! そいつに売るようなことがあったら二度とお前との取り引きはしないぞ!」
ほぼ脅しとしか聞こえない店主の言い方に、俺は売り言葉には買い言葉と更につっかかかる。
「契約解除ですか? だったら俺がこの子の作った武器全ての新しい買い手になるのは問題ないですね」
「まともな剣一つも買えない駆け出し冒険者が偉そうに! クソガキ! こいつに──」
「う、売ります!」
「なっ⁉︎」
「私はこの冒険者様にこの剣を売ります!」
子供は店主がハッと剣を掴むより早くカウンターの剣を引き寄せ回収するとソレを俺に手渡した。
「というわけみたいです、お爺ちゃん。取り引き成立だな」
俺はジジイの投げた布袋を拾ってカウンターに置くとやり返すようにニタニタ嫌味たらしく笑った。
「何をバカな! そいつは金を受け取──」
「いいや、この子はあんたの金を受け取ってもないし拾ってもいない! しかも、あんたに売るとも一言だって言っちゃいない。この子が武器を売ると言ったのは俺にだ。……だよな?」
俺の問いに子供は頷く。
「というわけなんで、ありがとな、お爺ちゃん。あんたの店で粗悪品の剣を買わなかったから、この子から品質のいい素晴らしい剣を買うことが出来た」
「こここ、このクソ冒険者がっ! クソガキ! お前もここに二度と来るな‼︎ あと、貴様の作った武器だけじゃないぞ! 村の武器はこの街で売れなくしてやる!」
「ひぐっ⁉︎」
言葉の脅しに俺は子供を安心させるように言った。
「そいつは良かった。この子の村の武器は俺が全部買い占め出来るからな」
「くぅううううううううっ‼︎ 出て行け‼︎」
最後のジジイの剣幕にも引かなかった俺は、落ち着いた様子で子供と一緒に店を後にした。
バタンッ。
店を出て子供の手を引いたまましばらく歩く。まだ気持ちが落ち着かない、まだ心臓がバクついて手まで震えているし足取りもおぼつかない。ジジイとはいえ大人とあんな言い争ったことはなかったからな。正直、周りの武器を振りかざしてくるんじゃないかと肝を冷やした。
「あ、あの冒険者様大丈夫ですか?」
「えっ? ああ、大丈夫だよ。それよりも──」
子供の声でハッとして立ち止まると、フード下から心配そうに見つめる子供の目を安心させるように、俺は目線を合わせるように少し屈んで笑顔を見せた。
「──はい。約束のお金」
俺は全財産入った腰の布袋をそのまま子供に手渡した。
「あっ」
「23万エールとほんの少し気持ち入ってると思う。コレでご家族と村の人が少しでも助かるといいんだけど……」
「こんなにいっぱい⁉︎ とんでもない、少しだなんて! コレでいっぱい薬と栄養のある食料を買って帰れます! ……でも、冒険者様にも生活があるのに……」
「俺は大丈夫! 心優しい強い仲間がいるから、ちょっと頭を下げれば生活が戻るまではお金を貸してくれるから……」
……多分。
「そ、そうですか。本当に…….本当にありがとうございます!」
子供はペコペコと何度も頭を下げてお礼をしてくる。
うんうん。良いことした後は気分がいいな。
「──おーい、ユキジ」
「んっ? おお、ラクスとセシリア!」
両手に袋を持ったセシリアと串肉を両手に持ったラクスが武器屋街とは違う方向から歩いてくる姿に手を振って俺は答えた。
「その……さっきは悪かった。ラクス」
「別にいいよ。そのかわり今夜のご飯はユキジの奢りね」
「もちろん! と言いたいところなんだが……」
「「んっ?」」
俺は買った剣を二人に見せて苦笑い。
二人もまたバカな買い物をしたんだろうと頬をひくつかせた。
「まさか、店のジジイに言われるまま有金全部使ったんじゃねぇだろな」
「ち、違う……とも言い切れないし、有金使い切ったことは認めるけど、この子が可哀想でさ……」
「あ、あのっ! 初めまして!」
ヴィヴィはセシリアとラクスに深々とお辞儀。
自分のせいで俺の全額が無くなったという気持ちが強く出たのか、彼女は頭を下げたまま身体を小さく震わせた。
「なんだ、このおチビちゃんは?」
「話が全然見えない。この子一体どうしたのユキジ?」
「えっとだな──」
ことの事情を簡単に話すと二人は納得したようで、ラクスは拳を鳴らした。
「あんのジジイ! こんな小さな子供にそんな扱いするなんて! 今から店にミョルニルかましてくる!」
「や、やめてくれ! 街が大騒ぎになる‼︎」
「ま、必殺をかますかは別にして、それを聞いたら黙ってはいれねぇな。後でギルドには報告しておくか」
なんでもギルドと武器屋街は協力関係にあり、違法な取り引きをしている武器屋は有料店から除名され営業出来なくなるそうな。
ジジイも俺が素人冒険者と侮り報告はされないだろうと啖呵を切ったのだろうが、そういうのに詳しいセシリアのおかげでジジイは地獄に落とされることになりそうだ。めでたし、めでたし。
「良かったな」
「はい。これも冒険者様のおかげです」
うんうん。本当、良いことしたな。
「しっかし、なるほどな」
剣を引き抜いたセシリアは刀身に手を当てたり、剣を太陽に向けてかざして刃先を確認したり、俺にはわからない何かを見ている。
「……どうかしたのか?」
「この独特な波紋は……まさか魔鉄鋼を使ってるのか」
「わかりますか! そうなんです、魔鉄鋼なんです!」
「しかもかなりの純度と見た」
「そうなんです、そうなんです! 村にある一級品の魔鉄鋼なんです!」
ヴィヴィは武器の質をわかってくれるセシリアに喜ぶ。
そうか、魔鉄鋼……魔鉄鋼っ⁉︎
「ちょっと待て! ま、ま、魔鉄鋼って……あの最初の武器屋で見たバスターソードに使われてた金属だろ⁉︎」
「ああ、その魔鉄鋼だ。こいつを軽さ重視でこんなに薄く硬く鋭く鍛えることは並の職人には出来ねぇ。それにこの出来具合は王都の職人が作った剣以上と見てもいいな。王都の店頭に出せばユキジの買った倍値以上の100万エール近くはするだろうよ」
「「「ひゃ、100万っ⁉︎」」」
三人同時に驚きの声を上げ、全財産の更に倍の値を言われた俺は、子供に半額以下で買ってしまった申し訳なさに頭を下げた。
「ご、ごめんね! そんなにすごい剣だって知らなかったから! 足りない分は絶対にちゃんと払うから!」
「だ、大丈夫ですよ! あの店で引き取ってもらうより良い取り引きが出来たと思ってます。冒険者様は私の救世主様です」
ニカニカと本当に嬉しそうに笑う子供に自分の心が癒される。ったく! こんな良い子にあのジジイはなんてことしてたんだ!
「なぁ、ちびっ子」
「なによ、セシリア。身長と胸のことは弄らないでよ」
「おめぇじゃねぇよ、あたしはそっちの子供に言ったんだ」
「ったく、紛らわしい言い方しないでよ」
ラクスは自分がちびっ子だと認識しているようだ。
「なぁ、お前の名前は?」
「ヴ、ヴィヴィです」
「よし、ヴィヴィ。お前の村は人喰い草の病に侵されるって言ってたが、まさかお前の村は──」
「はい。ドワーフ族の村バルテアです」
えっ⁉︎ ってことは、ヴィヴィってドワーフだったの⁉︎ なんか思ってたより普通の子供だな。現代人のイメージは所詮イメージだな。どちらかというと……エルフのように整った顔立ちをしている。
「ちっ……やっぱりそうか」
俺の初ドワーフに心喜ばせていることを知らないセシリアは、薄々感づいていた考えが真相に辿りついた探偵のように、苦い顔をしたまま思考を整理しているように見える。なにかあったのか?
「ってことは、村の病てのは人喰い草の撒き散らす麻痺系の神経毒か……なぁ、ヴィヴィ」
「はい!」
「あ〜っ……すげぇ言いにくいんだが……落ち込む前に教えてやるんだが……」
「な、なんでしょうか?」
「この街どころか隣町にも王都にも、その麻痺系毒消し草は一房もねぇし、肝心の治療薬も在庫切れだ。だから、お前が薬を買ってみんなを救うことは出来ない。残念だったな」
「……えっ?」
何を言っているのだろうといった表情で俺やセシリアを何度も見返す、ヴィヴィ。
「えっ、えっ? 嘘ですよね? そ、そんな……嘘……」
「悪りぃが、こいつは本当だ」
「ど、どうして⁉︎」
セシリアの言葉にヴィヴィは現実を受け止められず詰め寄るように聞く。
「ギルドで噂になってたんだが、なんでも六魔天捜索に旅立った勇者候補パーティーの前に麻痺系毒を使うモンスターが大量に出現したらしくてな? んで、そんな勇者候補を死なせるわけにはいかないから、この街どころか他の街や村にある治療薬と、その治療魔法が使える冒険者もそっちに全部回ったんだと」
「んだよそれ! そんな大事なのかよ、勇者が!」
「世界を救う奴と村一つ……天秤にかけりゃ傾くほうがどっちかユキジがバカでもわかんだろ? 大事の前の小事って奴だ」
「そりゃ、わかるけど……セシリアの言い方……ボク嫌いだな」
「……だろうな。あたしもこんなこと言いたかねぇよ」
「「「……………」」」
そりゃ、六魔天に対応出来る勇者組は国どころか世界中の宝かも知んないけど、そのために村一つが犠牲になってもいいのか?
「……だったら! せめて人喰い草を倒すのはどうだ! そうすりゃ──」
「二度目の残念だ。このちびっ子の村を襲っている人喰い草を倒しても村人の命は救えない。村人に根付いた人喰い草はそいつを少しずつ食い殺してニヶ月以上は生きるバケモンなんだよ」
「ま、マジかよ」
「だから薬の価値は高いんだよ」
じゃあこの子の頑張りは……。
「ん〜っ……あっ! でもボク麻痺系毒消し草ならボク知ってるよ!」
「本当か、ラクス!」
ラクスの採取クエスト経験様々だ!
「うん! ユキジと出会ったときにギルドに渡したがそれだったから」
「んだよ、ラッキーだな! だったら今から取りに──」
「やめとけ、ユキジ。無駄だ」
「なんで無駄って言えるのよ、セシリア!」
「ラクスは知らねぇのか? 麻痺系治療薬は霊草を聖水に一ヶ月以上漬け込んでやっと出来あがんの。つんだばかりの草じゃ役に立たねぇし、かと言って今夜から作っても村は数日で全滅だ」
「うえっ⁉︎ でもでもでも! だからって何もしないわけにはいかないでしょ!」
ラクスは知り合ったばかりヴィヴィのなんとか力になりたいと言う気持ちが強いあまり、セシリアに突っかかるが、当の彼女は落ち着いた様子で立ち上がると俺に言った。
「──と、意地悪な討論はここまでだな。ヴィヴィ、今日のお前は本当に運がいい。武器もそこそこな値段で売れて、人喰い草の除去が出来る奴と治療魔法が使えるパーティーに出会ったんだからな」
「……まさか、お前⁉︎」
「あーっ! セシリアってばそういうことなの⁉︎」
セシリアは俺とラクスにニヤリと笑うとヴィヴィの頭をフード越しに撫でる。この野郎、勿体つけやがって!
「さて、ユキジ! クエストに行く準備は万端か?」
聞かれるまでもない。俺は腹を決めて言った。
「もちろん俺はいつでも旅立てるけど、二人こそどうなんだ? 食料の貯蔵は万全か?」
「ユキジのバカ! 足らなきゃ買ってきゃいいでしょ! ね、セシリア!」
「ああ、そうだな。んじゃ、次のクエストは決まったな」
俺たち三人は顔を見合わせると口を揃えて言った。
「「「クエストランクA! ドワーフ族の村に現れた人喰い草の除去‼︎」」」
俺は安心させるようにヴィヴィに親指を立てると、彼女は涙が溢れ堪える顔を見せないようにフードを深く被って小さな声で感謝の言葉を口にした。
「あ、ありがとうございます。冒険者様……」
なぜ、皆さんはサクサク書けるのか不思議。書けても納得いかないことばかりで、更新できません。