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究極職と一緒  作者: 観光鳥
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少し内容に纏まりがないような気も……。



 俺とラクスが声のした背後へ振り返ると、そこには荒くれどもが集まるギルドで咲いた一輪の綺麗な花のような、とても綺麗な顔立ちの一人のシスターだろう・・・人が此方を潤った優しい瞳で見つめて立っていた。

 


「あ〜っと……」



 しかし、何故だろう・・・などと曖昧な言い方をするのかと言うと、その姿は俺の想像するシスターの清純で純白なイメージとは真逆の赤や黒で統一され、聖帽はともかく、ロングのスカートでありながら生足どころか下着まで見えそうなサイドスリットの入った修道服に、赤いロンググローブとニーハイブーツを装備し、武器なのか防具なのか、アクセサリーにしてはデカすぎる持ち手のついた大きな十字架を背負って、全体的にコスプレ力を上げた崇める神がむっちゃ邪教ぽい、それこそ冬のコスプレパーティーに現れたようなシスターが目の前にいたからだ。



「…………」

 ただ一つ思うとすれば、崇める神が邪教としてもサイドスリットから見えそうで見えないものは正義だと思いたい!

 


「え〜っと……今、俺たちに声をかけてクエストに誘ってくれたのはあなたでしょうか、シスター?」



 ギルド側、そして俺たちの近くには彼女しかいないため考えるまでもないが、俺は彼女に的を絞って聞くと、その問いかけにシスターは軽く頷き頭を下げた。



「はい。挨拶もなく突然声をかけて申し訳ありません。私、シスターのセシリア・グレイスと申します」



 先ず瞳が奪われたのは少女漫画から出て来たようなキラキラした天使のような笑顔。まるで常に神様の加護があるような女性がそう答えた時に、俺はもうこれが運命的な出会いと感じたのだが……側から見れば初心者丸出しの俺を誘うあたり、これはゲームやアニメでよくあるヤバイフラグなんじゃないかと現代っ子が勘ぐるのは当たり前なわけで、俺は表情を緩めることなく自己紹介。



「こ、これはご丁寧にどうも。俺は有村雪路で、こっちは──」

「じーっ……」



 なかなか自己紹介をはじめないラクスを見ると、こいつはシスターを睨みつけていた。



 こらこら。



 このままだと話も進まないので、俺は肘でラクスの腕に『(お前も挨拶しろ)』と言わんばかりに彼女を小突くと渋々の嫌々で口を開いた。



「……んふーっ! ラクス・アステリアです‼︎ はじめまして! こんにちは!」

「はい、こんにちは。ユキジさんとラクスさんですね。よろしくお願いします」

 シスターは名前を確認するとまた一礼。



「…………」

 なんだろうな。ずっと話してると、やっぱり何故か懐かしい……いや、久しぶりに会った感覚。断っておくが、ナンパの常套句ではない。



「あの~どうかなさいましたか?」

 シスターが俺の視線を気にして首をかしげる。



「あっ、いえ! 女性の方を見つめ続けるなんて失礼なことしてすみませんでした! ところで、お誘いはとても嬉しいんですが、こっちの女の子の戦闘力はともかく、俺は駆け出し冒険者のレベル1です。残念ですが、とてもシスターのお役に立てるとは思えないので他のパーティを当たったほうがいいですよ?」

 先ずは相手の出方を見るために、ここはあえて最初は断ってみようと考えるのは当然だ。



「レベルのことならお気になさらずに! お恥ずかしながら、実は私もまだまだ駆け出しのレベル1なんですよ」

 おおっと、あなたも駆け出し低レベルっ⁉︎



「だ、だったら尚更、俺たちより高レベルの人達と行ったほうが安全ですよ? シスターは回復職なんですからどこのパーティでも人気あるし……ほら、今入ってきた立派な甲冑を着た二人とか絶対に守ってくれますよ?」



 当たり障りのない言葉でやんわりお断り雰囲気出しつつギルドの高難易度クエスト掲示板を見ている二人をオススメすると、シスターはどんどん影を強くしていき、最後は肩をドッと落として俺に言った。



「……そうですよね。やはり私のような弱そうな女は邪魔ですよね。……元気で明るいお二人を見て『この方たちとなら──』と、勇気を出して話しかけたのに、遠回しな言葉で他所の冒険者を紹介するなんて……」

 深いため息とより一層の暗い影に、女性慣れしてない俺は慌てて言葉の訂正に出る。



「いやいや、とんでもない‼︎ シスターが足手まといとか弱そうだとか、俺たちの邪魔をするなという理由で断るわけではなくて──」

「ですよね、ですよね! でしたらどうでしょう! 私たちの出会いも神のお導き! 私、回復も頑張りますので一緒にパーティを組んでクエスト攻略を頑張りましょう!」



 さっきまでの暗さが一瞬で弾け飛ぶと、シスターの眩しいキラキラスマイルがまた俺の心を揺さぶる。

 シスターは可愛いし、出来ることならお手伝いしてあげたい! 守ってあげたい!

 つーか、最初相手の出方とかカッコつけて考えてみたけど、そんなことはもうどうでもよくなってきた。



「わ、わかりました、シスター。とりあえず、こっちのちっこい仲間と相談したいので、ちょっと待ってもらえますか?」

「ちっこい仲間⁉︎ ちっこい仲間ってもしかしてボクのこと⁉︎ メルティナの胸のことだよね⁉︎」

「ちょ! 失礼でしょ、アリムラさんの変態!」



 メルティナさんがカウンターから手を伸ばし頬を叩き、ラクスは両手で胸ぐらを掴んで今にも殴りそうだ。



「ぐふぇ⁉︎ なんで俺は叩かれたの⁉︎ なんで俺は胸ぐらを掴まれてるの⁉︎ 二人とも乱暴はやめて下さい!」

「誰の言い方が悪いせい! 口は災いの元!」

「そうです! 今のはアリムラさんが悪いです!」

 メルティナさんの胸も十分大きいでしょうがよ! というのは『いつも私の胸ばかりそんなにエッチな目で見てたんですか⁉︎』などと火に油を注ぎそう!



「悪かったです! 俺が悪かったので暴力だけはやめて下さい! シスター申し訳ないですが、もうちょっと! もうちょっとだけ待って下さい!」

「ふふふっ。はい、ちょっとだけですよ?」



 俺たちの言い争いを見ながら楽しそうに笑うと、口元に人差し指を当ててウインク。

 顔が赤くなるほど一つ一つの仕草がもう可愛い。



「おい、ラクス」

「ちょちょ⁉︎ まだボクに謝ってないのに話って、なになに⁉︎」



 胸ぐらを掴むラクスを引き寄せ肩を抱きその場で屈むと、ヒソヒソとシスターに聞こえてるかもしれないけど相談を始めた。



(先ず、さっきの言い方は悪かった。ごめんなさい)

(話の流れが凄いなぁ。まぁ、謝ってくれたなら許すけどさ。ね、メルティナ?)

(……元から私はそんなに怒ってなかったけどね)

 えぇ……あの頬を叩いたスピードと攻撃力で?



(しっかし、ラクスってチョロいわよね)

(チョロい? なにが?)

(やめて下さい、メルティナさん!)

 話が進まなくなるので。



(んほん! ……そこで話は戻るが、ラクス。もちろんシスターとの話は聞いてたな?)

(すっごく嫌な予感。まぁ、ずっと聞いたたけど……なに?)

(率直に言おう。俺はあのシスターを助けてあげたいからクエストに付き合ってくれ)

(はぁっ⁉︎ ユキジったらマジで言ってんの⁉︎)

(そうですよ、アリムラさん! この浮気者!)

(どう言う意味で誰が浮気者ですか、メルティナさん! てか、俺そんなおかしなこと言ってる?)

(いやいや、ないない、ありえない! 自分がおかしなこと言ってるのもわからないのもわからないとか、ありえない! あんなあからさまに怪しいシスターに同行するなんて!)



 ラクスは此方を笑顔で見つめるシスターを親指で指した。



(それについてはラクスに同感です。レベルが低くても選ぶ側になることが多い女性の、しかもあんな可憐で上品で絵に描いたような回復職のシスターが、自分から声をかけてくるなんて何かあると思うのが普通です。本気で言ってますか、アリムラさん?)

(人の出会いと仕事を提供するギルド側の人間がいうことですかね?)

(だから人を見る目はあると自信がありますが?)

(真っ直ぐなド正論言わないで下さい!)

(あーっ、もしかしてユキジ! まさか、あのシスターの古典的な色香に惑わされたんじゃないの!)

(あーっ、そういうこと? 確かにすごい綺麗な人ですもんね、彼女)

 うっ⁉︎ す、鋭い!

 


 俺は身を引いて慌てて否定。


 

(バッ、バカ言わないで下さい、お二人さん! そんなんじゃありませんって! 俺はただシスターの力になりたいと!)

(へっ! どうだか!)

(そうね。アリムラさんみたいに女性慣れしてない人はすぐに騙されるんです。あ〜っ、嫌だ嫌!)

 


 ジト目で睨むラクスとカウンターから見つめるメルティナさんも俺を見て『シスターのことが気になるんでょ?』という疑いの目をずっと向けている。

 いやもう、疑ってるのが真実なんだけども! 俺の言い訳がましい説得は続く!



(待て待て、待って下さい! シスターと言えば回復のエキスパート! いつか行きたいダンジョン攻略や巨大なモンスターとの大規模戦闘には必要不可欠じゃないですかね⁉︎)

(……そりゃまぁ)

(間違い……ではありませんね)

(でしょ! この先の冒険者稼業を続けていくことを考えて、ここは彼女に恩を売って、クエスト終了後にさりげなくパーティに勧誘してヒーラーを獲得しようと俺は考えてんの!)



 丸々嘘というわけでもない。



(なるほど。恩を売る辺りからの未来設計が最低ということ、だけはわかりましたよ、アリムラさん)

(うっ!)

(ていうより、遠いか近いかわかんない未来のことはどうでもいいの! あのシスター、さっきからどうもきな臭いの! 絶対に何か企んでる! ボクの感がそう言ってる!)

 偶然にしては困ってるところで現れた必然に近い出会いや、今までの会話内容で疑ぐるあたり、こいつもバカじゃないらしいが、シスターは悪い人にも見えないしなぁ〜……あっ、だから免疫ない男子は女の人に騙される確率が高いんだろうな。



「あの〜……どうかされましたか?」

「ああっと! なんでもありません! もう少しだけ待って下さい!」

「はい」

 コソコソ話と言っても近くで話しているため、耳を傾け集中すれば聞こえる距離で見つめるシスターと目が合うと、彼女はとても不安な顔をしていた。

 大丈夫ですよ、シスター! 俺がチビ娘と受付のお姉さんを説得します!




(あの、アリムラさん)

(なんでしょう、メルティナさん?)

(ラクスのように直感的な理由ではありませんが、私も嫌な予感はします)

(っても、俺みたいな素人を襲ったところで得られる物なんて何にもないですよ?)

(それはそうなんですが……)

(そりゃまぁ? 俺のことを一目惚れとかならあり得ますけど──)



 ──と、俺が「ふふん」と良い顔をすると。ラクスとメルティナさんが冷たい視線を向けて言った。



(……ユキジに一目惚れとかないでしょ)

(そうよね。それは絶対にあり得ないかと)

(で、ですよね〜。ははは……)

 ラクスに言われるより、メルティナさんに言われると倍傷つく。



(じゃあ何が目的でシスターが近づいてきたと二人は言いたいのでしょうか?)

(それは〜……はっ⁉︎ もしかしたらボクたちの金銭目的なのかも!)




((…………))

 やっぱバカだ、コイツ。



(それはお前だろ。大食らいで大酒飲みの、ほぼ無一文)

(そうそう。無一文さん)

(二人揃って無一文言わないで! さっきも言ったけど、ボクとユキジはパーティなんだから死ぬも生きるも運命共同体でしょ!)

(さっきは言わなかったが、パーティ組んだからって財布の中身まで運命共同体にした覚えはないが?)




((…………))




(そ、そんなことより! ヒーラがいるならまた今度探そうよ! あの人に騙されて痛い目にあうよ、きっと!)



 苦し紛れに話題をすり替えながら言われなくても、実はおもっくそそんなことはわかっている。わかってはいるけど、可憐で可愛いシスターとか是非仲間に欲しいじゃないか! ……とはバカ正直に言えない! 言ったらコイツは大反対だから!



(ねぇ。あんな人無視して今日はもう帰ろうよ、ねっ?)

(サラッと酷いことを言うな)

(事実、それもアリだと思います)

(メルティナさんまでそんな冷たいことを)

(私は理由なく言ってるわけではなくてですね……)

 メルティナさんが何かを思い出すように目を閉じる。



(実は彼女の名前……何処かで聞き覚えが……)



((????))



 メルティナさんの妙なフラグオン発言を聞いたが、これからの冒険者生活で美人ヒーラーは諦めきれない。 仕方ない。こんなやり方で言い聞かすのも嫌だが……。



(……じゃあ、こうしましょう! メルティナさんの話は一旦置いて、ラクスはこれからいつ来るかわからないクエストを待って空腹に耐えれるんだな?)

(ちょ、ちょっと待ってよ! その言い方は卑怯! 肝心なクエストがないんだから、しばらくは助けてくれてもいいじゃない!)

(アリムラさん、最低です)

(うぅっ! 最低だとしてもです! 俺の蓄えも多くないのは事実! ここは確実に一つでも多くのクエストをこなすべきじゃないですか? それはラクスも言ってたし!)

(で、でもさ……)

(大丈夫だよ。ラクスは超強いし、シスターのレベルも低いから、そんなに高難易度を持っては来ないでしょ!)

(うーん……今となってはクエスト云々よりシスターが超怪しいところなんだけど……ラクスはどうしたいの?)

 メルティナさんの問いかけに頬を膨らませたラクスの息が漏れる。




(……わ、わかったよ。ボクもついて行く。ユキジについてきゃあいいんでしょ〜)



 おっ。案外簡単に引き下がった。



(だけど問題はクエスト! あのシスターが一緒に行きたいって言うクエストがどんなクエストかわからないのに、ほいほい引き受けたらダメだと思うの! ユキジは弱っちいから死んじゃうかもしれないんだから!)

(そうね、私もそれには同感です)



 弱っちいは余計だが、それもそうだ。

 俺は立ち上がるとシスターに目線を合わせて聞いた。



「シスター。良かったら一緒に行くクエストのランクと討伐対象などを教えてくれませんか?」



 俺が聞くと彼女は優しい笑みのまま、その内容を語った。



「はい。クエストランクはD。この街の東にあるマキュラ地下ダンジョンに現れた《ミノタウロス》一匹の討伐になります」

「ミ、ミノタウロスの討伐ですか?」

「そうです」



 死んだ。はい。俺、無事死にました。

 Fランククエに手こずった俺たちに、更に上のDランククエのお誘いが来ました。

 しかもダンジョンでミノタウルスって言いました? ミノタウルスって言えばギリシャ神話で有名な牛頭人身のムキムキなアイツでしょ? ゲームやアニメだと最近安売りされてるけど、そこそこポジションでそこそこ強いアイツでしょ?



 確かに現在のギルドボードにはAとSランクのクエストしかないから、それよりかなり下のクエストということで俺たちにはかなり魅力的なんだけど……Dランクのオススメレベルは下級職のパーティ4人で平均6以上じゃないと危険とクエストボード脇に書かれているのはチェック済みな所で、現在の俺は下級職の基本職でレベルは1のヘルモード。

 素人込みの3人で組むこと、そして平均に満たないパーティの出来上がりに、これはどう考えてもレベル1のシスターが微笑みながら素人冒険者の俺たちに持ちかけてくるようなクエストではないため断るべきだろう! うん、そうだよね! だって、俺死にたくないもん! てか、なんでこの平和な街の外近くにそんなモンスターが出るような地下ダンジョンなんてものがあん──



(ユキジ! 報酬、報酬! 報酬いくらか聞いて!)

(ちょ、ちょっとラクス!)



 などと真剣に考えていると、止めるメルティナさんの言葉も聞こえないラクスが下から嫌らしい事を聞けと言ってきた。

 こいつさっきまでは慎重に話進めようみたいな感じだったくせにどうした⁉︎



(ほら、早く!)

 バカかこいつ。断るときに報酬金額を聞いた後だと、凄く断りづらい気分になる気持ちを少し考えろよな。



「すいません、シスター。こういうのを先に聞くのも嫌らしいんですが……」

「なんでしょうか?」

「そのクエストの報酬は……俺たちの分け前は、どのくらい頂けるんでしょうか?」



 俺の申し訳なさそうに聞く姿と、ラクスのキラキラと期待する眼差しを向けられたシスターは口元に手をやって笑う。



「クスッ。構いませんよ、冒険者の皆さんは生活がかかってますからね。聞きたくなるのは当然です」

「本当、すいません」

 金にがめつい仲間で。



「報酬は80万エール。私がこのクエストのホストということで40万エール。お二人は一人20万エールでいかがでしょうか?」

「そんなに⁉︎」

「驚きです。思ったより太っ腹なホストなんですね」

「パーティは協力ですよ。受付のお姉さん」

 その羽振りの良さに、ちょっと気にかけたメルティナさんの問いにシスターは笑顔を崩さず答えた。



 ミノタウルス一匹で、あのおっかなメルメー約九匹分の報酬⁉︎ 今の俺には悪い話しじゃないけど、逆に言えばそれだけ危ないってこと! 命と二十万エールが等価と言われれば俺の命はそんなに安くないと思いたい!



(ユキジ、ユキジ!)



 必死に考える俺を無視して、今度は座れ座れと上着を引っ張るラクス。



「……何度もすいません。また此方の方々と相談します」

「ふふふっ。早くして下さいね。素敵な冒険者様」



 既に屈んでいるラクスに身を寄せると、俺はまたヒソヒソと会話を始める。



(んですか、ラクスにメルティナさん!)

(なによ! 鼻の下伸ばしちゃって!)

(アリムラさん、最低です)

(人をそんな目で見ないで下さい! あと鼻の下なんて伸ばしてねぇよ! それより、二人ともちゃんと聞いてました?)

(もちろん聞いてたよ、素敵な冒険者様! 一人二十万エールなんて大金貰えるなら、今夜は昨日よりリッチな宴会が出来るね!)

(目が金貨になってますよ、ラクスさん) 

(アリムラさんをゲロまみれにしたことと、現在無一文なのは何故なのかということを全然っ反省してないのね、ラクスは。そんなことよりミノタウルスのことじゃないの?)

(……ちぇ、二人ともノリが悪い。はいはい、もちろん聞いてましたよ)

(『ちぇ』とか『ノリが悪い』とか言うな! で、どうなんだ? ミノタウロスは俺でも勝てる相手なのか?)

(そんなのボクに聞かなくてもわかるでしょ? 今のユキジじゃ逆立ちしたって絶対に勝てないよ。もち、死ぬよね)

(死にますね)



 俺は逆立ちも出来ないし、仮に出来たとしても逆立ちしてたら勝てるもんも勝てねぇじゃんかというクソ真面目なツッコミは置いとこう。



(……やっぱそうだよなぁ。誘ってくれたシスターには悪いけど断るか)

 ぶっちゃけ死にたくないし。それに頑張ってれば王道パーティもいつか組めるかもだし……などと、もう出会うことのない可憐で美しいシスターを諦めろと自分に言い聞かせていたら。



(ちょい待ち! クエストは断らなくても大丈夫なんだってば!)

 今度は逆にラクスから後押しの一声。



(……バカか。断らなきゃ俺の命が危ないだろうが。俺はまだ死にたくない)

(バカはユキジ。さっきボクのことを超強いって言ったことを忘れてない? ボクの職業はなんだった?)

(……あっ!)



 そういや、究極職バトルカイザーはLV1でも中身はハイパーモンクやバーサーカのLV9とほぼ同等、というかステータス上ではそれ以上なんだった! 俺のバカバカ、序盤楽勝出来る人がいるのを忘れてたよ!



(ラクス、お前……)

(ふふ〜ん、気づいたみたいだね。究極職のボクにかかれば、ミノタウロスくらい一人で十分! ユキジは見てるだけでいいよ)

(それはそれで問題な気もするけどね)



 そう言って自信満々にダブルピースするラクスと心配そうなメルティナさん。

 俺の経験値は上がらないが見てるだけでいいというその気持ちは嬉しい……のだが待て! まだ戦ってもいない初見だろうミノタウルス相手にこの自信は危険なフラグも感じさせる。



(おい、相手はDランクのクエストモンスターだぞ。俺たちはFランクのメルメーに手こずったのを忘れたのか?)

(あれはボクに戦闘経験が無かったことが問題だっただけ)

(だとしてもだ。お前の戦闘経験はこないだのメルメーだけなのに、初見のミノタウルスは危険じゃないのか?)

(楽勝、楽勝! 昨日のメルメー戦でどのくらい自分が出来る子かわかったし、ただのムキムキ牛くらい、ちょちょいの秒殺っ! ユキジが心配することなんてないよ)



 なんて頼もしい……っと、二度目の待て待て。



(ラクス。クエストを受ける前に一つだけ確認しておきたいことがある)

(なに?)

(その〜なんだ? 昨日も使ってた『アクセルドライブ』? とかいうスキルは、『ミョルニルブレイカー』ってのより身体への負担は少ないのか?)



 昨日のことがあったから、そのことを聞くのは当たり前だ。



(なんでそんなこと聞くの?)

(そりゃ『ミョルニルブレイカー』は身体への負担が大きいからだ。今日のクエスト、どんなにピンチになっても、あの技を使わずに『アクセルドライブ』だけでミノタウロスを倒せる自信がないなら俺はこの誘いを断るつもりだ)

(んなっ⁉︎)

(どうなんだ? 倒せるのか?)



 今までと立場が逆転したように強気な俺の言葉に、ラクスは一呼吸置いてため息混じりに返答した。



(……大丈夫、ボクを舐めすぎだよ。昨日のメルメーとの戦いで初めて使ってわかったんだけど、『アクセルドライブ』は身体への負担が少ない加速と筋力アップスキルみたいなの。だから『ミョルニルブレイカー』みたいに膨大に体力と空腹に襲われないから使用後に倒れるなんてことは絶対にないし、絶対に牛に負けるつもりもないよ)

(それは本当だな?)

(嘘言ってどうすんの?)



 なら問題はない。



「長らくお待たせしました、シスター。そのクエスト、是非俺達も協力させてください」

「良かったぁ〜。実は断られるんじゃないかと不安だったんですよ〜。お二人とも、よろしくお願いしますね」



 そんな光景を終始見ていた人が一人。



「……ったく、ラクスの幸せ者」




 メルティナさんがため息まじりに言う羨むような声が俺には聞こえても、ラクスに聞こえることはなかった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「──ユキジ。あれ美味しそうだから買って」

「ダメです」

「じゃあ、アレ」

「ダメです」

「ぶーっ、ケチッ‼︎」

「誰がケチだ! 『お金が足りないから買えないよー!』だの『お腹がすいて力が出ないからミノタウロスに勝てない! 勝てる気がしないよ!』って、店の前で駄々こねて恥ずかしいから買ってやったバケットサンドがまだあるだろうが!」

「あれも食べたいから買って! あとこっちの──」

「うるさい、黙れ! 時間もないのにこれ以上のわがままは許さん!」

「ボクが負けてもいいの!」

「数分前、俺が聞いたときの意気込みを思い出せ! 絶対に負けない気持ちで挑め!」




 街の東門から出て徒歩30分ほどの場所にあるという、そう遠くない地下ダンジョンへ向かう途中のまだ街の中。行く道々で露店トラップに度々引っかかるラクスを引きずりながら、俺は先に行くシスターを追いかけた。



「すいません、シスター!」

「ラ、ラクスさんは大丈夫ですか?」



 襟首を掴まれ引きずられるラクスを見たシスターが心配そうな表情で俺達を見る。



「ははっ。こいつ人一倍丈夫なお子ちゃまだから心配しないで下さい」

「ちょっと、ユキジ! ボクはもう二十一だって!」

「んなこたぁわかってて嫌味でお前に聞こえるように言ってるんだよ! 恥ずかしいんだから黙っててもらえますかね!」

「なにをー!」

「クスッ」



 俺とラクスの口喧嘩を側から見ていたシスターが小さく笑う。



「あっ。お恥ずかしいところを見せました、シスター!」

「恥ずかしだなんてとんでもないです。お二人がとても仲の良い、縁のあるパーティーということは見ててもわかります」

「えっ? まあ……悪くはないですね」



 腐れ縁というか、本当に臭いゲロの縁もあるし。



「そうだ! 私のこともシスターではなく、セシリアと呼んで、ラクスさんのように敬語を使わずに話をしてもらえないでしょうか?」

「え? それはさすがに……」

「ダメでしょうか? ……私もラクスさんのようにアリムラさんをユキジと呼びたいのですが……」



 な、なんと言いましたか⁉︎



 子犬のような瞳で見つめるシスターセシリアのこんな簡単な願いを聞かない奴がこの世界にいるだろうか? いや、そんな奴はいない! そんなバカ野郎はいない! そんな奴には神罰が下る!



「そ、そうだね! わかった! 是非そう呼ばせてもらうよ。その〜……セシリア」

「ありがとう。……よろしくね、ユキジ」

「ケッ!」



 不慣れで距離のある恥じらいのある言葉を聞いていたラクスの毒を吐くような侮蔑した声。それを聞いてないフリして俺は彼女に言った。



「あ〜、こほん! ラクスもセシリアって呼ばないか?」



 その問いかけに即答でラクスが嫌な顔をして返す。



「なんで?」

「なんでって……」



 また困ることを聞く。



「ほ、ほら! そんなこと言わずに仲良くしようぜ? なっ?」




「「…………」」




 そう言った後、しばし俺を睨みつけたラクスは折れそうにない俺に諦めたのか呆れたのか、ため息混じりに口を開いた。




「……はいはい、わかりました! わかりましたよ! ……よろしく、セシリア」

「はい、ラクス」



 納得いかないながらも、とりあえず改めてパーティとして結束を固める俺達。なんだが……。



「ねぇ、ラクス。あれ美味しそうじゃないですか? よかったら一緒に食べましょう!」

「いらない。ボクにはユキジの買ってくれたバケットサンドがあるから」

「あ〜っと……わかりました」



 ついさっきまで、アレ食べたいだのコレ食べたいだの俺には言ってたくせに、ラクスはスンと突き放すような言葉でセシリアと距離をとる。まだ疑っているのか?



「なんか悪いな、セシリア」

「い、いえいえ! 気にしないで下さい」

「おい、ラクス」

「んぐんぐ……べぇーっ‼︎」



 この野郎、バケットサンド食って俺の話も反省する気もないってか! ……ったく、食事をきっかけに仲良すればいいのに。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 そんなことがあって街から出て約十分。

 街外れのマキュラ地下ダンジョンの入口が五十メートル程近づいた時、俺たち三人は立ち止まった。



「ねぇ、ダンジョン前に門番みたいのいるよ?」

「門番みたいのじゃなくて門番なんだろ?」

 大事な遺跡だったら門番の一人二人いることは不思議じゃない。



 ラクスが指差す遠く見える地下ダンジョンへの入口前には、見た目で強そうな戦士四人がいて、厳重に管理されていることが一目でわかる。



「しかも魔法で結界もしてるし」

「ラクスの目には結界とか見えんの?」

 俺には何にも見えないけど。



「あのレベルの魔法陣なら、超よゆ〜」

 どのレベルの魔法陣かは知らないが、究極職のコイツから見えてるもんで、決して魔法陣のレベルが低いわけではないんだろう。



「ふーん、門番に魔法陣と、ダンジョンの警備が厳重なのはいいけどさ……」


 

 気になることは、そんな所の近くにウィンベルの街があることだが……それを知るのは、まだ早そうだ。



「さてと! じゃあ、ちゃっちゃと門番倒してくるね」

「待て待て! なんでそんな暴力的結論に至るんだよ!」



 俺は好戦的に門番へと走りだそうとする腹減り皇帝の襟首を捕まえるとセシリアに聞いた。



「もちろん問題なく通れるんだろ、セシリア?」

「はい、ご心配なく。クエスト受注の用紙を見せれば通してくれますから」

「魔法の結界は?」

「対魔結界は人体には影響が無いので触っても痛くないですよ」

「だってさ。力技でなんでもかんでも解決するのが良くないってわかったか?」

「ぶーっ。だったら直ぐにクエスト用紙とか出したり教えればいいのに」

「くすっ。ごめんなさい、ラクス」

 つーか、何も悪いことしてないのにコソコソとこんな所で相談する必要もない。


 


 俺たち三人は門へ近づくと、セシリアは腰袋からクエスト用紙取り出し、それを一番近くの門番に見せた。



「……ふむ。確かに此方がギルド出した依頼に間違いありませんね。それにしても今から出発ですか?」

「そうですが、なにか問題でも?」

「いやあの! 出現場所が変わってないならそう遠くはありませんが相手はミノタウルスですし、それを相手にパーティ人数も皆さんのレベルも低いようですし……」

「ご心配なく。見た目以上に頼もしい仲間達が一緒なので夕方までには帰ると思います!」

「そうですか? 彼なんて私よりもかなり弱そうで、駆け出し冒険者みたいな顔をしてますが……」

 ほっとけ。



「いいえ。彼はとてもお強い方ですよ」

「そう言われても……」

「ああっ〜、もうっ! さっさと開けないとクエスト拒否でギルドに言いつけるよ!」

 無駄話しばかりで進まない状況に痺れを切らしたラクスの剣幕に兵士が慌てて門まで下がった。




「わ、わかりました! おい、門を開けよう!」



「「「おうっ!」」」



 リーダーと思われる人の掛け声に残りが返事を返すと、見るからに重そうな鉄の扉を身体の大きな門番二人が軽々と開けて、それを見たセシリアが中を指差し笑顔で一言。



「それでは参りましょうか」

「やっと、クエストの始まりだね!」

「とと、その前に明かりの準備を……」



 カバンの中に手を伸ばしたものの、ふと現代科学のLEDをここで出していいものか迷ったが、出す前にセシリアが俺の背中を押した。



「松明などは必要ありませよ、ユキジ。中は入いると、とても明るくなるんです」

「え、そうなの?」



 先行するセシリアを信じて中に入り少し進むと、ぼんやりとだが周りを確認出来るくらいの薄い緑色の明るさがついた。



「んおっ⁉︎ どうなってんだ、このダンジョン?」

「この地下ダンジョンは輝光石が多く含まれているんです」



 進め進めとダンジョンの中へと俺の背中を押しながらセシリアが答える。



「なるほどねぇ。だから明るいんだ」

「おい、ラクス。輝光石ってなんなんだ?」



 隣まで追いつくように歩いて来て一人納得した呟きをするラクスに、俺は聞きなれない言葉の説明を求めた。



「輝光石は街の街頭や室内の照明に多く使われてる石で、魔力を注ぐ量で明るさや色が変わる、この世界の何処でも取れる天然石だよ」

 街の灯りはなんのエネルギーで明るいのかと思ったら、魔力を込めたこの石が材料だったのか。



「ってことは、この洞窟にも誰かが魔力をたまに注いでるから?」

「そんな人はいませんよ」


 

 セシリアは人差し指を振って俺の考えの間違いを指摘した。



「加工前の天然の輝光石は逆に近づく物の魔力を吸い取り輝いてるんです」

「そうなの⁉︎」

「はい。といっても微々たるものですが」



 俺より驚いたのはラクス。

 どうやら加工前の輝光石のマイナス部分は知らなかったらしい。



「ってことは、ここにいる間、俺たちはずっとこの石に魔力が吸われてるってこと?」

「はい。この明るさが無くなったとき、私たちの魔力と視界はゼロというわけですね」



 最悪だな。セシリアはニコニコ楽しそうに言ってるが、魔力が切れたときが戦闘中なら魔法に頼った回復と攻撃は出来ないし、普通の攻撃も当てることすら難しくなる。

 一応明かりはあるが、暗くなってから準備する余裕があるとも思えないし、こんな嫌味なダンジョンは中盤以降の何かしら対策が出来るようになった時に持って来てもらいたいもんだよ。



「…………!っ」



 てかさ、セシリアの回復も当てに出来ないってこと⁉︎ いやいや! 流石に対策してるんだよな、セシリアは⁉︎



「セ、セシリア!」

「はい? なんでしょうか、ユキジ?」

「このダンジョンの対策は──」

「シスター‼︎」



 俺の言葉を遮るように入り口で今は小さくなってよく見えない門番が此方に向かって大きく叫んだ。



「申し訳ないのですが、近隣住民や街の安全のため扉を閉めます。ダンジョンから出るときには、この扉にあるこちらの小窓を開けてお知らせ下さい!」

「わかりました」



 扉が閉められるとダンジョン内の微妙な明るさが尚更引き立ってお化け屋敷にいるみたいで少し怖い。



「……それでは、時間も限られていることですし、急ぎ足で参りましょうか?」

「そうだな。んじゃ、俺が前を歩くよ」



 はじめてのダンジョン探索を楽しみたいところだけど、魔力吸い取りダンジョンという時間制限なため先を急ぐ中、なんとなくカッコつけて前を歩くが……。



 ピチャ。

「ひいっ⁉︎」



「…………」

 水音にもビビる始末に、後ろのラクスから残念な視線をビンビンに感じるため息が漏れた。



「……ったく。ユキジはカッコつけのチキン野郎なんだから」

「誰がカッコつけのチキン野郎だ!」



 ピチャ。

「あひゃ⁉︎」



「そういうのが」

「うっ⁉︎」



 このままだと日が暮れると思ったのか、情けない俺を見ていられなくなったのかはわからないが、ラクスは隣までくると俺の手を握ってズンズン前に引っ張り出した。



「ほらほら、どんどん前へ行こう!」

「お、おい!」



 まさかこいつ、俺の気持ちをわかってて──



「ラクス、お前……」

「どう? ボクが隣だと怖くないでしょ?」

「バ、バカ野郎! 俺は怖くもないし、ビビっても──」

「手、放すよ?」

「やめてラクスさん! 一人にしないで下さい!」

「くふふっ、素直でよろしい。んでさぁ、相談したいことがあるんだけど……いい?」

「な、なんだ? 金ならやらないぞ?」

「このクエストの報酬がたんまりあるのにユキジからお金なんて取らないよ」

「じゃあ、なんだよ?」

 すごく嫌な予感がする。




「……今夜も晩酌いいよね?」

 しょうもな。それが狙いだったのか。



「……わかったよ。頼むから、ほどほどにしてくれよ?」

「任せといて!」

 ラクスが嬉しそうに自分の胸を叩く姿を見て、今夜も自分が彼女を介抱する覚悟を決めた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 マキュラの地下ダンジョン。

 三百年くらい昔、ここは《ヴァンパイアのマキュラ》が寝床としていたことで有名で、退治された後もモンスター出現の報告が絶えることがなく、現在でも定期的に攻略が進む謎の多い地下ダンジョン──



「──なんだってさ」

「ふーん。そんな地下ダンジョンに現れたミノタウルスのことを、ギルドはどうやって知ったんだ?」

「へっ?」



 気分転換にと話してくれたラクスの話に、俺は意地悪するつもりもないが、 純粋に疑問に思ったことを質問。



「『へっ?』じゃねぇよ。未だにモンスターが出るダンジョンの隅々まで誰かが見回りしてるわけでもないんだろ? なんでだ?」

「あ〜……うん。どうしてだろ?」

「おいおい、知らないのかよ?」

「うん。ボクもこの話を結構前にギルドで飲んだくれてたハイエナさんが噂してたのを聞いただけだし」



 よくもまあ、そんな噂話を自慢気に話せたもんだ。



「セシリアはなにか知ってる?」

「ちょっと、ユキジ。私が知らないのにセシリアが知ってるわけ──」

「なんでも、マキュラが隠し部屋にモンスターを召喚する魔方陣を描いていたらしく、それを解除することが出来ないので、こうやって定期的にダンジョン内を冒険者のレベル上げやお金稼ぎのために解放して掃除しているようです」

「知ってるみたいだぞ」

「ちっ」

 ラクスは面白くないと舌を打った。



「その魔法陣からはミノタウルスしか出ないのか?」

「いいえ。今回がミノタウロスというわけで、いつもはゾンビやスライム、大型吸血コウモリや人喰い蛇など低級モンスターが多いようです」



 普通のコウモリや蛇は低級かもだけど、吸血や人喰いの言葉がついた時点で普通じゃなく、これっぽっちも会いたくなくなった。



「じゃあ、どうして今回は入る前からミノタウルスが出たとわかったんだ?」

「あっ! その辺をお教えしていませんでしたね」



「「?」」

 俺とラクスは首を傾げる。



「実は、先日このダンジョンに入った隣街の《サーラン》の下級職レベル4の冒険者六人組の一人が『ミノタウルスに仲間が全員殺された! 助けてくれ!』と、自身もボロボロの瀕死状態でダンジョン入り口の門を叩いたそうです」



「「えっ⁉︎」」




「その方は無事保護され、ダンジョン内の様子を聞いたので今回のマキュラダンジョンには先のゾンビやスライムは出てこなくて、討伐対象のミノタウルス一匹が出るとわかっているわけです」



「「…………」」



 にこやかに怖い話を喋り聞かされ冷や汗。



「……それ本当、セシリアさん?」

「はい」



 おおっ……。



「……ってわけだよ。ユキジ知らなかったでしょ〜……」

「ちゃっかり知ってたサイドに便乗すんな。お前も知らなかっただろ!」

「ま、まぁね。にしても、死人が五人も出てるなんてね」

「だな」

 ミノタウロス一匹にしては報酬が高額とは思ったが、そういうことか。



「ふう〜……」

 会ったことないけど、魔法陣描いて死んだマキュラのこと超恨むわ。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 ここに入って体感で一時間くらいにはなるだろうか? 空洞内は相変わらず明るさを保っているが、これは魔力が常に減っているという現れなので、俺たちは常に早足でモンスターが現れたという場所に向かっていた。

 手ぶらのラクスが追いついてくるのはともかく、あんな重たそうな十字架を背負ったセシリアがニコニコのスタスタで付いて来るのは驚いた。



「ユキジ。そろそろ情報のあった目的地に着きます」

「おっ、了解。……ってことらしいんで、俺はどうしたらいいんだ、ラクス?」



 ここまで先頭を切って二人で歩いて来たが、モンスターが近いとなればラクスに聞くのが一番だ。

 俺は掴んでいた手を今まで以上に強く握った。



「どうしたの? 急に弱々しくなっちゃて」

「俺はずっと弱々しいよ! 昨日、死者が出たようなダンジョンで俺が活躍できるわけねぇんだから、本当に頼むぞ、お前!」

「んふふ〜っ、しょうがないなぁ〜。此処からはボク一人で先頭を歩くから、ユキジはセシリアとちょっと遅れて後ろから付いて来て」

「あざっす! お願いします、ラクス皇帝!」

「お任せします、ラクス」

「うんうん! 任せな……んっ⁉︎」

「どうした?」

「しっ!」




 隊列変更しようと動いたその時、ラクスは何かの気配を感じ取って振り返ると、俺とセシリアを掴んで慌ただしく道脇の石の影に隠れた。



「なな、なんなんだよ、ラクス!」

「しーっ。ミノタウルスだよ」

「えっ、もういたの⁉︎」

 エンカウント早えな、おい!



 石の影から覗くラクスの背中から俺とセシリアも同じように覗くと、目の前の別の入り口から足音が聞こえ、徐々にその姿を現した。



「……ムフッ‼︎」



 予想通り、牛頭人身のその姿は広がった空洞ないをくまなく見渡し、鼻息を荒くして周りをキョロキョロとして警戒しているようだ。確か本物の牛は目があまり良くないって話を聞いたことがあるが奴はどうなんだ?



「間違いないですね、あれはミノタウルスです」

「ちょっと思ったんだが、輝光石ってのはモンスターの魔力も吸い取るのか?」

「加工前の輝光石は人だろうとモンスターだろうと無差別に魔力を吸い取るはずです」

「ということは……あのミノタウルスの魔力がゼロだった場合、ここいらの空洞内の明かりで、敵だろうと味方だろうと奴は魔力を持った進入者を察知してるわけだ?」

「そうなりますね」



 俺とセシリアは顔を見合わせ重く頷いた。



「ミノタウルスが此処に出現してから約二日。すでに敵の魔力はゼロと判断します。ですので、敵は魔法を使った攻撃はせず戦闘は肉弾戦になると思いますので、先ずは魔法で防御力の底上げを──」

「ああ、大丈夫。戦ったことがないのにやたら自信満々な肉弾戦のプロフェッショナルがいるから、俺たちはちょっと後方で見てよう」

「えっ?」

「頼んだぞ、バトルカイザーさん」

「バ、バトルカイザー⁉︎」

「任せといて! 早速、『アクセルドライブ!』」



 足元に現れた金色に光る魔法陣を踏んで加速したラクスは、辺りを探索していたミノタウルスが気付く時間すら与えず奴の足元に飛び込んで足を払って倒すと、すぐさま空中に飛び上がり──



「『アクセル』!」



 空中に展開した2つ目の魔方陣を踏んでさらに加速し、ミノタウルスの腹に膝蹴りで急降下‼︎



「どぉりぃやああああああああああああっ‼︎」

「ブモッオオオオオオオオオオオオオオオオ⁉︎」



 メリメリと音を立ててラクスの膝がみぞおちに食い込むミノタウルスを見ていた俺は思わず目を手で覆うが、指の隙間からどうなるのか凝視し続ける。



「うわっ……怖っ」

「グモッ‼︎ グモモモモモモモモモモッ⁉︎」



 完全にラクスの膝が腹に食い込んでくの字に曲がったミノタウルスは狂ったように踠き暴れていたが、奴の抵抗は満腹皇帝の前では虚しく、ラクスに顔面を掴み抑えられ地面に押し付けられたミノタウルスは、爆薬を発破したような音をダンジョンに響かせてアッサリととどめを刺された。

 これほど圧倒的な勝負になるとは……。



「ふう〜……一撃で仕留めそこなっちゃったから苦しめちゃってごめんね?」

 普通に怖いこと言うな、この女。



「おーい! もうこっち来てもいいよー!」

「お、おう!」

 


 恐る恐る近づいてミノタウルスの大きさを確認すると、身長はかなり大きくて二メートルくらい。顔は潰されてはいないが下を出して白目を向いていた。

 初見殺しとはこのことだな……こいつには相手が悪かったとしか言いようがないが、せめて安らかに成仏してくれ。

 そう思いながら俺は屈んでミノタウルスに手を合わせた。



「どお、ユキジ? 楽勝だったでしょ!」



 褒めてほしいのだろうか? ラクスは小さな身体を胸を張って大きく見せた。



「ほぼ不意打ちだったけど、有言実行でCランクのミノタウルスに圧勝したのは驚いたよ」

「でしょ、でしょ!」

「すごいです、ラクス! しかもラクスがバトルカイザーだったなんて!」

「えへへ〜! すごいで──」



 瞬間、何が起こったのかわからなかった。

 自慢気に胸を張っていたラクスが目の前から消えると同時に現れたのは、目を赤くして興奮したミノタウルスの姿⁉︎



「ンブーッ‼︎ ンブーッ‼︎」

「なななっ⁉︎」



 視線を動かし横を見ると、ラクスの倒したミノタウルスは間違いなく俺たちの足元に転がっている。

 ということはもう一匹いたのか⁉︎



「セセセ、セシリアさん! ミノタウルスの討伐は一匹じゃありませんでした⁉︎ こちらの方は何方でしょうか⁉︎ すごく怒ってるみたいなんですけど!」

「し、知りませんよ! 依頼書には間違いなく一頭と書かれてましたし! しかも──」

「しかも!? しかもなに!?」

「この黒毛のミノタウロスは上位種です!」

「じょ、上位種っ!?」



 もうやだぁ、こんちくしょー! マキュラの召喚陣が発動したとでもいうのかよ‼︎



「ラクス! ラクス、大丈夫か⁉︎」



 壁に打ち付けられ頭をぶつけて気絶でもしたのか、俺の声にピクリとも反応しないラクス。

 くそっ! 不意打ちには不意打ちかよ!



 ラクスの無事を祈りながら俺は木刀を引き抜くと、セシリアを庇うようにすぐに前に出る。



「セシリア! 君は俺が守るから!」

「ユキジ……」

「おい、ミノタウロス! まさか女性から襲うなんてことしないよな! お前の相手は──」

「ブモッ」

「はぶっ!?」

「ユキジ‼︎」



 たったの一発。ミノタウルスの虫でも軽く払ったような裏拳を顔面に受けて地面に横たわり、セシリアの前で情け無い姿を晒してしまったが、そんなことを気にする暇はなく、再びミノタウルスに立ち向かおうとするが──



「このっ……あれっ?」



 たった一発もらっただけで視界は回り、足はガクガク震えて立ち上がろうとしても力が入らない。

 しかも木刀は先のメルメー戦で限界を迎えていたのだろう、倒れる寸前に地面に突き立てると三分の一ほどが折れ、俺は地面に前のめりに倒れた。



「はぁ……はぁ……けほっ!」

 殴られた顔の痛みは麻痺しているのか全然痛くはないが、鼻血のせいか口でしか息が出来ない。




「大丈夫ですか、ユキジ! 直ぐに回復を!」



 俺に向かって走ってくるセシリア。そんな彼女の背後に迫る危機を知った俺は口を大きく開いて息を吸うと、今まで出したことのないくらいの声量で叫んだ! 



「──俺のことなんてほっといていい! 後ろだ、セシリア‼︎」



 しかし俺が叫んだときにはもう遅かった。すでにセシリアを包む大きな影が彼女の背後で拳を振り上げていたからだ。



「……っ」



 それに気づいたセシリアが振り返るも驚きで声にならないし身動きも出来ないように俺には見えた。



「ンブッ‼︎」



 弱そうな人間から狙うなら間違いなく俺からだろうに、セシリアに攻撃を定めたミノタウルスは彼女を殺す勢いで何度も何度も土煙が上がるほどに拳を叩きつけた。



「あ……ああっ……くそっ。セシリア……セシリア……ごめん! 俺が弱いから……」



 何度、殴ったのだろう? 何度、叫んだのだろう?

 止まったミノタウルスの拳打に何も出来なかった俺は思わず顔を伏せるしかなかった。



「──誰だって最初は弱いっての」

「えっ?」

「あたしを呼んだかユキジ?」



 土煙の中から俺の名前を呼ぶ声。その声の主を探すように俺は目を凝らすと、徐々に収まる土煙から現れたのはミノタウルスの両手首を細腕のセシリアが捻り締め上げているのを見て、このとき初めて拳打は止めたのではなく彼女に止められていたことがわかった。



「セ、セシリア? セシリアなのか?」

「心配してくれてありがとな。ちゃっちゃとコイツを片付けっから待っててくれよな」

「片付けるって、1人じゃ──」

「まっ、見てなって」



 セシリアは余裕の笑みを俺に向けて、睨みをミノタウロスに向けた。



「さてさて……お気にの服を汚したクソザコにお礼をしないとな……死ねや、ボケッ‼︎」

「ブモモモモモモモモッ‼︎」



 清楚で可憐な彼女は何処へ?

 セシリアはミノタウルスをまるで小さなボールのように軽々持ち上げると壁に向かって投げた。



「ブモッ!」



 ──が、腐っても相手はDランクモンスター。

 反応も早く、ミノタウルスは空中で身体を捻り壁を蹴って着地をするとセシリアを睨み吠える。



「ブルルルッ!」

「ハッ! なかなかいい動きすんじゃねぇか!」

「小娘が調子に乗りおって、大地の怒りを知れ! 『アースクエイク』っ‼︎」



 牛喋るんかい!  というか、此方のミノタウルスはまだまだ魔力が有り余ってるようで、ミノタウルスの足元に茶色い魔法陣が展開されると、地面がクリスタルのように突き出しながら俺たちの方向に襲いかかって来た!



「ひぃいいいいいいいいっ⁉︎ こっち来たぁああああああああっ⁉︎」

「心配すんな! あたしが守ってやっから、そこを一歩も動くんじゃねぇ、ユキジっ!」

「は、はいっ‼︎」

「我らに向けられた全ての攻撃を無としろ! 『イージス』ッ‼︎」



 俺が屈んだのを見たセシリアは、背中の十字架を軽々と片手で持ち上げクルクルっと回して地面に突き刺すと、瞬時に二人を覆うように青白い光が現れ、ミノタウルスのアースクエイクの魔法はその光に弾かれるように逸れ、俺もセシリアも無傷でその場にいた。



「……クククッ。もしかして今のが攻撃か? ま、てめぇクラスのモンスターじゃ今のが精一杯だろうな」

「モモモ〜……」



 どっちがモンスターなのだろう。その力に俺もミノタウルスも何が起こったのかわからず口をあんぐりと開けた。



「悪りぃけど、オメェみたいなザコに付き合うほどあたしたちは暇じゃねぇ、こっちは魔力を少しも無駄に出来ねぇから、さっさと終わらせて貰うぜ!」



 重たそうな十字架を地面から軽々と片手で抜くと、十字架にある持ち手を掴み、それをミノタウルスに構え唱えた。



「我に牙を向ける魔物に聖なる鉄槌を! 『ディバインブロー』‼︎」



 セシリアの言葉にビクついたミノタウルスは、その大きな巨体を身を縮めて震えてうずくまる。



「…………モッ?」



 ──が、しかし。身構えるミノタウルスには数秒経っても魔法の奇跡のような攻撃は襲ってこない。

 当然だ。単語の意味が理解出来れば武器は()っている(・・・・)とわかるからだ。



「何やってんの、お前?」



 拳をポキポキ鳴らしながらゆっくり歩いて行ったセシリアが、これから何をされるのか理解した冷や汗のミノタウルスを見下ろして笑みを浮かべた。



「バァーカッ‼︎」

「ブッ⁉︎」



 小さくなったミノタウロス頭に身体をしならせて叩きつけた一撃の拳で奴は白目を向いたまま反撃することもなくフラフラしながら先に倒れたミノタウルスの傍らに倒れるとピクピクと痙攣して、その後二度と奴が起き上がることはなかった。



「討伐完了っと……くぁ〜っ! 早く帰って風呂入りてぇ〜」



 ギルドカードでクエスト完了を確認し、背中に十字架を背負うと軽く衣服の土埃を払うセシリア。

 とんでもな出来事の連続に脳内整理が追いつかないまま俺はセシリアに声をかけた。



「……け、怪我をしてないのですか?」

「あんな牛の攻撃で怪我するわけねぇだろ? 全部余裕でかわしてノーダメだ。てか、あたしの心配するよりあそこで寝てる相方はいいのか?」

「そうだ、ラクス⁉︎」



 震える身体をやっとのことで起こすと、俺は早く助けたくて這うように走ってラクスのもとに向かう。

 そんな俺を横目にセシリアはため息混じりに言った。



「はぁ〜……。ま、心配しなくても今のユキジよりは大丈夫か」

「へっ?」

「……おい。相棒が可愛そうだと思うなら、そろそろ起きてもいいんじゃねぇかラクス?」



 その言葉に項垂れていた頭がピクリと動くと此方を笑って見上げた。



「……なぁ〜んだ。とっくにバレてたのか」

「うぇ⁉︎」



 セシリアの言葉でケロッとした表情で飛び起きたラクスを見て驚いた俺を無視して、あいつは首をコキコキ鳴らし、何事もなかったように此方に歩いてきながらセシリアに話しかけた。



「いつからわかってたの?」

「二匹目のミノタウルスが現れる前からだ。戦闘特化のバトルカイザーが敵に背後を許すとは思えないし、ミノタウルスに払われた直後に防御するのと壁に当たる瞬間に受け身してたのが見えた」

「あちゃー、見えてたか。バレないように上手くやったつもりだったのになぁ〜」



 ヘラヘラとするラクスだが、一般人の俺には見えない辺り、あの一瞬でバトル漫画みたいな超展開なやりとりが繰り広げられていたのか。



「ま、ボクも誤算があったけど」

「……誤算?」



 俺が聞くとラクスは俺の顔をため息混じりに見つめた。



「ユキジがセシリアを庇って前に出ちゃったことだよ。ユキジを怪我させるつもりなかったのにどうして前に出ちゃったの?」

「いやいやいやっ! 俺、お前の作戦知らねぇし!」

「んでも、あたしはこいつの頑張りは褒めてやりてぇよ。あたしはコイツ、ミノタウルス見て死んだフリするか逃げると思ってたから」

「おいっ‼︎」

 酷いなこいつら。



「てめぇら! 俺がどんな気持ちでミノタウルスの前に出たのかわかってんのか! ちょっとは労われ!」

「あ〜っ、はいはい。ごめんね、ごめんなさい。労わればいいの? 労わりますよ? 鼻血が出っぱなしですけど大丈夫ですか?」

「へっ?」



 ラクスに言われ、ここで俺は自分の状態を初めて確かめる。

 手で触る鼻からはまだ鼻血がダラダラ出てるし、殴られた頬は折れているのわからないが、緊張が解けて意識しだすとズキズキと鈍い痛み。

 気絶しないだけマシなのか気絶したほうが良かったのか今更ながら激痛が襲ってくる。



「うわっ……いつつつつっ⁉︎」



 自分で自分の怪我に引く。

 そんな俺を薄暗い中、距離もあるのに適当な診断をしたセシリアが言う。



「……見た目以上に軽傷だな。明日には治るだろ」

「遠目で適当診察すんな! こんな痛みの怪我が明日までに治るわけねぇだろ! 鼻血も出て、こんなに痛いのに! ちくしょう、マジで痛い! これ折れてるよ! 絶対に折れてるってええええええええっ‼︎」

「うるせぇ‼︎ 男が今更ギャーギャー騒いで痛がんな。鼻も折れてねぇし、擦り傷程度だろ……多分」

「また遠目で適当診察! 多分だろ! よく見てみろ! 顔が明らかに腫れてんだろうがい!」

「大丈夫、大丈夫。おめぇは最初からそんな顔だった」

「うるせぇ! もうちょっとマシな顔してたわ!」

「ったく。 最初の威勢はどこ行ったのやら……まぁ、半分はあたしのせいだからしょうがねぇか。おい、今回はサービスでいい魔法を使ってやんよ」

「いい魔法?」

「そこを動くなよ……傷ついた勇敢な戦士に癒しの光を……『アークヒール』!」

「ん……お、おっ⁉︎」



 セシリアの突き出した手の平に魔法陣が現れると淡い緑色の光が俺を包み込み、鼻の痛みどころか身体中の痛みが一瞬で癒えたのがわかる。

 これが回復魔法の効果か……こりゃ確かに医者いらずだ。



「……うし。もう痛くねぇだろ?」



 その言葉に顔を何度も触り、口の中を舌で確かめる。



「本当だ、全然痛くない! マジでありがとう、セシリア!」

「ったり前だ。戦闘よりも回復が得意なシスターが、手抜きの回復なんかすっかよ」

「戦闘より回復が得意? てか、セシリア──」

「待て待て」



 セシリアは俺の言葉を止めるように手を振り上げると通って来た道を指差し言った。



「話は後にしな。無駄に体力を使っちまったから魔力の回復が輝光石の吸う早さに追いつかねぇ」

「へっ? それどういう意味?」

「詳しい話は後だ。クエストも終わったし、先ずは此処から立ち去るほうが先だぜ」

「よ、よくわかんないけど! 急いで此処から出なきゃいけないのはわかった! 行くぞ、ラクス!」

「あぁ〜、はいはい」

「入口まで走るから付いて来いよ、二人とも!」



 行きとは違って、頼りになるセシリア姉さんを追いかけて、俺とラクスはパキュラ地下ダンジョンを駆け抜けた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







 地下ダンジョンから飛び出すと景色は夕暮れを知らせるウィンベルの教会の鐘の音が小さくもダンジョン近くのここまで響いていた。

 まさか本当に夕方までに帰れると思わなかったし、地下ダンジョンを出るまで輝光石の明かりが鈍くならなかったのは二人の魔力のおかげだろう。



「くは……はぁ……はぁ……ひ、久しぶりに……ほ、本気で走った! やべぇ〜……し、心臓が破裂しそうだ!」

「ん〜。いい運動になったね。軽くお腹空いたよぉ」



 汗だくの息が上がって酸欠になりかけの俺と違って、ラクスはまるで散歩して帰ってきたような清々しさと空腹感。

 足場の悪い洞窟内を体感三キロ以上は全速力で走ったぞ? バケモンかこいつ。



「クエスト終了を確認。本当に夕方には帰ってくるとは驚きです、シスター」

 そんな俺たちを置いて、セシリアは門番とクエスト達成の報告をすます。



「まぁな。それよりミノタウルスが二匹も出やがったぞ」

「いっ!? 本当ですか!?」

「ほれっ」

 セシリアはギルドカードを門番に見せると、それを見た彼らは「「「「いっ!?」」」」と驚きの声を上げた。



「確かに! しかも一匹は黒毛の上位種!?」

「だろ? こいつはギルドで出されたらAかBクラスの奴だぞ。どうなってやがる?」

 セシリアは門番に自分のギルドカードを見せズイズイ迫る。つーか、あのミノタウロスそんなに危ない奴だったの!?

 良かったぁ! 俺、生きてるよぉ!



「そ、それは我々に言われましても⁉︎」

「ちっ。ギルドにいちゃもんつけて、ふんだくるきゃねぇか」

 なんて奴だ。

 そんなセシリアから感じとった違和感に門番が聞く。




「あ、あの~……」

「あん? なんだ?」

「……な、なにか雰囲気が変わられました?」

 まあ、そう思いますわな。



「んにゃ、あたしは最初からこうだ」

 嘘つけっ!



「んじゃあ、あたしらは帰っから」

「は、はっ! お疲れ様です!」



 門番に敬礼され話を済ませたセシリアが此方に来ると、ご機嫌で言った。



「よっ、お疲れさん。クエストは無事終了だな」



 息を乱すことなく屈みこんでヘタっている俺の背中を叩いて激励するセシリア。



「んぁ、ああ。おつかれ、セシリア」

「なにが無事終了よ!」



 とりあえず無事終了したことに俺はセシリアと握手を交わすが、そんな状況を和やかに見守らない一人のちびっ子は、怒鳴りながら頭一つ分は違うセシリアを下から睨みつけた。



「言っておくけど、ボクはセシリアを完全に許したわけじゃないよ! どうしてこんなことをしたのか理由を全部聞かせてくれなきゃ、ボコボコに殴って報酬を全部ぶんどる!」

 そこまですると、お前のほうが悪人だ。



「おいおい。あたしにも生活があんだから報酬を全部ぶんどるのは勘弁してくれよ。そうだな〜……今は気分がいいから理由を一つくらいは教えてもいいかな」

「それでもいい!」

 いいんかい!



「セシリアの狙いがなんなのか教えてくれたらね」

 おっと、そこは譲らないのか。



 相変わらず主導権はセシリアのままのようだが、ラクスはセシリアに怯むことなく対峙して睨みつける。そこにはクエストを攻略した仲間意識なんてものは一切感じない緊迫した状況に、俺はヘトヘト身体を二人の間に入れた。



「ま、待て待て! こんなとこで喧嘩するつもりか?」

「誤解しないでユキジ。ボクはセシリアと拳で殴り合いをしたいわけじゃないよ」

 理由を話さなきゃボコボコに殴るとか言ってたけどな。



「……でも、セシリアがどうしてもボクと戦いたいなら本気で相手にしなくもないけどさ?」

 威圧すんな、威圧すんな。



「どうなんだ、セシリアは?」

 俺の不安そうな問いかけとラクスの言葉を聞いたセシリアを見ると、彼女もそのつもりは一切ないらしく、笑みを浮かべてかぶりを振った。



「……んまぁ、なんだ! いろいろあったけど、みんな無事だったんだし、仲間同士でツンツン、イライラ腹の探り合いはやめにしようぜ!」

「仲間、仲間、仲間! そうやって、またユキジはセシリアの味方をする! ボクとセシリアのどっちが大切なの⁉︎ セシリアのこと好きなの⁉︎」

「すっ、好きとか嫌いとか関係ない! 俺は別にセシリアの味方をしてるつもりはねぇよ!」

「そんなつもりなくてもそう見えるの! あのさ、ユキジは疑問に思わないの⁉︎ レベルの低いシスターがDランクモンスターのクエストを持って低レベルの私たちを誘ってきたり、さっきの戦闘でミノタウルスの魔法攻撃をあっさり弾いたり、頭を狙って一撃で仕留めたり怪しいとこだらけだったのに!」

「それは確かに思ってけど……」



 本当はセシリアが可愛いくて全然そんなことを気にしなくなったとは言わないし、真剣にそのことを考えてたときに誰かさんが「報酬! 報酬!」とうるさかったことは言わない。



「そんなの引っくるめて考えられるのは、レベル1なのに初期ステータスで極めた上級職とほぼ同じ、ボクと同じ究極職・・・のレベル1だって可能性だよ」

「へ〜……んなっ⁉︎ 究極職⁉︎ セシリアが⁉︎」

「そうだよ」

「待て待て! お前が言ってたように、ただのお金稼ぎでDランククエストを持って来た可能性もあったし、そしたら俺とセシリアは大怪我してたんだぞ?」

 俺はもう怪我してたんだけど。



「だとわかったら、ボクもミノタウルスに一撃もらう前に倒してた」

「……ってことは、一番怪しむ理由があるんだな?」

「うん。あの輝光石の魔力吸収」

「? あの石の魔力吸収とセシリアに一体何の関係があるてんだ?」

「実はミノタウルス戦が終わった後、ボクの魔力は残ってなかったの。なのに地下ダンジョンの明かりは保たれたままだった……ユキジがボクならどう思う?」

「そりゃあ……俺の魔力かな? とか?」

「へっ、笑っちゃう。ユキジの魔力なんて1秒もったらいいとこだよ」

「おいっ!」

 宇宙から来た光の戦士でも地球上では三分もつのに、俺は輝光石のダンジョンで1秒も輝くことすらねぇのかよ。



「話に戻るけど、今のルートで同じ時間、地下ダンジョンの明かりをあの時間保てる職業なんて、上級職のレベルカンスト前のほんの一握りの職業で、多分ウィザードとかアークプリーストくらいなんじゃないかと思うの」

「なるほど」

「でもセシリアはシスターのレベル1。こりゃ尚更怪しくなってくるってもんでしょ? 余程の馬鹿か自信がないとシスターが手を出すクエストじゃないって」

「な、なるほどだな!」



 ミノタウルスに突っ込んで、ダンジョン脱出までそんなこと考えてたのか。




「という考えを纏めて、やっぱセシリアはなにか裏があってボクたちに近づいたと思ったんだよ! えっへん!」




 そこまで話してラクスは自信満々のドヤ顔。

 このロリッ子も頭を使うんだと感心の一言だが、女の子なんだから身体は大事にしないと。

 んで、俺の犠牲は?



「へ〜っ、ラクスは見た目以上に利口なんだな」

「ふふふ〜ん。まあね」

 今のはちょっとバカにされてないかね、ラクスさん?



「んじゃまぁ話も済んだことだし、ギルドに帰ろうぜ」

「待て待て、セシリア」



 何事も無かったように歩き出し、俺の横を抜けるセシリアの手を引く。



「ってえな。何処にも逃げねぇよ。あたしは立ち話は好きじゃねぇの」

「ラクスの問いに答えてないだろ? せめて一つくらい自分の秘密を答えてからでもいいんじゃないか?」



 自分のペースを崩さず勝手な振る舞いをするセシリアに思わず手に力が入る。



「い、痛いっ! 強く握らないで下さい、ユキジ!」

「うわぁっと、ごめん⁉︎」



 シスターセシリアになった彼女の声に、俺は慌てて手を引いて謝る。



「ったく、気をつけろ! 女の子はデリケートに扱え、このバカッ!」

「てめぇ、調子にのんなよ!」

「こ、怖いです、ユキジ!」



 プルプルとその場で頭を抑えて震えるセシリアさん。



「あぁ〜っとと! ごめんね、セシリア?」

「わかればいいんだ。わかれば」

「こんのぉ!」

「きゃあ⁉︎ なんでもしますから叩かないで下さい!」

「えっ⁉︎ いや、ごめん……って、セシリア!」

「くふふっ。さぁ、早く街へ帰って風呂と飯にしようぜ、ユキジ」

「お、お前っ!」



 そう言って俺の横を抜ける瞬間、セシリアが呟いた。



「ふふふっ。続きは後でな」

「っ⁉︎」



 その色気ある言葉にどうしていいかわからなくなった俺に、セシリアはウィンクをして置き去りにすると街へと歩いて行く。

 そんな一連のやりとりを見ていたラクスがボソッとため息混じりに一言。



「……情けな」

「言うな、ラクス」

 俺はそんな自分が大好きです。











◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆











「「それじゃあ! かんぱーい‼︎」」

「……はい、乾杯」

「皆さん、お疲れ様です」




 一度お風呂に入ってスッキリした後ギルドに再び集合した俺たちは、クエストの報酬八十万エールと追加で倒したミノタウルスの報酬四十万エールを受け取るとセシリアの気前でそれは均等に分けられ、食堂で夕食とクエスト成功を祝ってラクスとセシリアは酒を、俺と仕事終わり合流のメルティナさんはジュースを掲げて飲んだ。



「んぐんぐ……ぷはっ! 最高っ!」

「いい飲みっぷりじゃねぇか、ラクス! もう一杯いくか?」

「いくいくー!」

「ウェイターの姉さ〜ん。ゴールデンアワープレミアム二つ追加ね」

「はーい!」

「ア、アリムラさん。二人は随分と仲良くなったんですね」

「みたいですね。ダンジョン出た後はかなり険悪でしたがご覧の通りです」



 パーティ組んだときとか、さっきのギスギスした感じは何処へ行ったのか? ラクスは姉御肌のセシリアと肩を抱いて楽しく酒を飲み交わし、俺とメルティナさんがそんな二人を何処か納得いかない表情で見つめた。



「それにしても彼女が噂のセシリアさんとは驚きです」

「あっ、やっぱ調べたんですね」

「そりゃ、二人が心配でしたからね」

「で? やっぱセシリアはすごい有名人なんですか?」

「有名人といえば……まぁ、ある街でやらかしたことである意味有名人ですね」

「…………」

 まだ何か隠してやがるな、コイツ。



 俺が疑いと怪しみを込めたジト目で見ていると気づいたセシリア言った。



「んだ、メルティナはともかく。ユキジはあたしの顔をそんなに見つめて妊娠でもさせるつもりか?」

「アリムラさん、最低ですね。こっちを見ないで下さい」

「メルティナさんに言われるのが普通に一番傷つくんでやめてもらえます? 俺にそんな能力があるならここにいるみんなが妊婦さんですよ」



「「「最低」」」

 こんなに異世界でカス扱いな奴は俺の知る限り三人しかいないよ。



「あのね、皆さん。確かにセシリアは可愛いけど、俺は君に聞きたいことが沢山あって見てたんですがね?」

「あっ、そうだったの?」

「見直しました。アリムラさんは真面目ですね」

「そうでしょ?」

「そうかそうか、テメェが聞きたいことはあたしのスリーサイズだったのか!」

「そうだな! ぜひ教えてくれないか!」



 俺は耳に手を当て、セシリアのチラリと見せる風呂上がりの胸元を見ながら彼女の一言一言を聞き逃さないように通常の三倍集中する。



「ちょっと、ユキジ!」

「アリムラさん、本当に最低ですね。……担当代わりたい」

「てめぇ、セシリア!」

「今のはあたしが悪いか?」

「悪い! ……こほん! 冗談はやめてくれないか、セシリア」



 俺は緩んだ顔をキリッと引き締めると、唇を噛みしめるようにクソ真面目な言葉を口にした。



「好感度だだ下がりの今更遅いと思うけど、ユキジ?」

「うっさい、ラクス! やらない奴よりはマシだろうが!」

「アリムラさん、本当に最低です」

 どちらにしてもだだ下がりじゃねか!



 思春期男子からするとセシリアのスリーサイズに比べれば微々たる疑問なのだが、ラクスの刺さるような視線が痛いため此処は素直に本題に入ろう。



「んだよ、もう少し遊んでくれよ。真面目野郎だな、お前」

 俺だって本心じゃねぇよ。



「……じゃあラクスの考察が当たっていたかの問いに答えてほしい。セシリア、君はやっぱり究極職なのか?」

「……ま、今更隠したりすっとぼけてもだな。そうだよ。あたしの職業は究極職《シスタージェネラル》つぅ職業なんだわ。証拠だって……ほら」

「……だな」



 俺やメルティナさんに『ほれほれ』とギルドカードを見せつけると、それをメルティナさんが細めで睨んで『間違いなく本物です』と俺に頷いた。



 なるほど。シスターという部分は嘘じゃなかったわけだが、接点のなさそうなジェネラルはどっから来たんだ? つーか、そもそも、クエスト受注時やダンジョン内でもっとセシリアを怪しんで観察していれば……などと冷静に考えを纏める俺の反応が実につまらなかったのだろう。セシリアは口を尖らせ言った。



「んだよ〜。二人とももっと驚けよ〜。色気たっぷりの二十四歳のお姉さんを見てなんとも思わないとか罪な奴等だぞ、てめぇらは」

「ダンジョンで十分見ていろいろ驚かせてもらったから、ギルドカードで本当の職業を明かされたところで、お姉様について今更驚かないだけだ」

「私も皆さんが旅立たれた後、色々と調べましたので今更驚くことはありません」



 ていうか、こんなにいるものなの? こんな小さな街に究極職が偶然二人もいるものなの? 異世界特典で俺にはなんでそのセンスがなかったの!




「ねぇねぇ、メルティナ。《シスタージェネラル》って人気ないの?」

「うーん……人気がないってこともないけど、ぶっちゃけどうなんです?」

「ギルド職員があたしに聞くか? ったく……ラクスもそうなんだしわかるだろ? 究極職って訳ありだろ?」

「にしても、腐っても回復役なんだから他のパーティからお誘い多そうな人気者回復職が、ボクたちみたいな低レベルを利用しなくても良かったんじゃないかと思ってさ」

「……バカだな、お前」

 その謎がすでに解けている俺が横やり。



「それはラクスみたいに究極職特有のデメリットとか、冒険者デビューを失敗した過去とかセシリアにもあるから普通のパーティには入れなかったんじゃねぇの?」

「おっ! いい感してるじゃん、ユキジ。コレやる!」

「んぐっ⁉︎ んぐんぐ……ごくっ。……ありがとよ」



 セシリアは食いかけの唐揚げを俺の口に押し込む。

 脂っこいけど、揚げ物関節キッスの体験を本当にありがとう。



「ねぇねぇ! シスタージェネラルのメリットとデメリットってなんなの?」

「んふふっ。メリットは神さんの魔法が使えることと無限に魔力が回復することだ」

「神様の魔法と無限に魔力が回復⁉︎ それって神様の魔法が使いたい放題ってこと⁉︎ めっちゃ凄いじゃん! ねぇ、ユキジ」

「あ、うん。そだね〜」

 出たよ。究極職の究極チート。なんでもありなんだね、わかります。



「っても、デメリットのせいで半永久ってとこなんだけどな」

 やっぱセシリアの究極職もちゃんとデメリットが、あんのか。



「そのデメリットってなんなんだ?」

「そいつはな……」



「「……ごくっ」」



 俺とラクスが息を飲む中、セシリアが口を開いた。



「……やたら腹が減る」

 ──って、お前もかい!



「無限の魔力を生むには、無限の食欲が必要ってわけ」

「あっ、わかる!」



 それを聞いたラクスは、同じ境遇のセシリアの気持ちがわかるように目から安い涙を流した。



「ラクスも同じデメリットか! 空腹は辛いよなぁ」

「うん。究極職になってから食べても食べてもお腹すくし! 寝る時に何か食べ物もって寝ないと不安だしね!」

「……いや、あたしはそこまでじゃねぇ」

「なんでよー! 意気投合したと思ったのに!」

 


 どうやら、シスタージェネラルはどっかの腹減り皇帝と違って少し燃費がいいらしい。

 しかし、これも俺たちを誘った理由とは関係なさそうだ。




「んじゃあさぁ、なんで最初あんなぶりっ子セシリアで現れたわけ?」

「ぶりっ子言うな。ちゃんとした理由だってある」

「どんな?」

「あたしは……あたしは! あたしをちゃんと見てくれる、見た目で左右しない心に芯のある奴とパーティを組みたかったんだよ!」



「「…………」」




 え。なにその結婚相手を探してるような理由。



「へぇ〜。……い、意外と乙女だね。ぶふっ!」

「わ、笑ってやるなよ、ラクス……くくっ」

「だ、ダメよ、二人とも。わ、笑ったら失礼じゃない! ……ぷっ!」



「てめぇら笑ったな! 回復職がどんだけ苦労するか知らねぇからそんな笑えんだぞ!」

「だって自分をちゃんと見てくれる奴とかって……ぷっ! あははっ!」

「あのなぁ! 女のヒーラーは清楚でおしとやかなほど人気あんだから、私みたいなガサツで乱暴な野郎は外面だけでも良くしといたほうがいいだろが!」

 偉い! 凶暴性は自覚してるんですね、セシリアさん!



 けどまぁ、男から見て清楚なシスターは魅力的だからこそ、招待明かした後だと詐欺だと思ってしまうもので……ギャップのせいで離れて行く人が多いのだろうか?



「それで今まで上手くいったことあるのか?」

「いかねぇから、パーティ探してたんじゃねぇか」

「だろうな」

「王都のギルド職員のババアが『究極職だから勇者のパーティーですね』つーから紹介でとある有名な勇者パーティーに入ったら、やたらベタベタ触ってくる変態野郎の多いパーティばっかでよ! クエストの報酬をほとんど横取りするわ、勇者の夜の相手をするのは当たり前とあたしの部屋のベッドに裸で潜り込んでくるわ! 風呂は混浴だとわけのわからない理由でどうどうと女湯に入ってくるわ! 下着を干してたら全部盗むわ! あんのババアのせいであたしがどんな苦労したか!」

「王都の勇者は自由気ままに金銭感覚無しにやりたい放題のかなり良くない噂がありますが、あれはどうやら本当のようですね」

「へーっ」



 異世界もんの勇者ってなにやっても許されると思ってた。



「んーっ、一つ質問いいかセシリア?」

「んだよ、ラクス?」

「その~、流されるまま一緒にお風呂に入ったり、勇者の夜の相手したの?」

「んなっ⁉︎ そんなことするわきゃねぇだろ!」

「アリムラさん、最低です」

「今のは俺じゃないでしょ!」

 聞きたい気持ちはあったけどさ!



「んで、どうなの?」

「簀巻きにして頭から温泉に沈めたり、ベッドごと窓から投げてやったり、ボッコボッコにした後、教会の十字架に貼り付けたりしてやったよ!」

「うわっ……まさか、こ、殺し──」

「するか! あんな奴ら殺す価値もねぇよ! だけど、そしたらその沈めた奴とか貼り付けた奴らがあたしへの報復でギルドにある事ない事チクってよ! 慰謝料請求やら王都のギルドじゃブラックリストにのるわ……あーっ! 思い出しても腹が立つ‼︎ やっぱやっとくべきだったかもな!」

 飲み物を持つセシリアの手に力が入る。



 いやはやしかし、そこまでやればブラックリストも当然な気もするし、冒険者デビューがラクスとは違う方向ではっちゃけちゃってる危険人物を受け入れるこのギルドの懐の深さというか、来るもの拒まずのなんでもウェルカムなところも危ないなぁ。



「店の物を壊すと出入り禁止になりますよ、セシリアさん?」

「わ、わかってるよ、メルティナ!」

「んぐんぐ……かはーっ! んで? なんで私たちを誘ったの?」



 イライラとするセシリアを横目に、コップの酒を飲み干したラクスがずっと気になっていたことを聞く。



「んなの、あたしの悪名を知らない初心者パーティに見えたからに決まってんだろうが」

「おいっ」

「間違いではありませんけどね」



 しかしラクスには好印象だったようで、ニタニタ笑いながら揶揄うようにセシリアに言った。



「そんな理由であんなブリブリ猫被りしてたの?」

「確かにあの猫被りは痛かったわね」

「お前らブリブリ猫被り言うな! あたしだってあんな歯が浮くような上品な言葉なんか使いたかなかったけど、素人冒険者にでも初印象は大事だろ」

「え〜っ。ユキジはともかく、ボクは最初から今の感じで誘ってくれたほうが印象良かったよ?」

「同感です。アリムラさんは知りませんが」

「俺はともかくとか言うな! 俺だって今のセシリアほうが好きだよ!」

「ほ、本当か?」

「本当、本当。いろいろあったけど、セシリアのことは大好きだよ」

 サバサバした性格のセシリアもそれはそれでアリだ。



 するとセシリアは頬をぽりぽり搔きながら口を尖らせ少し悩んだ後、このタイミングしかないと思ったのか話を切り出した。



「……あ、あのよ、ユキジ。ダンジョンの時からってか、パーティ組む時にギルドでお前とラクスがコソコソ楽しそうに話してた時から思ってた頼みごとが一つあんだが……いいか?」

「頼み事?」

「こ、こんな居心地よくて気持ちが楽なことなくてよ。不束者だけどよ……あたしのこと、これからもこのパーティに……お前のそばに置いてくれねぇか?」

「…………」

 なんかセシリアが嫁に来たいみたいなことを言い出した。




「それって、これからも俺たちとパーティ組んでくれるってことなのか?」

「ダメか⁉︎ 騙してたこともちゃんと謝罪する! ユキジのレベルが上がるまでは前衛を任してくれたら、お前をちゃんと守ってやる! だから、お願いしたい。……返事は今直ぐにほしいわけじゃない……少しだけ……少しだけでいいから考えてくれねぇか?」



 アピールするものの断れるんじゃないかと俺を見つめるセシリアを安心させるように、ラクスは両腕で抱きしめて言った。



「やったね、ユキジ! セシリアがボクたちの仲間になってくれるなら百人力だよ! 仲良くしようね〜」

「ちょっと待て! 『仲良くしようね〜』って、俺は嬉しいけど、お前はそう簡単に受け入れられるのかよ?」

「受け入れるけど?」

「戦力と生存力が上がるのは良い事ではないですか?」

「ちょ、メルティナさんまで⁉︎ 二人ともセシリアのこと苦手というか毛嫌いしてたじゃねぇか!」



 パーティを組んでから気に入らない素振りを見せてたラクスを気にして俺が聞く。



「昔は昔ですよ、アリムラさん。ねっ、ラクス?」

「そうだね。最初はなんか裏がありそうだったから気に入らなかったけど、セシリアがここまで腹を割って自分のこと話してくれたし、ボクはセシリアのこと大好きだよ」

「あ、ありがとうな、ラクス」

 抱きつかれたままのセシリアは嬉しそうに頬を緩ませる。



 あの毛嫌いは、あまりに嘘くさい猫被りシスターだったから警戒してたってことか。



「んで、ユキジはどうなの?」

「えっ、俺?」

「そうですよ。遠いか近いか分かりませんが、行きたいんですよね。回復職が絶対に必要な高難易度クエスト。彼女ほど有能な人材はそうはいないと思いますが?」

 不安そうに見つめるセシリアとラクスとメルティナさんに聞かれるまでもない。



「……もちろん、セシリアの加入はこっちからお願いしたいくらいだよ。どうかな、セシリア?」

「ま、マジでか! よろしく頼むぜ!」

 セシリアが突き出した拳に俺は拳を当て答えた。



「よっしゃあ! クエスト完了祝いからセシリア歓迎会に切り替えて、二回目の乾杯っ!」



「かんぱーい‼︎」

「はい、乾杯!」

「ラクスとセシリアさんはほどほどにしてよね」



 素面の俺を前に、お姉様方はこの店の酒樽を潰すように、そうして今日の稼ぎも潰すように高価な酒を次から次えと飲んでいく姿を見ながら、これからのことについて少し考える。



 回復が出来る、しかも究極職のヒーラーが仲間になってくれることには大歓迎なのだが、高レベルの二人に見習いの俺は少し肩身が狭い……けど、そんな弱気は言ってられないな! 俺も頑張って早く二人に追いつこう!



「ところで、セシリア」

「んだ?」

「本当に俺みたいな初心者冒険者がいるパーティでいいのか? もうちょっと待てば、戦力的にも俺よりマシな人が見つかるんじゃないか?」

「ああ〜……もしかしてさっきの本気にしてんのか? だったら気にすんな。本当はちゃんとした理由があっから」



 酒とつまみとメルティナさんとの話に夢中のラクスを無視して、セシリアは俺を手招きで呼ぶと、くすぐったいほどの甘い声で耳打ちした。



(聞きたいか?)

(聞かせてくれるなら聞きたいね)



 するとセシリアは何か思い出すように目を横に流した。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「セシリア! 君は俺が守るから!」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「……プッ。あんなこと言われたの初めてだぜ」

「あんなこと? なんの話だよ、セシリア? てか、何笑ってんだ?」

「なぁーんでもねぇよ。理由……理由か? そうだな……強いて言うなら理由は一つ」



 しばしの沈黙の後、セシリアは言った。



「……お前……ユキジのことを本気で好きになっちまったからだよ」

「んなっ⁉︎」





 ダンジョンを走っても酒を飲んでも染まってなかったセシリアの頬が今はピンク色に染まって、出会った頃よりも卑怯なほど可愛い笑顔をしていた。

 今のなんでもない言葉が嘘だとしても、初見でこの顔をされてたら、きっと俺はガチで心を奪われてたに違いない。



「……なんてな」

「お、お前! 今の顔と台詞はズルイぞ!」

「はて、なんのことやら? ふふふっ」



 顔を赤くした俺を面白そうにセシリアが揶揄いながら美味しいそうにゴールデンアワーをグイグイ飲み干す。



「かはーっ! お前と飲む酒は美味いぜ!」

「ったく。そりゃ良かったな」



 こうして俺達に新しい仲間、究極職のシスタージェネラルセシリアが加入した。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「うええええええええええっ〜……気持ち悪いよぉ」

「おえっ! えれれれれれれれれれっ〜……ユキジ……背中さすってくれぇ」

「はいはい」



「ユキジ……ごめんね……おぇっ……おぇええっ……」

「悪りぃ……本当に悪りぃ……うぇ〜……えれれれれっ」

「いいよ、いいよ。背中に吐かれないだけマシだ」



 夜空の星を見ながら涙を浮かべ思う。



 明日からは絶対に飲ませないようにしょう‼︎

ごめんなさい。また時間がかかります!

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