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納得のいく内容に仕上がってませんので、ちょくちょく直すかもしれません。
「ゴクッ! ゴクッ……たはーっ‼︎ この一杯のために今日のクエストを頑張ったってもんだよ!」
「……そうですね」
「元気ないね? ほら、これがボクの言ってた『トカゲの尻尾の丸焼き》! すっごく大っきいでしょ! 切り取ってあげるね」
「あっ、うん。……ありがとうございます」
ブッシュドノエルが丸々出されたようなトカゲの尻尾の真ん中にホークを突き刺すと、ナイフを何度も引いて半分にして切り分けた一つを皿に移して差し出した。
「はい、召し上がれ!」
「あっ、はい。いただきます……」
「にしても、お酒なんて久しぶり! 今日はユキジとのパーティで予算に余裕が出来たから後二杯はいけるね! ユキジも飲めば?」
「ごめんなさい。お酒は飲めない……というか未成年なんだよね、俺」
「んぐんぐ……かぁーっ! すいませーん! ゴールデンアワー二本追加!」
「あのさ、聞いてる? 俺一滴も飲めないよ?」
「聞いてる、聞いてる。 二つともボクが飲むの」
「さいですか」
拍子抜けするほどの、この展開。
あのメルメー戦の後、一体何があったのかというと──。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ラクスが倒れてから直ぐのこと。
依頼主のお爺さんに依頼達成と安全の報告をちょっぱやで終わらせラクスを背負うと、遠くに見えるウィンベルの街明かりを頼りにモンスターに出会う怖さを忘れて暗い道を走っていた。
「はぁ、はぁ! 軟弱な俺が必死に頑張ってんだ! 勝手にくたばんじゃねぇぞ、ラクス! 絶対に助けっから!」
走っても走っても街までが遠い。こんなとき、自分の体力にムカついてくる。どうして俺は妄想に明け暮れて、基礎体力をもっと強化なかったんだ!
そう自分に向けて吐き捨てるような言葉を思ったとき、ランタンを手に暗闇を照らしながら歩くパーティとすれ違った。
「──んっ? そこの君、慌てているみたいだけど、こんな夜に女の子を背負って一体何処へ行くつもりだい?」
「はへっ⁉︎」
俺は急ぐ足をその場に止めると、気持ちと呼吸を落ち着けながら四人組のパーティさんに説明を始める。
「うわわわっと! こんばんは!」
「うん、こんばんは。それで、その子はどうしたんだい?」
「もしかして人攫いとか?」
「ああっ、あの最近噂の子供をばかりを襲う盗賊団?」
「あり得るな! おい! 素直にその子をこっちに渡せ!」
一刻も争う中、向こうさんの誤解を止こうと俺は慌てる。
「違います、違います! 怪しい者ではございません! 実はとある凶悪なモンスターとの戦闘で背中の仲間の子が傷ついちゃって! しかも俺、回復魔法は使えないし薬草もないし、とりあえずウィンベルのギルド職員のメルティナさんの所まで急いで連れて帰らなきゃと思って! えっと! 急いでますのですいませんがこれで‼︎」
「待ちたまえ!」
「えっ⁉︎」
声量のある声に呼び止められ一歩出たその場で停止する。
「そういうことなら治療は早いほうがいいよ。モーリー」
「はい、ディーベさん! 任せてください!」
パーティのリーダー格のディーベさんという人に呼ばれて前に出た見た目プリーストな彼は、背中のラクスの手首を軽く握り顔色を確認する。
「脈拍、呼吸も落ち着いてる。顔色は……腕や太腿の色から毒や呪いの状態異常をもらった様子もない……うん! 体力回復魔法だけでこの方は絶対に助かると思います!」
「本当ですか⁉︎」
「はい、大丈夫ですよ。回復魔法を彼女へ集中して使いたいので、先ずは彼女をそこへ寝かさて下さい」
「わかりました!」
モーリーという幼い顔をした青年が指差した近くの草原で横に寝かせると、ラクスの横で膝を地につけて魔法詠唱のために集中をはじめた。
「モーリー。彼女がどの程度のダメージを受けたのかわからないから完全回復するくらいの魔力を使ってあげてくれるかい?」
「了解です! 傷ついた彼女に癒しの光を……『ヒール』!」
「ガリアンドは僕と一緒に周りを警戒! モーリーの魔法が終わるまでイシュテは広範囲に索敵!」
「任せろ!」
「索敵開始ね」
リーダーであろうディーべさんの指示がパーティメンバーに飛ぶと各々の瞳の色が変わる。
そんなすごい方達に背中を任せてラクスを見ていると、彼女の身体を薄い緑色の光が包み込む光景に息をすることも忘れ、光はみるみるラクスの傷を癒し、見た目にわかる傷が消えだすと同時にラクスが薄く目を開いた。
「…………んっ。……ん?」
「ラ、ラクス! 気がついたんだな!」
「……気がついた? ぼ、ボクはどうなったの?」
「くぅ〜……街に帰ろうってなったら気を失って倒れたから、死ぬんじゃねぇかと思ってよぉ……心配したんだぞ、コノヤロー」
安堵で涙が出そうになるが、俺はそれを耐えて誤魔化すようにラクスの頬を軽くつねった。
「……あれ? ユキジ泣いてる?」
「な、泣いてねぇ! 泣くわけねぇだろ!」
「えへへっ……ご、ごめん」
それを見たモーリーさんが『クスッ』と一回だけ笑みをこぼした。
「そんなことより! 俺に謝るより、こっちのディーベさんのパーティさんたちにお礼だよ、お礼。特にこちらのモーリーさんはお前に回復魔法まで使ってくれたんだから!」
「ディ、ディーベさんにモーリさん⁉︎ そ、そうだったんですか! いつつっ……ありがとうございました!」
ディーべさんやモーリさんの名前を聞いたラクスは驚き慌てて体を起こす。コイツの慌てっぷりから、どうやら此方の方々はかなり有名な方々のようだ。
「いえいえ、無事で良かったです。あっ、まだ起きないほうがいいですよ」
まだ痛い身体を起こそうとするラクスの肩に軽く手を添えてモーリーさんは言った。
「うん。良かった、良かった。さてと……イシュテ。僕的にはこのまま何もないことを願いたいんだけどどうだろうか?」
さほど周りに不安そうな顔もしていないディーべさんが後ろのイシュテさんに顔は向けずに声をかけた。
「……大丈夫よ、ディーベ。今日はいつも以上にとても静かな夜ね……モンスターの気配はないわ」
「そうか、ありがとう」
「暇つぶしに何か来てもよかったがな!」
イシュテさんが弓矢を下ろすとガリアンドさんは斧を地面に突き立てた。
「何事もないのが一番だよ、ガリアンド」
汗を拭うモーリーさんにラクスは少し身体を起こしてお礼を言う姿を見て、俺は彼女が楽になるよう身体を支えて軽く頭を下げた。
「本当にありがとうございました! この恩は必ずいつか──」
「気にする必要はない。君が強くなったとき、今の僕たちのように誰かを支えれたらそれでいいさ」
ディーベさんはそう言って俺に笑顔を向けた。
なんて爽やかな人だ。俺が女なら惚れてる。
「ユ、ユキジ!」
「いててててっ⁉︎ あにすんだ!」
支えるラクスが俺の腕を折る勢いで握りしめる。
「もう、ボク……げ、限界!」
「限界!? なにをそんなに慌ててんだ?」
ラクスは尋常じゃない額の汗をかいて、ギリギリとなにかを堪えるように立ち上がろうとしていた。
状態異常⁉︎ いや、でもモーリーさんは身体に異常はないって言っていた。となると、必殺技の反動!?
「おいっ! お前、本当に大丈夫なのか⁉︎」
「……ユ、ユキジ! お願いが……ある」
「わかったから無理すんな! なんでも言ってくれ! 俺に出来ることはなんでもするから!」
「た……」
「た?」
「食べ物……ユキジなにか食べ物をもってない? ボク、お腹すいて死んじゃう」
「……はぁ?」
『ぎゃるるるるるるるるぅ〜‼︎』
暗闇に響く獣の鳴き声かと聞き間違えるほどの腹の虫。
「「「「「っ⁉︎」」」」」
その音に驚き、その場で身構え陣形を整えるディーベさんパーティ御一行。
「みんな陣形を! ガリアンド! 君は《ハイパーアーマー》、《威嚇》、《咆哮》の順番にスキルを発動っ!」
「任せろ‼︎ 《ハイパーアーマー》ッ!」
「聞いたことのないうめき声よ⁉︎」
「イシュテはいつでも弓を撃てるように《集中》っ! モーリーはレベルの低い彼等に《プロテクション》ッ!」
「わかってるってば!」
「りょ、了解です!」
「相手はイシュテの広範囲索敵を抜けて近づいたモンスターだ! 気を抜かな!」
「「「おうっ!」」」
──と、見えないモンスターを迎え撃つために意気込むディーべさん御一行。
「「…………」」
そしてそれを『どうしよう』と見つめる俺たち。
「「「「「「…………」」」」」」
…………なにも襲ってこないためしばしの沈黙。うん、素直に話しましょう。このままの時間はとても辛い。
「あの〜……ディーべさん?」
「大丈夫! 君たちは僕たちが守る!」
「いやあの〜……非常に申し上げにくいのですが〜……」
「どうしたんだい⁉︎ 君まで顔色が悪いが⁉︎」
「ほ、ほ……」
「ほっ?」
「本当にすいません! 無駄にスキルを使わせてすいません! 今の謎の音というか、うめき声の犯人はコイツです!」
俺が土下座しながら顔を赤くしたラクスを指差すと、ディーべさんたちの視線がラクスに集中する。
「ご、ごめんなさい。……ボクのお腹が鳴りました」
「「「「……はぁ? はぁあああああああああああああああああああああああっ⁉︎」」」」
実際のところ怪我自体は大したことなく、実はお腹が空いて倒れただけのラクスのおかげでちょっとした騒動はあったが、カバンから非常食の缶詰肉を取り出して開けた瞬間に飛びついたラクスを見て、ディーベさんたちは安堵から大きく高笑いをした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
とまあ、それから約三十分後のギルド食堂が今だ。
ラクスを背負ってギルドに帰還したときは顔を青ざめたメルティナさんも、クエスト報告もせずにギルド食堂へ生肉を齧る勢いで向かうラクスを見て、力なく笑って頭を抱えた。
「──ゴールデンアワー二本、お待たせしましたぁ」
「待ちました! 待ちました!」
ラクスは運ばれたゴールデンアワーなる見た目ビールの一つをぐびぐびと飲み干すとトカゲの尻尾を頬張り、この世の幸せを一気に感じたようにとろけた表情をした。
とてもさっきまで瀕死だった奴とは思えないが、倒れた原因はただの空腹だったしわからんでもないが……。
「はぁ〜……」
「んぐんぐ……かはぁ~! きくぅううううって、んっ? どうしたの、深いため息なんて吐いちゃって? そんなんじゃ明日もクエスト頑張れないよ?」
「ちょっと考え事」
「ふ~ん、ちょっと飲んで忘れる?」
悪い先輩か。
「飲まない。未成年だって」
人の心配も知らないで。
「つーか、そんなに一気にガツガツ食って大丈夫なのか?」
「お腹空いてるから、平気、平気」
平気の使い方が間違ってる気がする。
「それよりユキジもちゃんと食べなきゃ……んぐんぐ……ごくっ。空腹で倒れても知らないよぉ」
俺がまだトカゲの尻尾に手をつけないのを見て首を傾げる、ラクス。
「俺は走り疲れたから、少しずつ食うのでご心配なく」
「羨ましいなぁ。やっぱりのんびり食べれる職業はいいよね」
「のんびり食べれる職業? 職業の問題か? 俺としては倒れた怪我人が何でそんなにモリモリ食えるか不思議なくらいだ」
「だから、お腹空いてるからだよ。バトルカイザーの燃料はシンプルにご飯だから、常に食べなきゃ戦闘でスキルの一つも出せないくらいお腹が空くんだよ。元気な秘訣は食べることとはこのことだよね。んぐんぐ……」
「へーっ……もう、バトルカイザーやめてモンクにでも転職しろよ。お前はそっちの才能が絶対にあんだから」
「ああ〜っと、それ無理」
「ちょ、なんで?」
「究極職ってさ、他の職業と違って一度なっちゃうと他の職業になれないみたいなんだよ」
「へっ? どう言うこと?」
「バトルカイザーになってすぐのことなんだけど、急な空腹感に襲われて倒れちゃってさ、いつも通りに食べてもお腹が満たされた感じもないし、『こんなお財布に優しくない職業嫌だ!』て、ボクも転職しようとしたんだ」
「ほうほう。で? なんでまだバトルカイザーなわけ?」
「知らないの? 究極職はその名の通り、あらゆる職業の最終地点。その職になるとその後、どんなことがあっても転職できないの」
「へっ、へぇ〜……」
「それも後で知ったんだけどね」
「へぇ~……」
おいおい、職自体が呪われてんじゃねぇか?
つまり話を纏めると、バトルカイザーなる究極職はその物凄い能力を得る代わりに特殊スキルを使うと自分にダメージがあるだけじゃなく、スキルに応じたカロリーと体力を急激に消費し、酷い時にはぶっ倒れてしまう超燃費の悪い犠牲職で、一度その職につくと極めようが何しようが他の職業に転職出来ない呪われた職業らしい。
ものすごい力を得られるとは言え、才能がない人間は最低条件が下級職と上級職をマスターしよう転職出来ないという難易度や、一生腹減りの苦労に泣かなければならないのは少し調べればわかることみたいなので、究極職という名前に踊らされてお気楽にバトルカイザーに転職したのが現在実質ラクス一人かもしれないとメルティナさんが紹介したのも今なら頷ける。
「……どうして言わなかったんだ?」
「んぐっ……なにを?」
食事に夢中のラクスは、本当に何のことかわからない表情をして俺に聞き直した。
「ったく、話の流れでわかるだろ? バトルカイザーの特性いうかデメリットだよ。事前に聞いてりゃ、ラクスにあんな無茶な技を使わせなかったんだ」
「ぷぷっ。なになに? もしかて心配してくれてるの? ユキジって優しいとこあるじゃん」
「からかうな。俺は真面目に聞いてんだ」
俺の目に怒りはないが、ラクスは真剣な表情をしていた俺の顔を見ると、持っていたトカゲの尻尾とゴールデンアワーを置いて答えた。
「……素直に言ったら、ボクと一緒に来てくれた?」
「一緒にって……クエストにか?」
「うん。その〜……バトルカイザーは腹減り職業でクエストでは連携も出来ない身勝手野郎で足手まといになっちゃうし、それに……」
「それに?」
口ごもるラクスに俺は聞く。
「まぁ〜……ほら、ボクって口が悪いじゃない?」
「……まぁな」
「ままま、まぁな!? そこは嘘でも『そんなことないよ』って優しく言ってくれてもいいじゃん!」
「優しく言ってどうなる。俺は今のラクスだから着いてきたし、今もこうして一緒にいるんだ。それが不満だってか?」
「……そっか……うん。そうだよね」
俺は気にしなかったが、出会った時からラクスが思ったことをすぐ口にするような性格は人によってはそりゃ不快だろうし、モンスターを蹴り殺すような奴でも腹減って戦闘じゃ連携も出来ないバトルカイザーの噂を気にしないほど精神は強くないよな……女の子なんだし。
「……あのね、ラクスさん。付け加えで言うのもなんだけど、一緒にもなにもメルティナさんの勧めがあったとはいえ組みたいと言ったのは俺だし、後々になって良かったか悪かったか聞かれても、今は物凄く答えにくいと思わないか?」
「だけど──」
「待て待て。まぁ、俺の話を聞いてくれって」
「う、うん」
「確かにお前は口も燃費も超悪い、──けど!」
「けど?」
「けど……けどな? 俺は出会ってからパーティしてスゲー楽しかったし……ラクスのことは~……あ〜っ、もう! 何が言いたいかって言うとだな〜……それだけじゃダメか?」
「……ぷっ。いいね、すごく好きな答えだ」
俺の答えにラクスはキョトンとした後、笑いを吹き出した。そして──
「ねぇ、ユキジ」
「んっ?」
「もう一つだけ……もう一つだけ意地悪な質問いい?」
いいと思うのにまた質問? しかも意地悪ときたもんだ。まあ聞いてみよう。
「なんだ?」
「今日のことはいいよ。でもさ、ユキジがボクと面識ない状況でクエストに行くためにパーティを探してるとするじゃない?」
「んっ? ああ」
「しかも、ボクの噂を知ってたとしたらどう? ボクより経験もレベルも高い上級職の《ソードマスター》とか《パラディン》とか《グラディエーター》さんのいる超強いパーティから誘われた状況で、後から誘ったボクとパーティを組もうとか考えた?」
んなっ!?
「ちょちょ、ちょっと待て! その質問はズルくないか!?」
「例えだからいいの! それよりどうなの? パーティ組んだらみんなで協力しなきゃいけないのに、肝心な時にお腹が空いて力が出なかったり、スキルを使ったらお腹が空いて気絶したりするような奴とパーティを組みたい? そんなメリットもないボクとユキジはパーティ組んでくれた? どうなの!」
「お前なぁ……」
ぶっちゃけ、ラクスはノリが良いし、お互いに思ったことはズケズケ言いたいこと言えるからか一緒にいてもストレス溜まらないから気持ち的にはかなり楽だ。
それにコイツもうさぁ……笑うとめっちゃ可愛いから普通にパーティ組みそうだと答えたいが……なんかそれじゃあダメな答えな気もする。
はてさて、どう答えたらよいものか……。
「う〜ん……」
などと一人葛藤していると。
「……やっぱ今の質問なし! この話はおしまい!」
眉を歪ませて真剣に考えていた俺を見てラクスが手を叩いた。
「急に切り上げるな。俺はまだ答えてないだろ」
「いいの、いいの。ユキジは優しいから悩んでるんだもん。それだけでボクはすごく嬉しいから」
何を満足したのか、すっごくいい笑顔をするラクス。
え〜っと……多分ラクスが思ってることと違うけど、喜んでるならいいか。
「さて! そんなわけで、ボクが冒険者登録した本日! パーティを組んで最後まで付き合ってくれたのはユキジが初めてだったんだ。すごく短い時間だったけど、こうやって最後まで一緒にご飯まで食べてくれた最初の仲間がユキジでボクは本当に良かったよ」
「えっ? えっ?」
「こうやって仲良くなったパーティメンバーとクエスト終わりにご飯食べるの夢だったんだ」
軽く頭を下げているラクスに、俄かには信じられない表情をしていると、ラクスは冒険者カードを何やら操作して此方に見せた。
「冒険者カードがどうした?」
「ここ見て」
ラクスが指差した冒険者カードの場所をよく見ると、そこにはギルドランクFとレベル1という表示に、今までのパーティ履歴が俺の名前以外は一切記されていなかった。
「ほらね。ランクもユキジと一緒だし、誰ともパーティ組んだことない冒険初心者でしょ?」
「あぁ……うん。だな」
「ユキジがボクの初めての人で良かった。ありがとね」
「お、おう」
なんかそういう言い方されると照れる~……じゃなくて!
確かに俺と同じレベル1でも究極職《バトルカイザー》は四桁台とステータスは倍どころか何十、何百倍の差があることも同時に思い知らされたが、やはり一番俺の目を引きつけたのは、パーティ履歴が俺以外の名前が無かったことと、冒険者登録日とデビューがマジで俺と同じ日だったことだろう。
コイツは実力があったし、メルティナさんの目があったからまだいいが、冒険者レベル詐欺は普通に事故のもとだ。
その事実を目にした俺が更に、『おいおい。こんな重要なことをなんで言わなかった』という視線を強くしたのを気にした様子もなく、キラキラした顔でラクスは俺と出会う前の思い出を楽しそうに語り出した。
「究極職に就いたときに『選ばれた人間なんだ!』とか、『私は特別なんだ!』とか自慢してギルドにいた他の冒険者の人を下に見て馬鹿にしちゃったデビューで、ここのギルドメンバーに嫌われちゃってねぇ……やっぱ人間謙虚さが大事なんだと思い知らされたよ」
うーん。どんなこと言ったのか想像がつくのはどうしてだろうか。
「だから一人でカルガ山のクエスト出掛けたわけだ?」
「し、仕方なくだからね? 誰も一緒に来てくれなかったし」
「自業自得だろ」
「ううっ……で、でね、お腹がすぐに減るから、メルティナとの約束で《モンスターには手を出さないことを条件》《にカルガ山で薬草の採取に出かけたの」
「そこで出会ったのが俺」
「そう」
「でもラクスなら初見のモンスターでもボコりに行くくらいやる気に満ち溢れてるそうなのに、メルティナさんの言うこはちゃんと聞くんだな。お前なら考えなしにモンスターに特攻して襲いそうなのに」
「そりゃね、メルティナ怒ると超恐いの知ってるし。それにもし考えなしにスキルを使って倒れちゃったらボクはモンスターのお腹の中だった可能性が高いわけだし」
「んまぁ……そうなるかも」
「でしょ~、というか、さっきの聞き逃さなかったよ!」
「なにを?」
「モンスターに特攻のこと! ボクだって女の子だからモンスターに襲われることはあっても襲うことはしないって」
「そうだよな。今のは悪かった」
……本当かなぁ。
ま、考えなしに《ミョルニルブレイカー》なる大技使って女の子がモンスターの通る道端に倒れてたら、いろいろな意味で『どうぞ食べて下さい』と言ってるようなもんだからな。どんな技を使うのも一旦考えるのは悪いことじゃない。
「で、冒険者登録する前はどんなことして暮らしてたんだ?」
「実はボク、この街に来たのは十日くらい前なんだけど、ここの食堂で働いてたの」
あれ、こいつ流浪にだったのか? なにか訳ありなのかも。
「ふ~ん」
──っと、今はそこには触れない返事を返しておこう。
「まかないが食べれるのに釣られてさ」
「なるほどね」
こいつ、食うの好きだな。
「それで宿代を稼げれば夕食はなんとかなってたのか」
「そういうこと。んでも、所持金とバイト代でやりくりしてたんだけど、徐々にと宿屋代と食事代のバランスが悪くなって……」
「サクッと稼ぐために冒険者に?」
「そ、それもあるけど……実は一人が寂しくなったっていうのが本音かな。ボク、物心ついた頃から、ずっと一人だし」
あっ。こいつ家族がいないんだ。
「だからさ、こっちから見てた毎日クエストに出かける冒険者さんが楽しそうでさ」
その時を思い出すように、ギルドホールを見つめるラクスに、俺もギルド側を見た。
「一緒にどのクエストに出かけるか相談して、協力してクエストを攻略して、帰ったら此処でご飯。端から見てるとすごく羨ましくてさ」
「あっ。それはわかるわ」
「くすっ。でしょ? で、晴れて冒険者になったんだけど……」
「デビューに失敗して──」
「そこはもういいから! とにかく! そこからはユキジも知っての通りだよ」
ある意味奇跡というべきか。ラクスが今日冒険者になってデビューに失敗してメルティナさんにカルガ山クエストを紹介してもらうストーリーと、俺がカルガ山で目覚めて向かう先を決めて歩きだした時間が少しでもズレれば今こうしてパーティーを組んで、晩御飯にありつくことも出来なかったわけだしな。運命と簡単な言葉で片付けていいのかわからないけど、わかんないもんだよなぁ、人生って。
「登録手数料についてはマジで感謝してるよ。だけど……お前もデビュー日にいろいろあったんだな」
「えへへ〜、まあね」
敵わないな。自分がその立場なら心が折れているかもしいれい。そんな所を見せないラクスは本当に凄い奴だよ。
自業自得だけど。
「でもそんな辛い時にカルガ山で出会ったのがユキジだよ。ウィンベルに帰るまで話してるとすごく楽しくってさ、『ユキジみたいな奴がパートナーだったらなぁ〜』て思ったから、ユキジがパーティ組もうって言ってくれたときはめっちゃ嬉しかった」
「そっか……」
……って、綺麗な思い出にしてるけど、ド田舎者扱いでバカにしたり、その辺で腐っても困るって嫌味言ったり、人の名前がダサいだのクソボロに言ってたの覚えてるからな。今更、怒らないけども。
「まあ、なんだ。ラクスの事情が大体わかったところで最初の話に戻るけど、今回パーティ組んでクエストに行く時に、やっぱちょっとは自分のことを話してくれても良かったんじゃないのか? 確かに俺は素人冒険者だから頼りないのもわかるけどさ、それはお前も同じなんだし」
「立場は同じだけどさ……一緒に来てくれるって言ってたのに、ボクのこと教えた途端離れてちゃったらどうしょうって考えたり、カルガ山でもいろいろ言っちゃったしさぁ……流れでベテラン感出しちゃって言えなくってさぁ……」
メルティナさんの口を塞いでバトルカイザーのいろいろを話させなかった理由はそういうことだったのか。
「あのなぁ。そんなの聞いたくらいで、世話になったラクスから距離とってバイバイするわけないだろ?」
「じゃ、じゃあじゃあ! ボクの個人的な理由で職業のデメリットとかを話さなかったことを怒ってないの?」
「なんで怒る必要があるんだ? 少なからず、この街に連れて来てくれてパーティまで組んでくれたラクスに感謝はしても怒ることなんてない」
「ほ、本当に?」
「嘘ついて俺に何の得があるんだよ?」
「じゃ、じゃあさ! ユキジ……ユキジさえ良かったら……あ、明日も一緒にクエストに行かない?」
断られたらどうしようという不安をのぞかせるラクスだが、こっちは内心すごく嬉しいその誘いに顔のニヤつきを我慢して強がって答えるしかない。
「おっ、おかしな奴だな! さっき自分が明日もクエスト行くって言ってたじゃないか」
「えっ⁉︎ ボク、そんなこと言ったかな?」
「言ったぞ、言った」
正確には言ってはないが。
「っていうか、一方的にパーティ解散したらメルティナさんに言いつけるからな! 俺のレベルアップのために明日も明後日もずっーと、ずーっとずっとクエストに付き合ってもらうから覚悟しとけよな」
「ずっと⁉︎ でもでも! ボク、お腹が空いたら動けなくなるのに──」
「そんなのわかってんだから明日から飯を持ってきゃ問題ないだろ? んで、クエストから帰ったら今日みたいに此処で腹一杯飯食って翌日のクエストに備える……なんてどうだ?」
俺がラクスに向かって笑うと、ラクスは更に困惑した顔であたふた。
「でもさぁ! でもでも──」
「でもが多い! ほら、バトルカイザーのラクスさんは飯が燃料なんだろ? さっさと食わないと、お前の分を食っちまうからな」
そう言ってラクスの目の前にあったトカゲの尻尾肉を奪ってパクリ。うん、トカゲって意外と美味しいんだな!
「……ぐずっ……」
「うわっ! 悪かったよ! ちょっと食べたくらいで泣くことないだろ! 返すし!」
「違う……違うよ……ユキジ」
「ど、どうした?」
「ぐじゅ! ありがどね、ユギジィ〜! ボクとパーティ組んでぐれてありがとう。これからもよろじぐねぇ〜」
溜め込んでたものを吐き出したからか、涙を一気に溢れ出させたラクスは顔をぐしゃぐしゃにして泣くが、その顔はどこか嬉しそうにも見えた。
「……ったく。お前、今日は飯のときに泣いてばっかだな」
俺はラクスの頭を優しく撫でた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ありがとうございました」
「ふぁ〜い」
上機嫌のラクスはギルドを出ると俺の背中を引っ張りながらウェイターさんに手を振る。
こいつのガバガバ飲んでたゴールデンアワーはあまりキツくないお酒だったようだが、大きなグラスに三杯も飲みゃ大抵の人は顔をあかくして足元はフラフラになるそうだ。
飲みたいんだろうと飲みたいだけ飲ませたが、未成年で飲酒とかで付き添った俺が逮捕されたりとかないだろうな? でも異世界だと飲酒は平均年齢比較的に低いから……まぁ、大丈夫だろう。……多分。
「ラクス。いつも泊まってる宿屋は何処なんだ?」
「ふへぇ〜? いつも泊まってる宿屋ぁ〜?」
「そう、いつも泊まってる宿屋。メルメーの討伐で分けた俺の報酬で払っておくから今夜もとりあえず宿屋に泊まれ」
「ありがと〜! えっと〜、宿屋は〜……んとねぇ〜……確か〜……あっ!」
「何処だ?」
「えへへ〜っ……すみましぇん。全然、思い出せましぇん!」
紛らわしい。なんで思い出したような声を上げたんだ。
「仕方ない……じゃあ、そこら辺の宿屋に泊まらせよう」
としたんだが、ギルドから近いここいら辺の宿屋はギルド報酬を見ているのか、時価で値段が変わるヤクザのようなシステムで、仮に空室があったとしても夜のチェックインは厳しいのか一見さんお断りみたいになっており、『どうしても泊まりたいなら……』と高額請求をふっかけられ、今日の報酬で泊まれる宿屋なんてありゃしない。
「困った……手持ちの金銭的にも困った」
そんなことを考えていると。
「ねぇ、ユキジィ〜。ユキジは今晩どうするの〜」
「俺はブランケットあるから野宿で平気」
昼間見た橋下とかなら多分大丈夫だろう。
「ブランケット? 野宿? なんか楽しそう! ボクもユキジと野宿したい」
「楽しくない。酒飲んでんだから寝冷えして風邪引いたら大変だからやめとけ。今、有り金で泊まれる宿を探すから」
「いらない、いらない。大丈夫、大丈夫。ユキジとなら野宿でもいいよ。そうと決まったら……よいしょ!」
そう言ったラクスは俺におぶさると同時、必死に走ってここまで帰って来た時には感じなかった柔らかい感触が背中に……。
「よ、よいしょじゃない! 降りろって!」
「えへへ〜っ。いい〜じゃん。何もしないから一緒に野宿しょ〜」
何もしないとかは普通男の俺が言う台詞だと思うし、このままじゃ理性を保つのも不安だ。
俺は酔ったラクスの甘い声に惑わされないようにしつつも、一つの問題を期待を込めて彼女に言った。
「あのね、ラクスさん? 俺と一緒に来る来ないはどっちでもいいけど、ブランケット一つしかねぇのに……もしかして……い、一緒に寝るつもりなのか?」
ラクスが自分でついて来るって言ったんだし? 確かに俺のブランケットはツインサイズで大きめだし? 夜はちょっと冷えるし! 一つのブランケットに二人で包まってお互いを温めるくらいは犯罪にならないはず!
「大丈夫。ユキジはボクが寝冷えして風邪引かないように、
そのブランケットとかいうのを貸してくれるんでしょ?」
「いやっ……えっ? そうなの? そうしたほうがいいの?」
「そりゃそうでしょ〜」
ラクスさん、俺の思考を読まれました?
夜も冷えるのに俺にブランケット無しの一夜を過ごせということでしょうか? ええ。考えるまでもなく、きっとそう言ってるんでしょうね。
「はぁ……ブランケットは貸してやるから、寝床が硬いとか寒いとか絶対に文句を言うなよな」
「うん。言わない、言わない。絶対に言わないよ」
俺は今夜は凍える覚悟をするとラクスの太ももを持ち上げ、ちゃんと背中に彼女を背負い直す。
慌てて走ってたときは意識してなかったが、改めて背負ってみるとやっぱ軽いな。
「ユキジィ〜……」
「なんだよ?」
「……ごめんね」
か細い。なんとか出せたような声で謝るラクスに、俺は気にすんなと言わんばかりの明るさで背中に聞いた。
「どおしたんだよ? らしくないぞ! 急に謝るな──」
「えれえれえれ〜……」
──やりやがった。
そう思うと同時、ビチャビチャと耳元で聞こえるリアルな音と不快な臭い。そしてラクスの苦しむ嗚咽。
修学旅行のバスで隣の友達が吐きまくって貰いゲロを目的地まで堪えた小学校のトラウマをフラッシュバックさせながら、必死にしがみついたラクスに俺は叫ぶ!
「てめぇ‼︎ なに人の背中で吐いてんだ‼︎」
「おぇっ! ご、ごめんね……えれえれえれ〜……ごめんなひゃい、うぇっ!」
「ふざけるな! くさっ⁉︎ 酒くさ! 垂れてる! 服の中に何かが垂れてきてる‼︎ なんとかして止めろ!」
「とびゃらない………おぇっ! とびゃらなうぇええええええええっ!」
「せ、せめて俺から降り──」
「うぇええええ〜……」
「いやっ⁉︎ いやぁああああああああああっ!! 誰か助けてぇええええええええええっ!!」
この時ほどラクスを背負ったことを後悔したことはない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
日は変わって翌日のこと。
「んーっ……くせぇよぉ〜」
寝間着があったので冷える一晩もなんとか乗り切った俺は、ラクスのおゲロで最悪の状態になった一張羅の服を洗って、洗って、洗っては臭って項垂れた。
「ご、ごめんね……ユキジ」
「ぜ〜んぜん。……背中にゲロられた最悪な初体験の思い出と服を台無しにしてくれてありがとうございます、ラクスさん」
「うううっ……」
怖いくらいのキラキラした笑顔をラクスに向けると、彼女はどうしていいものかと俯き唸った。
一応洗い流したもののまだ独特な匂いがあり、日本の思い出の服はどうでもいいくらいに捨てたい気分だ。
「その……この暖か布も借りちゃたみたいで……」
「ははっ……ゲロられたことに比べたらブランケットを貸すくらい大したことないですよ。……今着ている服がなかったら夜は上半身裸で凍死してたろうがな」
「うっ⁉︎ ……よ、良かったらこの洗剤使って」
「はは、ありがとうね。ゲロ臭いからマジ助かるよ」
「うっ……」
ラクスのくれた洗剤。確かに洗剤なんだろうが……使ってみたけど元の世界の物とは違ってほとんど泡立たないし、シミや汚れは目にわかるほどの効果があるようにも見えない……マジでどうしょう、この服。気に入ってたのになぁ。
「ボ、ボクに出来ることならなんでもするよ? 言って!」
「じゃあ、昨日ゲロられた思い出だけを綺麗に消してくれます?」
「それはちょっと……もうちょっと簡単なのない?」
「じゃあ、この服をゲロられる前の状態にしてくれます?」
「も、もうちょっと簡単なお願いにしてくれない?」
「じゃあせめて、このゲロ臭いのだけでもなんとかしてくれませんかねぇ〜」
「ふぐぐっ〜……出来るわけないじゃない! そりゃボクが悪かったけど、ゲロゲロゲロゲロいつまでも嫌味言わないでよ! 小ちゃいなぁ!」
「おうおう、逆ギレか? 逆ギレですか、ラクスさんよ! そもそも、二十歳にもならない未成年が飲酒してゲロった、お前が悪いんじゃねぇか!」
「み、未成年⁉︎ 二十歳⁉︎ ボクは今年で二十一歳だよ!」
「……へっ?」
「『へっ?』じゃないよ! ボクは二十一なの!」
「う、嘘だぁ〜」
「嘘じゃないよ! 年齢で嘘言ってどおすんの!」
「し、身長低いのに?」
「気にしてることを言わないで! 身長は十五歳くらいから変わらないの!」
「それなら……」
「そ、それならなによ?」
それならそれで怒りが込み上げる。
「……それなら! もっと酒との付き合いも、お前の胸くらい、そこそこ成長した大人の付き合いをしろよ、バカ!」
「胸は関係ないでしょ!」
人を見かけで判断してはいけない。見た目年下ロリ巨乳なラクスは、実は年上のお姉さんでした。
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そんな喧嘩を終え、日の当たる場所にゲロ服を干し終えた俺は、これからの冒険者生活のことも考え変えの服を買うため街の服屋にラクスと訪れた。
まだまだ報酬が安定しない序盤は出費を抑えたかったが仕方ない。いつかは買わなきゃいけないものだし。
「ねぇ、どうせなら戦闘のことも考えて、防御が上がる向かいの防具屋のほうがよくない?」
「俺は素肌に皮とか鉄の鎧を着る趣味はない」
「じゃあ、その服の上から着れば?」
「これは寝間着だ」
「あっそう。……ねぇ、ユキジ。これなんてどう?」
ラクスが俺に見せるそれは、どごぞの大道芸もとい、食い倒れた人形が着てるような紅白の縦縞の服。
実におめでたいその服を着てモンスター退治に行く俺を誰が笑う?
笑うわけがない。笑えるわけがない。
「ふざけてんのか、お前。誰が着るかそんな服」
しかも、その値札を見ると三十万エールと、とんでもないお値段。
「対魔法の高級糸を練り込んだ服だし、あのオオチャカンのブランドだからいいものだよ?」
「どのオオチャカンでも関係ないし、そんな服は着たくもない。そもそも、そんな大金を俺が持ってないことを知ってるだろう?」
大金持ってても買わないけど。
「あははっ、そうだったね。予算は?」
昨日のメルメー退治の報酬を分けた三万エールを流石に全部は使えない。明日からの生活のことも考えて……。
「……五千エール前後かな」
「じゃあ……こっちのチュルルンの服なんてどう? 値段も二千エールで超安いよ!」
ラクスが俺に見せるその服は、ブーメランパンツのようなものに貝殻のブラという奇抜な服……いや、服なのかすら疑問の装備。
そりゃ、使われてる布地が少ないから値段はオオチャカンの服よりかなり下がったが……最早、歩く変態だ。
「絶対に嫌だ! つーか、お前はそんなもの着た俺と一緒に歩きたいか?」
「断固拒否するね。ボクは歩きたくない」
「じゃあ、勧めるな!」
「は〜い。んじゃあ……これなんてどう?」
次に勧めてきた服は、見た目ラクダシャツにモモヒキと腹巻の三点セット。お値段は合わせて2千5百エール。
確かに安い。安いんだが、これは……。
「なんか風呂上がりのお父さんみたいじゃね?」
「わかる? だってそういう服だもん」
「お前やっぱふざけてるだろ? もうちょっと冒険者っぽい、そこそこカッコよくて肌を露出しない服を選んでくれ」
「動きやすいよ、コレ?」
「冒険者ぽくない! これからクエストに一緒に行く仲間が、こんな装備で現れたらどう思う!? 嫌だろ⁉︎」
「だね! ふざけてるかと思うよ! 死ねばいいと思う!」
「そうだろ⁉︎ わかったらそれを元の場所へ返せ! そして真面目に服を選んでくれ!」
「じゃあじゃあ、こっちのガッセンの服は?」
「真面目に選べと言った三秒後に、そんなギラギラに光った年末の演歌歌手みたいな衣装をよく選べたな!」
しかも、高ぇ! 半値で十万八千エールてっ⁉︎
「え、えんかかしゅ? これは、ガッセン──」
「知らねぇんだよ! ブランドとかどうでもいいから、もっとこういう普通の服を選んで……おっ! いいな、コレ!」
たまたま手に取った服は、どごぞのRPGの主人公が駆け出しの頃に着てそうな服で、値段も上下で四千エールとリーズナブル。
「これこれ! こういうの探してたんだよ!」
「うぇ〜、超普通じゃん」
「いいんだよ、超普通ので! すいません、お婆ちゃん。この服を試着していいですか?」
「はいはい。こっちへどうぞ〜」
俺の問いかけに奥で座り此方を見ていたお婆さんが試着室のカーテンを開いてくれると、俺はその中に入ってカーテンを閉めて着替え始める。すると──
「初々しいね。旦那さんとお買い物なんて」
カーテン越しにお婆さんとラクスの声がリアルに聞こえてきた。
「えっ? お婆ちゃんにはボクたちがそう見えるの?」
「んだね。お似合いさんだぁよ。新婚さんかね?」
あっ。やめて下さい、お婆ちゃん。また、ぼろっカスに言われる。
「え〜っ、そうな風に見えるかな?」
「はりゃりゃ? こりゃ悪かったね、お嬢ちゃん。婆ちゃん早とちりしちまったみたいでぇ」
「ううん。ボクたちはまだそういう関係じゃないだけだから気にしないで、お婆ちゃん」
「やっぱりぃ。そういう仲じゃないかと婆ちゃん思ってたんだよぉ! 予定はあるのかい」
「う〜ん、どうだろうね? ユキジがボクを選んでくれるか──」
ちょちょちょ⁉︎ グイグイくるなぁ、婆ちゃん!
それ以上勘違い話を聞きたくなかった俺は試着をパッとすませてカーテンを開く。
「ハァハァ……どうだ、似合ってるか?」
「って、なんで息が荒いの?」
「いろいろあったんだ! そんなことより似合ってるか?」
「えっ? うん、いいんじゃない?」
「……なぁ〜んか素っ気ない反応だな。もうちょっと俺を喜ばせる言葉の一つでもないのか?」
「ボクがどう答えても、どうせそれを買うくせに」
「……だな」
俺とラクスは顔を見合わして笑った。
「すいません、コレもう着てくんで会計お願いします」
「あいよ。ありがとうね」
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「──これであのゲロ臭い服を捨てれるね」
「あんな服にした、お前から捨てろなんて言われるなんて驚いたよ」
「いやっ、逆に捨てないの⁉︎」
「そりゃ臭くてシミもあるけど、もう二度と手に入らない品物だからこいつは捨てれないよ」
マジで気に入って買った服だったから、あの服はあと何回か洗ったら普段着に使いたい。
「えっ? 田舎に帰ればいくつでも買えんじゃないの?」
「へっ? ああっ、そうだった! あははははっ!」
「変なの?」
俺が此処じゃない別の世界から来たってことを秘密する必要はないんだけど、信じてもらえるかどうかの話の前にこの世界での異世界人の扱いがわからないから今は黙っておこう。
「そんじゃ! 用事も終わったことだし、今からクエストに行かない? まだ昼前だし昨日みたいに近場のクエストならまだ行けるよ」
「おいおい、今から行くのか?」
「今日明日の食事はどうにかなるかも知れないけど、毎日のことを考えると貯蓄も大事だよ。お金はあって困ることなんてないし」
「んまぁ、そりゃそうだ」
ラクスの言ってることに同意は出来るが、コイツは昨日の食事で奢ってくれたから手持ちが寂しいというのが本音だろう。こいつはこいつで俺のレベル上げのことも考えてくれてるのかもしんない。
「んじゃ、行くか」
「そうと決まったら急がなきゃ!」
と思い、ギルドに来たまでは良かったが──
「「うーん……」」
クエストボードを眺め、二人で首を捻る。
「Aランク、渓谷のワイバーン夫婦の討伐。報酬470万エールかぁ〜……どうする?」
「どうするもなにも、俺に確認するまでもないだろ。全然行きたくねぇよ。おっかな過ぎるだろうが」
俺はアホラクスの指差すそれを見るまでもなく、ガン無視して他のクエストを探す。
「こっちのAランクの討ば──」
「おい、Aランクとドラゴン関係は勘弁してくれ」
「じゃあ、このドワーフ族の村に現れた人喰い草刈りとか楽そうじゃない?」
「あのさぁ、俺はついさっきなんて言った? ラクスさんにはAランクの文字が見えないんですか? その難易度のクエストが庭の草むしりみたいにお手軽だったらいいけど、難易度から考えてこのモンスターは人を丸呑みするくらいデカいんじゃないか?」
よくいる異世界生物を想像しながら俺は答えた。
「あははっ、違う違う。こいつは人間のいる村の近くに巣を作ると、人間が寝ている間に自分の分身になる種を植え付けて、種は人間の身体を養分にガンガン成長させる奴だってここに書いてる」
「えぐっ! なにそれ怖っ⁉︎」
「植え付けられた種は寄生後一カ月くらいまでだと治療薬で、親の倒し方は見つけて普通に倒すだけだって、簡単じゃん!」
「肝心なのはどうやって見つけるかじゃないのか? 警戒心も強そうだし」
「んーっ、見つけ方は書いてない。とりあえずユキジを人喰い草がいそうなところに縛って野原に丸投げして、寄生させにノコノコ出てきた人喰い草を倒すって作戦はどう?」
「ざけんなっ! もし種を植え付けられて寄生されたらどうすんだ! キャンセル、キャンセル!」
てか、仲間をなんだと思ってるんだコイツ!
「仕方ない……やっぱ、Sランクの荒野のドラゴンゾンビ討伐しかないか! 歩きなら十日あればつくとこだよ! メルティナに申請してくる!」
と、今度は先程よりも早く走り出そうとしたラクスから、今度はクエスト用紙だけをすぐさま奪い取ってボードに貼り直す。
「行かせねぇよ! 自分で近場だっつたろ! しかもSランク選ぶとか正気じゃねぇよ! 死にたいのか、お前!」
「ボクは死なない! ユキジは知らない!」
「最低か! この自己中女! 俺が死んだらお前を呪うぞ!」
「じゃあどうしろって言うの! 今日張り出してるクエストがこんなのしかないんだから!」
「こんなのの中から安全なのを選べよ!」
「報酬がしょぼいでしょ!」
「報酬目当てで死んだら意味ねえだろうが!」
「じゃあギルドが悪い! ちょっと、どうなってるのメルティナ! 初心者用のクエが一つもないよ!」
ラクスは友達のギルド店員であるメルティナさんに抗議しながら歩き迫った。
「それは私に言われても困るよ、ラクス。私が依頼を、出してるわけじゃないんだから」
ですよね。
メルティナさんは昨晩のギルドの依頼者整理をしながら会話を続ける。
「だいたい、なんで昨日のうちか今朝早くに受注しておかなかったの? 昼間に来たって危険な高ランククエストしか残ってないのはわかってるでしょ?」
ごもっとも。
「だって! ……ユ、ユキジもなんとか言ってよ!」
ここで俺に振る?
「ごめんね、メルティナさん。コイツ、昨日は燃料切れで早めに飯を食わせたのは良かったけど、調子に乗って三杯ほど酒のんで人の背中にゲロ吐いて、今朝は俺の服を買いに付き合って貰って忙しかったんだ」
「な、なにやってるの、ラクス……」
「ちょっと、ユキジ!」
嘘は言ってない。
「でも、メルティナさん。普段でもFランクからBランクの採取クエストまで一つも無くなることなんてあるんだね」
「FからBランクまで? そんなことはないと思うけど……」
メルティナさんはテーブルの向こうでノートを開くと何かを調べる。
「本当だ。Fランクはわかるけど、Bランクまで全部ないなんて初めて見た」
と言っても、なんにも不思議なことない。
メルティナさんが調べたところによると、昨日今日で受注したクエストのほとんどが、ギルド側から緊急で冒険者に依頼した期限切れ間近のクエストばかりだったらしい。
「そんなの聞いてないよ! 特定の冒険者への優遇禁止!」
はい、お前が言うな。
「そんなこと言っても、ギルド側から緊急で頼まれたにしても日程内で終わらせれなかったら、そのクエストの報酬額と同額の違約金を払わないといけないし」
「それは大変……って、ちょっと待って! それじゃあクエストを大量に任された冒険者って、かなりの手慣れってことじゃない⁉︎」
「当たり。しかも世界一斉クエスト処理みたい」
メルティナさんが人差し指を立ててギルドの反対方向を指差すと、その指先を辿って俺とラクスは店内の反対にある食堂の方を見る。
そこには、前に来たときには昼間溜まっていたハイエナと呼ばれる冒険家達の姿が一人もいなかった。
「あの方達に今回こちらから出した緊急クエストは、期限が短かくて報酬も少ない民間から寄せられたものばかりみたいだけどね」
「じゃあ、この低ランクの高額クエストはどこに消えたのさぁ〜」
「う〜んと……他所のギルドさんに取られたものが多いみたいね。こればっかりは他所の街のギルドとも情報を共有しているから、運が悪いとしか言えないわね」
「にしても、いつもいるハイエナさん達が低額報酬で冒険者からほとんど相手にされない民間クエストの一斉処理に向かうなんて、すごい協力精神ですね」
「街を守るのも冒険者のお勤めですからね。アリムラさんにもいつかお願いすることがあると思いますよ」
「ははは、レベル上げ頑張ります」
ハイエナ、ハイエナ言われてるからイメージ悪かったけど、あの人達も街の人を守るために頑張ってるだな。
理由の半分が金銭目的だとしても、それが結果街の人を守ることにもなるんだし、聞いてたより悪いイメージが薄れた。
「ということみたいだから、今日のところは諦めて帰るか、ラクス」
「じょ、冗談じゃないよ! 今晩のご飯とかどおするの! ユキジいくら持ってる? 何日くらい余裕ある?」
なんで俺の財布の事情を知りたがるのか……途轍もなく嫌な予感しかしないが、昨日ギルドで食事したときの値段を見てるから、どのくらいお金に余裕があるかはわかる。
「俺一人なら一週間以上は大丈夫だよ」
「どうしょう! それじゃあボクたち二人だと二日ご飯食べれたらいいほうだよ!」
「ちょっと待て。なんでお前を含める?」
んで、お前を含めたときの日数が超少ない! どんだけ食うつもりだよ!
「ボクたちはパーティでしょ! 昨日の夜、ユキジがボクとずっとパーティ組んで一緒に居たいって言ったんだから困った時はお互い様でしょ!」
「おおっ! それは大胆な告白を受けたね! もうそれ男女の告白みたいなものでしょ! アリムラさん、そこのとこ詳しく聞かせて下さいよぉ〜」
メルティナさんが口元を押さえて笑いを堪えて揶揄うように見てきて、俺は誤魔化すように話しをすり替えた。
「あ、あうっーと! メルティナさん! 明日にはFかEランクのクエスト来ますかね⁉︎」
「あーあっ、面白くない人ですね」
「い、いいから答えて下さい!」
「……そりゃ来るかもしれませんけど、それがアリムラさんやラクスが狙ってるような低ランク高額報酬クエストかわかりませんし、長いとそんな美味しいクエストは一週間は来ないこともありますから──」
「一週間っ⁉︎ ボクたちに餓死しろっていうの! ねぇ、ユキジ!」
「だから、俺一人なら一週間は多分大丈夫なんだって」
「どうしょう! 晩酌は精神ギリギリで我慢出来ても、ご飯が食べられないなんて、ありえない! ありえないよ‼︎」
しかも人の話を全く聞いちゃいない。
こんな浪費家でよく一週間生き延びれたな。
「──そこのお二人さん」
「「えっ⁉︎」」
そんな馬鹿騒ぎをする俺たちに掛けられた透き通るような声が場を静かにすると、俺とラクスは自然と声のした背後を確認するように振り向くと──
「良かったら、私と一緒にクエストへ行きませんか?」
そこには目元を緩ませた一人のシスターが俺たちに微笑んでいた。
次回、更新遅くなります。