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究極職と一緒  作者: 観光鳥
6/7

平凡回難しいです。


「へくしょん!」



 まだ日が完全に登り切る前に橋の下で目覚めた俺。

 何故早く目覚めたのか? その理由は、たった一枚しかないブランケットが二日連続で買った持ち主のもとに無かったからだろう。



「すぴーっ……」

「すー……すー……」



 昨日、吐くまで飲み明かした二人は向き合うように天使のような表情で仲良く手を取り合って一つのブランケットに包まって爆睡中。

 昨日より冷え込む今朝の寒さに目が覚めなければ、俺は今頃、目覚めることなく凍え死んでいたに違いない。



「ん〜っ……んがっ? ふぁ〜……此処どこ?」

「橋の下だよ。てめぇ、宿屋より『野宿楽しい』って、人のブランケット奪い取って、凍える俺を余所目にセシリアと一緒に寝たのを忘れたのか」



 ガリッ! カッ! カッ!



 先に目を覚ましたのはラクス。

 彼女は隣で爆睡しているセシリアにブランケットを掛け直すと、両手の石を必死に叩く俺に歩み寄る。




「えへへっ、そうだっけ?」

「このお気楽が」

「ごめん、ごめん。そんなことより何してるの?」

「見りゃわかるだろ。寒いから火をつけたいんだよ」



 カッ! カッ! カッ!



 異世界リュックに常備してあるターボライターに頼らず、この世界で買った火打ち石でなんとか干し草と薪に火をつけようとするが上手くいかない。

 焦れば焦るほどつく気配もなく、寒さで指先どころか火打ち石を握る手も力が入らなくなっていく。そして一番ヤバいのは──。



「へっくしっ‼︎」

 早く暖まらないと死ぬっ‼︎



「なんで点かないんだよぉ〜」

「う〜っ、寒っ! ねぇ、まだ?」

「まだだよ! 見てんだからわかるだろ? 寒いのは俺も同じなんだから根気強くもう少し待ってろよ」



 カッ! ガリッ! カッ!



俺の姿をしばらく傍観した後、寒さに耐えられなくなったラクスは背後からポツリと呪文を唱えた。



「…………『ファイヤ〜』っ」



 初歩の初歩の複雑な詠唱もいらない火の魔法。

 ラクスが唱えて現れたその火は、俺の集めた薪に落とされると、数秒後には音を立てて燃え上がり、冷えた俺の身体を柔らかく温めてくれた。



「はい、着火完了っと」



 火をつけてくれたのは有難いが、起きてから1時間以上頑張った俺の苦労はなんだったのかね? なんで俺には魔法が使えないのかね?



「う〜っ、さぶぃ。春はまだまだ冷えるね、ユキジ」



 火がつくと屈んで火に手を突き出して温めるラクスに、俺は泣きそうな声で心からの叫びを口にした。



「ラクス〜……」

「なに?」

「……こんな生活が続くと、俺は多分死ぬ!」

「へっ?」



 と言うわけで決断しました。









「──俺、今夜から宿屋に泊まるわ」



「「はぁ?」」



 三人揃ってギルドで朝食をとりながら発言した俺の言葉に疑問の声を上げたのは、目の前に座っている朝からモリモリと現代女子が避けるて通るような脂ギッシュで高カロリーな食事をしている女性二人。

 突然の話に食べる手を止めて聞いてきたのはセシリア。



「お前、なんで今夜から宿屋に泊まろうなんて思ったんだ?」

「寒いからだよ」



 セシリアからの質問への回答はそれ以外にない。



「しょうもねぇ! やめとけ、やめとけ。寒いだけの理由で駆け出しの冒険者が宿屋に泊まるなんて金の無駄遣いだ!」

「セシリアの言う通り! お金をドブに捨てるようなもん。馬鹿なことはやめときなよ、ユキジ」

 こんのっ! どこの二人組みのせいで凍死しかけたと思ってんだよ、こいつら!



「よくそんなことが言えたな、ラクス! お前は数日前までは宿屋ぬくぬく暮らしだっただろうが!」

「ユキジ!」

 ビクッ⁉︎



 怒られたような声量に一瞬身が縮む。



「……な、なんだよ?」

「そこのドレッシングとって」

「お、おう……って、聞いてんのか!」

「聞いてる、聞いてる。だから、経験者の視点からユキジに忠告してあげるてるの。お金持ちじゃないんだら本当にお金の無駄遣いになるからやめときなって」



 ラクスは山盛りのチキンサラダにドレッシングをドバドバとかけならそんなことを言う毎夜酔い潰れてゲロるこの女子の態度に俺の怒りは更に加速する。

 



「じゃあ聞くが! 俺がしようとする宿屋暮らしが無駄遣いだというのなら、お前たち二人のように腹いっぱいバカみたい食べて高い酒を好きなだけ飲んだあげく全てをゲロることは、大事なお金をドブに捨ててんのと同じ行為じゃないのかよ!」



「「ボク(あたし)たちは腹が減ったら戦えないでしょ?(だろ?) それに毎度吐いてるわけでもないし全部が全部、無駄にはしてない」」



「くぅ〜っ!」

 こいつら自分たちの職業のデメリットを棚に上げて、納得出来ないへらず口をベラベラと‼︎



「……わ、わかった。それじゃあ、こうしよう。二人が今日から宿屋に泊まろう。年頃の女性なんだし、野宿は危険だからそうした方がいいと思うよ、俺」



 ここまでは想定どおり。そう返されることも予測していた俺は第二プランに即座に切り替える。

 二人が宿屋に泊まれば、俺のブランケットは帰ってくるから橋の下で寝ていても先ず死ぬことはないだろうと考えて発言したのだが、それに牙を向いたのはセシリア。



「てめぇ! ふざけんな、ユキジ! あたしたちのデメリットを忘れたってぇのか!」

「お、大声で怒鳴るなよ! もちろん忘れてない! バトルカイザーさんは空腹だと動けない。シスタージェネラルさんもお腹の空き具合によって魔力の回復が安定しないんだろ?」



 俺は嫌味たらしく肩を竦めて言った。



「嫌味な言い方だがそういうこった。毎日ご飯は欠かさず食べなきゃいけないことを知ってるお前が、あたしらに毎日宿屋に泊まれっていうんだな⁉︎」

「待って待って! すごい睨みと気迫で言ってますけど、俺はそんなに悪いことを言ってますかね、セシリアさん⁉︎」

「ああ、言ってる! その日のクエスト終わって、どんちゃん騒ぎするのが勇逸の楽しみなのに、宿屋に泊まって金を払えとか……酷いじゃねぇかよ……」

「あう……っと……」



 ……そうだよな。俺が悪く……ねえよ‼︎



「ちょっと食費を抑えれば出来る話だろうが!」

「出来ればやってるてーの!」

「やれよぉー!」



 俺はテーブル突っ伏して泣くように叫んだ。



「じゃあ、みんなで野宿は百歩譲っていいよ! せめて自分たちの寝袋なり毛布なりテントでも買え!」

「そんな金はない!」

「クソがっ! 俺が死んでもいいのか!」

「ウィンベルは寒くても昨日の夜くらいなんじゃねぇの? 昨日の夜を乗り切ったお前なら今後死ぬこたぁねぇから安心しな」

「適当なこと言うな! 安心という名の安らかな死が来たらどうすんだ!」

「そん時は泣きながらお前を抱きしめて、お前の天国への導きの祈りはあたしがしてやる」

「セシリア優しい。良かったね、ユキジ。女の子に抱きしめられたことないでしょ」

「うるせぇ! 死んだ後の感じないセシリアの温もりなんていらねぇからブランケットを返せっ‼︎ だいたい女の子が野宿してて誰か……俺に襲われる危険を考えないのか! 襲うぞ! 絶対に襲ってやる! ブランケットを返さなかったら今夜にでも人肌の温もりを求めて二人の寝ているところに潜り込んで襲ってやる!!」

「うわぁ……」

「……ユキジ」

 ドン引きするラクスとは違い、セシリアは真っ直ぐに俺を見つめると、『お前はそんなことをするような人間じゃない』とか断言してくれるのかと思えば──



「そんなことしたら迷わず、てめぇをぶっ殺す!」

 サラッと殺害予告と毛布の返却を拒否。



 俺ってなのなの? ねぇ、あなたにとって俺ってどんな人間なわけセシリアさん? 仲間じゃないの? やっと出会えた、信頼しあえる理想のパーティメンバーじゃなかったの? 昨日、本気で好きになったとか、やっぱり嘘だったの?



「はぁ~……だったらせめて、高い酒を安い酒に変えたり、安い宿屋に泊まれるようにするとか考えようぜ? 俺も少しは協力するし」

「あのさぁ、協力するうんぬんはいいんだけど、ユキジは一番安い宿屋ってどんな所だと思ってるの?」

「えっ? そうだなぁ……」

 ラクスに聞かれ、俺は俺のもつアニメやゲームがら得た異世界イメージを膨らませて答えた。



「……木造で質素でベッド以外何もない部屋みたいの?」

「ほぼ正解。付け加えるなら、鍵無しの弾まないベット、シーツも一月に二回くらいしか変えない汗臭い宿屋で一宿平均6000エール」

 俺の問いに衝撃の現実をぶつけてくるラクス。



「6000っ⁉︎ 安い宿屋でそんな取るのか」

「そんな取るし、汚いの。勿論、ボクはもう少し高い鍵付き、綺麗なシーツの1万ちょいの宿屋に泊まってたけど、生活はキツキツでしんどいよ?」

 考えてみれば毎日ホテル暮らしの一般人なんていやしない。

 それを聞いてしまうとヤイヤイと女性を鍵もない小汚い安い宿屋に押し込んで泊まるせるのは気が引けるし、自分が毎晩泊まるのも悩ましい。



「つーわけだ。冒険者の足元みた宿屋に泊まる金があるなら、高級な酒を腹一杯飲んで、その日を楽しく暮らしたほうがいいだろ?」

「う、う〜ん……」



 セシリアの気持ちがわからないわけじゃないけど、彼女と話していても一進一退で話は進まないと考え、俺はここでセシリアの言うことにずっと同意の頷きをしていたラクスにターゲットを変えた。



「ラクスもいろいろ言ってたけど、そこそこ綺麗な宿屋に泊まってたこともあったんだし、ぶっちゃけて告白すると野宿の硬い床で寝るより宿屋のふかふかのベッドで寝たほうが目覚めもいいよな?」

「ユキジはバカなの? さっきも言ったように、ボクは食事を節約して空腹に耐えながら宿屋に泊まるより、野宿覚悟で毎日お腹いっぱい美味しいご飯を食べて暮らしたいんだよ!」

「よく言った!」



 ラクスの言葉にセシリアがグッと親指を立てた。



「バカかっ! お前ら、バカかっ! だからそうなると寝床の問題が出るだろが!」

「セシリアもいるし、ユキジのあのあったかいモフモフ毛布もあるから野宿でもボクは大丈夫だよ」

「だからブランケットは俺のなの!」



 なんて恐ろしい女だ! コイツ自分のことしか考えてない!

 それからもいろんなプランを提案するも、「腹いっぱい食べたい」だの「だから晩酌はほしい」だの、話の転がる先は同じで解決策には至らずに朝食を終えた。



「ふぃ〜っ、食ったな」

「うんうん、満足!」

「本当っ、よかったですね!」



 おっさんのように腹を撫でるセシリアと、満足と言いながらまだメニュー表を眺めるラクスたちに俺は嫌味たらしく言った。



「そう膨れんなよ、ユキジ。あたしに一つ考えがあるんだ。ちょっと待ってろよな」

「んっ?」



 セシリアは俺にウィンクをして食後の身体を動かすと、ギルドのクエストボードとは違う別のボードで数枚の紙を取って帰ってきた。




「なんだそれ?」

「つまり、ユキジは帰る家がほしいんだろ? しばらくこの街に滞在することも考えて、あたしたちの有り金で借りれそうな家を探そうと思ってな」

「セシリア、お前……」



 こいつもいろいろ考えてくれてるじゃないか! ……あたしたち(・・・・・)の有り金ってところは引っかかるが……。



「どれどれ〜……」

 数枚を手に取り、それぞれに目を通す。



 郊外で28万エール。

 商業区近く42万エール。

 ウィンベル東区37万エール。

 バストイレ付きなのは当たり前でセシリアにその辺抜かりはないが、どれも前払い一括で家賃三ヶ月分は当たり前で初回の支払いが三倍とはかなり高額で超痛い。これが敷金礼金というやつだろうか? 知らんけど。



「どれも結構なお値段だな」

「この料金は三ヶ月契約の値段だからな。三ヶ月に一回となりゃ妥当なんだろうさ」

 ふーん、異世界は支払い方法がちと変わってんな。

 だとしても、1エール1円の3人で割った計算でも俺の住んでた田舎だと考えると……やはりかなり良いところのお家賃だ。とてもじゃないが異世界に上京したての普通の子が今後のことを考えて借りれるところじゃないのはわかった。



「どれどれ、ボクにも見せて……うわっ。確かに高いかもね。ウィンベルだとこれが普通のお家賃なの、セシリア?」

「知らね」

「知らねって、おい」

「だって、あたしもこの街の出身じゃねぇからよくわかんねぇよ。衛兵が見守る安全な塀の中で借りるとしたら妥当というか普通な値段なんじゃねぇの?」



 あっ。確か昨日、セシリアは王都のギルドでブラックリストに載ってるとか言ってたから、向こうでずっと暮らしてたんだよな。



「…………」



 もしかして、王都暮らしだから血筋のいい教会の箱入りシスターだったりするのだろうか?



「……ん? どうした、ユキジ?」

 俺の視線に気づいたセシリアが聞く。



「……別に。セシリアは今日も可愛いな、と」

「……バーカ。で、なに考えてやがった?」

 と言いながら、少し嬉しそうなのは気のせいですか?



「んまぁ……なんての? この街の冒険者は毎月こんなに稼いでる人たちが多いのかとな」

「んなわけねぇだろ。冒険者はその土地その土地で家を持つことはほとんどねぇからな……。この値段はここの町を守る騎士団の月給を上限、一番低い一般住人の月収から、ちょうど中間の妥当な値段を割り出してんだよ。こいつを破るとこの街の領主は王都から罰則を喰らっちまう」

「へー」

 宿屋の値段は法外に感じるが、借家の家賃に関してはこの辺りで住む一般の人達の平均月収から毎月払ってもらえるラインを基準に考えるのはいいことだな。するとやっぱりウィンベルはかなり金回りがいいのか。



「でも、みんながみんな金持ちじゃないし」

「そこは領主もちゃんと考えててな。収入に合わせて入居出来る家を構えてんのさ」

 市営住宅みたいなもん?

 


「だったら俺たちもダメなのか?」

「あたしたちは税金納めてねぇしな」

「ふーん」

 そこら辺はよくわかんねぇな。



「だったら冒険者は普段どんな生活してるんだ?」

「冒険者がその街にとどまるのは短くて半日から数日、長くても一週間くらいかな? 何かしら目標や目的があるから獲物を追って遠出することも多いし、クエストを受けたところでしか報酬を受け取れないわけでもないから常に移動。立ち寄った街で金に余裕があるなら宿屋、無いなら野宿。その日の夜か明日の朝にはクエスト受注してまた次の街へ……わかりやすいだろ?」

「へーっ」



 言われてみればそうか。ゲームでもアニメでも主人公は目的や目標があるから物語は進むのだ。

 だが……俺はどうなんだろう? 自分を中心に考えればこの物語の主人公なんだけど、困ってるから召喚されたわけでも、この世界でやり直しをするために異世界に来たわけでもないから次の街へ進む理由もない。だから、宿を探して最終的に賃貸物件に住もうが俺の物語的に問題はない。

 うん。目標のない自分のレベルアップを楽しむ異世界生活も最高ですね。



「ウィンベルから次の街へは徒歩だと約二日。馬車でもゆっくりだと似たようなもんだな。目的地がある奴らは街は通り道でそこに長居することもないし、移動しながら野宿は当たり前。ユキジが言うような衣食住を充実させる冒険者は王都から毎月お金が貰えて、各国の都で家を与えてもらって暮らしてる勇者様のパーティくらいしかいねぇよ」

「勇者様? ……ああ、リア充勇者組ね」

 マジ羨ましいわ。てか、勇者組には俺のような転生者や転移者もいるのかな?



「リア、あんだって?」

「今のは独り言だから気にしなくていいよ。しかし、こりゃ家を借りて生活を始めるのもなかなか──」

「さてさて、現実がこれで……ここからが本題だ」



 俺が諦めて今夜も冬空野宿を覚悟で腹をくくったとき、セシリアが一枚の紙を俺に見せた。



「お兄さん。訳あり物件って……興味なぁ〜い?」



 うん。嫌な予感しかしない。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「──いやぁ! お客さんたち運がいいね! この物件、とてもとても、お買い得ね!」

 運がいい? だとしたら俺の運はすでにつきてきたと思う



 日本語覚えたての怪しいカタコトで目の前の家をオススメするのは不動産屋の金髪外人女性ベアトリーチェさん。そんな彼女に案内され到着したのは、ウィンベルの塀の中でギルドから約10分という好条件ではあるものの……。



「ねぇ、ユキジ。ボク、ビックリした。どう見ても廃墟だ、此処」

「安心したわ。俺の目にだけそう見えてるのかと思ってたとこだよ」




 平屋の煙突付きの一軒家のそれは、床も壁も所々ボロボロの塗装もハゲハゲの苔だらけで、ちらほらキノコも生えてて数日の食卓に色をつけれそう……って、バーカッ‼︎



「なんなんだ、この家は! 湿気とかすごそうだし、金出してこれじゃあ、酷すぎるってもんだろうがい!」

「いい味が出てっけど、築何年?」

「資料では五十三年。人が最後に住んでたのは十年以上前ね」



 俺のツッコミも話も聞かないセシリアは、ベアトリーチェさんと会話を続ける。



「この家は水洗か?」

「もちろん! しかもトイレもお風呂も家の中に完備ね!」

「そいつはいい」

「それじゃあ中を案内するね~」

「いや、いいわ」

「いやいやいや! なんで!? なんでいいの!? 中を見るまでもないボロ小屋だけど、せっかくだから一応見ませんか、セシリアさん⁉︎」



 俺が指差す窓は、雨風をしのぐ肝心なガラスが割れて中が見えていたが、屋根が腐ってそうな時点であまり関係もなかった。



「男性のお客様。言うまでもなく、このアンティークな感じは自然の雨風にさらされた出たもので、昨日今日では出せない月日を重ねたからこそ出る味ね」

「いい感じの言い方をするな! 月日を重ねたただのボロだろうがい!」

「なんてこと言うね! これだから物の価値をわかろうとしない男は困るね!」

「俺は正直なだけだ!」

「ツーン。さてさて、あんな男は無視してシスターのお客様にお得なお話があるね~」

「おっ! あんだ?」

「なんと! 今、即決で買ってくれるなら、割れた窓の修繕は今日中に仕上げるサービス! 更に、ここいらの庭をドーンつけて30万エールで買うことが出来るね!」



 投げ売りかのようにベアトリーチェさんが指差す先には柵で覆われた中に草がボーボーに生えた庭かどうかもわからない土地が……。



「おいおい! 割れた窓の修繕に、こんなに大きな庭もつけてくれるのか……超お買い得じゃねぇか、おいっ!」

「じゃない、じゃない! お買い得じゃなぁああああい! 使うかわからない荒れた庭付きの廃墟で30万は間違っても、お買い得じゃなぁい!」

「そうだよ、セシリア! 家に生えてるあの辺の超美味しそうなキノコが食べ放題だとしても、この廃墟の何処に30万の価値があるのかボクにはわからないよ! やめときなよ、絶対に騙されてる!」

「んじゃ、30万エールな」

「うわっ、払っちゃったよ! 考えなおして!」

「ハイハイ、もうキャンセルは遅いね。お客様いい買い物したねぇ〜!」



 ラクスの制止? にも耳を傾けないセシリアは金貨の入った袋を取り出し躊躇なくベアトリーチェさんに渡すと、彼女はそれの中身を確認することなく懐にしまった行動にセシリアが聞く。



「……中身を確認しなくていいのか?」

「んふふっ。私、人を騙すような相手とは最初から取引しないね。即決、現金ニコニコ払いのお客様は神様ね」

「……んふふっ。気に入ったぜ、あんた。こいつはチップだ。今後ともよろしくな」



 お互い嫌らしい笑いを浮かべると、セシリアは腰袋からさらに一握りの金貨数枚をベアトリーチェさんに渡すと、彼女は満面の笑みで頭を下げた。



「チップをこんなに⁉︎ 今後ともご贔屓にね!」

「ああ、よろしくな」

「サービスで水道屋には連絡しておくから、午後から水が出ると思うね。後、この街で情報や人探しその他諸々でお困りのときは是非私を頼ってほしいね! 内容次第で無料! ちょっと難しい難題も安価でお手伝いするね!」

「おう、サンキュー」



 な、なるほど。気前の良さは、人と人との繋がりを生むわけですか。今のは勉強になった。……しかし、この家とイコールとは……思えん!



「それじゃあ、コレがお家の鍵ね」

「今回は世話になった。あんがとな」

「はいね」



 カタコト金髪ベアトリーチェさんは錆び錆びの鍵をセシリアに渡すと、お金を握りしめて軽やかにスキップで帰って行った。

 訳あり物件が高額で売れてチップまで貰え、さぞかし嬉しいんでしょうなぁ。



 そんな不動産屋さんを見送り、一人満足そうに家を眺めるセシリアの背中に俺は聞いた。



「……いやその〜……セシリア姉様? 買って貰った後で言うのもなんなんですが、こんな家を即決で買って本当によかったのですか?」

「ちょっと待て、ユキジ。いつ(・・)、あたし一人で買うって言った?」



「「へっ?」」

 俺とラクスはその言葉に目を丸くする。



「後のチップは別として、家の購入費は一括であたしが払っただけで、割り勘だからお前らも一人十万エール払え」



 はぁ⁉︎



「ちょちょちょ⁉︎ ボクもこんな家に十万払うの⁉︎」

「こんなんでも、あたしらの家。一緒に屋根の下で住むんだから当たり前だろ?」

 セシリアが自分勝手に買った家を俺が自分の家と認めないのはラクスも同じようで、露骨に嫌な顔をして不満いっぱいの声を上げた。



「セシリア一人が勝手に決めたのに! ボクは絶対に嫌だ! 絶対の絶対に1エールも払わないからね! こんな家じゃお金を捨てたのと変わんないよ!」

「あたしたちの予算ギリギリで借りれる家はあっても、買える家なんざねぇんだ。一生あたしたちの物というだけでどれだけ気が楽かと思うが?」

「で、でもボロ……ボロじゃん!」

「ラクス。これが現実だ!」

 セシリア姉様。その現実があまりにも悲惨です。



「だからって大事なお金をこんな家にぃ〜……」

「そんなに金を払うのが嫌ならユキジに払ってもらえ」

「……うん、そうする──」

「──んじゃない。俺だってこんなお化け屋敷に1エールも払いたくないんだから、お前も払え!」



 俺が先にセシリアに10万エールを渡すと、ラクスも『ブーブー』言いながら、布袋から金貨を一枚一枚数えながら涙を噛み殺してセシリアに渡していく。



「9の……じゅ……10万っ!」

「おう、確かに受けたぜ! さぁ、家に上がってみっか! 中を見たらテンション上がるぞ、お前ら」


 

 場と気分を盛り上げようとセシリアがドアノブに鍵を入れると──



(バタンッ‼︎)



 セシリアの鍵を入れる強さに耐えきれなかったのか……いや。単にドアを固定していた蝶番か木が腐っていたのだろう。



「「「…………」」」



 ドアが部屋の中に向けて役目を終えたように無残に倒れ、俺とラクスのテンションは上がるどころか地面に減り込むほど落ち込んだ。

 やっちまった。ドアのチェックくらいはしておくべきだった。



「……ぷぷぷっ……あははっ! 扉、腐ってやがんの!」

「くっ、腐ってんのは、てめぇの頭だ!」

「うぅ……うぐっ! もう嫌だ、こんな家! こんなボロ家に10万エール払った自分も嫌だ!」



 ラクスは目に涙を浮かべ、いつ大泣きしてもおかしくない。かくいう俺も頭が痛い。セシリアはなんでこんなにもお気楽なんだ?



「……ここは本当に住めるのかですか、セシリアさん?」

「住めるし、住むんだよ! どれどれ……中は埃っぽいけど意外と汚れてねぇな」


 

 扉を踏みつけて上がり、目の前には二十畳以上の広いリビングが広がる。外から見るよりかなり広い。

 屋根や窓も割れていたけど、その箇所は部屋の中は少し埃っぽいだけで、驚くほど綺麗だった。



「部屋の広さは問題ないな。部屋の明かりをつけてぇが……魔力を込めようにも、この輝光石は割れてるから使い物にならねぇ。うーん……今日、石が手に入らなかったら、今夜は腐ってるドアとかバラして暖炉で燃やすか……。なっ、ユキジ!」

「そ、そうだな」



 俺の話を前向きに聞いてるのか、俺の言いたいことを理解しながらズレた答えを返しているのか、セシリアはこのボロ家に必要な物を調べてメモをしていくと、ふと思いついたのか家の中を探索して回っていた俺を呼んだ。



「……おーい、ユキジ。ちょっと来てくれよ」



 リビングとキッチンは同じ部屋だし、それ以外には小さな倉庫はあれど部屋と呼ばれるものはなく、そこそこ広い風呂とトイレしかないためセシリアの呼んでいた外へ出るのは簡単だった。



「どした?」

「ん〜……お前って器用な方?」



 外の屋根を見上げたり、玄関回りの足元を見ていたのでセシリアが何を考えて言いたいのかは予想がついた。



「人と比べたことはないけど、器用か不器用と聞かれてもやってみなきゃわからないな」

「やる気は?」

「う〜ん……ある。やれと言われればやる男だよ、俺は」

「あたしが、この家の穴とか修理してくれって頼んだらどうする?」

「その問いは頼むつもりだろ?」

「おう、話が早い! そのつもりなんだがどうだ?」



 どうだと言われても、リフォームのテレビとか好きで見てたから知識はあるけど……。



「家の修理なんてしたことないけど壁の修理もやれば出来ると思うし、なんだったら見た目悪くても材料さえあれば簡単なテーブルとか椅子も作れるんじゃないか?」



 そう俺が彼女に前向きな答えを返した理由は単純で、自分もどこか面白くなってきていたからだ。

 ベースはある。最初から綺麗なスタートよりも、こういう作ったり直したりするスタートほど楽しい。そうあれだ。文化祭準備に似ている感覚だ。

 その返答にセシリアもニヤリ。



「頼もしいな、お前。じゃあ、問題は木材だな。必要な木材を買ったらラクスに運ばせるから、片っ端から直してってくれよ」

「あんま期待すんなよ」

「わかった、わかった。頑張ってくれるだけ有難いっての」

「ちょっと待って! ボクが資材を運ぶの⁉︎」



 セシリアがラクスに運搬を頼んだ理由はわかってる。奴は直すより壊す方が得意そうだからだろう。



「黙って木材運んで、終わったらユキジの手伝いしてやれ。頑張ったらギルドでトカゲの尻尾肉を丸々一本食わせてやっから」

「木材運びとユキジの世話はボクに任せといて!」

 さっきまで泣きそうだったくせに、肉一本につられるラクスの安いこと。あと、俺はお前に世話されるほど不器用じゃないやい。



「よっしゃ! それじゃ、頑張ってこのクソボロ家を今日一日で寝れるくらいに直すぞ、二人とも! ヨロ・レイ──」



「「ホーッ!」」



「ちょ、なにそれ⁉︎ 俺の知ってる掛け声と違うやつなんだけど⁉︎」



 この時、俺はこの異世界の意気込む合図が変なことを始めて知った。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「──それじゃあ、自分らは失礼します」

「あっ、お疲れ様です」

 ベアトリーチェさんの言ったことは本当で、窓の修理業者はその日のうちに割れた窓の一枚を修理して帰っていった。



「あとはボクたちが頑張らなきゃね。ユキジ、次の板」

「んっ、ありがとな」



 見た目トラックの荷台いっぱいはあろう木材の束を木材を背負ってたったの二往復で終わらせたラクスは、家の出せる家財を全部出して日に当て、スキルを生かしたスピードでF1カーが家の中を暴走するように雑巾掛けを終わらせるという普段の奴からは想像出来ない大活躍をして終え、今は俺の言った長さに木を切って渡してくれる係をしてくれている。



「ラクス、お腹空いてないか?」

「優しいけど心配しすぎ。朝たくさん食べたし、戦闘じゃないからそこまで減ってないよ。……はい、次の板」

「待て待て、早い早い」



 木材所で借りた刃こぼれあり切れ味最悪の鋸はバトルカイザーのパワーで電鋸以上で切り刻むことが可能で作業は順調。部屋の中の腐った部分を切ってのけては新しい板に張り替える作業も半日で床と天井をほぼほぼ貼り終えた。

 といっても、日曜大工の所詮付け焼き刃。釘はたまに打ちミスして曲がることもあるし、塞ぎ方はオリジナルなので良いのか悪いのかもわからない。



 まぁ、俺にやらせるくらいだから、セシリアもお金が貯まれば本職を雇ってきちんと直すか、はたまた引っ越すことも考えているのだろう。



「──っと、こんなところか?」

「ねぇ、今夜はお家で寝れそう?」

「んまぁ、大丈夫だろ」



 元々あったキングサイズはあるだろう大きなベットはマットレスや毛布がなかったことと雨漏りも当たってなかったのでカビや腐食も無かった。同じように二人がけほどのソファーも同じく雨風での痛みはなく、埃を払って現在は外で日干し中。ダニはいるかもしれないしな。しかし、外はボロだが使える家具が多いのはラッキーだよな。




「そ、そっか!」



 それを聞いたラクスは安堵の表情。

 最後の釘を打ち終わり立ち上がると、次はドアでも直そうかと考え、腐った部分を退けてセシリアの用意したドア用と書かれた新しい木材を扉の淵に打ち込む。



「ねぇねぇ、ユキジってそういう技どこで習ったの?」

「テレビで見てあとは今も試行錯誤しながらの独学」

「てれび? てれびってなに?」

「あっ」



 不意に聞かれて普通に答えたが、マズくはないがマズいか? 誤魔化したほうがいいか?



「……俺のいた田舎は自分で直さないと直す人がいないから自然と身についたというか、なんというか……」

「ふぅ〜ん。ド田舎って大変だね」

「はははっ……」

 笑って返すしか言葉がない。



 扉の座金を取り付ける方の木も新しい木と変えると新しい座金を取り付け、それを持ち上げてラクスに支えてもらう。



「ラクス。ドア下にそこの板を入れてくれるか?」

「うん」



 俺が扉を持ち上げると薄い板をラクスがサッと入れる。



「ねぇ、なんでこんなの敷くの?」

「そのまま固定したら扉と床が当たって開きにくいだろ?」

「あっ、そうなんだ」

「そうなんです。わかったら、俺が扉を固定するまで倒れないように支えててくれないか?」

「はいはい」



 ラクスに扉を支えてもらい、急いで座金を枠に固定すると扉を何度か開いたり閉じたりして確認。



「おお〜……」

「こんなもんかな」



 無事、扉が取り付けられるとラクスが尊敬の眼差しと拍手。

 普段バカにされてるからか気分が良い。そんな余韻に浸っていると──



「おーい」



 元の世界でもあまり見ない唐草模様の大きな風呂敷を背負ったセシリアのご帰宅。いや、マジでどこで買ったんだ、それ?



「あっ、セシリアだ。こんな時間までなにしてたのー?」

「ラクスにゃ今後の生活でいるもの買って帰るったろうが! おっ、床どころか扉も直したのかよ! やんじゃん!」

「まぁね! ボクこういうこと得意だから!」

「一人で直した言い方をするな」

「うぎゃ」



 鼻を高くして胸まで張るラクスの頭部にチョップをかましてツッコミを入れると、俺もセシリアをお出迎え。



「おかえり、セシリア」

「おっ、おう……」



 俺の言葉に少し顔を赤くするセシリア。とくに可笑しなことを言った覚えはないが聞いてみる。



「どうしたんだ?」

「なんかよ……『ただいま』って言うのが照れくさくってよ。その……ただいま、ユキジ」

「くくくっ、どうした、セシリア? そんな意識すると1つ屋根の下で暮らしだしたら余計に俺を意識して恥ずかしくなるんじゃないか?」

「う、うっせぇ! そんなことより! 水は出たのかよ!」

 否定はしないのな。



 セシリアは顔を更に赤くして家の中に入って行くと、台所で青鯖だらけの蛇口を痒くなる高い音を何度も鳴らしながらひねった。



「出たのか?」

「出た出た!」



 俺が聞くと、いの一番で答えたのはラクス。



「やったね! これで水飲み放題! 空腹の時はお腹一杯水を飲めるよ!」

「悲しくなることを言うな。それより、何十年も使ってなかったわりに水がえらく綺麗だな?」

「だな。んでも、しばらく使ってなかった水道だから、一応、買い物ついでに水質検査は頼んどいたぜ、ユキジ」

「流石、セシリアさん。じゃあ、今日は飲まないほうがいいか」



 俺とセシリアはお互いを見つめ頷いた。



「わかったな、ラクス。絶対に飲むな──」

「んぐんぐ……ぷはっ! 一仕事終えた後の水は美味しい! 二人も飲みなよ」



「「…………」」

 こんのアホ。



「……飲んだな」

「うん。飲んだ。ほら、ユキジとセシリアも飲めば? 美味しいよ」



「「…………」」

 飲むわけねぇだろ。



「……ユキジ。お前には()ってきた(・・・・)水だ」

「お、おう! セシリア、サンキューな」

「えっ? えっ⁉︎ えっ! なんで? なんでこっち飲まないの? もしかしてこれ飲んじゃマズかったの、セシリア⁉︎」

「かもな。調べてねぇからわかんねぇけど」

「ののの、飲んだボクはどうなるの⁉︎」

「そんなの知らねぇよ。とりあえず腹下すんじゃね? 薬でも飲んどけ」

「く、薬なんて高級品持ってないよ! ボクどうなるの⁉︎ ねぇ、死んじゃうの⁉︎ 嫌だぁ、じにたぐないぃいいいいいいいいっ!」

「死なねぇよ……多分」

「多分っ⁉︎ 多分って言った⁉︎ うわぁああああああああああああんっ‼︎」



 セシリアの言葉に恐怖し、セシリアにしがみついて泣きまくるラクスを見ていられなくなった俺は、部屋の角に置いていた自分のリュックから腹痛に効く薬を四粒出してラクスに渡した。



「これでも飲んどけ。飲まないよりはマシだ」

「……ぐすっ。飲んどけって……それなに? ネズミのウンチ?」

「そんなもの掴んでお前に渡すか! これは俺の田舎では知らない人はいないお腹を壊した時に飲む薬だよ!」

 臭いが独特な黒い丸薬だけど。



「……嫌っ、いらない! ウンチ飲むくらいならボクは死を選ぶ!」

「ウンチじゃねぇって!」

「嘘だっ‼︎」

「嘘じゃねぇから早く飲めや! 腹壊したり死にたくないんだろうが!」



 嫌そうな顔をして受け取ろうとしないラクスの手を掴んで薬を無理やり握らせる。



「ほら、飲め!」

「……すんすん……臭っ⁉︎ これ、すごく臭い! 腐ってる! やっぱウンチだ!」

「腐ってねぇしウンチじゃねぇって何回言わせんだ! この薬は独特な臭いがするものなの! 別に俺は、お前がお腹壊して晩御飯食べられなくなってもいいんだからな! 俺が信じれないなら捨てろ!」

「うううっ……」



 晩飯には変えられないと、悩んだ末に薬を飲み込むと、セシリアにもらった俺の水を奪い取って一気飲み。



「うげぇー! 変な味! ほ、本当にウンチじゃないよね⁉︎」

「……ウンチだよ」

「ああ、今のはウンチだろ」

「うぇええええええええっ! 嘘つき‼︎ 二人ともボクを騙したな! ウンチ食べちゃったよぉ‼︎ うぇっ! うぇえっ‼︎」

「やめんかぁ! 嘘だ、嘘っ! 女の子が口に指を入れて吐くんじゃない!」



 台所で口に指を突っ込んで涙目になって吐こうとするラクスをセシリアと二人で押さえつけて止めると、俺はラクスを揶揄ったことを謝罪した。



「悪かったよ! 泣くなって! あれは間違いなく薬だから!」

「うぐっ! ぐすっ! だ、誰のせい! ボク、本気にしたんだからね!」

「ったく〜、いい歳して泣くなよ」

「あのねぇ! 『薬だ』って言われたり、『俺を信じろ』的な言い方されて飲んだら、『実はウンチでした〜』なんて言われたら普通は泣くよ! ショックでしょ!」

「わかった、わかった。とりあえず今回は両成敗だ。注意力のないラクスも、騙したユキジも両方悪い。だから両成敗! 以後、二人とも気を付けるように!」



「「ご、ごめんなさい」」



 俺とラクスはセシリアに平謝りするも、俺はセシリアもふざけて《ウンチ発言》して弄ったことは言わない。そうだな、俺は優しいから今度嫌がらせしてお返しすることにしよう。



「で、買い物は無事すんだのか?」

「おっ。おう、買えたぜ」



 未だ唐草模様の風呂敷を背負ったままのセシリアに聞くと、彼女はそれを床に下ろして広げた。



「そこのベットのマットレスと輝光石を6個に人数分のカップに皿だろ……」

 うん、毛布がない。こいつ俺のブランケット返すきねぇな。



「食べ物は買って来なかったの、セシリア?」

「言うと思った。今夜はギルドで食べようかと思ったけど、購入初日くらい家で食いたいから……晩飯の串肉とソーセージに……野菜とパンは買って来た」

「やっふぅ! 今夜は串肉ぅ!」



 晩飯にテンション上がったラクスを横目に、俺はどんなものか知ってる加工済みの輝光石と言っていた石を手に取った。



「確か加工後の輝光石は魔力を込めると光るんだったよな? どうやるんだ?」

「んだ? ユキジは今まで輝光石を使ったことがねぇのか?」

「セシリア。ユキジは文明のないド田舎から出てきたばっかりだから何も知らないんだよ」

「あーっ、そうだったのか」

「納得すんな。で、どうやるんだ」

「貸してみ」

「んっ」



 手のひらを此方に向けたセシリアに輝光石を手渡すと、彼女はそれを握りしめて二、三秒後にはそれをまた俺に渡した。



「おっとっと⁉︎」



 その時の輝光石は暖色の暖かい色で俺の手の中で光を放っていた。



「すげぇ! 込めるって、めっちゃ簡単に出来るものなんだな」

「まぁな。慣れたらユキジでも簡単に出来るから、今度教えてやんよ」

「マジで⁉︎ その時は、よろしく頼む」

「ああ、任せとけ」

「そんで、これはどのくらいの時間が明るいんだ?」

「今のは本当にちょっと込めただけだから……一時間くらいしかもたねぇな」

「今ので?」

 すげぇな、高速セシリア充電器。



「そこそこ本気でやりゃあ一年以上もたせる自信はあるぜ」

 こいつ、それで食っていけばいいのに。



「でも、これずっと明かりついてるのは勿体無いな」

「はぁ? てめぇは本当になんも知らねぇんだな。だから……こういう入れ物があんだよ」



 セシリアが目の前に置いたのはランタンのような入れ物。



「この中に輝光石を入れて、この入れ物のボタンを押すと……明かりが消える」

「おおっ! どんな仕組みなんだ?」

「魔力を封印する術式が組み込まれてて。ボタンを入れる度に解除と封印を切り替えんだよ。詳しいことは作った奴に聞かねぇとわかんねぇけど」

「魔力を切る……遮断……てことは、輝光石の魔力は切ってる間は減らない?」

「察しがいいな。そういうことだ」



 なんとなく仕組みはわかった。つまりこれは輝光石のオンオフが出来るランタンなわけか。

 うーん。未来的なアイテムなんだけど旧文明ぽい仕組みだったり、この異世界って中途半端に中世世界をベースにしてる変な世界だよなぁ。



 つーか、これがあったらマキュラの地下ダンジョンも安心だったんじゃねぇか?





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「はぁ〜……あったかい」


 

 食事とお風呂を済ませて一人暖炉の前でかれこれ一時間、感覚的には夜10時くらい。セシリアが薪屋で買ってきた薪を暖炉に入れると、元から家にあったボロいソファーにどかっと座って炎を見つめてしみじみ思う。

 橋の下ではご近所のことを考えて夜に火を焚くことは出来なかったが、自分の家の暖炉だと安心して火をつけていられる。

 心配してたボロ家に燃え移らないかという不安も、業者さんが来てくれて確認してくれたし、水も安全が確認出来て飲むことはもちろん風呂も使えた。本当、見た目が悪いだけでこの家は普通に過ごせる。どうしてこの家が訳ありなんだろうか? と思わせる。



「──んだ、まだ起きてたのか?」

「セシリアか」



 風呂上がりのセシリアがタオルで頭を拭きながら俺の背後に立つ。



「暖炉、気に入ったみたいだな」

「ああ、最高にあったかい」

「そいつは良かった。……隣いいか?」

「ん、ああっと! どうぞ!」



 セシリアに聞かれ、俺は右にずれてソファーの左を少し払ってから座るように促す。



「意外と紳士だな」

「意外とは失礼な」

「くくくっ」



 セシリアはニタニタしながら座ると、風呂上がりの石鹸のいい香りが……しかも濡れた髪はどこか魅力的だ。



「本当あったけぇな」

「ああっ! うん! だよな!」



 ずっと見てたから怒られるかと思った。



「そういや、ラクスは?」

「後ろのベット。もう横になって寝てるよ」



 寝息も聞こえないラクス。今夜はお酒を飲まなかったが、修繕で疲れたのか、かなり熟睡している。



「そっか……ところで、お前は本当にベットはいらなかったのか?」



 部屋の広さから元からあったキングサイズ以上のベットの他にもう1つベッドを置くとリビングが少し狭くなることから、俺はこのくたびれたソファーか床で暖炉前を占拠して寝ることを選んだ。

 ちなみに俺の毛布はラクスとセシリアに取られてしまったが、この暖かさがあるからベットや毛布がなくても今は十分すぎる幸せだ。



「マットレスや食器類、今夜の晩飯だってセシリアが代金を支払ってくれたんだ。ベットはセシリアが使って当然というか、そうじゃないと俺の気がすまない」

 今は散々文句言ってたラクスがベットの真ん中を陣取っているが。



「妙なとこ固いよな、お前。あたしは三人で寝るつもりだったんだぜ?」



 悪戯に誘うようなセシリアの言葉に俺はかぶりを振った。



「その気持ちは嬉しいけど受け取れないよ、セシリア。お姉様達が隣で寝てると、こっちの身が持たねぇよ」

「くくくっ。朝飯の時の《襲ってやる!》って言ってた勢いは?」

「……う、うるせぇ! 忘れたよ!」

「くくくっ。うりうり」



 俺が顔を赤くして目を逸らすとセシリアは俺の顔を突いて冷やかしを続ける。

 そんな行動を止めるように俺は話題を変えた。



「……あっとそうだ! ところで、この家の訳ありってなんなんだ?」

「んだ、また急に? そんなに突かれるが嫌なのか?」

「それは嫌じゃない。ただ、この家で暮らすってなって今も暖炉見つめながらずっと考えてたんだけど、今のところなんもないじゃん? マジでこの家の訳ありってなんなんだ?」



 するとセシリアは真剣な顔をして暖炉を見つめたまま口を開いた。



「……うーん。そろそろらしいんだ」

「おいおい、なにがだよ」

「この一ヶ月前くらいから真夜中に出るんだってよ。……訳ありな奴が」

「真夜中に? マジでか?」

「マジだ」



 おいおい! 今からご出勤とか、それはもうアレ(・・)しかいねぇじゃんかよ!



「セセセ、セシリア姉様! 俺、アンデッドというか、お化けというか幽霊がすんごく苦手なんですけど!」

「っても、出るんだってよ。子供の霊が」

「おぉおおおおっ⁉︎ 言うなよぉ‼︎」



 子供の霊って! 子供とか手加減なしに生きた人間を無邪気に殺しそうだから超怖いんだけど!



「近所の噂だと薄暗いこの家から蛇口の捻る音と水の出る音。足音に物音のラップ音。子供の姿が見えて中に入って見ても家の中には人気は無し。気味が悪いだろ?」

「気味悪いね! そういう大事なことは先に言っとくべきことだよ!」

「悪い悪い! 忘れてた」

 わ、忘れてた⁉︎ うっかりにしては悪意を感じるぞ!



「……んじゃ、あたしも寝るわ」

「待たんかい、セシリア!」

「あんだよ?」

「わからないでか! このタイミングと状況で俺を一人にするか普通っ! 今夜は寝かさないぞ!」

「ふふっ。いきなり積極的になったな」

「笑うとこじゃねぇし、積極的にもなるわ! 頼むから俺が寝るまで! せめて眠くなるまで付き合ってくれ!」

「無理無理。ふぁ〜……あたしがその前に寝る」

「俺に明日が来なかっらどおすんだ⁉︎ 子供の霊とかって、人間を玩具みたいに雑な扱いで無邪気に人を殺したりするって!」

「……っても……なぁ……」



 ソファーから立ち上がってフラつくセシリアを見て、彼女も相当お疲れなこともわかる!

 今日は街の中で買い物したり契約したり、大変だったことがわかってるけども!



「セ、セシリア〜」

「男が情け無い声で呼ぶな」



 呼ぶ声にも振り向かずにベットに向かって歩きだしたセシリアはベットの側に立つと、ラクスが包まっているブランケットをバッと奪い取り、横たわって自分とラクスに掛け直して俺の名前を呼んだ。



「……ユキジ」

「ん?」

「心配しなくても、お化け対策はちゃんとしてっから……」

「た、対策?」

「……おうよ。日が暮れる前にあたしが気合いを入れて描いた魔法陣で家を囲んであっから」

「マジですか、セシリア様!」

「ああっ、マジだ。何も知らずに家の外でも中でも出てきたらそいつの最後。現れた瞬間の秒にはボンッ! と、そいつを消し炭する強力な奴をセットしてあるから」

「そいつは安心──」



 ──しない。それ俺たちに害ないのかな? 俺たちもボンッと消し炭にならないよね?

 


「だから、安心して眠れ。……おやすみ……」

「……わ、わかった。おやすみ」



 もしかしたら永遠の眠りになるような話を終えると、俺の背後でラクスとは違うセシリアの安息な寝息が聞こえた。

 確かにお化けは怖いけど、今夜は寒さに震えて眠ることはないし、気になるこの家の訳ありも聞いたけど、何か起こる気配も()だけは(・・・)ない。



「…………」

 このまま何も起こらなければ……。



 時間がたつにつれお化けのことを忘れ、優しく燃える火を見つめながら目がやっと心身ともに安心した眠気が……。



 出来ることなら平和な眠りが来ま──



《ケケケケケケケケ!》



 ビクゥ⁉︎



《ケケケケケケケケ!》



 怖くて眠れません! お願いだから、早く魔法陣発動して下さい!

次回更新は週明けか中頃の予定です。

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